デマ拡散者を言葉と力で叩き潰す
マンガは力と可能性を持つ偉大なメディアと思う。絵と短い言葉で読み手に強烈な印象を残すからだ。その力を存分に発揮した漫画『風評破壊天使ラブキュリ』(秋田書店)を紹介したい。
マンガは力と可能性を持つ偉大なメディアと思う。絵と短い言葉で読み手に強烈な印象を残すからだ。その力を存分に発揮した漫画『風評破壊天使ラブキュリ』(秋田書店)を紹介したい。
2011年3月に東京電力の福島原発事故が起こり、その後に放射能をめぐるデマが拡散した。そうしたデマを過激に攻撃するギャグ漫画だが、内容はしっかりしている。作者の大和田秀樹氏は被災地の茨城県出身で、東北大学理学部中退で放射線を学んだ経験があるという。商業マンガで批判のリスクを背負った大和田氏に敬意を持つ。そして放射線をめぐる正確な情報の拡散に努力を重ねる東京大学の准教授で放射線医の中川恵一氏と、チーム中川が監修している。
描写は過激で皮肉だらけだが、小気味良い。昨年秋ごろ、私は非常に憤慨する経験をした。自由報道協会の代表理事で元ジャーナリストを自称する上杉隆氏が、福島現地の映像を流した。そこで放射線測定器を出し「100マイクロシーベルト・時の数値が出た、ここは危険だ」と、「10687」という数字を見せて騒いでいた
ところが表示されたのはCPM(1分当たりの放射能計測単位、およそ60CPMは1ベクレル)と、単位がまったく違う。これはたいした放射線量ではないので、悪質なデマだ。しかも、この映像は英語字幕付きだ。日本と福島県をおとしめるデマを海外に拡散していたのだ。(ツイッターまとめ「上杉隆が計った線量は106・87シーベルト・H!⇒本当は10687cpmでした」)
これをマンガでは次のような形で描写した。簡単な突っ込みをされると、デマ怪人(上杉隆氏とは漫画では言っていないが)は「すげー弱い、ザコだぞ」と言われ、簡単に自爆する。ちなみにデマ怪人たちが水着なのは、デマ怪人のモデルの一人である俳優山本太郎氏が駆け出しの時に「メロリンQ」と叫んで水泳パンツ一枚で踊り狂っていたことをからかっているらしい。(画像は同書から)
「ウソは人々にこだましてデマとなり、デマは星を滅ぼす」
マンガのあらすじは荒唐無稽。宇宙から人をウソつきにする4つのデマゴの実が日本に落ちてしまう。それが取り付いた4人のデマ怪人を、宇宙人で謎の黒髪少女花音と、どこにでもいるヤンキー少女七海が、デマに対する怒りをこめて、風評破壊天使(デマゴーグブレイカー)ラブキュリに変身して退治する。そして花音が、謎の美人女性放射線医「川中一恵」と共に放射線を解説する。
ちなみにデマ怪人は以下の4人だ。「中絶が激増している」「子供が死ぬ」と絶叫する「メロリン二等兵」。「福島のコメはベクレている」「福島の農家に殺される前に殺す」と騒ぐ「グンマープロフェッサー」。怪しげなサプリを売りつける「サプリメントジェントル」。半分事実の混じった悪質デマを流し、工学部教授の肩書きで人を信じさせ、ツラの皮が1メートルで恥を知らない「ザ・TUBE」だ。
名前は明記されていないが、モデルは順に俳優の山本太郎氏、群馬大学教授の早川由起夫氏、失踪中の英国の自称科学者クリス・バズビー氏、最後は中部大学教授の武田邦彦氏であろう。
デマ4怪人は倒される。ところが、デマゴの実は発芽し、デマ怪人が増殖する。「子供が被曝して死んでいる」とシンセサイザーを鳴らす怪人、「福島の野菜は放射性廃棄物」とののしる女性怪人が登場する。モデルは音楽家坂本龍一氏と女優の松田美由紀氏だろう。しかし市民がデマに「シカト」と「ツッコミ」をすることで、デマ怪人たちは次々に自爆した。地球は市民の覚醒で救われた。
マンガのイメージは強烈だ。これまで私は放射能デマを見れば可能な限り打ち消した。私は原則として他人が何を言おうと関知しないが、一連のデマだけはつぶさなければならないと思っている。デマによる間違った行動は、子供に不安を与えたり、健康被害をもたらしたりして個人に実害が及ぶし、社会に混乱と負担をもたらしかねないためだ。
もちろん原発事故を起こした東京電力、適切な規制を行わなかった原子力保安院、経産省などの規制当局が、現状の混乱について責任を負い、まず批判されるべきだ。しかし、そこから生じた問題、特に無意味なデマによる混乱は、それを発信した人、拡散した人、信じた人に責任があるだろう。そしてデマは原発の是非とはまったく関係ない。事実かどうかという話だ。
しかし私の力不足もあろうが、言葉だけでは必要とする人には届かない経験が多かった。しかしマンガはイメージと言葉で強烈な印象を残す。正確な情報を文章で伝える事も必要だが、マンガという手段による社会への告知も有効だろう。中川恵一東大准教授はあとがきに記す。「漫画世代にラブキュリを読んでもらえば、きっと風評被害が破壊されます。そのことが福島と日本の未来に、すごくプラスとなるはずです」。
デマ拡散は被害者を加害者にする
印象的な言葉も多い。登場人物の花音は語る。
「ウソは人々にこだましてデマとなり、デマは星を滅ぼす」
「東北関東の広い地域がすでに汚染されて人の住むレベルじゃないとか、日本の農産品は危険だから買うなとか、およそ人の口から出たとは思えないデマゴーグ! これは一生懸命復興している人たちを踏みにじる行為。断じて許せない」
「あやふやな情報源は全部デマ、そう考えて全部シカトする事よっ!。怪人の大好物は「拡散」怖いのは「シカト」。事実だけを見て」
そしてマンガは醜い姿を描く事で、デマ発信者のいやらしさも伝える。デマ怪人は注目を集める事が快感になる。クリス・バズビー氏は放射能に効くとする怪しげなサプリメントを売っていた。その中身は100円ショップで売っているカルシウム錠剤という。
放射線医の「川中一恵」が「デマだらけでいちいち突っ込んでいたら日がくれるわ」と指摘した解説書付きの放射線測定器がある。このモデルは武田邦彦氏解説、竹書房が出版の放射能測定器であろう。(売る事に協力したくないのでリンクはしない)
測定器は市価3980円なのに、6980円で売られている。これは暴利だろう。マンガではこの測定器について、登場人物に「ガキじゃなければこんなドヤ顔できないわ」と、絶句させている。確かに見るからに写真はうさんくさい。デマを拡散している人は詐欺まがいの行為にも加担している事になる。
デマをつぶす三原則
このマンガを読んで笑った後で、私は悲しくなった。デマが流布したという事実は、日本の知的なダメさを、示しているように思ったためだ。
一部メディアなどはデマ拡散者の声を伝えた。そして武田邦彦氏、バズビー氏の言説を一瞬でも信じる人がいた。わずかでも受け入れたということは、私たちの社会の科学教育が失敗したことを意味する。
そして風評は今でも残る。福島の農業の再建の道筋はかなり困難だ。これは風評による福島産農産物の忌避が残っているためだ。民主党政権は福島の除染基準を明確にしなかった。各自治体は自然放射線並みの年1mSvを被曝量とする除染を進める。今のままの放射線量でも健康被害が起こる可能性は少ない。不安は理解するが、無駄なことに金を使うことになる。環境省の12年度予算では除染費用は1兆2000億円にも達する。
これは最初にリスクコミュニケーションが失敗して、恐怖が拡散したことが一因だ。デマが正確な情報を伝えることを遅らせたためであろう。この効果のない巨額負担を、どうしても私は正しいと受け止める事ができない。とても虚しい事だ。
この状況を変えなければならない。私はラブキュリから以下のことを学び、提案したい。
第一に、「あやふやな情報源の話はデマ」と疑ってかかろう。メロリン二等兵は次のようなへりくつを述べる。「文科省のとある役人がソーユー情報を得てリークした! てゆーツイートを、知り合いがリツイートしてたんやで」 。彼の話はデマだらけだった。
第二に、怪しげな情報は積極的にシカト(黙殺)をしよう。グンマープロフェッサーは叫ぶ。「うは…ちやほやされて注目浴びて気持ちE」。彼らには注目が栄養なのだ。
第三に、どうしてもシカトが不安なら、出典を明示することを拡散者に求めよう。騒ぐ人には、「その根拠は」と聞いてみるべきだし、聞けなければ立ち止まってその出典を探してみよう。怪しい話にはたいてい根拠がなく、デマと分かるはずだ。サプリメントジェントルは「内部被曝の影響は外部被曝の600倍」と騒ぐ。しかし、その根拠になる医学論文など、どこにもないのだ。
三つの原則を守っていれば、「デマ怪人上杉隆」のように、デマ拡散者は勝手に自爆し、デマは消えていく。もしこれまで怪人たちに騙された人がいるなら私は責めない。被害者であるからだ。騙されたことを人生の「黒歴史」として封印して、二度と騒がない事だ。加害者になってはいけない。
余計な風評が破壊され、無駄な恐怖がなくなれば、日本は必ずよくなる。そんなものに戸惑うよりも、震災からの復興、そして経済再生という前向きなことに活力を向けたいものだ。「私たちが怖れるべきことは、恐怖という感情、それ自体なのだ」。フランクリン・ルーズベルトが大恐慌から抜け出そうとする政策を打ち出した1931年の大統領就任演説で、このように述べている。
社会も落ち着き始めている。そのために今ここで、放射能デマに対してあらゆる手段を使ってトドメを刺したい。関心のある人は「ラブキュリ」を読んで学んで、一緒に風評破壊に参加してほしい。
石井孝明 経済・環境ジャーナリスト ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター @ishiitakaaki
描写は過激で皮肉だらけだが、小気味良い。昨年秋ごろ、私は非常に憤慨する経験をした。自由報道協会の代表理事で元ジャーナリストを自称する上杉隆氏が、福島現地の映像を流した。そこで放射線測定器を出し「100マイクロシーベルト・時の数値が出た、ここは危険だ」と、「10687」という数字を見せて騒いでいた
ところが表示されたのはCPM(1分当たりの放射能計測単位、およそ60CPMは1ベクレル)と、単位がまったく違う。これはたいした放射線量ではないので、悪質なデマだ。しかも、この映像は英語字幕付きだ。日本と福島県をおとしめるデマを海外に拡散していたのだ。(ツイッターまとめ「上杉隆が計った線量は106・87シーベルト・H!⇒本当は10687cpmでした」)
これをマンガでは次のような形で描写した。簡単な突っ込みをされると、デマ怪人(上杉隆氏とは漫画では言っていないが)は「すげー弱い、ザコだぞ」と言われ、簡単に自爆する。ちなみにデマ怪人たちが水着なのは、デマ怪人のモデルの一人である俳優山本太郎氏が駆け出しの時に「メロリンQ」と叫んで水泳パンツ一枚で踊り狂っていたことをからかっているらしい。(画像は同書から)
「ウソは人々にこだましてデマとなり、デマは星を滅ぼす」
マンガのあらすじは荒唐無稽。宇宙から人をウソつきにする4つのデマゴの実が日本に落ちてしまう。それが取り付いた4人のデマ怪人を、宇宙人で謎の黒髪少女花音と、どこにでもいるヤンキー少女七海が、デマに対する怒りをこめて、風評破壊天使(デマゴーグブレイカー)ラブキュリに変身して退治する。そして花音が、謎の美人女性放射線医「川中一恵」と共に放射線を解説する。
ちなみにデマ怪人は以下の4人だ。「中絶が激増している」「子供が死ぬ」と絶叫する「メロリン二等兵」。「福島のコメはベクレている」「福島の農家に殺される前に殺す」と騒ぐ「グンマープロフェッサー」。怪しげなサプリを売りつける「サプリメントジェントル」。半分事実の混じった悪質デマを流し、工学部教授の肩書きで人を信じさせ、ツラの皮が1メートルで恥を知らない「ザ・TUBE」だ。
名前は明記されていないが、モデルは順に俳優の山本太郎氏、群馬大学教授の早川由起夫氏、失踪中の英国の自称科学者クリス・バズビー氏、最後は中部大学教授の武田邦彦氏であろう。
デマ4怪人は倒される。ところが、デマゴの実は発芽し、デマ怪人が増殖する。「子供が被曝して死んでいる」とシンセサイザーを鳴らす怪人、「福島の野菜は放射性廃棄物」とののしる女性怪人が登場する。モデルは音楽家坂本龍一氏と女優の松田美由紀氏だろう。しかし市民がデマに「シカト」と「ツッコミ」をすることで、デマ怪人たちは次々に自爆した。地球は市民の覚醒で救われた。
マンガのイメージは強烈だ。これまで私は放射能デマを見れば可能な限り打ち消した。私は原則として他人が何を言おうと関知しないが、一連のデマだけはつぶさなければならないと思っている。デマによる間違った行動は、子供に不安を与えたり、健康被害をもたらしたりして個人に実害が及ぶし、社会に混乱と負担をもたらしかねないためだ。
もちろん原発事故を起こした東京電力、適切な規制を行わなかった原子力保安院、経産省などの規制当局が、現状の混乱について責任を負い、まず批判されるべきだ。しかし、そこから生じた問題、特に無意味なデマによる混乱は、それを発信した人、拡散した人、信じた人に責任があるだろう。そしてデマは原発の是非とはまったく関係ない。事実かどうかという話だ。
しかし私の力不足もあろうが、言葉だけでは必要とする人には届かない経験が多かった。しかしマンガはイメージと言葉で強烈な印象を残す。正確な情報を文章で伝える事も必要だが、マンガという手段による社会への告知も有効だろう。中川恵一東大准教授はあとがきに記す。「漫画世代にラブキュリを読んでもらえば、きっと風評被害が破壊されます。そのことが福島と日本の未来に、すごくプラスとなるはずです」。
デマ拡散は被害者を加害者にする
印象的な言葉も多い。登場人物の花音は語る。
「ウソは人々にこだましてデマとなり、デマは星を滅ぼす」
「東北関東の広い地域がすでに汚染されて人の住むレベルじゃないとか、日本の農産品は危険だから買うなとか、およそ人の口から出たとは思えないデマゴーグ! これは一生懸命復興している人たちを踏みにじる行為。断じて許せない」
「あやふやな情報源は全部デマ、そう考えて全部シカトする事よっ!。怪人の大好物は「拡散」怖いのは「シカト」。事実だけを見て」
そしてマンガは醜い姿を描く事で、デマ発信者のいやらしさも伝える。デマ怪人は注目を集める事が快感になる。クリス・バズビー氏は放射能に効くとする怪しげなサプリメントを売っていた。その中身は100円ショップで売っているカルシウム錠剤という。
放射線医の「川中一恵」が「デマだらけでいちいち突っ込んでいたら日がくれるわ」と指摘した解説書付きの放射線測定器がある。このモデルは武田邦彦氏解説、竹書房が出版の放射能測定器であろう。(売る事に協力したくないのでリンクはしない)
測定器は市価3980円なのに、6980円で売られている。これは暴利だろう。マンガではこの測定器について、登場人物に「ガキじゃなければこんなドヤ顔できないわ」と、絶句させている。確かに見るからに写真はうさんくさい。デマを拡散している人は詐欺まがいの行為にも加担している事になる。
デマをつぶす三原則
このマンガを読んで笑った後で、私は悲しくなった。デマが流布したという事実は、日本の知的なダメさを、示しているように思ったためだ。
一部メディアなどはデマ拡散者の声を伝えた。そして武田邦彦氏、バズビー氏の言説を一瞬でも信じる人がいた。わずかでも受け入れたということは、私たちの社会の科学教育が失敗したことを意味する。
そして風評は今でも残る。福島の農業の再建の道筋はかなり困難だ。これは風評による福島産農産物の忌避が残っているためだ。民主党政権は福島の除染基準を明確にしなかった。各自治体は自然放射線並みの年1mSvを被曝量とする除染を進める。今のままの放射線量でも健康被害が起こる可能性は少ない。不安は理解するが、無駄なことに金を使うことになる。環境省の12年度予算では除染費用は1兆2000億円にも達する。
これは最初にリスクコミュニケーションが失敗して、恐怖が拡散したことが一因だ。デマが正確な情報を伝えることを遅らせたためであろう。この効果のない巨額負担を、どうしても私は正しいと受け止める事ができない。とても虚しい事だ。
この状況を変えなければならない。私はラブキュリから以下のことを学び、提案したい。
第一に、「あやふやな情報源の話はデマ」と疑ってかかろう。メロリン二等兵は次のようなへりくつを述べる。「文科省のとある役人がソーユー情報を得てリークした! てゆーツイートを、知り合いがリツイートしてたんやで」 。彼の話はデマだらけだった。
第二に、怪しげな情報は積極的にシカト(黙殺)をしよう。グンマープロフェッサーは叫ぶ。「うは…ちやほやされて注目浴びて気持ちE」。彼らには注目が栄養なのだ。
第三に、どうしてもシカトが不安なら、出典を明示することを拡散者に求めよう。騒ぐ人には、「その根拠は」と聞いてみるべきだし、聞けなければ立ち止まってその出典を探してみよう。怪しい話にはたいてい根拠がなく、デマと分かるはずだ。サプリメントジェントルは「内部被曝の影響は外部被曝の600倍」と騒ぐ。しかし、その根拠になる医学論文など、どこにもないのだ。
三つの原則を守っていれば、「デマ怪人上杉隆」のように、デマ拡散者は勝手に自爆し、デマは消えていく。もしこれまで怪人たちに騙された人がいるなら私は責めない。被害者であるからだ。騙されたことを人生の「黒歴史」として封印して、二度と騒がない事だ。加害者になってはいけない。
余計な風評が破壊され、無駄な恐怖がなくなれば、日本は必ずよくなる。そんなものに戸惑うよりも、震災からの復興、そして経済再生という前向きなことに活力を向けたいものだ。「私たちが怖れるべきことは、恐怖という感情、それ自体なのだ」。フランクリン・ルーズベルトが大恐慌から抜け出そうとする政策を打ち出した1931年の大統領就任演説で、このように述べている。
社会も落ち着き始めている。そのために今ここで、放射能デマに対してあらゆる手段を使ってトドメを刺したい。関心のある人は「ラブキュリ」を読んで学んで、一緒に風評破壊に参加してほしい。
石井孝明 経済・環境ジャーナリスト ishii.takaaki1@gmail.com
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