アルジェリア事件「武装勢力」を追い詰めた「利権構造の破壊」
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アルジェリア東部の天然ガス関連施設で日本人を含む多数の外国人が人質となった事件は、本稿執筆時点(日本時間1月18日未明)でアルジェリア軍による救出作戦が終了したとの情報があるが、人質の安否については明確な情報がない。
事態は刻々と動いており、不確定要素があまりにも多いが、本稿ではアルジェリア南部を中心とするサヘル地域(サハラ砂漠南縁部の半乾燥地帯)で、イスラム過激主義を掲げる武装集団が勢力を拡大し、今回の事件を起こした理由を考えてみたい。
キーワードは「身代金」と「コカイン取引」だ。
首謀者「ベルモフタール」
各種報道によれば、犯行声明を出した武装集団のリーダーはモクタール・ベルモフタール(Mokhtar Belmokhtar)だという。報道が正しいとすれば、これはアルジェリアで誕生し、現在はマリ北部の実効支配に深く関与しているアルカイダ系テロ組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織(AQIM)」の元ナンバー2だった男だと思われる。AQIM誕生の経緯、マリ北部への関与については筆者が以前、フォーサイトに書いた次の記事などをご参照いただきたい(2012年10月30日付「大統領選後のアメリカ外交の隠れた焦点~西アフリカへの軍事的関与」、2012年3月23日付「マリのクーデターの衝撃」)。
ロンドンに拠点を置くアラブ世界に関する専門雑誌「Al-Majallah」の1999年3月14日の記事によると、ベルモフタールは1972年6月1日にアルジェリア北部のガルダイアで生まれた。ガルダイアはサハラ砂漠の交易ルートの「北の玄関」だ。
1991年にアフガニスタン、パキスタンへ渡り、アフガンのジャララバードに存在したアルカイダのキャンプで訓練を受けた。1993年に故郷ガルダイアへ戻り、帰郷後は「Katibat Al-Shuhada」と称するイスラム原理主義組織を立ち上げた。その後、サハラ交易を取り仕切るトゥアレグ人の有力一族から計4人の女性を妻に迎えたことにより、サハラ交易の利権を手にすることになったという。トゥアレグ人はアルジェリア、マリ、ニジェール、リビアなどの国境をまたいでサハラ砂漠の広い範囲に住む交易を生業とする遊牧民であり、マリ北部で昨年、一方的な分離独立を宣言した「アザワド国」の建国主体でもある。
南部への勢力拡大
1998年9月、AQIMの前身である「布教と聖戦のためのサラフィスト・グループ(GSPC)」がイスラム過激主義者のハッサン・ハッターブによって設立され、2003年初頭にリーダーがナビル・サハラウイに交代した。この時、新リーダーのサハラウイによってGSPCに迎えられたのが、今回の襲撃・人質事件の首謀者とみられるモクタール・ベルモフタールだ。
ベルモフタールが任されたのは、それまでアルジェリア北部に拠点を置いていたGSPCの活動域を南部のサハラ砂漠方向へ拡大することだった。組織の側からみれば、アフガンで訓練を受けた筋金入りの過激主義者であり、なおかつサハラ砂漠の交易利権を押さえているベルモフタールは、南部への勢力拡大の格好の推進役だったのだろう。GSPCがウサマビンラディンの国際テロ組織アルカイダとの関係を強化し始めたのはこのころからであり、2004年のアブデルマレク・ドロウデルへのリーダー交代を経て、2007年に組織名を現在のAQIMに変えた。
米ソ両大国が反政府武装勢力に資金援助した東西冷戦時代とは異なり、今日の武装勢力が直面する大きな課題は活動資金の確保である。1990年代のアンゴラ内戦、シエラレオネ内戦ではいわゆる「血のダイヤモンド」が資金源となり、コンゴ民主共和国東部の紛争では、今も金やタンタル原石が武装勢力の資金源となっている。
だが、AQIMの活動域であるサハラ砂漠の地下資源は、アクセスが容易でない。この地で採掘される石油、天然ガス、ウランなどはいずれも国際資本による大規模開発を必要とし、武装勢力による支配を許さない。
そこで、AQIMが資金源としたのが「身代金」と「コカイン取引」である。
「身代金」を活動資金に
アルジェリア南部からモーリタニア、マリ、ニジェールに至るサハラ砂漠周辺域は、欧州人にとっては大自然を満喫できる観光地の1つだ。マリ中部にはサハラ交易の歴史都市として世界遺産に指定されたトンブクトゥの街もある。
サヘルに精通したGSPC(後のAQIM)のベルモフタールは、この欧州人の観光客たちに目をつけた。2003年2月、欧州人32人を拉致し、アルジェリア南部、さらにはマリ北部へ連行した。ドイツ政府は500万ドル(約4億4000万円)の身代金を支払い、人質は解放された。アルジェリア治安当局の追跡をかわすため、ベルモフタールは中央政府の実効支配が十分に及んでいないマリ北部へ逃げ込んだ。これが、AQIMのマリ進出の一大転機となり、9年後の2012年のマリ北部の分離独立へとつながっていく。
ベルモフタールはマリ北部を拠点に配下の戦闘員を指揮し、欧州人の拉致を続けた。西アフリカの安全保障問題の専門家であるニューヨーク州立大学ビンガムトン校のリカルド・レネ・ラレモント教授の調査によると、AQIMは2003-2011年に表面化しただけで61人を拉致監禁しており、人質の出身国政府(欧州)などからAQIM側に支払われた身代金は、合計で6000万-1億7500万ドル(約53億-150億円)に達したと推定される。AQIMによる拉致監禁は、建造物や航空機の破壊のようなテロ行為とは異なり、テロ行為そのものが組織の活動資金を捻出する手段になってきたのである。
南米からのコカインを中継
ベルモフタールのもう1つの資金獲得手段は「コカイン取引」への関与だ。
1990年代までの世界の違法薬物市場には「コカインの北米、ヘロインの欧州、覚醒剤の東アジア」という大まかな棲み分けがあったが、21世紀に入って世界の違法薬物の市場は大きく変わった。国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、コカイン需要が減少傾向にある米国市場に対し、欧州市場のコカイン使用者(推計)は、1998年の200万人から2008年には410万人に倍増した。
周知の通り、コカインは南米のコロンビア、ボリビア、ペルー原産のコカから抽出される違法薬物であり、生産拠点は南米に集中している。
だが、ベルモフタール支配下のマリ北部を中心とするサハラ砂漠一帯は、2005年ごろから欧州へのコカイン密輸の中継地になったと考えられている。中南米のカルテルがマリ政府のガバナンスの及びにくい同国北部に着目し、交易に長けたベルモフタールの庇護の下でコカインを欧州に向けて運んでいた可能性があるのだ(南米産コカインと西アフリカの関係については、2012年6月15日付「『麻薬国家』と呼ばれる国」参照)。
南米産コカインの欧州への供給ルートは3つある。第1はカリブ海から大西洋上のアゾレス諸島を経てポルトガルに入るルート。第2は南米から西アフリカのセネガル沖の島国カボベルデ共和国などを経由する。そして第3がマリを含む西アフリカを経由して欧州に向かうルートだ。UNODCは、3番目の西アフリカ経由ルートによる欧州向けのコカイン密輸が過去数年の間に急増し、2007年の密輸量は2002年の60倍に達したと推計している。
3つのルートともに船による海上輸送が主流だが、西アフリカ経由のルートの場合、航空機と地上輸送を組み合わせて欧州に運ぶ方法もある。
必死の抵抗
ロイター通信は2010年1月13日、米国の国土安全保障省が2008年初頭、南米大陸と西アフリカの間を往復する怪しい航空機の急増に関する報告書を作成していたと報じた。ロイター通信が入手した報告書によると、航空機はターボプロップエンジン搭載のプロペラ機や、退役したボーイング727型旅客機、プライベートジェット機など複数あり、南米コロンビアと西アフリカのマリの間を往復していたという。
2009年11月2日、マリ北部のサハラ砂漠で墜落したボーイング727の機内から、10トンのコカインが見つかる事件があった。米国のテロ対策担当者や専門家の間では、南米のコカインを扱うカルテルがマリ北部で積み荷のコカインをおろし、ベルモフタールの警備下でサハラ砂漠を北上して運んでいた可能性を想定している。ベルモフタール側は「警備料」や支配地域の「通行料」を課税し、活動資金を得ることが可能だ。
身代金獲得もコカイン密輸による資金獲得も、マリ北部という彼らにとっての「聖域」が存在した故に可能となる犯罪行為だ。現在進行中のフランス軍主導のマリ北部奪還作戦は、こうした利権構造の破壊を意味する。今回のアルジェリアの事件の詳細は現段階では不明だが、ベルモフタールが事件の首謀者だとするならば、事件の動機は既得権を守るための必死の抵抗だったのではないだろうか。
(白戸圭一)
執筆者:白戸圭一
1970年埼玉県生れ。95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。同年毎日新聞社入社。鹿児島支局、福岡総局、外信部を経て、2004年から08年までヨハネスブルク特派員。現在ワシントン特派員。著書に『ルポ 資源大陸アフリカ』(東洋経済新報社、日本ジャーナリスト会議賞)、共著に『新生南アフリカと日本』『南アフリカと民主化』(ともに勁草書房)など。
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