さいきんお姉ちゃんの様子が、なんだかおかしい気がする。 目が虚ろ…ってまではいかないけど、居間の卓袱台で腕を枕にしてぼんやりしていることが多くなった。一応学校には行っているけどちゃんと勉強に身が入っているのか心配になる。 「お姉ちゃん」 「んー?」 「お夕飯何が良い?」 「んー…」 そのまま黙り込んでしまう。本当は夕食の準備はもうできていて煮物の良い香りだって漂っているのに…試す感じで言ったんだけどお姉ちゃんはそれにも気づかない。 大学も4年目だし、就職のコトで悩んでいるのかなと思って声をかけても違うと言われ部屋に戻ってしまった。お姉ちゃんと同じくらいの年の姉妹がいる友達にも相談してみたけど、やっぱり就職とか進路とか単位(これは無いと思う)くらいしか出てこなかった。あとは…恋愛かな。 「お姉ちゃん、好きな人できた?」 って一度ふざけて聞いてみると、お姉ちゃんは案の定顔を真っ赤にして否定したのだった。お姉ちゃんが聞かれて一番困ることはこういう誰が好きとか嫌いとかのことなのに、困らせてしまって悪いなと思っている。 「私が人を好きになった時はちゃんというから」 何年か前、帰省してきたお姉ちゃんに言われた言葉がこれだ。お姉ちゃんは、お兄ちゃんもそうだけど家族の中で一番約束に拘る人だ。私が子供の頃、お父さんとかいない時は悪いことをしたらよくお姉ちゃんに怒られていた。 引っ越してから買った真新しい勉強机に向かって、教科書を開いても予習なんて最近はできなくなっていた。気が散るから居間への襖は閉めているけど、テレビの音は漏れてくる。この番組はお姉ちゃんお気に入りのお笑いの番組。でも聞こえるのは番組の中での笑い声だけ。テレビの消し忘れなんじゃないかな、って思うくらい向こうの部屋は静かだ。 「お姉ちゃん…」 私にはまだ判らない悩みがあるのかもしれない。ずっと暮らしてたお兄ちゃんなら判るだろうか。ずっと暮らしていた、が肝だった。もしかしたら私が気に障ることをしているのかもしれない。タバコだって、私がちょっと咳をしてしまっただけでお姉ちゃんは換気扇の前でタバコを吸うようになった。自分のしたいことを我慢する思いやり。私が悪いことをしてるんじゃないから言葉にし辛くてストレスが溜まっているのかな。 だから私はお兄ちゃんにメールしてみた。初めて買ってもらった携帯。アドレスの二番目にお兄ちゃんがいる。 『お姉ちゃんが最近元気無いみたいです。私には言い辛いこともあるかもしれないので、聞いてあげてくれませんか』 元気になると良いんだけど。ちょっとでも心配を発散したくて、シャーペンを強く握り締める。英文を開こうとした時、声が聞こえた。 「え、皆斗?」 居間からお姉ちゃんの声だ。とても驚いている感じ。多分お兄ちゃんがメールを見てくれて電話してくれたんだ。やっぱりお兄ちゃんは優しい。襖ごしの話は盛り上がっている。一緒のテレビを見ているみたい。 「ありがとう…」 私はお姉ちゃんに聞こえないように、小声で窓の外へお礼を言った。 電話ごしにお兄ちゃんと話すお姉ちゃんが、今日初めて笑ったからだ。 お姉ちゃんの悩みは結局聞かされていないけど、お姉ちゃんはお兄ちゃんに毎晩電話するようになった。日増しに元気になっていくお姉ちゃんの姿を見てるとやっぱりお兄ちゃんは凄いんだなと思った。改めて考えるとお兄ちゃんはお姉ちゃんと何年も二人暮しをしてて、もっと言えばお兄ちゃんはお兄ちゃんの年の数だけお姉ちゃんの傍にいることになる。私よりも一番近い理解者なんだろうな。 どうあっても人の力になりたいと思うけど、やっぱり自分の力が及ばないと少し寂しい。 お姉ちゃんの毎晩の電話が少しだけ恨めしく思い始めた頃…またお姉ちゃんは塞ぎこんでしまった。電話をしている時は凄い嬉しそうなのに、そうでない時はまるであの時のお姉ちゃん。 お兄ちゃんが家に遊びに来て、帰った後が一番酷くなった。駅までお兄ちゃんを見送ったまま手も洗わないで部屋に直行するようになったのだ。私の顔を見ないで言うただいま、おやすみ。 凄い、寂しい。 美味しくない夕飯が続いたある日、私はついに家を飛び出した。 「なんで姉弟なのにいっつも会えないんだろうな」 私の目を見ないで言ったお姉ちゃんの言葉は、凄い痛かった。 「美汐?」 私はぼろぼろに泣きながらお兄ちゃんの胸に飛び込んだ。 |
次の回はあります(笑 しっかし今時予習なんてするなんざこの娘何者だ、と思います あ、うん久我はしてましたよ、ええ(汗 皆様は、いかがでしたでしょうか… |