「デスブログ」といういじめ

山口浩

2013年01月18日 23:41

あるタレントのブログを「デスブログ」と呼ぶ人たちがいる。「このデスブログに書かれた人物や企業などはかなりの確率で不幸に見舞われるため、「デスノートのブログ版」としてこの名が定着している」(ニコニコ大百科による説明)のだそうだ。今問題になっているボーイング787旅客機についてもこのブログで言及があったという情報が出ていたが、それだけでなく、少なくとも過去数年にわたって、数多くの例で、何かよくないことが起きるとこの「デスブログ」が検索され、「ほうらやっぱり書いてあったやっぱりデスブログだ」と囃し立てる事例が、少なくともネット上では相次いでいる。

この件、前々から気になっていた。これは「いじめ」ではないのだろうか。

誰のブログであれ、特定のブログが「デスブログ」であるという科学的根拠はない。そのブログに何か書かれたことによってその対象に悪いことが起きる、という事実はない。一般の人々がすべて科学的根拠に基づいて発言すべきだとは思わないが、少なくともそうした「デスブログ」騒ぎが、客観的には事実ではないという点について、議論の余地はないものと思う。「いやある」と思う人は、小学校から教育を受け直すとよい。

根拠はないことはわかっているがネタとして面白いから取り上げている、というのがふつうだろう。からかっている、ぐらいの気持ちなのかもしれないし、直接このタレントに向かって言っているわけではないからいいということなのかもしれない。このタレントについて私はほとんど何も知らないが、そういうからかいを受け入れるキャラクターなのかもしれない。

とはいえ、皆がよってたかって「デスブログだ」と囃し立てるさまは、見ていてどうにも気分がよくない。この図式を、たとえば学校のクラスの中で、特定の生徒のノートを「デスノートだ」と騒ぎ立てている図と見立てたら、これはいじめとしか映らないだろう。あるいはネットの中でも、たとえばツイッターで多くのフォロワーを持つ子役タレントに対して、同じようなことをツイッター上でたくさんの人たちが発言していたら、やはりネット上のいじめだと受け取るのが常識的なのではないか。

大人のタレントに対しては何を言ってもいい、という発想なのだろうか。有名人だから何を言われても我慢すべきだと?根拠のある批判ならそれもある程度はいえるかもしれないが、これはそういう話ではない。当然だが、このタレントは、別に旅客機に悪さをしたわけでもパンダの赤ちゃんを殺したわけでもない。にもかかわらず、こんなことを言うのは、クラスメートに「お前汚いからあっちいけ」と言うのと同じレベルの、言いがかり以外の何物でもない。このまとめは、今見た時点では50万以上のアクセスがあり、141人がお気に入りにし、381人がリツイートし、304人が「いいね!」をしている。もちろんこの他にも、この手のものは山ほどある。これが「皆でよってたかって」でないとしたら何だというのか。

本人は気にしないと言っているのかもしれない(実際どうなのかは知らない)が、本人が気にしていないからいじめてもいいというのは、いじめ事件でしばしば見られる、いじめた側の言い訳とそっくりだ。このタレントが有名人であるという点をふまえれば、こうしたいじめが放置されているから、いじめが許される行為と思う子どもが出てくるのだ、ぐらいのことは言ってもいいのではないかと思う。

いじめについては、いろいろな人が「許されない」と発言し、いじめる人たちに対する厳しい批判も多くみられる。にもかかわらず、「デスブログ」については平気で囃し立てるさまは、私にはどうにも不可解だ。仮に百歩譲って、当該タレントに何か批判されるべき理由があるとしても、「だからといっていじめていい理由などない」というのがいじめに関する一般的な考え方ではないのか。

「そこまでおおげさに言わなくてもいいじゃん」といった声が聞こえてきそうな気がする。確かに私が考えすぎなのかもしれない。しかし、いわれもない批判(直接本人に言ってないからいいというなら、「陰口」と言い換えよう)を寄ってたかってしながら平気でいられる人が、したり顔で「いじめは許さない」とか言っても、説得力はない。少なくとも私にとっては。その上であえて断言するが、もし私の考えが少数派なのだとしたら、いじめ問題の「解決」などまず不可能だろう。「デスブログ」を見て人々が笑う構造こそが、いじめの温床そのものだからだ。

※追記

一晩たったらそれなりに反響があったようだ。この問題に関心を持つ人がたくさんいたことはいいことだと思う。この文章に賛同する意見を書かれた方の方が多いが、それはこの文章が反論しにくい書き方をしていることを前提とすれば、さほど不思議ではない。ともあれ、同様の意見は昨日以前にはあまり見かけなかったので、「あれはおかしいんじゃないか」という声を上げづらい状況があったのだな、ということは実感する。それはまさに、いじめを指摘しづらい私たちの日常生活の状況そのままだ。

一方、反論や批判の声も見た。「芸能人は別」「自分がきっかけを作った」「あっちも商売に使っている」「あれはいじめじゃない」等々。いじめ問題でもこの種の意見は必ず出てくるので、まあ予想の範囲ではある。ある意味勇気のある人だと思うが、そもそも私はこういう考えの人たちを批判ないし糾弾したいのではない。いじめに関する私の意見は前に書いた。いじめを「どこかにいる悪い奴」がやる「絶対に許せない行為」とみるのではなく、私たちの誰もが日常生活の中で思わずやってしまったりすることととらえるべき、という意見だ。

報道で見聞きして誰もが憤るひどいいじめも、最初はささいな、笑ってすませられるようなことから始まったのだろう。それがエスカレートしていくと、犯罪としか呼べないようなおぞましい行為となる。重要なのは、それらの間に自明な「一線」などない、ということだ。その自覚なしに、いじめ問題が解決することはない。

いじめを「根絶」すべき絶対悪ととらえると、それらは「自分たちの身近にはあってはならないもの」とされる。結果として、現実には存在するいじめが隠され、否定され、忘れられることになる。そうではなく、私たちが何の気なしにやっていることもいじめとなりうることを意識し続けることしかない。このタレントのケースも、それが日常的な行為なのか許せないいじめなのかは人によって意見がちがうだろうが、1つの線上にあるということは意識しておくべきだろうと思う。その意味で、この問題についてさまざまな意見が出てきたことは、それ自体、私にとってうれしいことだ。

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駒沢大学准教授。金融・情報の技術のニュース解説・分析を行う。

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