危機の真相:○○ノミクスは悪徳商法=浜矩子
毎日新聞 2013年01月21日 東京朝刊
アベノミクスなる言葉が、無闇(むやみ)に飛び交うようになった。これはいけない。
この種の称号が付いてしまうと、その対象について人々はものを考えなくなる。名前が付いた時点で、中身に関する説明が不要であるかの幻想に陥る。さらに危険なことには、ある特定のイメージを信じ込まされる恐れが出てくる。アベノミクスって、株が上がることでしょ。物価が上がることでしょ。円安になることでしょ。こんな具合だ。
こうしたイメージ操作が最も奏功したのが、80年代のレーガノミクスだった。ご存じ、米国のレーガン政権の経済政策が、この呼び名で知られるようになった。我々は、アベノミクスにたぶらかされてはいけない。そのための予防学習として、レーガノミクスのまやかしのカラクリを振り返りたい。
レーガン陣営は、当初からレーガノミクスという用語の普及に余念がなかった。ネーミングが定着すると同時に、ある特定のイメージが人々の頭の中にすり込まれて行くことを目指した。そのイメージが「サプライサイドの経済学」だった。レーガノミクスとは、米国経済のサプライサイド、すなわち、供給力を強化するための政策体系に他ならない。この観念を徹底的に売り込んだ。供給力の強化で、インフレ無き高成長を実現してみせる。そのように豪語したのであった。
レーガノミクスとサプライサイドの二つの言葉が、メディアを踊り狂う。書店は、二つの言葉をタイトルに織り込んだ解説本、そして「怪説本」であふれかえった。
実に良くできたイメージ作戦だった。だが、実態はかけ離れていた。レーガン政権下の経済運営は、供給力強化とは程遠い、バラマキ型の需要大拡張政策だった。財政収支も対外収支も大赤字になり、レーガノミクスはサプライサイドの強化どころか、「双子の赤字」というフレーズを産み落とすことになった。インフレ病に侵されていた米国経済を、さらに病状深化の方向に追いやって行く。明らかに、そのような力学を内包する政策だった。
ところが、ここから先が面白い。恐ろしいといった方がいいだろう。羊頭狗肉(ようとうくにく)のサプライサイドの経済学は、数字をみる限り、何と、インフレ無き高成長を実現する格好になったのである。実質経済成長率は、久々に3%台に乗せた。一方で、インフレ率は2%に向かって鎮静化していった。