|
女王陛下の007 ON HER MAJESTY'S SECRET SERVICE(1969・イギリス) | |||||
■ジャンル: スパイ ■収録時間: 130分 ■スタッフ 監督 : ピーター・ハント 製作 : ハリー・サルツマン / アルバート・R・ブロッコリ 原作 : イアン・フレミング 脚本 : ウォルフ・マンキウィッツ / リチャード・メイボーム / サイモン・レイヴン 撮影 : マイケル・リード / エグリ・ウォックスホルト 音楽 : ジョン・バリー ■キャスト ジョージ・レーゼンビー(ジェームズ・ボンド) ダイアナ・リグ(トレイシー) テリー・サヴァラス(エルンスト・スタウロ・プロフェルド) ガブリエレ・フェルゼッティ(ドラコ) イルゼ・ステッパット(イルマ) |
||||||
■あらすじ 日本で宿敵ブロフェルド(テリー・サバラス)を逃してしまった007=ジェームズ・ボンド(ジョージ・レーゼンビー)は、リスボンで情報収集を行なっていた。そんなある日の明け方一人の魅力的な女性トレイシー(ダイアナ・リグ)が浜辺で自殺を図ろうとしている現場に出くわす。そんな出会いをきっかけに二人の愛は育まれていく。一方、ボンドは遂にブロフェルドの潜伏場所を掴んだ。それはスイスの雪山の山頂だった。早速打倒ブロフェルドのためスイスを訪れるボンドだった。 ■ジェームズ・ボンドの愛のテーマ 中学生の頃、『007/オクトパシー』までの主題歌が入った「ジェームズ・ボンド・グレイテスト・ヒッツ」というCDをレンタルで借りた。そして、そのCDをカセットテープに録音して、絶えず聞いていた。ボンドのテーマ曲はどれも素晴らしい曲ばかりだったが、中でも私のお気に入りは本作のテーマ曲「愛はすべてを越えて」だった。 おおよそロマンティックとは言えないダミ声で、ルイ・アームストロングが唄っているにも関わらず、中学生にも容易に分かるロマンティックなムード。何故か懐かしさが込み上げてくる出色のメロディライン・・・この曲こそオレにとって「ジェームズ・ボンドの愛のテーマ」だった。 全く冴えない中学時代を過ごしていた私にとって、退屈で不愉快な日常を忘れさせてくれる世界。それが007の世界だった。そして、女ったらしのボンドが、本気で愛した唯一の女トレイシー・・・。どこか淋しげで、悲しげで、それでいて毅然としたいい女・・・この作品のダイアナ・リグは、当時の私にとって女神だった。 ■本物が評価される為には、時間を要する時もある この作品は日本において最近までは殆ど評価されていなかった。その理由はショーン・コネリーからジョージ・レーゼンビーにボンドが交代したということもあるが、それ以上に日本ロケを行なった前作の奇想天外さこそが007の魅力であると多くの人が考えていたためである。さらに言うと当時は『イージー・ライダー』を始めとするヒッピー文化真っ盛りの時代でもあり、タキシードに短髪という出で立ちが時代遅れにしか見えない時代だった。 私がこの作品を評価している人に初めて出会ったのは、2000年のシドニーでだった。その人は18歳のイタリア人の青年。彼は私のスヌーカー友達で、外交官の息子だった。常に黒のスーツを着ており、しかもアタッシュケースを持ち歩くという程のボンド狂であり、ある意味変人だった。 そんな彼が私に言った一言が「オージーのジョージ・レーゼンビーこそ最も007に相応しい男だった」だった。そして、彼はこの作品を評して「ボンドの哀しみを唯一描いた作品」と言っていた。 このイタリア青年を含め、21世紀に入り、映画は円熟期に差し掛かり、多くの人々は、中身の薄いアクションにうんざりし、映画に娯楽だけでなく、ロマンスも求めるようになった(現在の映画製作者はそういった感覚を殆ど理解していないが・・・)。そして、この作品は地道な再評価の道を歩み、『007/カジノロワイヤル』が公開された後には、007最高傑作≠ナは?とまで言われるように再評価されるようになった。 最高傑作かどうかはともかくとして、私もこの作品が大傑作であるという評価に全く異論はない。それは本作において以下の5点が他のボンドムービー(最新作を除く)と違っていたからである。 1、スマートでアクション映えするジェームズ・ボンド像 2、弱さも兼ね備えた表情を垣間見せる超人ではないボンド像 3、お飾りではない、人格と気品を兼ね備えたボンド・ガール 4、シリーズ内でも出色の映像のカット割りと壮大なパノラマ感溢れる映像 5、秘密兵器をほとんど使用しない地味さと派手なアクションの絶妙のバランス感覚 ■男と女の愛の空間 本作の最大の魅力 本作の最大の魅力は、男と女の空間≠ノある。今までのボンドムービーは男の空間≠ナはあったが、女の空間≠ナはなかった。更に言うと究極の男の空間≠ナあり、そんな空間に男性も女性も浸り喜んだ。 しかし、本作の空間は明確に男と女の愛の空間であり、その分力強さや非情さに欠けるのだが、ロマンスの表現が陳腐な現在においては、この作品のロマンスの大人っぽさ≠ノ多くの人々は惹きつけられる。 ボンドのシルエットが映し出される中アストンマーチンDBSとフォード・マーキュリークーガ・コンバーティブルがポルトガルの海岸線を走る優雅さ。それでいて優雅さを強調しすぎていないところが、さらに優雅さを引き立たせる。スパンコールの衣装に包まれたトレイシーの悲しげな横顔・・・開放感溢れる浜辺で自殺しようとする彼女を救うボンド。 要するに何不自由なく暮らしてきたバカ娘が、自分の放蕩ぶりに怠惰し自殺しようとしていただけだが、ダイアナ・リグの魅力が、そんなバカ娘の気まぐれに対しての違和感を見事に押さえ込んでいる。(もっとも原作ではトレイシーが、イタリアの伯爵との間に得た子を病で失ったために自暴自棄になり自殺を図るのだが・・・) ■女王陛下と全裸の美女 幻想的な夜明けの肉弾戦から一転して、タイトルが映し出される。本作のオープニング曲は、ジョン・バリーによるインストゥルメンタルだが、このシンセサイザーとエレキギターを使った曲がなかなか素晴らしい。音楽にシンクロして砂時計の中を過去のボンドムービーから遡るボンドガールと悪党達。 意気揚々とオープニング・タイトルを演出するモーリス・ビンダー親爺の嬉しそうな姿を連想させる全裸美女のシルエット。それにしてもユニオン・ジャックと王冠と全裸の美女のシルエット。現在の日本でも、日の丸と天皇の家紋と全裸の美女のシルエットは・・・どんなにセンス良く作っても無理だろう。 同じ島国であっても、イギリスの王族は国民に身近かであり、日本の皇族は国民に無縁且ついまだに神格化されている。もうそろそろ我々若者はエンペラーに対するタブー視された観念を打ち破っていかないといけない。 ■1968年ヨーロッパで最も高給取りのスーパーモデルだった男 何かと賛否両論で語られる(僅か一作限りの)二代目ジェームズ・ボンドを演じるジョージ・レーゼンビー(1939− )は、オーストラリアで生まれた。キャンベラで車のセールスマンをしていたこともあり、スキーの腕はプロ級だった。さらに豪軍特殊部隊にも入隊経験があり、マーシャルアーツの腕も黒帯だった(後にブルース・リーの弟子になる)。 そして、1964年ロンドンに移住し、中古車のセールスマンをしながらモデルとして活躍し、ボンド役をする前にはヨーロッパで最も高給取りの男性モデルとして、既に有名だった(1964〜68年にかけてNo.1男性モデルだった)。当初ボンド続投の条件としてショーン・コネリーに100万ドルのギャラがオファーされていたが、彼は辞退した。そして、2代目ボンドの選考が始まった。グラナダテレビ版のシャーロック・ホームズで後に名声を博すジェレミー・ブレット(1933−1995)が『マイ・フェア・レディ』(1964)の名演により候補として挙がる。 他にもティモシー・ダルトンやロジャー・ムーアにもオファーが行くが、ダルトンは「若すぎる」と断り、ムーアもテレビシリーズ「セイント」の契約が残っているため断った。そして、レーゼンビーの登板になった。彼はテレビCM以外演技の経験がなかった。本作の出演により5万ポンドのギャラを手に入れたレーゼンビーだったが、「70年代にタキシードにショートカットの諜報部員の役柄が存続できるわけがない」と、以降7本のボンドムービーに出演するという契約を蹴り、公開前に続投を否定し降板宣言をした。 以降、役柄に恵まれず低迷していたレーゼンビーは、起死回生の一発とばかりに1973年ブルース・リーの『死亡遊戯』に出演する事を決意する。しかし、彼が香港に着いたその日にブルースが急死してしまう。結局ジミー・ウォング先生の『スカイ・ハイ』などのB級香港映画に出演するハメになり、俳優としては全くいい仕事をしないままに今に至る。 ちなみに『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(1983)の製作が決定した時、ボンド役としてレーゼンビーがほぼ確定していた。しかし、ショーン・コネリーの登板によって夢と消えてしまった。 私生活においては2002年に、81年から92年にかけてマルチナ・ナブラチロワと共に女子テニス・ダブルスの女王に君臨したパム・シュライバーと再婚する。ちなみに彼の一番好きなボンド・ムービーは『ゴールドフィンガー』(1964)である。 ■ダイアナ・リグの007 「私は命に未練はないの」トレイシー 「今夜だけは死なないでくれ」ボンド リスボンのパラシオ・エストリル・ホテルで、1957年もののドン・ペリニヨンとキャビアを注文し、言葉を交わす二人。トレイシーを演じるのはダイアナ・リグ(1938− )である。王立演劇学校出身の、シェイクスピア俳優である彼女だけあり、演技力には定評があるので、他の作品のボンド・ガールとの資質の違いは明確である。 その気品、傲慢さ、優しさ、儚さ、悲しさ・・・全ての表現能力がずば抜けており、レーゼンビーを見事にサポートしていた。この作品の異質なところは、ボンド・ガールがボンドをほぼ支配していた点にある。 「香水に詳しいのね」トレイシー 「女性と同じく」ボンド トレイシーの父親ドラコを演じるのはイタリアの名優ガブリエル・フェルゼッティ(1925− )である。ミケランジェロ・アントニオーニの『情事』(1960)やカトリーヌ・スパークの『女性上位時代』(1968)、セルジオ・レオーネの『ウエスタン』(1968)、リリアーナ・カヴァーニの『愛の嵐』(1973)などに出演した名優であり、本作においても魅力的な存在感を示していた。 ちなみに彼が机に飾っているトレイシーの母親の写真は、ダイアナ・リグの実母の写真である。 他のボンドムービーの女優とは格の違うダイアナ・リグという女優。日本においては、本作と『地中海殺人事件』(1982)以外には代表作のないぱっとしない女優という評価が成されているが、コレは全くの過小評価である。彼女は今やイギリス演劇界の重鎮であり、1994年にデイムの称号を授与されるほどに英国内外で多大なる評価を受けている女優なのである。 1990年の英国アカデミー主演女優賞受賞を皮切りに、1994年『メディア』でトニー賞、1997年エミー賞を受賞している。本作において174pというモデル並みのスタイルの良さが、188cmのレーゼンビーと見事な釣り合いを取っている。ちなみに彼女は8歳までインドに住んでいたのでヒンズー語が話せる。 ちなみにリグは本作についてこう語っている。「私は、テレサの衣装がとても嫌いだったの。デザイナーが監督さんの友人だったんだけど、とても古臭いセンスで着ていて楽しい衣装じゃなかったわ」当初テレサ役にはブリジッド・バルドーやカトリーヌ・ドヌーブが考えられていたという。 ■涙を拭うトレイシー 抱きしめるボンド 「トレイシー 誤解されるのは嫌なんだ。特に友人と・・・恋人には・・・」 そう言って背中を向けるトレイシーの肩に手をかける。そして、振り向いたトレイシーの目は涙で一杯になっていた。気丈なトレイシーの頬を伝う涙を円を描くように優しく指で拭うボンド。そして、流れるルイ・アームストロングのテーマ曲。本作最高のハイライト・シーンは間違いなく一連のこのシーンである。 涙を拭うシーン<{ンドムービーの中で最もロマンティックなシーンである。 ■魅力的な死の天使たち 物語はロマンティックな展開から、本来のボンドムービーの展開へと転換していく。しばしリグ様はフェイドアウトし、ボンドがボンドらしく美女との8時にブルネット、9時にブロンドという風にタフネス振りを見せ付けてくれる。 大紀行=ボンドムービーそのものの雄大なスイスの雪山が映し出される中、シルトホルン山頂に登場する豪華ヴィラ「ピッツ・グロリア」。現在も360度パノラマレストランとして観光客の人気を集めている建物であり、本作がきっかけになりEONプロにより12万5000ドルかけて増築されたというまさに夢のようなロケーションである。 そんな夢のような場所に登場する死の天使たち≠ニ名づけられた10人の国際色豊かなボンド・ガールたち。以下魅惑のボンド・ガール達を紹介していこう。 まずは、ナンシーを演じるイチオシの美女・カトリーヌ・シェル(1944− )。その清楚な雰囲気とは裏腹にボンドの部屋に忍び込みボンドにせまる愛すべき色情狂な役柄。とにかく育ちの良さを感じさせるその風貌と、いたずらっ子のようなおどけた表情のギャップが妙に男心をくすぐる。彼女に誘惑されたボンドは勿論ルイ・アームストロングの歌詞なぞ忘れ去り欲望の赴くままに活動するのだった。 カトリーヌは、ハンガリー・ブダペスト生まれの女優で、典型的なヨーロピアン美女である。父親は男爵で、外交官という貴族の名家に生まれるが、1949年共産主義化した祖国を亡命し一家共にアメリカへ。1958年にミュンヘンに戻る。『ピンク・パンサー2』(1975)などに出演している。ちなみにマクシミリアン・シェルとマリア・シェルはいとこである。 そして、もうひとり捨てがたいのが、ルビーを演じるキュートなアンジェラ・スコーラー(1945− )である。彼女は1967年に『007/カジノ・ロワイヤル』にも出演しているが、実にキュートでノーテンキな男好きするタイプの女性である。 こう言うと御幣があるかもしれないが、その笑顔≠フノーテンキさが、男にとってはお手頃な印象を与える何とも下半身の親近感≠ェ抑えきれない魅力的な女性である。ちなみにダイアナ・リグの次に主要ボンド・ガールとして名が挙げられるのは彼女である。 ■その他の死の天使たち 食事の席でボンドの右隣に座るクールな巨乳美女(スカンジナヴィア美女=ヘレン)を演じるのは、ジュリー・エーゲ(1943− )である。彼女はノルウェイ出身の女優で、1962年にミス・ユニバースのミス・ノルウェイにも選ばれたことのある女性である。 1986年に乳癌になるが回復。現在はオスローの病院で看護師として働いているという。本作でもクールな風貌に巨乳という、無敵のギャップによって目立ちまくっています。 オーストラリア美女としてアヌーシュカ・ヘンペル(1941− )が出演している。彼女は今や有名な建築デザイナーとして活躍している。元々ニュージーランド出身の羊飼いの娘だった彼女は、シドニーに移住し、1962年に英国に渡る。本作出演後、ラス・メイヤーのソフト・ポルノなどに出演しながら・・・ 1978年にブレイクス・ホテルのインテリア・デザインを担当し、デザイナーズ・ホテルの有名デザイナーとしての仲間入りを果たす。まさにポルノ女優からインテリア・デザイナーとして大成した彼女は、後ろ盾としてサーの爵位を持つ夫の人脈がモノを言ったとはいえ素晴らしいの一言につきる。 アイルランドの美女を演じるジェニー・ハンレイ(1947− )。私的にはかなり好みの風貌の女優さんであるが、この作品の彼女よりも他の作品の彼女の方が間違いなく魅力的である。 そして、英国美女を演じるジョアンナ・ラムリー(1946− )。今や英国TV界の最強キャラクター(化け物のような風貌も含めて)になってしまったが、若い頃からその片鱗は伺える。シドニーにいた時も彼女のTVドラマは非常に人気があった。とにかくテンションの高さでは英国有数の女優だ。 余談ではあるが、テリー・サバラスは、撮影中にちゃっかりアメリカ美女を演じていたサリー・シェリダンとよろしくやっていて、後年に子供まで産ませた。ちなみに彼女の娘(サバラスとは別の男との間に出来た子)は「デスパレートな妻たち」のニコレット・シェリダンである。 ■壮大なアルプスの絶景 007と言えばその魅力の一つは、現実離れした壮大なアクションにある。本作においても、スイスの雪山という設定を生かした様々なアクションが連発する。スキー→凍結した道でのカーチェイス→ストックカー・レース→雪崩に追われながらのスキー→ボブスレーとその流れは、素晴らしいテンションを保っていた。 しかし、何よりも素晴らしいのは、一面真っ白の白銀の海原をスキーで滑り降りていく、悠々とした空撮映像の数々にある。ただのアクション映画にはない何かがボンドムービーだけにあるとすれば、それは優雅さ≠ナある。この優雅さの中で観客は、時と現実を忘れ、よりアクションにのめり込めるのである。 景色も美しければ、音楽も甘く、ロマンスもさらに甘く、そして、最後に苦味を利かせる締めくくり方。その味わいこそが本作がボンドムービーの中でも最高傑作だと、言わせしむるポイントなのである。 本作からボンドムービーに初めて登場したスキー・アクション。007の魅力は大自然との格闘でもあった。そして、それが失われていく度に、必ず007はつまらないものになり、自然への回帰を繰り返していった。 ■再び降臨する白銀の女神トレイシー ミニスカートにスケートシューズ姿で白銀のリンク上に颯爽と再登場するトレイシー。敵に追い詰められ途方にくれるボンドを助ける彼女の存在は、女版ボンド=トレイシー・ボンドと呼ぶに値する頼もしいものだった。 そして、吹雪の中、山小屋の中で愛し合う二人。どんな貧乏臭い空間もボンドムービーにかかればゴージャスな空間と化す。翌朝カップルで大雪原を直滑降する時に見つめ合う笑顔の二人。極限の中で男と女が愛し合うその姿。「シンプル!」とむしろ楽しむ様子で共に逃げるトレイシーを見つめるボンドの頼もしさ。この作品の二人の関係は、恋人同士というよりも夫婦そのものだった。 ■テリー・サバラスの名演 撮影のために3qもの雪崩を実際に起すというボンドムービーらしいむちゃさ加減の中、ボンドとブロフェルドのボブスレーを使った追跡戦によって幕は閉じられる。 それにしても死の天使たち≠使って、催眠術によりオメガ≠ニいうウイルスの入ったスプレーと無線機のついたコンパクトを所持させ、世界の主要10カ国に散らばせる。そして、細菌によって世界を脅迫し、世界を手にしようとするブロフェルドの計画の壮大さ。 この手の込んだむちゃくちゃな作戦で、世界征服にこだわる姿勢に昔のボンドファンは惹き付けられた。ボンドムービーの敵役は決して麻薬取引や私財を肥やすタイプの男であってはいけない。私的におもしろくない作品は、ほぼ一貫して敵が小物過ぎるという点にある。 ボンド映画は実は、ボンド以上に敵役が重要なシリーズである。そういった点においては、本作のテリー・サバラスは文句なしのキャスティングだった。 ■マニーペニーの涙 ジェームズ・ボンドが唯一結婚したのは、このトレイシーとである。そして、この結婚式に出席するお馴染みの面々。MとQとマニーペニー。特にマニーペニーの姿は、名演と呼ぶに値する芝居だった。彼女はこれからも007映画の常連として登場することになるのだが、マニーペニーのようなボンドが変わろうとも常にそこにいる役者の存在があったからこそ007は存続できたのである。 そんな彼女がボンドを見つめる淋しげな視線に気づいたボンドが、帽子を彼女に向って優しく投げつける。それをキャッチして涙ぐむマニーペニー。トレイシーの涙を拭う<Vーンに次ぐ本作の名シーンである。 ちなみに結婚式のシーンは僅か数分のシーンだが、5日間かけて撮影されたという。 ■ダイアナ・リグがいたからこそ・・・ 「疲れて眠ってるだけだ。急ぐ必要はない。僕らにはいくらでも時間があるんだから」 最後の最後にトレイシーがブロフェルドの復讐により殺害されてしまう。亡骸となった妻を抱きしめ、彼女の結婚指輪を見せ、吐くセリフ。美しいリスボンの海が見える丘の中腹で起こる悲劇。その余韻としばしの沈黙・・・本作がまさしくただのアクション映画からそれ以上のものに昇華した瞬間だった。 そして、レーゼンビーの魅力以上に、ダイアナ・リグという女優の素晴らしい存在感が本作を支えていたことを再認識させる瞬間だった。彼女こそただ一人ボンドの妻を演じた女優であり、演じるに値する力量を持った女優だった。 ■ダイアナ・リグとジョージ・レーゼンビー 実際の所本作は、原作においては『007は二度死ぬ』の前の作品に当たる。当初映画版『007/サンダーボール作戦』の後に製作する予定だったが、冬のロケに間に合わず、前倒しをして『007は二度死ぬ』を作ることになった。 本作は700万ドルの予算をかけて、1968年10月21日スイスでのロケから撮影は始まり、1969年6月23日に撮影は終了した。レーゼンビーが僅か一作だけ演じたボンドということもありヒットしていない作品だと見られがちだが、実際の所は、世界中で8700万ドルを稼ぎ出す大ヒットとなった。そして、日本においても1970年度の洋画興行収入第4位(1億3950万円)を記録する大ヒットとなった。 本作のレーゼンビー・ボンドがあったからこそ、間にコネリーを挟み、ロジャー・ムーアが違和感なく受け入れられたのかもしれない。しかし、私的には、レーゼンビーはボンドとして申し分のない役割を果たしていた。確かに一部のシーンを吹き替えるほどにオージーイングリッシュが抜け切らなかったようだが、そんなものは時が経てば改善されるものである。 運動神経のないムーア・ボンドの腰砕けパンチと、へっぴり腰のキックを見せ付けられる度に、レーゼンビーがボンドを続投していればと思わずにはいられない。本作以降ボンドはロマンティックな展開は見せかけだけのものになっていく。特にムーアの作品においては・・・ − 2008年1月1日 − |