心の由来:「心」についての身もふたもない話

精神医学・臨床心理学に関連した、あまり実益のない無駄知識を中心とした科学読み物です。

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変えられないものを受け入れる力・・・

不安欲望は、どちらも私たちに対して動物的に突き動かす力を持っている点で似ています。 どちらも「突き動かす力」は動物的に古い脳である辺縁系 limbic system の活動であり、どちらも新しい脳である大脳皮質の前頭前野 prefrontal cortex によって抑制されています。 どちらも、動物的な衝動によって 「不安だ、逃げたい」となっても、あるいは「欲しい、したい」となっても、そうすることが長期的に好ましくない場合は、前頭前野がそれを抑えようとするわけです。 これが自制心 self-control / self-regulation でした。

不安をしっかり自制していくための「治療」としては、曝露療法 exposure therapy という行動療法の一種が非常に有効であることを「不安障害編」で繰り返し取り上げてきました。 不安を引き起こす、私たちに「不安だ、逃げたい」という動物的な衝動を引き起こすものに対して、自分からすすんで向き合っていき、その時に当然のように生じてくる「不安だ、逃げたい」という感情を積極的に見つめ、受け入れ、しかし行動化はしないようにする練習を繰り返していくことで、次第に「不安だ、逃げたい」という感情は減っていく傾向があったのでした。

「したい、欲しい」という欲望を自制していく力をつけることも、理屈的には、同様の方法ですることができそうなものです。 つまり、「したい、欲しい」という欲望を引き起こすものや、あるいは欲望そのものに対して、自分から積極的に向き合い、その感情を見つめ、受け入れ、しかし行動化はしないようにしていく練習を繰り返していくことは、いかにも役に立ちそうです。

ところが、病的嗜癖・依存症に対する曝露療法 exposure therapy は、最初の頃のものは、「したい、欲しい」という欲望を引き起こす外的な物や状況(cue)に自分からすすんで向き合っていくものでしたが、こうしたタイプの治療はあまり目立った効果をあげることはできませんでした。 「したい、欲しい」という私たちの欲望を刺激する物や状況はあまりにも複雑すぎて、そのような外的な対象に対する曝露療法 cue-exposure をいくら繰り返してもダメだったのです。

外的な対象ではなく「したい、欲しい」という自分の中に生じてくる内的な気持ち(衝動)に対する曝露療法だったらどうか?

不安がそうであるように、「したい、欲しい」という衝動も、ずっと同じ強さで私たちの中にあるわけではありません。 何かに刺激されて生じてきて、やがて強くなり、しかしいずれ山を越えて消えていくものです。 そうした内的な気持ち(衝動)に対して積極的に向き合い、見つめ、しかし行動化しないようにしていく練習をすることで、「したい、欲しい」という欲望に対する自制心を強められるのではないでしょうか?

ずいぶん後で「パーソナリティ障害」を取り上げるときに再び出てくることになりますが、「境界性パーソナリティ障害」という性格上の問題があり、自傷行為や自殺企図を繰り返してしまう人たちがいます。 こうした人たちの「問題行動」に対して、米国のLinehan先生たちは、禅の思想を取り入れた「弁証法的行動療法 dialectical behavior therapy」という行動療法の一種を行い、かなり良好な治療成績を示していました。

ところが、「境界性パーソナリティ障害」の人に対する弁証法的行動療法の副産物として、「境界性パーソナリティ障害」にきわめて頻繁に合併している「アルコール乱用・依存」や「薬物乱用・依存」の問題も一緒に治っていく傾向があることが気づかれていきました。 実際、普通の精神科的治療に比較して、弁証法的行動療法を行った「境界性パーソナリティ障害+アルコール/薬物乱用・依存」の人は、その問題が統計学的にも臨床的にも有意に減っていくことが示されました。 同様に、病的嗜癖・依存症の一種である過食症も減っていく傾向が示されてもいます。
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このLinehan先生たちが行っていた「弁証法的行動療法」とは、「マインドフルネス mindfulness」という概念を重視する、いわゆる第3世代行動療法 3rd wave behavior therapy です。 認知の内容を変えていこう、歪んだものを修正しよう、悪いものを避けていこう、ということばかり重視する、それまでの古いタイプの認知行動療法とは違い、禅などの東洋思想を取り入れて、変えられないものをすすんで認め、「あるがまま」に受け入れるという姿勢を重視します。

「死にたいわけじゃないけれど、生きていくのはつらすぎて、死にたいと思ってしまう」
「お酒や薬に溺れたままでいいと思っているわけじゃないけれど、それなしではつらすぎて、何の意味があるのかわからないし、どうやって生きていけばいいのかわからない」
・・・というような深刻な問題を抱えた人を相手に、「そんな行動は不健康だからやめなさい」と簡単にいったところで、うまくいくわけがなかったのです。

それまでの古いタイプの認知行動療法は、「したい、欲しい」という気持ちを避けるように、それを修正するように、練習するものでした。
しかし、「マインドフルネス」を重視する第3世代行動療法は、逆に「したい、欲しい」という欲望・衝動に対して積極的に向き合い、しっかり見つめ、十分にその感覚を体験し、しかし行動化しないでいることを練習します。 そうしていると、そうした気持ちは、何をするでなくても、よせてはかえす波のように、やってきては去っていくものであることを知るようになるのです。

Bowen先生たちは、同じような「マインドフルネス」を重視する瞑想訓練を10日間みっちり行うという治療プログラムを、刑務所にやってきた人たちを対象にやってもらいました。 その結果、普通の処遇を受けた人たちに比較して、3ヶ月後の追跡調査の時点で、瞑想訓練をみっちり行った人たちは、アルコール/薬物乱用・依存の問題が有意に減っていたことが示されました。
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病的嗜癖・依存症に対する「マインドフルネス」を重視する第3世代行動療法は、まだまだ研究段階ということもあって、治療効果について決定的なことを言うことはできません。 しかし、非常に有望なものではありそうです。



参考書:
(1) Bowen S, et al.  Mindfulness meditation and substance use in incarcerated population.  Psychology of Addictive Behaviors, 2006; 20: 343-347.

(2) Dimeff LA & Linehan MM.  Dialectical behavior therapy for substance abusers.  Addict Sci Clin Pract, 2008; 4: 39-47.

(3) Linehan MM, et al.  Dialectical behavior therapy fot patients with borderline personality disorder and drug-dependence.  Am J Addict, 1999; 8: 279-292.

(4) Hoppes K.  The application of mindfulness-based cognitive interventions in the treatment of co-occurring addictive and mood disorders.  CNS Spectr, 2006; 11: 846-851.

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