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納得できない『逆説の日本史』(1)

はじめに


 文字通り「はじめに」お断りしておきますが、『逆説の日本史』についての私の疑義をまとめるにあたって、その中心を、自分として最も関心があり、とりあえず読み終えている第2巻(古代怨霊編)に絞らせていただきます。
 これについては、「一部だけを取り出して…」という批判もあろうかと思いますが、このシリーズは大変な大作でいまだに完結していないため、本来の「全体」を批判することは不可能です。また、このシリーズが本来、週刊誌への連載であることを考えれば、極端に言えばその1回ずつが独立した論考と見なされてもやむをえないでしょう。

 この本(以下『逆説2』と略記します。頁数などは文庫によります)は、確かに面白く書かれています。
 これが歴史推理小説なら別に構いません。
 しかし『逆説2』を読んだ人は、この本に書かれていることこそが正しい歴史であり、歴史家や歴史教科書の内容の多くは"嘘っぱち"であると信じてしまうのではないか、それが問題だと思います。

 批判するメディアもない中で、国家が一方的に編纂した、しかも現天皇(元正)のお祖父さんのことを、皇族である息子が編纂責任者としてまとめた本−そういう本に真実が書かれていると、頭から信じている人がいたら、よほどおめでたいと言わざるをえない。
 ところが、世の中にそういう人が実在するのである、それも大勢−言うまでもなく、それは歴史学界の人々である。
 こういう人々は『日本書紀』の記述を頭から信じ込み、『扶桑略記』などには目もくれない。

(P.216〜217)

 確かに、「歴史学界の人々」は『扶桑略記』よりも『日本書紀』の方が信頼性が高いと見ている、とは言えるでしょう。
 しかし、それと「『日本書紀』の記述を頭から信じ込み、『扶桑略記』などには目もくれない」とではかなり違ってきます。ここまで言うなら、それは間違いです。
 例えば井沢氏は坂本太郎をくりかえし批判されますが、坂本には『扶桑略記』について、どういう所が優れており、どういう点が信用できないかを考証した文章があり、彼の全集に収められています。短いものですが、これを見ただけでも、坂本が決して安易に『扶桑略記』を扱っているわけではないことが分かります。

(略)古代の、重要な機関はすべて国家が握っていて、ジャーナリズムも民間の研究機関もない時代に作られた「史書」に、当事者の天武のことが正確に書いてあると考えたら、そう考える方がおかしいだろう。
 これは、学問以前の、人間としての常識ではないだろうか。
 ところが、学者先生の中には、こういう常識がわからず、あくまで「書紀」を信ずるという人が多いのである。それは「古い史料の方が、より正確である」という歴史学の基本原則(?)を、なんとかの一つ覚えのように繰り返すからだ。

 (P.221〜222)

 「なんとかの一つ覚え」「人間としての常識(がわからない)」という、相手の説ではなく人間性を非難する…こういう姿勢の著書が広く支持されるのはそれ自体嘆かわしいことです。この本を信じた読者は、もはや歴史学者の言葉には耳を貸さないことになるでしょう。
 このような姿勢は、我々一般の読者や歴史愛好者と研究者との間に新たな溝を刻む、益少ないことだと考えます。

 では、この本の内容は、これほど人を非難することができるほど完璧なものなのでしょうか。それが、そうでもないのです。
 私が『逆説2』を読んで感じたことは、大きくは以下の4つです。

 1.史料や論文等を引用する際、大事な部分が抜けていることがあります。
 2.筋の通らない論証が時々見られます。
 3.時代差を考慮しない断定をしている場合があります。
 4.その他、調査不足・検討不十分などが目立ちます。

 以下、いずれも、具体的な事例をあげて説明してみたいと思います。


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