尖閣諸島をめぐる日中の争いの始まり
 なぜ中国が尖閣諸島の領有権を主張するようになったのか。それは一九六○年代後半に国連アジア極東経済委員会が尖閣諸島付近海域に石油エネルギーが埋蔵されているらしいという調査結果を発表したことに端を発する。それから、尖閣諸島などに関心のなかった中国が石油資源のために領有権を主張しだしたのであり、これは時の首相であった周恩来も認めている。確かに、この時点では、そうだったのかもしれないが、今や中国は石油資源のためだけではなく沖縄本島を含む南西諸島の島々や東シナ海全体の海洋権益を獲得するために尖閣諸島を狙っているのである。

 ただ、一九七一年の時点において中国がいくら尖閣諸島の領有権を主張しようが中国には海軍と呼べるようなものや、東シナ海に侵出し海底油田を採掘などする能力はなく、彼らには時を稼ぐしか方法はなかったのである。そこで中国がとった方法は、一九七八年四月に尖閣諸島沖へ百隻を超える武装漁船団を送ることであった。おそらく中国は、その前の年に起こったダッカ事件での日本政府の対応を見て、今回も何もできないと高をくくっていたのであろう。現場は領海侵犯を繰り返す中国の武装漁船と日本の海上保安庁の巡視船が睨み合い、一触即発の状態であったが、当時の日本政府は中国の読み通り中国漁船を拿捕することなく、抗議することしかできなかった。日本政府の抗議に対して武装漁船団は引き揚げたものの、中国は「偶発的なできごとである」と言い逃れた。

 しかし、当時の中国は文化大革命直後であり、今とは比べ物にならないほど人民に対する統制が厳しい時代であったのだから、百隻を超える武装漁船が政府の意向を無視して出港できるはずなどない。それにもかかわらず日本政府は、この主権が侵害された重大事件を追及することなく尖閣諸島の領有権を曖昧にしたまま、その年の八月「日中平和友好条約」に調印したのである。これが、現在に至る日本の対中外交の原点なのである。

 それどころか日本政府は、その二か月後、当時の中国において最高権力者であったケ小平が「尖閣の問題は十年棚上げしても構わない。次の世代の人間は、皆が受け入れられる方法を見つけられるだろう」と述べたことに対しても、明確な反論をしなかった。当時の中国は、対外的にはソ連と対立し、国内的には文化大革命が終わったばかりの苦しい状況であり、日本が譲歩すべき理由は、なかったにもかかわらず、時の政権は中国の言いなりになり、みすみす尖閣諸島に対する日本の領有権を中国に認めさせるチャンスを失ったのである。

日本実効支配のまやかし
 この時にケ小平が述べた、いわゆる「棚上げ論」を根拠として、とにかく相手を刺激しないように、日本が実効支配を続けていけば良いという考え方があるようだが、そもそも、現在の尖閣諸島や周辺海域の実態を知れば、日本が実効支配しているなどと言えるはずがない。島は誰も上陸できないため、かつての日本人居留地は朽ち果て、外部から持ち込んだヤギが増殖し島の生態系を乱しているが、その調査すら出来ていない。また、そのヤギが山の草を食いつくしたために山の一部が崩落し、波打ち際には多量の漂着ごみが流れ着いているが、誰も上陸できないために手付かずのままで放置され、環境破壊が日々進んでいる。

 本来、日本の領海では、「外国人漁業の規制に関する法律」(外規法)により原則として外国人の漁業活動は認められていないにもかかわらず、尖閣諸島の日本の領海では中国漁船が違法操業を行っても日本政府は検挙しようとはしない。そのため周りの海では中国や台湾の漁船が自由に漁業活動を行っている一方で、日本の漁船は往復十万円以上の高額な燃料を費やして尖閣諸島付近に行っても、中国漁船の妨害を受け、まともに漁ができないことが多いため、自然と足が遠のくようになってしまった。日本の漁船は大きさにおいても数においても中国漁船にかなわないため、中国漁船の妨害に対しては、なす術がないのである。この結果、最盛期には約十五億円あった尖閣諸島付近での水揚げ高が、最近では数百万円に落ち込んでいる。

 日本政府は「尖閣諸島は日本固有の領土で日本が実効支配している」と繰り返し述べているが、自国の国会議員が慰霊祭のために上陸の申請をしても、行政区の首長である石垣市長が固定資産税の調査のために上陸の申請をしても認めない。東京都が島の買い取りのために調査を行いたいと上陸の申請をしても許可しない。普通、最終買い取り価格がいくらになるかは分からないが、少なくとも何億円かの買い物をする際には十分すぎるほどの調査を行う権利があるはずなのに、日本政府は、それすら認めないのである。それだけではなく環境保護団体が尖閣諸島にしか生存していない動植物が絶滅の危機に陥っている可能性が高いので調査をしたいと言っても上陸させない。中国に遠慮しているつもりなのか、人間の事情で地球の財産が無くなりそうになっているにもかかわらず、何もしないのである。かたや中国人が日本の領有に抗議するために、あらかじめ「不法上陸を行う」と宣言しているにもかかわらず上陸を許してしまう。

 正当な理由で日本人が上陸しようとしても許可せずに、中国人は犯罪の嫌疑があるにもかかわらず上陸させる。これでは、この島が他国の人間の目には、どちらの国の島だと映るだろうか。これで本当に「日本の領土である」とか「実効支配している」などということが言えるのだろうか。確かに尖閣諸島周辺海域には海上保安庁の巡視船が数隻配備されているが、現実には日本政府の命により中国船に対して国内法を執行することは難しく、言わば日本が尖閣諸島を実効支配しているという言い訳のために配備されているといっても良いくらいである。

 今は、まだ中国も漁業監視船などの公船が尖閣諸島付近海域を定期的に巡回するだけだが、今後、彼らの装備が充実してくれば日本と同様に漁業監視船や海洋調査船などの公船を配備してくるであろう。そして、船の数において日本を上回るようになれば、南シナ海のように実力行使に及んでくる可能性が高い。そうなったとき、日本が尖閣諸島を実効支配しているという根拠が、同海域への海上保安庁巡視船の配備だけであるとするならば、日本の主張は成り立たなくなる。そうなる前に、巡視船の配備だけではなく、他の平和的な方法で日本の実効支配を強化しなければならない。

危険な棚上げ論
 中国は好調な経済を背景に軍事費を約二十年連続で二桁増させており二十数年前には弱小であった海軍や空軍も、今や装備面では日本に肩を並べるほどに力をつけてきている。今後、中国は陸軍を減少させる代わりに海軍の勢力を拡大する方針で、昨年にはウクライナから購入した中古の空母を改造し就航させている。この空母が即脅威となることはないが、今後、国産の原子力空母の建造を予定しており、時が経てば空母艦隊が誕生することは間違いない。

 また、空母キラーと呼ばれる対艦弾道ミサイル東風21Dなどの開発にも力を入れており、これらは明らかに米海軍を意識したものであると言えるのだが、中国はあくまで自国の防衛のためと言い張っている。しかし、現在の中国を侵略する能力と意図を持った国が、どこにあるというのだろうか。この強化された軍事力は東シナ海や南シナ海、そして太平洋に向いてくることは間違いない。

 中国が力を入れているのは、海軍力だけではない。国家海洋局などの海洋権益に関する九つの役所の機構改革や統合の検討、軍との連携強化に向けた動きがみられるなど政府組織の在り方や運用についての見直しが進んでいる。それに加えて、国家海洋局は、二〇一一年から二〇一五年の間に三十六隻の監視船を配備する予定である。つまり、中国は国家の総力を挙げて海洋進出の野望を実行に移そうとしているのである。

 一方、我が国の状況はどうかと言うと中国へのODAは継続する反面、防衛費は減少の一途をたどり、定員の削減まで行っている。現場レベルでは自衛隊と他省庁との連携訓練などが行われてはいるものの、全体として一体的な運用を検討している様子はない。尖閣諸島の防衛は、相変わらず国土交通省の一外局である海上保安庁に全てを任せ、その手足を縛っていた海上保安庁法などの改正にも二年かかる有様である。このまま日本が何もしない状態が続けば近い将来、中国の軍事力が目に見える形で日本を凌駕することは避けられない。それは両国の軍事バランスが崩れ、武力衝突の危険が高まるという事である。

 更に言えば、今のような状況においても傍若無人な中国が、日本を遥かに凌ぐ軍事力を手に入れた時に、どのような行動を起こすのかは想像に難しくない。日本はそのような状況に陥らないためにも、誰から見ても尖閣諸島が日本の領土であるというような実効的な支配を行うとともに、他国からの侵略を想定していない日本国憲法の改正を含め、侵略国に対して応戦できる法体系を整え、自衛隊や海上保安庁を増強することが急務である。自衛隊も海上保安庁も、増強しようと思っても直ぐに増強できるものではなく、特に人材の育成を考えれば待ったなしである。

 そもそも棚上げは、一方だけが履行しても相手が約束を反故にすれば、何の意味もなく、竹島が良い例である。日本からの援助が喉から手が出るほど欲しかった韓国は「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」(日韓基本条約)締結時に竹島問題を棚上げし、日本からの援助を得た後、実効支配に着手し、現在どうなっているかは語るまでもない。外交において相手の善意だけを期待するという事は愚の骨頂でしかなく、一九四一年に近衛文麿がルーズベルト米大統領に和平の望みを託した結果がハルノートであったように、一九四五年に連合国との和平交渉の仲介をソ連(現ロシア)に依頼した答えが宣戦布告であったように、一方的に相手を信頼するだけでは無残な結果に終わるのである。

押す中国、引く日本
 実際に日本側が実効支配をためらっている間にも、中国は、一九九二年「中華人民共和国の領海及び隣接区域法」(領海法)を作り尖閣諸島を自国の領土に編入し、二〇〇九年には「中華人民共和国海島保護法」(海島保護法)により国が直接管理すると定めた。日本は二〇〇七年に「海洋基本法」を施行したものの、尖閣諸島に関しては同法に謳われている離島政策は一向に進んでいない。そして、日本政府が中国の度重なる領海内での違法操業や、活動家の不法上陸に対して毅然とした態度をとってこなかったため、二〇一〇年になると尖閣諸島の日本領海内において中国漁船の違法操業が急増し、九月の漁船体当たり事件発生に至ったのである。そこで日本政府が、またも事件の処理を誤ったため、それ以降は民間漁船だけではなく漁業監視船などの中国の公船が頻繁に来るようになってしまった。このことは非常に大きな意味を持つ。民間の漁船であれば海上保安庁の警察権で対応できるが、公船は国際法上、治外法権を持っているとされ、日本の各種国内法でも取締りの対象外とされているため、警察権しか持たない海上保安庁では対応できないのである。更に中国は、日本の対応に自信を持ったのか、今年の三月には国家海洋局の高官が「尖閣諸島における日本の実効支配を打破する」と述べるなど、尖閣諸島に対する侵略の意図を明言するまでに至っている。多くの国民は、ここ一、二年の目に見える現象だけを見て、事の本質を見誤っているようだが、実際は、このように長年、中国が既に破棄している棚上げ論を日本政府が忠実に守り中国に譲歩を重ねてきた結果、日本は抜き差しならない状況に追い込まれようとしているのである。

 中国の日本に対する侵攻は海からだけではなく、空からも行われている。防衛省が発表した航空自衛隊の戦闘機などが緊急発進(スクランブル)した記録のうち、中国機に対するものは、二〇〇六年度から二〇〇九年度までは年間三十数件程度であったが、二〇一〇年度九十六回、二〇一一年度百五十六回と急増している。

 また近年、中国海軍が日本の近海を通り、西太平洋に出る動きが活発化していることは、これらの動きとは無関係とは言えず、中国の狙いが尖閣諸島だけではないということを証明している。

 日本は尖閣諸島だけにとらわれず中国の侵攻を、もっと大きな視点で見なければならない。そのためにも忘れてはならないのが東シナ海のガス田問題である。

東シナ海ガス田問題の本質
 二〇〇四年六月、中国が、日中中間線付近にある白樺ガス田の本格開発に着手したことが判明した。この白樺ガス田と楠ガス田は地下構造が中間線を挟んで日本側につながっており、その他のガス田も同様な地下構造になっている可能性が高い。そのため日本側の資源まで吸い取られてしまう恐れがあるので、日本政府は中国に対して開発作業の中止と、地下構造のデータ提供を求めたが、中国側は日本のいずれの要求も拒んだだけでなく、軍艦をガス田の周りに配備しながら一方的に開発を続け、どんどんと鉱区を増やしていった。

 度重なる日本からの呼びかけに、中国がようやく応え、二〇〇八年、日中間で一応の合意を得たが、その内容は、日中中間線より中国側は中国のものなので「日本が参加したければ中国の法律に従い金を出せ」「中間線より日本側は共同開発しよう」というようなもので、とても対等な関係の国同士が交わした合意内容とは言えず、日本が大幅に譲歩した形となった。それにもかかわらず、中国は、この合意を一方的に破り、開発を継続協議することで一旦収まった「樫」ガス田の採掘を続け、二〇一二年一月には、ガスを燃やす炎が確認されるに至った。その間、中国は日本の抗議を無視し続け、二〇一〇年に予定されていた東シナ海ガス田の日中共同開発を巡る会議も直前になってキャンセルした。

 中国は、現在に至るも地下構造のデータを提供せず、日本との話し合いに応じないばかりか、日中合意を一方的に破り単独で中間線をまたぐガス田を採掘し、日本のガスを盗み取っているのである。このように中国は、この八年間、正に好き放題の振る舞いをしているのだが、これに対して日本側は、二〇〇五年に帝国石油に採掘権を付与しただけで、何ら有効な対応ができていないのが現状である。

 ここで大事なのは、このガス田の境界画定の本質が資源そのものではなく、東シナ海における日中の境界線画定だということである(日中の排他的経済水域(EEZ)の境界線は、いまだ確定していない)。東シナ海においては日中両国間の距離が四〇〇海里未満なのであるから、両国の境界を確定するに当たっては、本来、等距離中間線を基本とすべきなのであるが、中国は大陸棚自然延長論を展開し南西諸島の西にある沖縄トラフまでが中国の海であると主張している。この中国の主張はユーラシア大陸の大陸棚の上に南西諸島を含む日本列島があり、沖縄トラフは単なる海底の窪みであるという事実(東シナ海の大陸棚は中国の大陸棚であるとともに日本の大陸棚でもあり、日中お互いに権利を主張できるので中国の主張は一方的で意味がない)や、最近の国際司法裁判所の判例が「両国からの等距離をその境とする」というものが多いことからも認められない。

 本来、日本の立場としては、日本の領土から二〇〇海里までを日本のEEZおよび大陸棚と主張し、互いの主張が重なる海域は共同開発するか、境界線を確定するまで開発しないとの合意を取り付けるべきなのである。

 現状、日本が大幅に譲歩した合意すら守らず、中国が、これ以上日本を無視し続けるのであれば、日本も中間線より日本側で開発を始めるべきである。そうしなければ東シナ海は中国の思惑通り中国の海となってしまいかねない。

今後日本はどうあるべきか
 このように日本政府は中国との国交樹立以降、東シナ海において中国に対し、ひたすら譲歩を繰り返してきた。その結果、美しい島は荒れ果て、宝の海を失い、日本人の誇りまで失いかけている。これ以上譲歩すれば東シナ海のすべてを失うだけではなく、沖縄や西太平洋まで中国に押さえられかねない。そうなってしまえば、現在、国内で消費する食料やエネルギーの大半を、外国からの海上輸送に頼る我が国は、中国にその生命線を握られたも同然である。

 尖閣諸島の問題は、アメリカに対して日米安保の発動を期待するのではなく、自国の立場を鮮明にさせるべきである。そもそもアメリカを中心とする連合国が「日本国との平和条約」(サンフランシスコ講和条約)により定めた委任統治を行う範囲と、アメリカが「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(沖縄返還協定)において、日本に統治権を返還した範囲の中には、明らかに尖閣諸島が入っており、しかもアメリカは、現在においても久場島と大正島の二島を日本から射爆場として借り受けているのである。もし尖閣諸島が中国の領土であるのであれば、アメリカが勝手に統治を行ったり統治権を返したり、日本から借り受けるということは出来ないはずである。

 他にも日本がすべきことは、南シナ海で中国の侵略に苦しむベトナム、フィリピン、インドネシアなどの国やインドとの協力体制を築くことである。更に、ウィグル、チベット、南モンゴルなどに対する侵略行為を糾弾し、現在、各国で行われている人権を無視した圧政を止めさせなければいけない。日本が中心となり、各国が互いに連携し国際社会に訴え、中国に国際法を守らせる努力を怠るべきではない。

 そして何よりも、我々日本人が自国の領土領海は自分たちで守るという当たり前のことを自覚し、実践していかねばならない。これは、ごく当たり前のことなのであるが、平和ボケした日本人には辛い道のりかもしれない。今後、日本が中国の言いなりにならなければ、一昨年の漁船体当たり事件の時に見せた中国の横暴や日本の国内外からの圧力が今後も繰り返されることが予想される。我々日本人は、それに対して耐え抜く覚悟が必要である。今を生きる日本人として、後世、我々の子孫に恥ずることのないよう、日本の領土や誇りを守っていかねばならない。尖閣を守るという事は、沖縄全土や東シナ海を守るという事であり、それは日本を守るという事なのである。

[参考文献]
・外務省ホームページ
・平成23年版 日本の防衛 防衛白書
・中国安全保障レポート2011 防衛省防衛研究所編