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捜査当局の、捜査当局による、捜査当局のための文書。そう言わざるをえない。こんなことで国民の理解が得られると思っているのだろうか。新しい刑事司法のあ[記事全文]
体外受精などの生殖補助医療とどう向き合うか。子を持つという根本にさかのぼって考えることも必要ではないか。病気で卵子のない女性のために、無償で卵子を提供してくれる人を見つ[記事全文]
捜査当局の、捜査当局による、捜査当局のための文書。
そう言わざるをえない。こんなことで国民の理解が得られると思っているのだろうか。
新しい刑事司法のあり方を検討している法制審議会の特別部会が、今後の制度づくりのたたき台となる「基本構想案(部会長試案)」を公表した。
これが目を疑う内容だ。
部会は、検察の証拠改ざん事件などをうけて設けられた。取り調べ段階での容疑者らの供述を過度に重視してきた捜査・公判を見直し、時代にあった制度をつくるのが目的だ。
私たちも社説でこの方向性を支持し、諸外国のしくみも参考にしながら、幅広に議論するよう求めてきた。
構想案に盛られた内容は多岐にわたるが、肝心なのは前提となる現状認識である。これを誤っては、まともな結論が導きだされるはずがない。
まず、これまでの捜査をどう見ているのか。
冒頭にこうある。「取り調べによる徹底的な事案の解明と綿密な証拠収集は、国民に支持され、信頼を得て、治安を保つことに大きく貢献してきた」
そこには、死刑や無期懲役刑の事件が、再審でいくつも無罪になったことをはじめ、過去への反省はひとかけらもない。徹底、綿密といった美辞麗句で、真実を隠すことはできない。
最近も、パソコンを使ったなりすまし事件など、捜査員が自分たちの都合のいいように供述を押しつけたとしか考えられない例が、相次いで発覚した。
ところが構想案によると、こうした不当な調べも、取調官が「職務熱心のあまり」おこなったものとされている。甘い評価に驚く。職務熱心でぬれぎぬを着せられてはたまらない。
一方で、「捜査段階の弁護活動が活発化し、供述の収集が困難化している」と、まるで法律が認める弁護活動が悪の源であるかのような記述がある。
構想案がとっているスタンスのゆがみは明らかだ。
こんな具合だから、たとえば取り調べの録音・録画をめぐっても、「対象範囲は取調官の裁量にゆだねる」などという案がしれっと書かれるのだ。
実際にあった多くの事件をもとに、「当局任せではいいとこ取りを許し、かえって弊害が多い」と、くり返し指摘されているにもかかわらず、である。
新たな捜査手法はほしいが、手足を縛られるのは困る――。そんな捜査側の思惑ばかり目につく構想案は、根本から書き直されなければならない。
体外受精などの生殖補助医療とどう向き合うか。子を持つという根本にさかのぼって考えることも必要ではないか。
病気で卵子のない女性のために、無償で卵子を提供してくれる人を見つけてあっせんする民間団体が設立された。
生殖補助医療は、卵子と精子、そして胎児を育む子宮、それらのどこかに病気などで問題があるときに、ほかの人からもらったり、あるいは技術で補ったりして出産につなげる。
不妊に悩むカップルにとって大きな希望だ。一方で、これまでになかった方法で新しい命を誕生させるだけに、医学面、倫理面での課題もまた大きい。
一定のルールの下で慎重に行うことに加え、社会的な合意も不可欠だ。しかし、そのいずれも不十分なまま、子宮を借りる、つまり代理母による出産例もすでにある。現実ばかりが進んでいくのは望ましくない。
厚生労働省が実態を調査し、今後の進め方を検討する。日本産科婦人科学会は法整備を政府に求めていくという。
先にあげた三つのうち、精子は、匿名の第三者から提供を受ける非配偶者間人工授精(AID)が広く行われている。
卵子も同様に、というわけにはいかない。卵子は、排卵誘発剤で排卵させたうえで針を刺して採取する。提供者の身体に負担は大きい。他人の卵子を使うことによる未知のリスクがあるかもしれない。
国内では姉妹の卵子を使った体外受精の例がある。学会は夫婦以外の体外受精を認めていないので、一部のクリニックが独自のルールでしている。一方で身近に提供者がおらず、海外で提供を受ける人もいる。そうした人が国内で提供を受ける道をひらくのが今回のねらいだ。
2003年に厚労省の部会がまとめた報告書は、卵子は当面、姉妹ではなく、匿名の第三者からの無償提供に限って認めた。だが、この報告に基づく立法は、止まったままだ。
一定のルール作りが必要だ。先の報告書は営利目的のあっせんを罰則つきの法律で禁じるよう求めていた。提供卵子による出産での親子関係を明確にする必要もある。
養子という選択肢にも目を向けたい。実の親が育てられない「要保護児童」は年々増えて、今や5万人近い。日本ではその約9割、世界でも際だって高い割合の子どもたちが施設で暮らしている。
遺伝子のつながりばかりが親子ではない。どの子にも温かい社会でありたい。