村宮美汐
-suspicion of my sister-


 私にはドアを開ける前にすることがある。

 爪先をじっと見つめてから、ぎゅっと目をつむって息を吐く。こうすると緊張がほぐれて思ったことを言えるようになる…おまじないというか、人見知りをして緊張しやすい私が何かをするにつけて気持ちを落ち着かせるための習慣だった。

 今でも時々私の癖として顔を出すあっちの家の思い出。誰だっけ、こうしたら良いって言ったのは…

 とりあえず、私も驚いたけど最近またこの癖をするようになってしまっていた。お兄ちゃんの家のドアを見て、土のついた爪先に気がついたのは何日か前の話だったから…もっと前からしていたのかもしれない。

 お姉ちゃんみたいに自分を客観的に見てみると、答えはすぐわかった。私はお兄ちゃんに会うのに凄い緊張をしているのだ。

 お兄ちゃんは、元気がない。いっつも笑ってはいるけど、なんとなく感じる人が出す雰囲気がどんよりしている気がする。

 それだけじゃない、ゴミ箱が私の悩みの種だった。

 人が生きている上で必ず出るのがゴミだ。生きるために無駄を残さない原始時代の人間もゴミをすててきた。当然現代人の私も、お兄ちゃんもゴミを捨てる。私が前にお片づけをした時には山みたいなコンビニのお弁当のゴミがあって圧倒されたのを覚えてる。

 「自活できるって言ったの誰?」

 そういうとお兄ちゃんはそっぽを向いてベッドを整えたりしていた。

 お兄ちゃんはずぼらだ。だから絶対これはおかしかった。

 「…」

 コンビニのお弁当の空が一つも無かった。

 私が来るようになってからも、お兄ちゃんのそういう生活は治らなかった(だから夕飯でちゃんとした栄養をとれるようにしていた)

 自炊をしていると思ったけど、生ゴミは私が捨てたゴミしか無い。

 じゃあ何を食べているのだろうか。

 外食も考えたけど、お兄ちゃんはいっつも家にいる気がする。

 お兄ちゃんは何かを隠している。

 何かを悩んでいる。

 何かを御飯の喉が通らなくなるくらい悩んで苦しんでいる。

 でも、私には何かを隠している。

 だから、ゴミ箱にお姉ちゃんの煙草の箱が捨ててあるんだ。

 お姉ちゃんは時々来てはお兄ちゃんの相談に乗っているみたい。

 それでも1回もここで会ったことないのは、私にそのことを隠したいからなんじゃないかなと思うようになった。

 お兄ちゃんには前にお姉ちゃんの悩みを聞いてもらった。だから私も力になりたくて、1度は断られたお夕飯もこうして毎日作りに行くことに決めたのだ。

 確かにお姉ちゃんの方が、私よりも色々な事を知ってて頼りになるけど…2人とも何かあっても私に言葉すらかけてくれないのが凄い寂しい。心配かけたくないのかもしれないけど、全然…こっちのがとても心配だよ。

 また泣いたらお兄ちゃんはお話してくれるのかな。

 お兄ちゃんは優しいから多分、お話してくれるかもしれない。それがとても辛いことで聞いている私が耐え切れなくなってしまったらどうしよう。きっとお兄ちゃんは困ってしまうに違いない。だから…強いお姉ちゃんにお話してるのかな。

 お兄ちゃんがお話してくれるようになるまで、私は何も知らないふりをすることに決めた。

 だけどそれで…また目をつむる癖がまた出ていたのだと思うと…凄い緊張しているんだな私。

 「ただいまー」

 気合を入れるために、大きな声でお兄ちゃんの部屋に入るとお兄ちゃんはテレビをぼんやりと見ているところだった。髪はぼさぼさで今さっき起きたみたいな顔をして、私を見る。やっぱり、顔色が悪い。

 「おかえり、美汐」

 でもお兄ちゃんは笑顔で私を迎えてくれる。悲しいくらい頑張っている笑顔だった。胸が痛む、思わずあの癖が出てしまいそうになって慌てて取り繕うようにお夕飯の材料の中から今日の目玉のサバの切り身を出した。

 「ほらほら、お兄ちゃん、これ好きでしょ」

 今日はなんかいつもより辛そうだな、と思った。

 「あぁ…」

 お爺ちゃんが孫でも見るみたいな、優しい微笑みが凄い痛々しく感じる。

 「そうそう、美汐」

 「ん、どうしたの?」

 お兄ちゃんが何かを後ろ手に隠しながら近づいてきた。

 「これ、やるよ」

 何かの紙包みが渡されて、いきなりだったので言葉が出なかった。

 「え…なに?」

 「プレゼント、いっつも世話になってるから」

 訳もわからず私は包装をといた。すると中からは…水色のエプロンが出てくる。いっつも私がしている腰だけ隠すタイプのじゃなくて胸まで隠せる大きなエプロンだった。

 手が震えて、お兄ちゃんの顔をまともに見ることができなかった。ついにお兄ちゃんの前で爪先を見てしまう。

 お兄ちゃんが凄い辛い時に私へのプレゼント。

 昔見たドラマを思い出して泣いていた。

 「やだ…」

 「え…」



 「いらないよ…お兄ちゃん…」  病室でもう助からない病にかかった主人公が、自分の恋人に皮のジャンパーを渡すシーンが重なってしまったのだ。病人とイメージが重なるほど、お兄ちゃんは憔悴しているような気がして涙が出てきた。

 「お、おい…美汐?」

 エプロンをハンカチ代わりに今までお兄ちゃんに溜め込んでいた思いが爆発してしまったのかもしれない。

 またお兄ちゃんを困らせてしまった。泣きながら私が泣いてしまった理由を話すと馬鹿だな、と…私をだっこしておどけてみせた。

 「馬鹿だな、美汐。こんな風邪でいちいち死んでたらそこら辺墓だらけだぞ?」

 お兄ちゃんは何か辛いことを抱えているのに、こうして私を励まそうとしてくれている。

 多分エプロンも私を心配させないようにプレゼントしてくれたに違いない。

 「それにな、勝手に俺を殺すなや、なんだ?死んで欲しいんかお前は、俺に」

 ん?と額を額でごっつんってして、お兄ちゃんが笑ってくれる。

 ちゃんと私はお兄ちゃんの笑顔の元になっているんだろうか。

 「お兄ちゃん」

 「おう?」

 「私、お兄ちゃんの役にたってる?力になれてる?」

 「あぁ、もう全然いけてる、大丈夫、最強」

 これでもまだ、お兄ちゃんの悩みまでは打ち明けてくれないんだね。喉まででかかった言葉を私はどうにか飲み込んだ。

 「優しいね、お兄ちゃんは…大好きだよ」

 お兄ちゃんの腕に力がこもった。

 「俺も大好きだ、ありがとうな…頑張るよ」

 ようやく見えたお兄ちゃんの悩みの欠片。

 頑張るよ。

 何に悩んでいるか判らないけど、私はようやくほんの少し力になることができた気がする。



 「ただいまー」

 あれから普通にお夕飯を作って(風邪だっていうから、消化の良い料理にした)洗濯と掃除をして帰ったから、ちょっと夕方にしては遅い時間になってしまった。

 「おかえりー」

 お姉ちゃんはいつも通り、くわえ煙草でテレビを見てる。そういえば家に入った時のお兄ちゃんと構図が同じだな、と思って少し頬が緩んだ。

 「お、上機嫌だね美汐。どしたの」

 「え…ねぇ、これ見てお姉ちゃん」

 「お?」

 私はカバンからエプロンを取り出して着てみせた。ちょっと気分が浮いていて、くるっと回転もしてみる。

 「エプロンじゃん、どしたの」

 「お兄ちゃんがプレゼントをしてくれたの」

 涙の染みはすっかり乾いていて、かわりにおしょうゆがもう飛んでいたけど、改めて考えるとやっぱり嬉しい。

 うきうきしたまま、自分の姿を見下ろして、お姉ちゃんを見た。どう、可愛い?口に出すことはできなかった。

 「……」

 無表情でお姉ちゃんは私を見てる。

 「…お姉ちゃん?」

 「あ、すまん、ぼーっとしてた…可愛いじゃん」

 「で、でしょー?」

 一瞬お姉ちゃんに睨まれた気がした。

 まるで他人のような目で、見られた私は少し戸惑っていた…


-今回の没文章-
無いんですわぁ


泣いてばっかですこの子。
きっとお酒を飲むと正反対の性格になりそうです(笑
将来が楽しみだなぁ
本編とまるで関係無し(ぉ
次回はーえっちシーンあります(予告
 

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