アニメの演出・監督というのは、どのような仕事なのでしょうか?
よくね、親戚のお兄ちゃんお姉ちゃんなんかにも「アニメの演出って絵を描くの?」なんて聞かれるんですよ。「いや、描かないんですよ」って答えると、「じゃあ何するの?」って(笑)。これはなかなか難しいですね、説明しづらい。
最近は、「演出・監督っていうのは、みんなにこれこれこうしてくださいってお願いする役、注文する役」っていう言い方をしています。アニメは、絵を描く人、色を塗る人、音を入れる人、声を出す人、いろいろと分業がされているんですけど、みんな指示を受けなければ動けないんですよね。それぞれがバラバラなことをしていたら支離滅裂なことになってしまいます。そうならないための統率役ですね、旗振り役。すべての部署に対して「こうしてください」ってお願いする役割が演出であり監督であったりするわけです。
山本さんはずっと演出家を目指していらっしゃったんですか?
最初は漫画家を目指してました。子どもの頃は漫画家だったんですけど、自分の絵があまりにひどいと自覚してやめたんですね。でも、あるとき宮崎駿さんの『天空の城ラピュタ』っていう映画を観て、再燃したんですよ。「やっぱ俺、これやりたい、こういう商売やりたい!」って思って、もう一度絵の勉強を始めたんですけど、それでも絵がうまくならない。高校、大学と美術部にいたのにどうにも(笑)。「これはどうあがいても絵はうまくならないな」って思っていたちょうどそのときに、絵を描かなくてもアニメの仕事ができるというポジション、ものづくりができるポジションという「演出・監督」っていうのを見つけて、「じゃあそれをやろう」とシフトしたんです。
『天空の城ラピュタ』が山本さんをアニメの世界にいざなった。
これがなければやってなかったですね。それだけ僕の人生を捻じ曲げた作品です(笑)。でも、当時、まわりは「ナウシカだ!ナウシカだ!」ってえらい盛り上がってたんですけど、僕自身は宮崎さんに関してはほとんど興味がなかったんです。
それが、偶然テレビをつけたらやってて、途中から見たんですよ。そこから金縛りにあった(笑)。「あ、これだ!」って思ったんですよ。いや、カルチャーショックって言ったほうがいいですね。夜、寝られなかったですから。頭の中で何度も何度も『ラピュタ』のシーンが反芻されて。本当に寝られなかったなー。えらいもの観ちゃったって思った。で、翌日から「俺はこれやるんだ」って。
でも、慎重になってるんです、漫画家になろうと思って挫折したっていう経緯があるから(笑)。慎重に慎重に、この作品を作った宮崎駿という男は何者だってことを勉強し始めたんですよ、本屋に行って宮崎駿関連の本や雑誌をあさったりして。そのうえで、「あ、これは本物だ、間違いないな」と思いました。確か中学3年の頃ですね。
中学3年と言ったら、進路を決めなきゃいけない時期ですよね。その時期に、「俺はやっぱりアニメをやるんだ、そのためにはあの高校に行ってあの大学に行って」みたいなことを考えてました。その割には何にもかすってないですね、自分の進路とアニメは(笑)。
実はこれも宮崎さんの教えなんですよ。ある人が宮崎さんに、「僕はアニメの仕事がしたいんですけどどうしたらいいんですか?」っていう手紙を送ったら、返事が来たんですって。そこに、「絶対にアニメの専門学校とか美大とかに行くな、普通の大学を出ろ、そこで見聞見識を広めて、ありとあらゆるものを吸収してから業界に来なさい、でなきゃお前は使えないよ」っていうような内容の。それをどこかで見てたんですね僕は。従いました(笑)。
大学時代からアニメの活動はされていたんですか?
アニメーション同好会で自主制作やってました。ノウハウも何もない状態から(笑)。
パラパラマンガって難しいんですよ。絵を固定しないと、ずれちゃって何がなんだかわからなくなるんです。なのでタップっていう道具で絵をガチッと固定して、同じ位置でちょっとずつ違う絵を描いていかなければならないんですが、そこから勉強して、本当につたないものですけど、何とかアニメ作品を数本作りました。
実写の特撮ものもやったりしました、だんだん調子に乗っちゃって(笑)。その当時、サークルのメンバーがやたらめったらいたんですけど、「これだけいるんだから何かやろうぜ」、みたいな雰囲気になって。学生時代最後の『怨念戦隊ルサンチマン』っていう作品は、いまだにネット上にアップされてますけど、大掛かりでしたね。50人以上いたんで、ちょっとした映画の現場でしたよ(笑)。おもしろかったですよ。
そこからプロとなり、たくさんの作品を作られてきたわけですが、一番気に入っている作品を教えてください。
よく聞かれるんですけど、作品はすべて自分の子どもだっていう意識があるので、どれがかわいいって言っちゃいけないことだと思うんですよ。自分の子どもに、「お兄ちゃんのほうがかわいいよ」なんて言っちゃダメですよね(笑)。
なのでなるべく言わないようにしているんですけど、一番手がかかったから思い入れのある“子”っていうのは『フラクタル』ですね。これがホントに手がかかったんです。初めてのオリジナルってことを抜きにしても、「何を作ればいいんだろう、どうすれば響くんだろう」っていう、その迷いがモロに出ちゃいました。いや、そういう思いそのものをぶつけてみようと思ったんです。だから正直に語りつくした作品だなあって思っています。ぜんぜん売れなかったですけどね、駄作の象徴みたいに今も言われてますし(笑)。
ただ、僕のファンの年上のシングルマザーの方は、これを観てくれて嗚咽がでるほど大号泣したって言ってくれました。ヒロインの声を当ててくれた津田美波さんという人も、アフレコの前に素材を観て号泣したらいいんですよ。最終話のラストシーンは夢も希望もない終わり方をしているんですけど、そこに当時の自分の気持ちを全部こめたんですね。そしたら二人の女性が泣いてくれたんで、まあいいかと。二人に響いたからいいやって思いますね。
演出家として、監督として、表現する上で心がけていることはありますか?
最近、いろんなところで「エンタテインメントとはなんぞや」っていう激論になるんですけど、この間も、「エンタテインメントは客に言われたことを全部やるんだ」って言った人間がいたんです。僕はすぐに「じゃあお前は客に靴なめろって言われたらなめるのか?」って反論したんです。「なめろって言われたらなめるのがエンタテインメントなの?違うでしょ?」て。自分の正直な、素直な思いが、可能な限りのパーセンテージ乗っかってないとウソになるんですよ。「客の言うことをすべて聞け」って時点で、すべての表現はウソになっちゃうじゃないですか。客がおもしろければそれでいい、なんて問題じゃない。礼儀礼節の問題です。ウソを届けるのは客に対しての最大の侮辱ですよ。
こういうことを言うと、「山本さん、それは芸術ですよ」なんて言われるんですけど、違うんですよ、エンタメと芸術を分けて、そういう線引きをして逃げちゃうんですよ、最近のアニメ業界って。本当に胸糞悪いんですけど、それで逃げちゃって、思いを伝えることも忘れて、すごく馴れ合っちゃってる。で、飲みの席になると、「最近のアニメ、つまんなくてさー」なんて言ってる。あれが腹が立つんですよ。そういう人は表向きは「僕はアニメが大好きです」なんて言ってるんですよ。冗談じゃない、お前がつまらなくしてるんだよ、ホントに殴ってやろうかと。
だから最近とくに強く思うのは、作品にちゃんと自分の思いを乗せるっていうことです。もちろん、客の反応を無視しようなんて思ってはいません。コミュニケーションですよね、客との。客が楽しむためにはどうすればいいかっていうことをしっかり考えて、最後の一味に自分の思いを乗せるっていう作業は絶対にしなければいけないと思っています。
お話を伺っているととてもストレスがたまりそうですが、どのように解消しているんですか?
尊敬する宮崎駿さんは、「ストレスはどこかで解消するんじゃない、作品で解消するんだ」ってかっこいいこと言ってるんですよ。僕は無理です(笑)。それをやったら、さっきお話した『フラクタル』になっちゃったんで、もう、ちょっと、やめとこうと。
だから主に酒ですね。一人居酒屋も家飲みも大好きなんで。喋るのが面倒くさいときは一人で居酒屋で飲んでます。もちろん知り合い誘って飲みに行くこともありますけど、そこでするのは延々仕事の話です(笑)。
宮崎駿監督とお会いしたことは?
一回だけお会いしたんですけど、秘書の方が僕のことをアニメ監督としてではなく、映画監督の山本さんですって紹介したんですね。2010年に『私の優しくない先輩』っていう実写映画の監督をしたときに、その関係の仕事でお会いしたということもあったんですけど。
宮崎さん、僕をアニメとは縁もゆかりもない人間だって勘違いしたんでしょうね。ああ、実写の方ね、って。「ジブリ、珍しいでしょ、この机なんかも見たことないでしょ?」なんて。アニメの作画では特殊な机を使うんです。面が斜めになってるその机の歴史を、「この机は60年前に~」なんて語り始めたんです(笑)。一般人と思ってる相手にその話を延々とする宮崎さん、凄いですよね。「使い方にもコツがあるんだよ」なんて話してくれるんですけどね、俺も大体わかってるし、うちでも使ってますし(笑)。絶妙のかみ合わなさでした。だから、会ったうちに入るのかっていう(笑)。
とにかくおしゃべりな方でしたね。あの好奇心っていうか、何もかも語りつくそうっていう姿勢が、今のアニメのクリエーターには足らないんですよ。僕にもぜんぜん足りない。おしゃべりじゃなきゃいけないんですよ。机ひとつにしてもよどみなくしゃべる宮崎さんを見て、やっぱりこうじゃなきゃいけないって思いました。以前誰かに、「芸人並みのおしゃべりじゃないとアニメ監督は務まらない」って言われたことがあるんですけど、「ああまさにそのとおりだな」、とも思いました。だからあんまりしゃべらない監督を見ると、「お前大丈夫か?」って心配になりますね(笑)。
そんな山本さんが出されるメルマガ、どのようなものになるのでしょうか?
僕はツイッターでつぶやくのが大好きなんですけど、ツイッターのダメなところは140字以内であるということです。だから長文の論考には向かないんですよ。読み手は、並べてみたらもちろん理解できるんですけど、リツイートされるじゃないですか。あれ、全部されればいいんですけど、一部だけを取り出されると文脈変わっちゃうんですよね。そうなると誤解されて伝わる可能性があるので、僕もだんだん140字以内でサラッとまとめるのが癖になってきちゃったんです。それでも誤解が生まれる可能性があるんですけど、それについて僕は「もういいや、お前らが適当に考えろ、解釈はご自由に」って。
まあでも、「変に誤解を与えて炎上させて、っていうのもちょっとつまらんな」と思うところもあって。ちゃんと一から十まで、誤解のない文章で説明したほうがいいこともあるわけじゃないですか。なので、『日々妄想』というコーナーでは、きちんとした長文の論考をまとめていこうと思っています。
そしてもうひとつが『「妄想ノオト」講義録』、これは完全に演出論です。講義みたいなことをやろうかなと思ってます。自分の作品も含めて、映画なり映像作品を取り上げて、分析をしたり、自分なりの解釈というか、映像論や演出文法を披露する場にしようかなと。
あとはQ&Aコーナー。ツイッターでも明かせないような内容のQ&Aにできればいいなと思ってます(笑)。
最後に、読者にメッセージをお願いします。
ツイッターでは言えない内容にしたいと思います。ツイッターのつぶやきが激減して、メルマガにシフトすることになると思うので、僕に興味がある方はぜひ読んでくだされば、と。
ツイッターでつぶやくのがもったいない、ってことになってくると思うんですよ(笑)。だからツイッターは「朝の挨拶」と「今日何食った」ぐらいになって、あとは全部メルマガに、という。
あとは、あんまりそう思われるのは嫌なんですけど、“業界のご意見番”みたいになってきちゃっていて、ちょっと業界で事件が起こると「山本さんどう思いますか?」ってくるんですよ。今までは可能な限り答えるようにしてきたんですけど、それも全部メルマガに書けばいいのかな(笑)。
山本寛さんプロフィール
1974年生まれ。大阪府出身。京都大学文学部卒業。アニメ制作会社Ordet代表取締役社長。アニメーション作品として『らき☆すた』『かんなぎ』『フラクタル』をそれぞれ監督。実写映画として『私の優しくない先輩』を監督し、2010年度TAMA映画賞最優秀新進監督賞を受賞。新作『Wake Up, Girls!』を準備中。