私は黙って煙草を肴に烏龍ハイを呑む。 金曜日の居酒屋。 テーブルの対面に座ってる眼鏡をかけた・・・あー、小野君だったか。例えば関西弁な彼と話をしたかったら大声で話さないといけない程ココは騒がしくて、私にとってちょっと居心地が悪い場所。 7月末。今日はゼミの皆との飲み会。でも同じゼミを受けてるからって全員と仲が良いわけじゃない。 このメンツ、私を除いた8人の中で「知ってる」ヤツと言ったら私とは正反対の端に座ってる赤ら顔の先生と、私の斜め向いに座ってウイスキーの歴史について講釈たれてる神代くらいなもんだ。 知らない人ばかり、騒がしいのも苦手、だから本当は断りたかったんだけど世話になってる先生が企画したってことで仕方なく。 周りがうるさすぎるから自然に隣のヤツとしか喋らないような飲み会で面子は奇数の9人。特に話すことも無い私にとっては÷2の4余り1の1になれたのはまぁ有難い。 騒がしさと煙草を肴に酒、これで呑んでるのがウイスキーで腰に鉄砲、頭にカウボーイハットでもあればウエスタンな気分だけど日本の居酒屋はまるで社交界だね、鉛弾が飛んでこない。 「・・・」 1は1で良いけどやることないのはやっぱりつまらないから一気に酒を呷った。酔ったふりしてさっさと帰ろうと思ったんだけど・・・まるで狙ったかのようにさっきからだんまりの私に話しかけてくる酔狂なヤツがいた。 「ねぇ、村宮さん次何飲む?」 えーと、荻原さんがメニュー片手に私の顔を覗き込む。ほっそりした顔はすっかり真っ赤になっていてちょっと呂律が回っていない。 「あー・・・同じのでいいや」 「同じのぉ・・・?もうグラス空じゃーん、何呑んでたか判らないよ〜」 と、彼女は含み笑いをしながらいきなり私のふとももを触りだした。なんだなんだ、ゼミじゃ割とまともな意見言って真面目な子かと思ってたのに。 「あ、いや、私は烏龍ハイでいいよ」 「えー」 ふとももを触っている手が今度は揉んできた。 「えー・・・って、何?」 荻原さんには悪いけどなんとなく気持ち悪くて、煙草を灰皿に押し付けるふりして少し身を離した・・・らまた擦り寄ってくる。すごい、距離が近い。ほとんど私にしがみつく姿勢で私を見つめてきた。 「村宮さんってクールだね」 全然話が変わる。 「そ、そう?」 酔っ払いの思考、どうしていきなりそうなるか全く判らないけど、まっすぐに見つめてくる瞳は微かに潤んでて、まるで少女漫画の告白シーン。 だけどティーンな漫画のヒロインはどう考えても酒なんか飲まない。浴びるように呑まない。開始60分、この面子で一番店員を呼んでるのはこの子じゃないか。 「クールだよー」 「ク、クールか」 どうしよう、あまり宴会なんて出ないから、こういった手合いをどうしたら良いか判らなくてちょっとたじろいでしまう。 「クールな人にはね、クールなお酒が似合うと思います」 「は、はぁそうなんだ・・・」 「紀久子はぁ・・・そんなクールな村宮さんが大好きです!」 好きって言葉に反応してか皆斗の顔が浮かぶけど、そこでこの子に抱きついてしまうほど私は酔っていない。 「あ、ありがと」 「大好きです!」 今度は抱きつかれる。ただでさえ暑いのによしてくれ。 「そ、そうかい」 困ってしまって周りを見回すと面白そうに皆が私たちを見ていた。 「出たよ、キクちゃんの告白癖」 「おうおうおう、お暑いぜお二人さん」 あぁ、存分に暑い、雪山行って遭難しても助かりそうなくらい人肌と人肌が暑い。どなたかお客様の中に雪女はいませんか。 「トイレ行きましょう村宮さん」 「はぁ?」 「ちょっと私気持ち悪くて・・・」 震えてる。本当に寒いのか、いや違う。心なしか顔が青白くて唇まで細かく震えてて汗びっしょり。これは、これはまさか。 「うっ・・・だ、大好きです!早く行きましょう!」 後半はともかく前半はえづきながら言う台詞じゃない! 便所にしがみつくようにして戻している荻原さんの背中をさすりながら心の中でつぶやく。 早く帰りたい・・・まだ呑み放題はようやく折り返し地点だった。 「はぁ・・・」 右を見ても左を見ても酔っ払いしかいない繁華街を歩く。 少し前方には例の8人・・・いや、先生が抜けたから7人か。二次会でカラオケ行くっていうのでどこの店に行くか喧々囂々。 凄い勢いで酒を飲んでいた荻原さんも数十分のインターバルの後に復帰して、さっきまでの戦線離脱も嘘のように盛り上がっているのであった。 皆斗も二日酔いのすぐはあんなにテンション上がらないのに、人体の個体差って不思議だと思う瞬間だ。 荻原さんの件があって少しは皆と話したりできた。でもまだ私が馴染むには時間がかかりそうだなって思った。 カラオケ。 なんとなく流れで着いていってるけど、私が歌なんか歌えるわけがない。どっかのガキ大将に歌わせた方がまだいい。 とりあえず、どうやって帰ったものかと悩んでいる時だった。 ふと、なんとなく空を仰ぐとそこに皆斗がいた。 酔っ払った私が夜空に切なく輝く星に幻を見たわけじゃない、偶然って恐ろしいけど道路を挟んで向こう側のマックの2F・・・窓際の一人席に皆斗が座っていたのだ。 そういえばあいつも今日は映研の連中と飲み会とか言ってたけど。 いつもなら二次会に行って次の日に帰ってくるのにまだ宵の口な20時を少し回った所。一人でどうしたんだろう。 理由なんてどうでも良い。私は神代に弟を見つけたから一緒に帰ると伝えると、また荻原さんが騒がないうちにとっとと退散させてもらった。 何も買わないで店の席を陣取るわけにはいかないから、とりあえずコーヒーを買うと私は二階への階段を上る。 それにしてもまさかこんな所で皆斗に会えるとは思わなかったから少し足取りが軽い。 暑くて騒がしい店で酔っ払いの相手をしたりゲロの世話したりして憂鬱だった気分が階段を上る毎に晴れていく。 喫煙席と禁煙席をわける意味が無い店内。 窓際のカウンター席に見間違えようのない背中。白と黒のストライプなシャツにはどっかのサッカー選手の名前と背番号21。 こっちには全然気がつかないで外をぼんやり見てる皆斗の背中に抱きついてしまいたくなる。 もっと酒が入ってたらやってたかもしれないけど、こんな人が多い所でイチャつくと皆斗が嫌がるから我慢してやる。 「よっ」 つむじを突付くくらいは全くのブルーゾーン。 「うお」 振り向いて私の顔を見て、一瞬の間。その後にくわえた煙草を床に落とすくらい驚く皆斗。 なんでここにいんだよって顔してるから先回りして私は言ってやった。 「見えたからね」 「どっから」 「あそこ」 道路の対面を指差した。シャッターの下りたクレープ屋の前だ。 「あんたがぼけーっとしてるのが見えたから二次会抜けてきたんだよ」 今、神代が私を見たらようやく酔いが回ってきたかって思われるくらい饒舌になってると思う。 確かに少しは酔ってはいるけど・・・うん、そうだ確かに酔いが回ってきた気がする。 思いがけない所で皆斗に会えた、酒なんて飲まなくてもきっと酔いなんかあっという間に回ってしまうだろう。 私の言葉にいつものように肩をすくめて見せる皆斗は、落とした煙草の代わりを取り出すと口にくわえた。 「姉貴が二次会なんて行けんなら俺なんかエアフォースワンに招待されちまうよ」 「そりゃ行かなくて悪かったね」 「しかも立食パーティー付き」 「乱気流に気をつけなよ」 「あぁ、スープにだけは近づかないよ」 くわえただけでライターを出そうとしなかったのは、きっと私との言葉のやりとりを待ってくれていたから。 ほら、とポケットからライターを取り出して渡してやると気取った様子で火を。 美味そうに煙を吐き出す皆斗の隣に座って私はとりあえずコーヒーのフタをはずした。 ついコーヒーを買ってはみたけど、酔った口にはコーヒーが合わないのに気づいて一口飲んでカウンターに置く。 皆斗の横顔を見つめる。 頬が赤いのはこいつも酒を飲んでるから。 でもあまり呑んでいないようだった。いつもと違って目がほとんど充血していない。呑んでから時間が経ってるからかもしれないけど。 灰皿には5本の吸殻。 「どうしたのさ、一人で。友達はどうしたの?」 いつもなら二次会の時間でしょ、と付け加えると皆斗は肩を竦めて外を見た。窓ガラスに映った自分とにらめっこをしてるみたいに見える。 「・・・友達は楽しく遊んでます」 色々言葉を選んでいたのか、少し間を空けてからの皆斗の言葉。 なんか言いづらいことでもあったのか。 「なに、喧嘩でもした?」 「いや、別にしてないけど」 「どうしたの」 いつもならあいつがどーしたとか、あんなところでこーしたとか何でも話してくれるのに、今日に限って口ごもるのが妙に気になる。 本当に喧嘩でもしたんだろうか。 酔った勢いとはいっても皆斗はちゃんと理性が残るタイプだ。コイツから喧嘩をふっかけることは無いと思うけど・・・絡み酒のオトモダチにやられたのか? 「いや、本当別に、今、ちょっと時間待ちしてるだけ」 心配でいつの間にか重ねていた左手。 私が触れようとすると「部屋なら別にいいけど・・・」っていつもなら断ってくるのに今日の皆斗はされるがままになっている。 本当にどうしたんだろう。 「時間って?」 私の言葉、なんとも深刻な調子に聞こえてしまったのか皆斗は考え込んでようやくその重い口を開いた。 「あー・・・」 「ん?」 「あそこ」 皆斗が指差したのは私がいた通りとは反対の通り。角地にあるマックから見えるその建物は・・・ 「おお」 ファッションヘルス〜とかソープ〜とかけばけばしいネオンサインに飾られた看板が目立つオトナの社交場が集まったビルだった。 アレだ。男がナニでアレをする所だ。 「なんだ、お楽しみの最中か」 一気に力が抜けるのを感じる。なんだよ心配して損した。 「そーなんだよ・・・」 あまった左手で髪の毛をかきむしるようにして、皆斗は私に苦笑交じりの笑顔を向けた。 「なんか酒のノリでさ、女の話になって、女を楽しませる技は〜とかそうなって、じゃぁちょっと皆で戦いましょうかジハードだってあそこへ」 女、女、女、その度にバツが悪そうに目を反らす。 女・・・ねぇ。コイツはそういった面じゃ本当に硬派な男だって充分知っているけど、何を気にしているんだか。 あぁ、私か。 その様子が少しかわいくていじめたくなった。 「で、何、あんたはさっさとイっちゃって早々に退散してきたっての?」 情けない、とため息をつくふりをしてやると、折れちゃうんじゃないかってくらいのスピードで皆斗は首を左右に振った。 「いやいやいやいや」 「あんた早いからね」 「・・・あ、そ、そう?」 「冗談だよ冗談」 実際はそうでもないし、ちゃんと私を満足させようとしてくれて頑張ってくれてる。触る度に質問が多いけどそれが・・・って、やっぱり私少し酔ってるな。 「行ってないからな!」 まっすぐな目。さっきまでの照れた笑いはどこへやら真面目な目で皆斗が私を見つめた。酔っ払った私の心臓が一瞬しゃくりあがる。 どうにか動揺を隠して私は続けた。頬がさっきから熱いのは酒のせい、酒のせい。 「・・・金がないからか」 「そーじゃなくて!」 「なんだよー、おねーさんがおごっちゃるぞー」 「・・・」 その時、触られるままだった皆斗の右手に力がこもった。 ゆっくりと。さっきの言葉みたいにためらうように順繰り小指から親指で私の手を握り返すまでどれくらいかかったことか。 すっかり汗ばんでしまったお互いの手。皆斗の親指が私の親指をなぞる。 「・・・じゃぁ・・・その、あの、あれだ・・・あの・・・」 「・・・はぁ?」 語尾がすっかりしぼんじゃって全然聞こえない。 「あの、その・・・えっと・・・」 私の手を触る皆斗の指の動きが早くなる。 何?何?何? 「別に、あれだ、おごりじゃなくて割り勘でも全然構わないんだけど・・・」 「あ?何、これから飲もうってこと?」 そういえばコイツとサシで居酒屋なんて行ったことなかった気がする。 それは全然構わないんだけど、友達は良いの?って聞こうとしたら皆斗が小さく呟いた。 「・・・ホテル」 ホテル。 「はぁ?」 「その・・・ホテル・・・行かね?」 今度は私が驚く番だった。 ホテルって、何、このまま旅行でも行こうっての、とは言えず。 「いや、別に、その、嫌なら良いんだけど、あれだよ、その、気分とかあるし・・・」 気分って・・・・・・・・・はぁ?! 「・・・いや、その、みんなが、ああいうトコ行ったら、あの、あれだよ、俺だって・・・でも家まで微妙に遠いし・・・」 また言葉を選ぶように宙に視線を泳がせて皆斗が話す。 ホテルって・・・その・・・アレがしたいってことだよね・・・。 私の喉が勝手に鳴った。 「と、遠いね」 声は裏返らなかったと思う。でもどんな顔して皆斗を見ていたか判らない。 横目でちらっと私を見た皆斗は驚いたように一瞬震えるとまた目を逸らす。 さっきから抑えつけていた動揺は、もうすっかり頭を出して、体まで出して、足まで出てきそうだった。 心臓がどきどきする。 この子が、外で体を触るのをあんなに嫌がるこの子が、こんな所で私を求めている、求めてくれている。 それが判っただけで、体中が熱くなって。もう、目線は皆斗から外すことはできなくなっていた。 意識してしまうと、もう引っ込みがつかなくなってしまったこの体。 いいよ。 喋ろうとしても声が出ない。喉がカラカラだった。 そうだ、コーヒー・・・繋いでない手を伸ばそうとしたその時だった。 皆斗の空いていた手がそれを奪い取ると一気に中身を呷る。 「・・・熱い」 小さく笑う皆斗。私はどんな顔して返したんだろうか。 ともかく、皆斗はそれで少し落ち着いたのか、自分の額を叩きながらおもむろにこう言った。 「いいや、普通に帰ろう」 え、と思う間もなく繋がれていた手は離れて、皆斗がコーヒーのカップを潰してテーブルを片付け始める。 あー、あいつ等にメール入れておかないと、とか言って携帯まで出そうとしていた。 「・・・いや」 その手を掴む。あんなに出なかった声がようやく、でも勝手に口から出ていた。 「あ・・・」 あんなに見ていたのに、ようやく皆斗が私を正面から見つめてくれた。 「・・・行こうよ、美汐には適当に言っておくから・・・」 皆斗の、喉が動く。 普通に歩いてるのに、何故か心臓はマラソン走ってるみたいにドキドキしてる。 さっきまで明るかった場所から外に出ると、街灯やネオンがあっても少し薄暗く感じてしまう。 「あぁ・・・」 まるで皆斗の心を表すに相応しい状況だった。 「ここもかぁ・・・」 落胆。お先真っ暗・・・じゃなくて薄暗いのはまだ候補が沢山あるってことで。 金曜の夜ってこともあって、酒飲んだ勢いでショーシコウレイカにハドメをかける行為に勤しむ人々が流れ込んでいるようで。 でもホテルなのに誰もいないロビー。ラブホテルってなんとなく汚いイメージを想像してたのに、照明が綺麗だったり大理石風の床だったり、小さな噴水があったりして少し意外だった。 それでなんだか私にはよく判らないけど、部屋の写真が貼ってあるディスプレイを見て、肩を落として先に出て行く皆斗を慌てて追いかけたのが今。 「あれって暗くなってると全部満室ってことなんだ」 「あぁ、そうだと思うけど・・・げ、満室って表に書いてあんじゃん」 金曜だもんなぁ・・・。 値段表の下でも判りづらい満室・空室の表示灯を睨みながら私が思ってたことを同じように呟いて、皆斗は次の獲物を探すのに左右を見回した。 ホテル街だということもあって、右を見ても左を見てもそういう所ばかりだから・・・どこでも良いと思うんだけど。 「せっかくだから綺麗そうなトコ行きたいじゃん」 みんなその綺麗そうなトコに集まるんだよ、と言いたくなったけど小さく笑ってごまかした。 本当に私はどこでも良かった。皆斗が酒の勢いもあったかもしれないけど、外で私を誘ってくれたのが本当に嬉しかったからだ。 もしココがホテルだって言われて、公園の公衆便所に二人で入っても私は別に良かった。 さっきからおさまらない動悸をどうにか聞かせてやりたかった。 そうしたら、私が皆斗と一緒になれればどこでも良いって教えてやることができたら、皆斗も妥協してくれるだろうか。 でも一生懸命、皆斗は探している。多分探してくれている。 だから、どこでも良いなんて言えるわけがない。 「・・・ねぇ、あそこなんてどう?」 通りの斜め向い、なんかインカの隠れ里みたいなごつごつした外観のホテルを指してみる。 「なんかベッドじゃなくてハンモックがありそうだな」 「だったら、案外穴場かもしれないよ?」 往来の真ん中でホテルの選別。 最初の方は皆斗は私との関係や、ココが飲み屋も隣接してたりして人通りも多いこともあって終始無口で怖いくらいだったのにもうすっかり開き直ってしまったようだ。 インカなホテルのドアはパネルを押して開けるタイプの自動ドア。 「皆斗」 「ん?」 「間違えて押すときっと岩が転がってくるよ」 「・・・姉貴、鞭使えるか?」 「使えないけど蛇は嫌いじゃないよ」 すっかり軽口まで叩けるようになってくれていた。 結局は満室だったわけだけど・・・満室なら満室って素直に表示して欲しいもんだ。外観でも気にしてるんだろうか、どうせすることは同じなのに。 「うーん・・・」 ホテルを出て品定めを再開する皆斗の眉間に皺が浮くのが見える。 確かに、焦るのは判る。こう右を見ても左を見ても満室って表示がちらほらしてたら・・・時計を見るのが怖くなってくる。 詰め込めば入るもんじゃないんだ、ホテルって。部屋の数が決まってるんだからタイミングを逃すと・・・終電で帰るしかなくなるかもしれない。 でも思うのも恥ずかしいけど、今はこんな気持ちで一杯だった。 今夜は帰りたくない。 呟いたのが心の中でよかった。 夢見るショージョの甘い妄想はさておき、とりあえずは現実だ。 誰か詳しそうな人に聞けば早いかもしれないけど、この辺に地理に詳しくて、かつ「空いてそうなホテル無いか」なんて突っ込んだ質問ができるのは・・・残念ながら神代くらいだ。 でもなぁ・・・神代は今頃カラオケだろうし・・・突っ込んで質問する分、情報交換のギブアンドテイク。次に会った時の突っ込んだ質問が怖すぎるからできればやりたくない。 「なぁ」 ええい、ままよとポケットから携帯を取ろうとした時、唐突に皆斗が話かけてきた。 「・・・ん?」 「ごめんな、段取り悪くて」 明後日の方向を見ながら。 いつも通りの口調だったけど、いつも過ぎている分本当にコイツは申し訳ないと思っているに違いない。 あんたが謝ることじゃない。 何ができる?と考える前に口が動いていた。 「何件くらい回ったっけ」 「今ので・・・5件目かな」 「少し違うけど、自分の力で料理が美味い店見つけるのにすぐみつかる?色々回って比べて探さないとダメなんじゃない」 「そうだけど・・・」 「ここら辺にホテルが何軒あるか知らないけど、色々回っても損は無いと思うよ、その・・・」 「・・・?」 「・・・次に来る時の参考になるしさ」 ようやくここで皆斗がこっちを向いてくれた。でもまだ普通の顔だ、悲しいくらい申し訳なさそうな普通の顔だ。 顔が熱い、夏だから熱いけど更に頭の芯も熱くなってくる。 言わないとダメかあの台詞。 「・・・それに・・・コンヤハカエリタクナイシ」 「・・・!」 精一杯のフォローに、あろうことか皆斗は無言でジーザスをくれやがった。更にはその後大きく開いた両手を額にまで持ってきて笑ってやがる。 「いやー・・・まいった・・・姉貴が夢見る少女に見えた」 「・・・悪かったな」 「あい、いや、うん、ありがとうな」 伝えてはみるものだ。死にそうなくらい恥ずかしいけど、照れくさそうに皆斗は鼻の頭をかいて笑ってくれたからよしとしよう。 でも蹴ってしまうのは許してくれ。 「・・・!痛って!」 「ほら、ちんたらしてると置いてくよ、これから全部のホテルガサ入れすんだからね」 逆に私が自分で奮い立った気もしないでもないけど、「本当に痛ぇ」とかほざいている皆斗の手をとると歩きだした。 酔っ払いの集団やカップルをかきわけて空室なホテルを探す。 男を引きずるように引っ張ってホテルを探す様は色気なんてなんもないけど、私はやっぱり幸せだった。 空は青くないけど、ネオンの明りが眩しくて酒臭いけど、こうして堂々と皆斗の手をとって歩くっていうのは・・・ちょっとした夢だったからだ。 でもいつまでも歩いていられないから、探す。手を繋いで歩くのはいつでもできるかもしれないけど、こんな気持ち良い気分で愛し合うのは今日しかできないかもしれない。 少女だな、私も。 嬉しい溜息をつく。 焦っていた皆斗は通りしか見ていなかったけど、私は少し入った路地に歩みを進めた。 すると、少し歩いてようやく・・・オアシス。空室の明りがついたホテルを見つけることができた。 ビジネスホテルみたいな味気ないシャープなデザインだけど、下から上を照らすライトアップの演出が上手で皆斗が求めていた綺麗さがあるし、値段表。表通りとあまり変わらない額。どうにかなる。 でも何より気に入ったのは、デザイン無視ででかでかと表示された空室の表示灯だ。やっぱり判り易いのが一番だよ。 「ここにしようよ」 皆斗を見ると、せっかくオーダーにあった所なのに意外にも少し渋った顔をしていた。 心配そうに周囲を見回す。 「えー・・・」 「・・・どうしたの?」 「だって、通りから離れてるしさ、暗いし」 そりゃあんなネオンの中歩いてたら薄暗いかもしれないけど、普通の道なら許容範囲の暗さだ。 「ぼったくりじゃない?」 力が抜けた。 あんなに表通りしか探さなかったのはそのせいか。 「・・・ホテルってボッタとかあるの?」 「・・・いや、知らないけど」 かくいう私もラブホテルにぼったくりなんかあるのか知らないけど。 聞いたことないよな。 「・・・大丈夫かな」 「大丈夫じゃない?」 嫌なら別の場所にしよう、とは言わなかった。路地の奥まで割りと空室の表示が多いホテルが多いけど、皆斗視点でいくとそのどれもがぼったくり。 表が埋まってるなら、もうここら辺しかないし、ここが嫌だったら・・・どこに行けばいいの? 「・・・」 相変わらず警戒でもするみたいに辺りを見ていた皆斗が私を見た。 口の形が小さく「あ」と動くと、すぐに結ばれ、手を強く握り返してくれた。 そして一言。 「行こう」 「・・・うん」 今度は私がおとなしく従った。 部屋は4階。建物は4階建てだから最上階ってことになる。 黒と白のタイルが敷かれたオセロみたいな床のロビーにも、エレベーターにも勿論人はいない。 それでもエレベーターのドアが閉まるまで我慢した。 皆斗が4のボタンを押す。 「なんか・・・」 皆斗が何か言おうと口を開くより先に、私は抱きついていた。本当に我慢しきれなくなって横から力いっぱい皆斗を抱きしめた。 焼肉のにおい、お酒のにおい、汗のにおい、皆斗のにおい。 これが間近で感じたくてたまらなかった。 「お、おい・・・」 こんなにも私を焦らせて・・・首筋に軽く歯をたててやる。 舌に刺さるような酸味と塩の味。皆斗の汗の味。 お前が外で私を求めてくれたから、もうこんなに私は我慢できなくなっている。 「・・・充分判っただろ」 思い切り抱きしめて、苦しいだろうに皆斗が照れ臭そうに優しく話かけてくれた。 「・・・充分って・・・?」 「俺は風俗には行ってないって」 ・・・? あぁ、そういえばそんなことあったっけ・・・頭がぼうっとしていて、エレベーターが閉まる前までの出来事が何年も前みたいな感覚。 「あんたが行くわけないじゃない」 汗臭いよ。本音と軽口がすっかり入れ替わってしまう。 「部屋まで、すぐだと思うから」 「・・・うん」 エレベーターのドアが開き、私は引きづられるようにして部屋へ連れていかれて・・・キスをされた。 皆斗も我慢できなかったんだろう、犬が水飲むみたいに、私の口が水の入った皿みたいに舌を入れてくる濃厚なキス。 焼肉の匂いなんてするから、野生をかきたてられるのかもしれない。後で皆斗の背中を見たらそこが紫色になっていたくらい、私は彼の背中に爪をたててかきむしっていた。 ドアの前でだってもう始めても良い。我慢していた体が激しく皆斗を求めていた。ジーンズの中、色気もない白い下着の中はきっと自分で洗濯しないといけないほど汚らしくぐしゃぐしゃになってしまっているだろう。 舌と舌が絡む、歯と歯が時々音をたてて当たる。髪の毛なんか親の仇みたいにかき回される。ぶつかりあう鼻息と鼻息。 その度、その度、体中が悲鳴を上げる。背骨を中心に体中に気持ち良い悲鳴が響いて、ついには立てなくなってしまった。 「みなと・・・」 自分のものとは思えない蕩けすぎた情けない声。余りに嬉しすぎて、皆斗を感じることができて嬉しくて気持ちよすぎて軽くいってしまたみたいだ。 「うお・・・」 咄嗟に支えてくれる皆斗を見上げる。口の周りが薄暗い明りに照らされていやらしく鈍く光っているのがわかる。 支えてくれる腕が小刻みに震えていて、呼吸が荒い。多分私もそう。お互いの動悸をあわせると多分病院の心拍計が壊れてしまうかもしれない。 「どきどきしてる?」 静かにその場で座らせてくれて、私を抱きしめながら皆斗が耳元で囁いた。 「苦しい・・・死ぬかも・・・」 耳元に囁き返す。 すると皆斗が小さく笑った。 いきなり何をするのかと思ったら首筋に舌を這わされて・・・弛緩していた体が一瞬にして張り詰めた。 「あっ・・・」 執拗に首筋の・・・頚動脈のあたりを舐められてしまい声が出る。条件反射のように声が出る。 「なんで、なんでそこをそんなに舐めるの・・・!」 「脈測ってんだけど・・・よく判らないから判るまで。姉貴もしてみてよ」 舌で、脈を、測ってほしい。 言われるがまま私は動いていた。少し日焼けして薄茶色の皆斗の汗の浮いた首筋に舌を這わせる。少し膨らんだ頚動脈、吸血鬼がどこよりもココを狙うのはここが一番美味そうだからだと今思った。 でも舌でなんか脈拍なんか判るわけがない。皆斗の舌に何度も脈拍を確かめられて声が出てしまって満足に測れないってこともあったから、何度も舐めた。 部屋の奥にも入らないで、ドアにもたれかかって二人で首筋を舐めあった。 皆斗は舐めるのが上手だった。 私のあそこでも舐めるように、舌先だけで突付くように舐めたと思ったら舌全体で撫でるように舐めたりもして、私が声ばかりあげて動けなくなったのをきっかけに、抱き上げられる。 部屋の様子を観察する余裕なんかなかった。 薄くなってしまった視界には皆斗しか見えない。 世界はコイツしかいない。私にはもうコイツしかいないんだ。 「好きだよ・・・皆斗」 「・・・俺も、好き。」 キスをされる。今度は舌が入らない静かなキス。幸せすぎて死にそうになる、本当に私はコイツだけでいい。 優しくベッドに寝かされた。 「風呂、入る?」 本当はそんなことどうでも良いって体全体が言ってるけど、一日を使って垂れ流した小便臭い所、暑い居酒屋でさんざんに蒸れた汗臭い所で皆斗のものを汚すのがどうしてもイヤだった。 でも・・・ 「・・・今、やろう」 口から出たのは本音で、でもどっちも建前だった。 もうどうでもいい、私のことはもうどうでもいい、風呂に入ろうが入らまいが皆斗の好きなようにされたかった。 自分を皆斗に捧げたかった。 私の悲鳴のようなな懇願に皆斗は小さく笑って・・・私の服を脱がし始めた。 「俺も我慢できない」 身をよじってそれを手伝うと、すぐに火照った体が空気に触れて鳥肌が立つのが判る。冷房の音が聞こえるけど、空気は温い。 皆斗がシャツを脱ぐ、手伝ってやりたいけど、もう体が動かない。 ズボンとトランクスを脱ぐと・・・そそり立った皆斗のあそこが皆斗の呼吸に合わせて小さく上下していた。 私はそれに合わせて足を開く。 粘った感覚とともに、そこが風を感じて・・・震え上がった。 放り投げたズボンから取り出していた財布から、皆斗はゴムを取り出していた。 「いつも・・・持ってるの・・・?」 意外だった。家でしか私としないと決めていたのかと思っていたのに。 皆斗は小さく笑うだけだった。 包装が外されると皆斗の家で見慣れた薄緑色のゴムが現れる。いつもはつけてやる余裕くらいはあるのに。 肉色した皆斗のあそこが、薄い緑色のゴムに包まれるのを見て私は唾を飲み込んだ。 「・・・いきなりだけど、いいよな」 「・・・うん」 もうこれ以上私を焦らさないで欲しい。 私は頷いて足をたてた。 どんな風に私のあそこは見えているんだろうか・・・風呂の未練が頭を持ち上げる。汚れてないだろうか、変なゴミがついてやしないだろうか。 皆斗がそこを凝視して、身を乗り出す。ベッドに二人分の体重がかかって少しきしむ。 立てた膝に手がかかる、もう一度唾を飲むとあばらの浮いた腹が動いた。 「あぁっっ・・・」 先端が当てられただけで視界が黒くなる。目をつむってしまっていた。いつもこうだ。いつも愛しい人を見ながら感じたいと思うのに、本当に気持ち良いと目をつむってしまう自分が憎い。 「姉貴・・・」 名前を呼ばれ・・・返事する暇もなく・・・ゆっくりと貫かれる。 でもそれは突然だった。 地獄だ、気持ち良い地獄だった。 先端を感じるともの凄い熱い塊が中に入り込み、背中を通してびりびりと痺れが一気に駆け抜ける。 「え・・・あぁっ、ぃ・・・やぁ・・・っ!」 まただ。それだけなのにまた硬直してしまった。がくんがくんと体が揺れるほど爆弾が体中で弾けてしまっていた。 挿れただけなのに。と皆斗の声が聞こえたような気がしたけど、私は頭を左右に振ることしかできなかった。思い切り滅茶苦茶された時みたいに激しい感じ方だった。 気持ちよすぎる、皆斗にほんのちょっとだけ愛されてこの始末。すごい嬉しくて幸せだ。 体一杯を使って呼吸する私。 息も絶え絶えになって呼吸を落ち着かせようとしてるとき、気持ちよかったって教えてあげようとしたとき、皆斗の小さな囁き声。 ほとんど独り言のような声が聞こえてきた。 マジかよ。 ・・・え? 怒っているような、呆れてるような、声だった気がする。 なんで?なんでそんな声を出すの? 馬鹿やって、軽口叩いて、少し喧嘩した時とか、ちょっとした諍い、そんなときなら聞いたとしても変に思わなかっただろう。 でも・・・今だよ? ちょっとくらいいじめてみよう、だとかそんな感じには少しも聞こえなかった。 身を起こして聞き直したかったけど体に力が入らなくて、自分の息と同じリズムでさっきの言葉が頭に木霊していた。 マジかよって言葉、私に聞こえないように言った息声が胸の中一杯に溢れてきた。 私に、呆れてる?怒ってる?我慢できないで先にいっちゃったから? その言葉に怒るより先に、申し訳なくて悲しいより先に、達してしまってヤワになった私は何より焦っていた。 皆斗に嫌われてしまう。 さっきまでは本当に気持ちよかった心臓も、同じようなリズムなのに気持ち悪い動悸に変わってしまっていた。 ようやく声が出たとき、まるで余所行きの声みたいに自分の声が上ずっていて。 「あの、皆斗?」 「・・・え?あ、い、いや、今日は早いな〜姉貴」 変な間の後、いつものように皆斗が笑って喋る声が聞こえて、ますます鼓動が早くなっていくのを感じた。 さっきとはまったく正反対の明るくて優しい声。 でもその裏の言葉がさっきから頭の中に響いて、響きすぎて・・・怖かった。 「マジでいっちゃった?」 痺れていてよく判らないけど、私の中の皆斗のは入った時のまま代わらない堅さだった。腹の上から触ったらその感触が判るくらい私の中で自分を主張していた。 まだ、俺はいってないのにって言ってるみたいだった。 いや、確かに言った、さっき確かに私に聞こえないように囁いたのが聞こえた。 焦りが広がっていく、もうどんなに深呼吸しても止められないくらいに。 「・・・休憩する?」 小さな溜息。どんな顔をして皆斗は喋っているんだろうか。 でも目を開けるのが怖い。 皆斗の顔を見て、もしそれが・・・姉としての私じゃなく、女としての私が見たことないような顔だったら私は自分の目を潰してしまうかもしれない。 それくらいさっきの言葉は私にとって痛かった。 「大丈夫・・・すぐまた・・・戻ると思うから・・・やろうよ」 本当はちょっと休憩したかった。 それくらいさっきのは激しくて・・・本当に気持ちよかったのに。 私は、私から抜こうとしていた皆斗の腰に足を絡みつかせた。 「ちゃんと、皆斗も気持ちよくなって・・・」 嫌われたくなかった。 本当に気持ちよくなってほしかった。 「でもよ・・・」 「良いから・・・」 わかった、と不承不承って感じで頷いて動き出す皆斗だったけど。 頑張って声を出した、皆斗が気持ちよくなってくれるように一生懸命声を出してみせた。 マジかよなんてもう言われたくないから必至になって皆斗を感じ取った。 少し苦しいけど、私もまた余韻がだんだん大きくなっていったけど・・・それまでで。 「・・・ん」 皆斗も我慢できていなかったのか、少ししてから体を仰け反らせた。私の中でぐるぐると皆斗のあれが動いてるのを感じる。 良かった、と思った。皆斗はちゃんと気持ちよくなってくれた、と安心していたのに。 いつものように皆斗が私の上に倒れこんで・・・こなかった。 「・・・ふぅ」 変な溜息、また・・・変な間。 そして思い出したように私に倒れこんできて胸を枕にして呼吸を整え始めた・・・ どうしてそんな溜息を出すのか聞けなかった。 ようやく目を開けた時、胸の上から見えるのはヤツのつむじだけ。 こっちを見ようともしないで、息をしているだけ。 すぐ側にいるのに触ったらいけないような気がした。 さっきはあんなに聞いて欲しかった自分の鼓動なのに、今度は聞こえないかどうか怖かった。 「ねぇ・・・?」 「・・・ん?」 「その・・・気持ち良かった?」 「・・・あぁ」 あぁ、とだけ言われた。 どうしようもなく悲しくなってしまってとうとう私は泣き出してしまった。 皆斗はおろおろして、心配してくれたけど。 本当のことは怖くて聞けなかった。 幸せすぎて泣けたって言ってしまった。 |
最初は普通にエッチしてたのですが(下記参照)、色々修正してるうちにこういう終わり方になりました なんか・・・続きそうです、続かないと白帆が可哀想です。そこで別のお話ってことで続くことになってしまいました。 展開的には本編と似てますが、二人で過ごす時間が経過してたり、心理状況とか毎回同じってわけじゃないので・・・許してください(笑 ちなみにホテル街は久我のホームタウン、ススキノをイメージしています 現地の方はご存知でしょうが、あそこは本当にホテル・・・だけでなく風俗まで居酒屋やら飲み屋のすぐ側にあります それでも客は普通に入るからすごいですよねぇ 次回は皆斗視点で話を進める予定です。好季君が再登場です。 年末までには・・・追われると良いなぁ・・・ では、以下、没文章にしては長すぎますが、没文章です。 部屋と同じくシックな色調の風呂場だった。家にあるような磨りガラスじゃない、透明なガラスの戸を開け皆斗が先立って風呂にお湯をはっているのを壁全体の鏡で見ながら、私は脱衣所を兼ねた洗面所には一組のハブラシを見つけた。 この状況、絶対普通に風呂なんか入らない・・・ならせめて風呂に入る前に磨きたいなと思っていると腰に触られる感触。 「あ、ちょっと」 すっかり不意を付かれてしまって私は声を上げていた。シャツの上から何気なく触られただけなのに耳元に息を吹きかけられたみたいにぞくぞく体が震えた。最初の「あ」は微かな息声。無防備だった自分がなんだか妙に恥ずかしくて、いつの間にか部屋に響いている風呂に湯をはる音にかき消された事を祈る。 そのまま振り向けないで、背中側にいる皆斗を見つめた。 寒くて凍える子供みたいに身を抱いている自分の左耳の横から覗く皆斗の左目、左の頬、唇。その半分だけでも判る優しい微笑み。 昔、私から誘った時には死にそうな顔をしてたのに、今ではこんなに嬉しそうに私の首に手を回してくれる。 「何変な声出してんだ?」 「な、なんも言ってないよ」 いくら嬉しいからってこんなに胸はどきどきしないと思う。 子供の頃誕生日プレゼントを貰った時に感じた嬉しさはスカっと晴れ渡る青空みたいなすっきりした感覚だった気がする。 これから起こる、多分それとは違う嬉しさを知っているからこんなに胸がどきどきして息が苦しくなるんだろう。 「皆斗・・・私」 「おう?」 「風呂入ったら死ぬかも」 「はぁ?」 失笑気味に笑われる。 「南極出身?」 「ばか、同じ腹から生まれたんでしょ」 「かーさんの手冷たかったからなぁ」 なんか話が反れてしまいそうで、私は慌てて首筋の皆斗の手首に唇を当てた。汗の味を舌の先に感じる。 「なんか今日はどきどきしすぎだから」 自分でそう言ってしまってから今度は軽くかみついてもう一度言ってやった。 「なんだか今日はいつもよりどきどきするんだ」 「・・・実は俺もだけど・・・」 鏡の向こうの皆斗はじっと何かを考えるように虚空を見つめると、動く。私の首筋に唇を持ってきた。 頚動脈の辺りを皆斗の熱い舌が這い回る。 皆斗の舌に張り付いていた唾液がイヤらしく首に筋を作るのが見える。 最初に口付けをされた瞬間、舐められたのは首なのに足の先まで小波が走って立っていられなくなった。 それがぬめぬめと動くものだから、微弱だけど何度も続く波に襲われて遂に聞かれたくなかったあの声が出てしまった。 「あっ・・・」 「変な声出すなよ・・・脈計ってんだから」 ばかなことを言ってる。舌先で脈なんか計るヤツは世の中でもこいつだけだろう。 でもこうして後ろに倒れこむようにして、すっかり密着してしまうと体全体でも鼓動を感じられるんじゃないだろうか。 私のは判る。でも皆斗の鼓動はどこだろう・・・なんて背中ごしに探している余裕はなかった。 「・・・あっぁ・・・」 左の首筋からゆっくり、首の骨の裏側を皆斗の舌は蠢いて逆の首筋に。移動の最中にはじわじわ感じられた皆斗の舌も、やっぱり頚動脈のあたりに来ると熱い棒でも押し付けられたみたいに体中が反応して声が出てしまう。 とくにそうやって反対側へ移動した時に焦らされていたものが一気に爆発すると、体がイヤらしい声とともに意思に反して奮える。 「もう・・・ここでやっちゃおうか?」 荒い息が耳に当たる。皆斗が私の中に挿れる時に囁くいつもの調子。皆斗もギリギリのラインのようだった。 でも・・・ 「いや・・・お風呂に入る」 本当はそんなことどうでも良いって体全体が言ってるけど、一日を使って垂れ流した小便臭い所、暑い居酒屋でさんざんに蒸れた汗臭い所で皆斗のものを汚すのがイヤ、風呂に入る前に何気なく思っていた思いが脅迫観念になっていたのかもしれない。 どうしても風呂に入りたかった。 「死んじゃうんじゃなかったの?」 「・・・死んでも良い」 後になって思い出すときっと恥ずかしくて死んじゃうんだろうけど自分の台詞。 「姉貴はホントすぐ死ぬとか物騒なこというよな、こういう時」 「だって・・・」 勝手に口から出るってことは本当に私は皆斗を、大好きな人をそこまで心から信頼してるってことだと思う。 殺されたいほど愛してる。 あんたの腕の中で死にたい。 最近の映画でも聞かない物騒でクレイジーな台詞。 ごくり、と皆斗が喉を鳴らす音が聞こえた。 「わかった」 皆斗は私のこめかみにキスをするとそっと体を離した。ぼんやりした私を優しく腕で支えていてくれる。 「手、楽にして」 少し喋ったからか胸のどきどきは少し小康状態。ぼんやりする頭で素直に言葉に従って身を抱いていた腕をだらりと下げる。 鏡の中の私がゆっくりと裸になっていく。 現実と心には少しタイムラグがあるように思えた。 「熱くない?」 家じゃ風呂なんか各自適当に熱くしたり冷ましたりするから、私の好みなんて考えもしなかったからか・・・やっぱり癖なのかお湯に肩まで浸かってからの皆斗の質問。 「調度良いんじゃない」 本当は今より熱い方が好きだけど、なんか長湯しそうな予感。これくらいが調度良いのかもしれない。 私の後でシャワーで軽く汗を流した皆斗が横に、波をたてないように静かに入ってくる。 触れる肩と肩。 お湯を挟んで触れ合う感触なんて初めて。体温よりは少し熱いお湯だと思うけど皆斗の熱が伝わってきてまた胸が。 うああ、肩なんか組まないで。 「広ぇなぁ、実家の風呂もこんくらいだったら良いのにな」 「・・・そうだね」 確かに足を伸ばしてもまだ先があるし、横だって今は私が端に詰める形だけど皆斗の横にはまだ少し余裕がある。 「ってあんた家の風呂で何する気さ」 「え、何って別に普通に風呂入るだけ。親父も喜ぶだろうなーって」 意地悪な笑み。 「姉貴こそ何する気だったんだ?」 「・・・知らない」 微妙な沈黙が風呂場に流れる。 皆斗は呑気に鼻歌なんか歌っちゃってるけど、なんなの部屋に入ってからのあんたのその余裕。 外でちょっとでもその余裕かましてほしいなと、コイツの家にいる時もそうだけど少し思う。 ちょっとで良いのにな。 「うわ」 と、上の空でいると突然胸を触られて私は声を上げてしまった。風呂場のタイルに反響して余計に大きく聞こえて自分でも驚いてしまう。 「なになになに」 「風呂での揉み心地をば」 「あ、そ、そう。な、なんか違った?」 何を聞いてるんだ私は。 「んー・・・お湯が間にあるとなんか新鮮な感触が。」 そうだろう、なんだか私も同じだったよ。周りの温度が暖かかい分ベッドより変な感覚、鈍く伝わるようなじんわりくる快感が走っていた。 「あ、あんたはどう」 反撃とばかりに私は皆斗の股間に手をもっていってみた。なんだか直視できなくてそっぽを向いて手探りだったけど、ふとももに触ると脈を計った時のように小さく震えた。 すぐにそれだと判った。皆斗のヤツはすっかり硬くそそりたっていた。指先が触れるとふとももよりも強い反応で、まるで挙手して返事をするみたいに一度、動く。 「・・・」 触りだすとさっきの饒舌はどこへやら、皆斗はすっかり無口になって私の胸を触るだけになる。触り方も少し単調になっていて自分の股間に意識を集中してるみたいだ。 人差し指と親指じゃ回りきらない太さ、親指と中指でぎりぎり、薬指だとようやく回る皆斗のヤツは・・・普通の人より太いのか硬いのかも私は知らないけど、知らないこと、それが少し誇らしい。 じっくり指先でなぞると骨のように硬くなった皆斗のそこはお湯より熱い気がした。 「ん・・・」 困ったような顔で小さく唸る皆斗。ちょと猫背気味になって強く息を吐くとどうしたのか、いきなり立ち上がった。 「さ、先に出るな」 あまりに勢いよく立ち上がったから、お湯のしぶきが私の顔に思い切りかかる。 「な、なに、どうしたの?」 顔を両手で拭きながら皆斗を見上げると、自然に皆斗のそこが目のすぐ傍に来てどきりとする。 自分のヘソの穴に入っちゃうんじゃないかって思うくらい勃っているそこを隠すようにして皆斗はお風呂から出てしまう。 「つ、続きはベッドでな」 慌てたように皆斗はそう言うと、体を拭くのもそこそこにお風呂場から出て行ってしまった。 イっちゃいそうになったのかもしれない。 「早いな」 一人、小さく笑うと私は好都合とばかりに体を洗いにかかった。 とくに一番汚いところは念入りに。 背中を丸めてこんな所をごしごし洗う姿なんて、皆斗にだって見られたくなかった。 体にタオルを巻いて部屋に戻るとタバコの香りが漂っていた。 ランプ灯だけの赤銅色をした部屋のソファに座っている皆斗の顔は、丁度影になっていてよく見えない。 小さな赤い火だけが具体的な顔の位置を教えてくれている。 口は、そこ。じゃぁ目はその上。 「みなと」 私の声、どんな声に聞こえただろうか。 ただ名前を言っただけだけど、辛抱強く待っていてくれた皆斗にはどんな言葉をかけたら良いか判らなかったから名前だけを呼んだ。 好き、それだけは精一杯伝えたつもりだった。 皆斗はタバコを灰皿に押し付けた。どれくらい残っていたか判らない、ちゃんと消えたかどうかも判らない。強く押し付けただけのタバコを残して皆斗は狭い部屋の中を走るようにして私を抱きしめにきてくれた。 風呂じゃ全然のぼせなかったのに、いきなり湯上がってしまう私。皆斗が顔を寄せる前に私から少し背伸びをして口をつけた。 タバコの臭いのする口は初めて部屋に入ったときよりも激しく、猛烈に吸い付いてきた。 まるで私の中身を吸い出そうとしている、そんな感覚に腹の下が心地よく疼く。体を洗う時、せっけんがいらないくらい湿っていた私のそこがまた潤い、奥から伝わってくるのを感じる。 タオルなんか巻きつけなくても良かった、と後悔する。こんなもの邪魔だ、隠す必要なんかなかった。でも取り払えない。それくらい強く皆斗は私を抱きしめてくれていた。 体中の産毛が逆立って皆斗を傷つけてしまうんじゃないかと心配するくらい気持ち良い強いキス。 クロールの息継ぎみたいに、皆斗が私から口を離して荒く息をする。熱い息が額に、鼻に、唇にあたる。その間に手は私の髪の毛をもみくしゃにするように頭を撫でてくれる。 「姉貴・・・」 いつもより低い声。怒ってるように聞こえるけどそんなこと全然無い。優しい、私だけの飛び切り優しい声にもう立ってなんかいられなかった。 背中から骨が抜けたみたいになって、どうにか皆斗の胸に抱きつく。胸にあてた耳から、その中からノックでもするような心臓の音が聞こえた時、私は皆斗の小さな、私なんかよりも格段に小さい乳首にかじりついてやった。 焦げた茶色をした皆斗の乳首には黒っぽい産毛が生えていて、穴なんかよく見えないのに、目でも見つけるのが難しいのに舌でどうにか探ってやると、私の腹にあたる皆斗のそこが小さく蠢いた。 「・・・ベッド」 「・・・うん」 私は今度こそ、その、気恥ずかしいお姫様抱っこをされた。自分は重いと思っていたのに簡単なもんだ。いとも軽々と皆斗は私を抱えあげると、ぶつける柱も無い、つまづく場所に机もない部屋のベッドに私を優しく下ろしてくれた。 「もう待ちきれなかった・・・」 間近の唇がそう囁くと、いきなり体が空気に触れる。バスタオルを取り払われたのだ。 「あ・・・」 私の目に裸身が飛び込んでくる。 忘れてた。 皆斗の耳の横、いやその後ろ・・・天井の鏡。 私を覗き込む皆斗の背中と・・・何も身に着けていない私の体が目に入ってしまい、思わず口を手で覆ってしまった。 「うわ・・・」 自分の黒々とした股間の毛が妙に厭らしく映っていたのが恥ずかしくて、鏡に映った自分と目があったのももっと恥ずかしくて私は皆斗に抱きつく。 「どうした?」 「鏡・・・」 私が指す方向を見ると、皆斗は小さく笑った。 「じゃぁ今日はずっと正常位系で」 やってる所を見てろっていうの。 そんなこと恥ずかしすぎてできやしない! 抗議の声はキスで打ち消された。どうにか私は目を瞑って鏡だけは見ないようにする。 今度のキスは優しいものだった。 でもそれは前哨戦、戦争の前のラッパみたいなもの。 皆斗はゆっくりと動き出す。私と、天井にいるもう一人の私の間に入るようにして私のお腹の上に馬乗りになった。 ギシ、と私の腰のあたりを中心にベッドが軋んだ音をたてる。私に負担をかけないように膝立ちになって体重をかけないようにしているけど、ヘソのあたりに皆斗の子種がぎっしり詰まったあの袋が触れるか触れないか。 ランプの明かりが皆斗を下から照らす。筋肉の凹凸、頬のあたりの微かな笑窪が赤黒く不思議な陰影を浮かべていた。 手を差し伸べると優しくつかまれる。右の手首を握られてそのまま中指に舌を這わされる。 生暖かい口が私の指を包み込んだ。十分に湿った舌が丹念に丹念に私の指を舐め回した。男が自分のを舐められ口に入れられた時、あそこに挿れたみたいに気持ちが良いというが、今のこれも似たような感覚なのだろうか。 中指、薬指、小指、人差し指、親指・・・皆斗の口はどの指も平等になるようにいつも舐めてくれる。くすぐったいような感覚。まだ私はその様子を見つめることができる。 「こっちも・・・」 左手を差し出す余裕すらある。 皆斗は瞳だけで微笑むと同じように左手にも舌を進める。 そして手首、腕に行くにつれ私は目を開けていられなくなってくるのだ。 末端は心情に響くような愛撫だがここからは違う。 静脈にそって舌を這わされ始めると・・・そこからまるで微弱な電気が走るように私を刺激し始める。 「ん・・・」 柔らかくて暖かい道筋が、肩口まで来たときに遂に声が出てしまった。 「今日はここからなんだ」 なんだか体調だか雰囲気によって二の腕だったり鎖骨だったり、首筋に来ないと声が出るくらいにまで感じないのに今日はなんだか電気の走る量が違っていた。 映画を観るように静かに堪能していたいのに、意思に反して声が出てしまう。擽られるような心地良い感覚が勝手に喉を支配してるとしか思えない。 ベッドの軋みが耳元に移動した。皆斗の左手が自分を支えるために移動をしたのだ。 来る・・・ そう思う間もなく首筋に舌が到達し、私は間の抜けた欠伸のような声を上げていた。 ふぁぁ、だか、ふわ、だかそんな変な声。 まだ声にまでは至らない。 そんなじわじわした愛撫を皆斗はずっと続けるのが好きだった。なんとも憎らしいことに私の気持ち良い部位を避けるようにして背中から足の裏まで全身をくまなく舐めたり撫でたりする。 「次はどこが良い?」 「・・・」 耳元で囁かれ、どことは言えずにいると・・・驚いた。 「んぁっっ」 腰が浮いて皆斗の腹に当たるくらいまで浮いてしまうくらいの不意打ち。 焦らされ焦らされてどうなってるか知りたくもない、私のそこに前触れもなく触れてきたからだ。 「やぁっ・・・いきなり・・・」 触れたのは一瞬なのに余韻がいつまでも残ってる気がする。音叉を触ってもすぐには止まらない。ちょっとした振動を残してゆっくりと止まる。そんな快感ですっかり頭の中は痺れてしまった。 思わず握ってしまったシーツを離す。離すというか、弛緩して握っていられなくなる。 「姉貴、息が荒いよ」 「・・・あんたこそ・・・ぉ」 遂に胸に手が渡る。皆斗のいつもの工程がかなり端折られているのは・・・やっぱりお預けにお預けを食らって我慢しきれないからだろう。 もうしていいよ、私にかまわないで気持ちよくなっていいよ、心はそう思っているのに・・・口がそれを言葉にしてくれない。 もっと・・・もっと気持ちよくなりたい、気持ちよくしてほしい、自分を、私を、と体は言葉を発し、そして涎を流す。太ももをすり合わせると感じる滴り。ベッドにまで伝って流れて落ちてるんじゃないかと心配になるくらい体の奥から熱さを感じる。 「うぁぁ・・・あ」 胸、胸を揉まれている。昔はおっかなびっくりだったのに、今はもうすっかり私の体を知っている優しい手つき。 それなのに。 「強い?弱い?」 なんて聞いてくる。 もっと強くなんか考えられない、弱すぎても物足りない、それが丁度良い、一番良い。 「そ・・・うっ」 かぶりを振って否定しようとすると唇で乳首を噛まれて喉まで仰け反った。唇で噛まれるたび、片方を指先で摘まれるたび、連動しない動きに喉が不規則に声を発する。どちらを感じているかもう判らない、ランダムに到達する快感にもう耐え切れない。 「皆斗、もうしようよ・・・」 胸の上にある皆斗の髪の毛を両手でかきむしると、皆斗は私の心臓に向かって話す。 「まだ」 「あっ」 平たくて厚いものが私の股間を下から押さえつけられた。皆斗の手・・・は私の胸の上にある。 それは膝だった。 「蓋」 ぎし、とベッドが揺れる。皆斗が膝でベッドを揺らせたのだ。 「あっぁ」 その拍子に私に触れるほとんど平らな面が前後して・・・開いてんだか閉じてんだか判らないけど、私の割れ目がこすりつけられた。 平面がまんべんなく私の敏感な場所を一往復。 「どう?姉貴」 「どうって・・・」 もう一度揺らされる。今度は二回、三回と繰り返されると・・・ 「うっ・・・うぁっ・・・うっ・・・」 普通に部屋に入った時のパターンです 途中で終わってるのは・・・ちょうどその辺りで修正入れて路線が変わったからです こっちだと幸せに終われたんでしょうが、なんか盛り上がりがなさそうなので・・・悲しいですが没に・・・。 でも勿体無かったので、所々流用した所とかもあります web拍手です。お気軽にどうぞ〜。 |