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前回、書きました
「1970年大阪万博の軌跡」で見た未来への希望(中編・万博を支えたもの)」 から間をあけてしまいましたが、いよいよ最終回。 当時、考えていた未来…つまり約40年後の現在からみたものは どんなんかな?という事でイロイロ書きたいと思います。 ↓大阪万博ポスター 福田繁雄さん(故人)デザインのポスター。 1970年代といえばMacintoshでIllustratorなんかありゃしないし 多色カラー印刷技術も低い時代。 多彩なグラフィックデザインを如何に印刷で表現するか 職人の技に委ねられた事を考えるとスゴイですね。 私は同じような現場作業をしていますがあえて、 「デザイナー」と「オペレーター」という言い方で区別しています。 これだけのものを描き上げる人はもう多くはいないでしょうね。 コンピューターに頼りきりの現在が本当に「人類の進歩」といえるかどうか? 当時を知りることで得るモノって結構多いですよねぇ。 ↓リニアモーターカー 当時は「高速化」という実用面以外に「快適性=豊かな空間」 というのがキーワードだったように感じます。そして「省エネ」。 写真では撮れませんでしたが、中はサロンのようなソファーが並べられ いつしか未来は「快適性=効率化」にすりかわったように感じます。 新幹線から食堂車が消えたのもそんな時代の変化なんでしょうね。 ↓ワイヤレスホン あくまで携帯電話でなく「ワイヤレスホン」。いわゆる「コードレス電話」ですね。 残念ながら大阪万博当時のブースは展示されていませんでした。 今でこそ当たり前ですが、当時は画期的な技術で なんと電電公社(当時)から実用市販化されたのが1980年だから なんと10年の歳月を経てるんですよね。 さらに8年後の、1987年には初の携帯電話「TZ-802」が発売。 当時は重さ約900グラムもありながら 連続通話時間約60分、連続待受時間約6時間で、当たり前ですが メールなんてありゃしないです。 それでも値段は29万8300円。さらに保証金20万円、月額使用料は2万3000円って なんじゃらほいってカンジですな。 ↓三洋電機「ウルトラソニック・バス」 平たく言えば「人間洗濯機」ww ちゃんちゃらおかしな話ですが、現代版は「介護用入浴装置」。 こんなんでちゃんと洗えたのかナァ。 一応、マッサージ機能もあるそうですが、頭は出すので 結局、自分で洗うんじゃん!みたいな。。。 風呂は普通に入りたいですよね。こいう未来はイヤだな(笑) ↓三洋電機「電動自転車」 当時、万博会場内を走っていたらしいです。 残念ながらスペックは不明ですが、省エネ時代ゆえに「石油」でなく「電気」こそ 未来のクリーンエネルギーだったんでしょうね。 1970年代は発電方法も軽水炉による原子力発電にシフトした頃とはいえ 40年経った現在でも蓄電方法は「これ」といったモノがなく なかなか「脱石油」とはいかないですね。 でも、いずれ電気にシフトした時代に産油国はどうなっちゃうんでしょ。 右側の「文楽人形」は当時の復元モデル。 現在のロボットのように間接部にサーボモーターを入れたアクチュエーター なんてなかった時代なので、動作は全て「エアーコンプレッサー」です。 そいや昔に限らず、今のテーマーパークなんかである人型ロボットで、 「プシュープシュー」って聞こえるアレと同じ原理ですね。 ↓渦巻都市 当時、考えた未来の都市だそうです。 これを見て私はパリの「エトワール式都市」を模した 田園調布の「放射状道路」を思い出しました。なんと大正時代の話。 効率化を求め、戦後に碁盤の目のような道路に区画整理され 四角いビルが立ち並んだ時代は、奈良時代の「平城京」と考えると 退化したのか?進化してるのか??? そして最後は… ↓月の石 わしゃ当時を知らないので… 「こんな小さいし、シリコンで固められてるのか」と少々ガッカリ。 隣にいたおばあさん曰く…「島屋で見たのはもっと大きかった」 いつの時代か知りませんがww ようは、大きいのは「アメリカ館」で展示されていたもので 今回展示されていたのは「日本館」で展示されていたものだそうです。 …ってパンフレットにかいてあるやん。。。 なんでも当時は何時間も並んで病人が出たそうで、その対策として 急遽、日本政府に送られていたものを展示したのがコレだそうです。 長々と3回にわたって書きましたが 「進歩」は遂げても「調和」には至ってないのが40年後の現在なんかな? 某映画の宣伝的要素があったが故に 大阪万博のメッセージ性が伝わりにくかったのが残念ですが 少なからず、今の自分にとって影響のある展示会でした。 さて、自分が死ぬまでにどう変わるのかな??? |
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