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時論公論 「アフリカで何が ~邦人拘束事件の背景」2013年01月17日 (木)
二村 伸 解説委員
北アフリカのアルジェリアで天然ガスの関連施設がイスラム武装勢力に襲撃され、日本人3人を含む多数の外国人が拘束された事件は、発生から1日半たった日本時間の昨夜、アルジェリアの治安当局が軍事作戦を開始し、大きく動き出しました。しかし、日本人2人を含む25人が解放されたと言う報道や、30人以上が殺害されたという報道もあり情報が錯綜しています。日本をはじめアメリカやフランス、ノルウェーなどおよそ10か国の外国人がテロ組織に捕われるという前例のない事態に、各国の衝撃は少なくありません。この地域で何が起きているのか、事件の背景と今後の情勢について、きょうは予定を変更してお伝えします。
事件が起きた場所はアルジェリアの東部、リビアとの国境から100キロほどの砂漠の街アイン・アミナースで、フランス語や英語ではイナメナスと呼ばれています。
16日未明、イギリスの石油会社BPとアルジェリアの国営会社による天然ガスの関連施設が武装勢力に襲われ、イギリス人など少なくても2人が死亡し、多数の外国人が拘束されました。その中には日本のプラント建設大手「日揮」で働く3人も含まれアメリカやフランス、イギリスなど10か国前後の外国人およそ41人が人質になったと伝えられました。
なぜ日本人が巻き込まれたのか、その背景にはアルジェリアがアフリカ最大の国土に石油やガスなど豊富な資源を抱え著しい経済成長を続けていることがあります。プラントや道路などのインフラの建設のために日本をはじめ各国企業が次々と進出し、事件に巻き込まれた日揮の場合は17人の日本人が現地で働いていました。アルジェリアの地方、とくに砂漠地帯は、政府のコントロールがきかず、外国人の誘拐や殺害事件が相次いでいました。8年前には旅行中のドイツ人やスイス人など観光客32人が捕われ、1人が死亡、残る人たちも数か月間拘束される事件が起きています。ただ、石油やガスの施設の襲撃は極めて珍しくこれだけの国の外国人が一度に拘束されたケースはありませんでした。警備が厳重な石油やガス施設の襲撃などないだろうといった油断がなかったかどうか警備体制の見直しは急務です。
犯行グループは20人前後と見られ、モーリタニアの報道機関を通じて発表された犯行声明によれば、アフリカ北部のマグレブ地方で活動するテロ組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」から離脱したアルジェリア人の男が指揮をとるグループだと伝えられています。かつてアフガニスタンでソビエト軍に対する戦闘に参加したことがあると言われます。アルカイダといっても1つの組織ではなく、ゆるやかに連携しながらそれぞれ独自の活動を行い、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」と、今回犯行に及んだグループとの関係もよくわかっていませんが、声明では、人質の安全と引き換えにマリへのフランスの軍事介入をやめること、またマリへの出国を認めるよう要求していたと伝えられています。今回の事件がアルジェリアの南に国境を接するマリの動きと密接に関係していることをうかがわせています。
マリではイスラム過激派が北部を支配し南北分裂状態となっています。国連の安全保障理事会はテロの温床とならないように先月アフリカ連合主体の国際部隊による軍事介入を認めましたが、行動に移る前に過激派は今年に入って南部に攻勢をかけました。このため旧宗主国であるフランスがマリ政府の要請を受けて軍事介入に乗り出し、今月11日空爆を始めました。事件が起きた16日、フランスは地上作戦に踏み切りました。イスラム過激派はフランスの介入に強く反発し、フランスとともに空軍機の領空通過を認めたアルジェリアの両国に対する報復攻撃を示唆していました。
また、今回のアルジェリアの襲撃事件は、アフリカでのイスラム過激派の台頭と、アラブの春の2つの要素が密接に絡んでいます。アルジェリアでは1991年、初めての複数政党制の選挙が行われ、急進的なイスラム勢力が圧勝しました。軍部はこれを認めずクーデターで実権を握り、内戦に突入しました。内戦終結後もイスラム過激派によるテロ活動はおさまっていません。民主化がもたらしたものはイスラム勢力の台頭と先鋭化、そして混乱だったのです。アラブの春の20年前のことです。
一方、マリでは、独立や自治を求めて反政府闘争を続けてきたトゥアレグ族の武装勢力と、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」が連携して反政府活動を展開しています。マリを拠点とする過激派組織は、外国人の誘拐や武器・間着の密輸などを資金源とし、アルジェリアを始めニジェールやモーリタニアなどでも活動を活発化させています。イスラム過激派は中東だけでなく、アフリカでもじわりじわりとその活動エリアを広げているのです。
そこに起きたのがアラブの春です。リビアが内戦に突入し、大量の武器がアルジェリアやマリに
流れ込んできました。さらにカダフィ氏の傭兵として雇われていたトゥアレグ族などの戦闘員が戻って武装勢力に加わり、先鋭化したものと見られます。今回、ガス施設への襲撃事件が起きたイナメナスでもリビアから持ち込まれた大量の武器が見つかっています。
事件の決着のしかたをめぐって各国は難しい対応を迫られました。人質の安全が最優先であり、安倍総理大臣も人命第一だと強調していました。しかし、その一方で、テロには屈しないというのも各国に共通した立場で、とくにアルジェリアはこれまでも過激派には厳しい対応を見せてきました。
ウルドカブリア内相は、犯人側との交渉を拒み、「平和的な解決が望ましいが、流血を伴う解決もありうる」と述べていました。この地域ではこれまで身代金目的で外国人を誘拐する事件が起きていましたが、今回はこれまでとは襲撃の対象や人質の規模などが大きく異なっています。アルジェリア政府がリスクを承知の上で軍事作戦に踏み切ったのは、アルジェリアにとって生命線ともいえる石油・ガス施設への攻撃は断じて許さない、二度と繰り返させないためにも妥協はできず、強硬な手段も必要だと判断したのではないかと思われます。
ただ、今回の事件が決着しても、今後も同じような事件が起こりうる可能性は十分あります。フランスはマリへの軍事介入を続ける姿勢を変えていません。アメリカやドイツも後方支援を表明しており、イスラム過激派のさらなる反発が予想されます。中東や北アフリカはアラブの春以降、各国で治安が悪化し、そのすきをついてイスラム過激派が勢力を拡大しています。武器の拡散も懸念されます。この地域でのアメリカの影響力も低下し、欧米の政府や企業に対する攻撃は今後も増えることが予想されます。あらたなテロを招かないためにもアフリカの不安定化を食い止め、経済成長を促すこと、そのために過激派、テロ組織の一掃に向けて国際社会が一体となってとりくむことが何よりも重要です。アルジェリアをはじめアフリカ各国への投資は今後も増えることが確実ですが、大きなリスクを抱えていることも今回改めて浮き彫りになりました。企業は国際的な競争に生き残るためには多少のリスクは覚悟の上で活動していかねばならない状況にありますが、情勢を慎重に分析しいかにリスクを減らすか、正しい情報の収集と安全への備えがこれまで以上に求められています。
(二村 伸 解説委員)