高橋洋一の俗論を撃つ!
【第58回】 2013年1月23日 高橋洋一 [嘉悦大学教授]

ついに日銀がインフレ目標を導入
1月22日政策決定会合の意味と効果

 22日、日銀金融政策決定会合で、日銀はインフレ目標2%を決めた。当日夜、安倍晋三首相はテレビ朝日の報道ステーションに出演した。現役首相が民放テレビに出演するのは、これまでマスコミ側の慣行もあり、それほど行われなかったが、安倍首相は主体的に出演している。

 キャスターの古舘伊知郎氏が金融緩和に懐疑的なそぶりを見せると、安倍首相は、金融緩和から予想インフレ率が上昇し、円安・株高を生じさせて、企業収益がアップし、設備投資が増加するという一連の流れを説明した。この効果のタイムラグを縮めるように、税制でサポートするとほぼ完璧な答えをした。

 古舘氏は、日銀が資金を供給しても、日銀・金融機関内に滞留する、としばしば日銀サイドが行う反論を持ち出したが、これに対して安倍首相は、日銀には手段の独立性があるので具体的な手段については言及しないと取り合わなかった。すでに効果の流れを説明しているので、これ以上いう必要がなく、安倍首相の対応は十分だ。

 古舘氏は何とかして安倍首相から失言を引き出したいようだったが、それにはあまりに勉強不足だった。

 安倍首相は、記者会見で、今回の日銀の措置をレジームチェンジと高く評価している。しかし第一歩にすぎないとも釘を刺している。この評価と留意点はまったくその通りだ。

「目標」なのに
期間の定めが不明確

 それでは、22日の日銀決定はどのようなものだったのか、整理しておこう。政府と日銀との共同声明「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」がマスコミの関心をよんでいるが、あくまで日銀が行うことは、日銀の「「物価安定の目標」と「期限を定めない資産買入れ方式」の導入について」に書かれている。

 その中で示されている具体策が「物価安定の目標」の導入と「期限を定めない資産買入れ方式」の導入の二つだ。

 まず、内容に入る前に、一つ指摘しておきたい。公表前に情報が漏れ出ていたことは大きな問題だ。2%のインフレ目標や共同文書、諮問会議での検証などが伝わっている。しかも、総理が外遊中というのに、事前にこんなに情報が漏れるのは、一体どうしたことだろうか。一つ考えられるのは、政府と日銀のトップ責任者同氏が交渉しておらず、事務方がやっているということだろう。

 事務方からの情報は、トップに上がるまでにいろいろな部署に広がる。となると、情報を知っている人が多数になって情報管理が甘くなる。政府・日銀の情報管理が問われる事態だ。しかも、政府と日銀のトップ責任者が交渉できていないというトップの能力に疑問がでてくる。

 次に内容だが、「物価安定の目標」の導入は「インフレ目標」なので、これは高く評価していい。

 これまで、2006年3月に0~2%の物価安定の「理解」が導入され、2012年2月に0~2%の物価安定の「目途」となり、ようやく物価安定の「目標」2%(これは1~3%)となった。いずれも、外からの圧力で導入されており、日銀自らの決断でないところが情けない。英文では、「理解」は“understanding”、「目途」は“goal”、「目標」は“target”となって、日本も先進国に周回遅れでようやくインフレ目標国となった。

 ちなみに、日銀のホームページに「「中長期的な物価安定の目途」の「目途」は、「目標」ではないのですか? インフレ・ターゲティングとは異なるのですか?」というQ&Aがある(22日現在更新されていない)。

 そこには、『わが国では、「目標」という言葉が、一定の物価上昇率と関係付けて機械的に金融政策を運営することと同義に使われることも少なくありません。このため、日本銀行では、そうした誤解を招くことなく、日本銀行の目指す物価上昇率を表す日本語として、「中長期的な物価安定の目途」という言葉を使っています』と、国民が誤解しているという上から目線の答えが書かれている。早く書き直すべきだ。

 目標であれば、達成期限があるはずだが、今回は「できるだけ早期に実現することを目指す」とされているだけで、具体的な期限が書かれていない。民主党時代には「中長期」という書きぶりで、今回は一時「中期」とされると言われていたが、それよりは一歩前進であるものの、野田前首相の「近いうち解散」と同じような話だ。経済財政諮問会議で定期的に検証するが、インフレ目標が有している透明性が損なわれている。

どうして買い入れ基金残高の
増加額が減ってしまうのか

 実のところ、この点は「期限を定めない資産買入れ方式」の導入にも大いに関係しているので、現状に即して具体的に問題点を指摘しよう。

 マスコミでは無制限買い入れなどと報じているが、今回の措置に書いてあるのは、それとは逆にまったくシャビーな措置だ。2013年までは現行の基金の買い入が継続されるが、2014年から月間買い入れ額は13兆円程度になるという。ポイントは基金残高がどの程度増えるかであるが、2013年は36兆円増加するものの、2014年では10兆円程度となる。ちなみに基金とは金融緩和のために、日銀が設けている「資産買入等の基金」のことだ。

 金融緩和はマネタリーベースの増加で見るが、基金残高増がそのままマネタリーベース増になるとは限らず、これまでの日銀のオペレーションでは必ずしも基金残高増がマネタリーベース増になっていなかった。

 こうした過去があるにもかかわらず、今のペースより基金残高増のペースが減るのでは、金融緩和がそれほど強化されないと読むのが自然だ。

 もし、達成期限が2年程度と書いてあれば、実は「期限を定めない資産買入れ方式」は必要でない。安倍首相がいうように、手段の独立性が日銀にあるので、どんな手段を使おうと、期限まで目標を達成すればいいからだ。

今回のマネーの増加ペースでは
インフレ率2%達成に力不足

 もし達成期限が2年とだけ書いてあれば、市場のほうは勝手に達成手段を読む。以下は筆者の独自試算であるが、これまでのデータでは、マネタリーベースを増やせば、半年程度後に本格的に予想インフレ率が上がり出す。2001~2006年の量的緩和では10兆円増で0.3%程度、リーマンショック以降は10兆円増で0.15%程度、予想インフレ率が高まっている(拙著『日本経済のウソ』〈ちくま新書〉参照) 。

 今はその期待を為替と株価は先取りして動いているが、昨年11月16日の衆院解散時に0.7%程度であった予想インフレ率は、総選挙で自民党勝利後0.8%程度までにあがった。これを2%程度まで高めるためには、60~80兆円のマネタリーベースの増加が必要になる。ちなみに、ソロスチャートなどから、その場合円ドルレートは110~120円程度になるだろう。

 ところが、今回の「期限を定めない資産買入れ方式」では、マネタリーベースの増加は2年間でせいぜい40兆円程度であるので、とてもインフレ2%は達成しないように思える。まして、日銀が見込むインフレ率は2013年度0.4%、2014年度2.9%となっているが、その実効性が疑われるだろう。

 多少テクニカルであるが、以上の話は市場の一部にある今回の措置に対する失望感を示すものだ。

 もっとも今の日銀の執行部に金融緩和を期待することが無理なのだろう。なにしろ、2ヵ月前まではインフレ目標、金融緩和を全面否定していたのだから。

 政府が関与したのは、共同声明のインフレ目標2%までだ。2014年から基金残高10兆円増加を決めたのは日銀なので、金融緩和をやらないのは日銀の責任だ。

 市場が安心するような金融緩和は、3、4月に交代する日銀新総裁、副総裁への宿題になるだろう。その意味で、新執行部のメンバーの人事は、アベノミクスの根幹である金融政策の帰趨を握っているので、この人事は安倍政権の命運をも左右する重大事になる。

 なお、雇用について、経済財政諮問会議で「物価安定の目標に照らした」の検証対象になっているが、日銀が義務を負うような表現はない。目標を達成できない場合の責任の取り方とともに、日銀法改正なしの限界を露呈させている。日銀の新執行部人事の重要性とともに、日銀法改正が必要である。