村宮皆斗
-please hear my voice-

 浅い眠りを妨げる気配。

 「あ、ごめん…起こしちゃった」

 俺は美汐が腕の中から体を起こすのを感じ目が覚めた。

 「…おはよう」

 寝起きのあくびのせいで目を開けていられない。ぼんやりとした輪郭だけの美汐が気持ち良さそうに伸びをする。

 「良い夜でした」

 と、朝から誤解を招きそうな発言を笑いながら言っているがやましいことは何もしていない。昨日は布団が足りないから俺と美汐と姉貴の3人で川の字になって俺のベッドで寝たんだ。折角の1人暮らしだから、と色々と気合を入れたセミダブルのベッドが初めて役にたった夜だった。少し寂しい。ちなみに美汐が真ん中だ。

 時計を見ると…道理で眠いはずだ、まだ6時前。

 「もうちょっと…寝てればいいだろ?」

 姉貴はまだ寝ているようだった。朝飯を用意するにしろ今から準備したんじゃ…フルコースくらいできるかもしれない。

 「私高校だから…」

 「あ、そっか…」

 寝ぼけてる。今日は平日だ。昨日は朝から…

 ……

 「…」

 「もう電車動いてるみたいだから、家に帰って着替えてから学校行くよ」

 昨日は…

 夢を見た記憶はない。でももしかして本当は夢を見たのかもしれない。

 「お兄ちゃん?」

 「あ、あぁ…悪ぃ。ぼーっとしてた。」

 うなされてた?なんて聞けない。なんで?って聞かれたらどうしたらいいか想像するだけで恐ろしい。

 「まだ頭寝てるの?」

 横で寝ている姉貴に配慮してか美汐は小声で笑う。寝起きの胸に染みとおるような清々しい笑顔。

 今朝はこいつがいてくれて助かったかもしれない。

 「あ、そう…かも。いっつも目覚めるとみのもんたが、奥さん別れた方良いよ、とか言って」

 「羨ましいなぁ、大学生は」

 俺と美汐の何も変わらない日常の会話。俺のおふざけに笑って答えてくれる大好きな妹。そして我関せずと言った感じで寝入る同じくらい好きな姉貴。もしかして昨日は3人で見た悪い夢だったと俺は思いたかった。

 本当に恐い夢は見た人が忘れてしまっているに違いない。

 そうだ、よくある…

 「じゃぁ駅まで送っていってやるよ」

 よくある…

 「ううん、いいよ」

 掴まれた。この手が全部夢だったと思いたかったのに。

 「ほら、お姉ちゃんも一緒に寝てようって言ってるよ。昨日はお兄ちゃんが1番疲れたんだから、ゆっくり休んでなよ」

 昨日のコトが夢なら、こうしてこの手を振り払おうとなんか思わないだろう。逃げたかった。

 叫びたかった。

 「…ありがとうな」

 だが叫んだらどうなる。美汐に全てをぶちまけてしまうだろう。そうしたら俺は生きていられなくなる。

 美汐は身支度を整えると「いってきます」と言って家を出て行った。まるでここも自分の家のような、聞いている方も気持ちよくなる声。

 「今日は早起きだな皆斗」

 さっきから俺の左手を握り締め、姉貴は寝起きにしてははっきりした視線を俺に送ってきた。

 「いつから起きてたんだ」

 「美汐が起きてから。あのね皆斗、うちらの中であんただけだよ朝弱いの」

 姉貴の言葉1つ1つが俺に絡み付いてくるようだった。少なくとも姉弟がかわすにしては色気がありすぎる息声は昨日のまま。

 俺は昨日、姉貴と普通絶対しないこと、してはいけないことをした。

 …寝た。寝てしまった。

 「一緒に寝ようよ」

 「寝るって…」

 今の俺にとって見当違いだが的を得ているその単語に思わず俺は身を引いていた。形式的でも姉貴を受け入れたとはいえ、まだまだ体も、心なんか全然追いついていない。姉貴の一挙一動が恐かった。

 「おお」

 振り払われた手をぼんやりと見ていた姉貴が、またにこやかに微笑む。

 「朝から元気だね、皆斗は」

 俺が勘違いしていたのか、姉貴は腹を抱えて笑いはじめた。

 「いや、しても良いけどさ。今はちょっと普通に寝たい気分かなぁ」

 「あ…うん」

 俺は素直に言葉に従っているのだった。一応恋人になったのだから、何かをしてやらなきゃいけないんだろうけど…全然想像がつかない。相手が俺のことを好きなんだから、言うことを聞いていればいつかそれが判んのかな…

 俺と姉貴とは美汐が寝ていた一人分の距離が空いていた。寝る時くらい離れてても良いのに、姉貴は俺をまるでぬいぐるみのように抱き寄せて…キスをしてきた。

 「やめろって…」

 「なんでー?」

 「恥ずぃじゃん…」

 恋人って、こんなもんなのか?

 「何可愛いこと言ってるのさ」

 「か、可愛いなんて言うなや」

 目を反らしたくても、姉貴の額は俺の額を押さえつけていて、顔を動かすことなんてできない。熱があるのは間違い無く姉貴だった。  「ガキん時でもこんなことしなかったよね」

 「そりゃ…しねぇーだろ、んなこと」

 姉貴の体のが全然熱い。俺を抱きしめている体の体温が俺に入ってくるような感じがして…熱いのに体が震えた。息をするのが辛くなって、緊張して胸が苦しくなって…それで…これは、朝だから、朝の生理現象が…密着した姉貴の体を突き放そうとしていた。

 「んなことって、何?」

 姉貴が俺の尻に手を回した。背中に静電気みたいな感覚が走った。

 「ん、んなことって…」

 キスとかえっちとか…でもそんな事を言ったら絶対姉貴が喜ぶに決まってる。だけど俺の頭はぼーっとなっていて、言いたくなかった言葉がそのまま口から出ていた。声が1番震えていた。

 「そんなことしたいの…?」

 じっと見つめる姉貴の細長い目。尻から回った手はついに、前のトランクスのテントを覆っている。

 「姉貴…」

 「ん?」

 「頼む…」

 「何?」

 俺は想いをぶちまけていた。

 「恐いんだ」

 「…え?」

 思惑が違ったのか、不意をつかれた姉貴の声のトーンが少し上がった。

 「やめようよ、姉弟でこんなことしちゃ駄目だって」

 俺が美汐の事を可愛いと思っても犯したりなんかしない。本当は誰だって肉親を可愛いとか格好いいとか思ってしまうに違いない。だけど本当はしてはいけないことだから、他の奴との恋が燃えるんだ。

 「まだそんなこと考えてるの?」

 困った子、と言いたげに姉貴は額をこすりつけてきた。

 だけど、ここで言わないともう二度と言えないと思う。

 「姉貴の事は好きだ。本当に好きだよ、だけど…えっちとかしちゃ駄……」

 「みなと」

 瞳で黙らされた。これまでに口論なら何度でもした。凄みのある声で黙れ、とかうるさいとか言われても俺は構わず姉貴を罵っていたもんだ。だけど怒ってもいない普通の声色が俺を押さえつけた。

 「私のこと、好きなんだろ?」

 「え…あ、うん…」

 「ありがとう…じゃぁ何も恐いことはないよ。私が守ってあげるから…」

 姉貴の言葉は俺の何もかもを超越していることがわかった。重かったのだ。他人の言葉に重みを感じるのは、その言葉がはっきりした意味をもっているからだ。多くは感動した時に使う形容だろう。だがここでは意味が違う。全然違う。

 「姉貴、それ絶対言う人間違えてるよ…」

 「馬鹿言うな…皆斗にしかもう言わないよ…好きだよ皆斗…」

 口をふさがれる。もうこれ以上不安になるようなことを言わないでくれとばかりに、昨日の荒々しいのとは違う優しいキスだ。

 俺は姉貴をもう突き放すことはできないと悟る。



 何日か、いや、何週間かたったかもしれない。

 あれから姉貴は、毎日のように俺の家にやってきて、俺と寝た。俺の大学の時間割の空き時間と自分の空き時間と睨めっこして一生懸命俺といられる時間を作っていた。

 以前かわした、美汐をないがしろにしないで、いままでのような生活をする、という約束を守ってくれて美汐が家に帰る前には俺の家を出てく。

 そしてその家での様子を語る人物が、入れ違いで俺の家に来るようになったのもあの日からだ。

 「ただいまー」

 美汐が、夕飯を作りに家に来てくれるようになったのだ。初めは断ったが、1人暮らしのささやかな量を作るのは何の苦でもないという言葉に押し切られ今日に至る。食事だけではない、掃除や洗濯もしてくれる、そして何より姉貴との生活の様子を嬉しそうに語ってくれるのがありがたく、嬉しかった。姉貴はちゃんと姉貴として接してくれている。だから、俺も2人の笑顔のために、俺も笑おうと思えるんだ。

 だけど…

 「…」

 今日も大学を休んだ。




-今回の没文章-
 「私も、本当は恐い。皆斗の不安だって私も充分判っているよ」
 「え…」
 なんでこんな積極的な姉貴が恐いなんて言うんだろうか。姉貴は言いたいことは言う性質だ。こんな時でも(多分)他人に合わせるなんてしないだろう。
 「これから私達どうなんだろうとか、実家に何て言おうとか…色々ある。」

 「あの、臭いこと言うけど笑うなよ?」
 「あぁ、う、うん」
 「私は皆斗の事守るから、皆斗も私のこと守ってくれよな?」


 この白帆はちょっと弱気な気がしてやめました。
 包容力と恋する乙女は何にも負けないって感じを出したくて本文変更です。
 でもどちらの白帆も皆斗の事を想っているようで想っていません。
 その人を信頼するのと盲信は紙一重です。

 

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