村宮白帆
-surprise attack-
 「姉貴」

 声をかけられた時は驚いた。大学のロビーで掲示板を見ていると誰かに背中を叩かれたのだ。地元ならともかくこの学校には(4年間通ったが)知り合いはかなり少ない。だから私に呼びかける酔狂なヤツなどほとんどいなくて、しかも無防備な背中に不意打ちだ。

 「うわぁ!」

 「え、え」

 胸がどきどきする。飛び上がって振り向くと、逆に皆斗が言葉を失っていた。私がこんなに驚くとは思わなかったのだろう。あっちはあっちで顔にコンニャクでもひっついたような顔をしていた

 今は授業の合間の休憩時間。他の学生が面白い物を見るような目つきで私たちを見ている。

 4年通ってこんなに学生の注目を浴びたのは初めてだったが…喜ばしいことなら良かった。ともかく私は…あっちも我に返ったのか照れ笑いをして肩をすくめた。

 「ども、お騒がせしました〜…姉貴行こうぜ」

 恥ずかしいからって…姉貴を強調するんじゃないよ

 「…」

 無言で私は後に続…こうとしたら誰かが私を呼び止めた。

 「あの」

 眼鏡をかけた丸い女が控え目な声で私の後ろに立っている。

 「は、はい?」

 先ほどのショックが継続しているのか、喉から出てきた声は上ずっていた。

 「カバン、落としてましたけど…」

 ダメだなぁ…私。


 意識していた。なんだか私はあの日から意識し続けていた。

 「姉貴ぃ」

 美汐が変なコトを言うから、皆斗の顔が頭から消えないでいた。この子の目を見ては赤面し、唇を見ては赤面し、血管が浮いた手の甲とかくっきりした鎖骨とかきゅっとなったふくらはぎとか見ると胸が…

 「…ん?」

 ここは学食。どうして違う大学の皆斗がここにいるとかそんなことを聞くことも忘れて、学食(本当は禁煙)でヤニをふかしていた。

 「ちょっと鍛えた方良いんじゃない?」

 「何を?」

 「度胸。あんなんでどうして大声あげるかな」

 「悪かったね」

 反抗期はまだ少し継続中。なんでこんなヤツに、お前はどっかの師匠かと思いながら煙をふかす。悔しいことに美味かった。なんか顔色の良い善玉ニコチンが体の中を走り回っている感じ。きっと禁止されてる場所で吸っているからだ。

 机に足をひっかけて天井ばかり見つめて、煙を吐き出しすっかり不良学生の私にテーブルの向こうから身を乗り出してくる皆斗。

 「あのさ」

 「んー?」

 「キャンプ行かねぇ?」

 「はぁ」

 キャンプ?藪から棒に出てきた単語に、私は「ウブナコイゴコロ」も忘れ真正面から弟のツラを眺めた。今度は皆斗が視線をそらす番だった。唇を尖らせる仕草。

 「キャンプだよ、キャンプ」

 本人は気づいてないがそれは何か罰の悪いときの仕草。

 「なんでキャンプ」

 「ウチの映研と」

 「映研って…」

 映画研究会と聞くと、大抵の人間は映画を撮るサークルだと思うだろうが、彼等の場合美汐のように素直に受け取った内容の活動している。つまり映画の研究。簡単に言うと映画の鑑賞。ポップコーンとジュース片手に講堂のプロジェクターを使って弾幕三昧爆薬三昧である。活動内容の気軽さと、好きな映画を大画面で観ることができるとあって、リュミエール兄弟の名前も知らないような人間の集まりだと聞いた。

 「何あんた、青空鑑賞会でもするのかぃ。」

 「姉貴、映画ってどうやって観るか知ってるよな」

 一応スクリーンで観るというポリシーはあるらしいが。

 「まぁ、あれだよ。仲良いの集まって騒ごうって感じ」

 「はぁ」

 なんで私が。とは口に出さないでおこうと思った。さっきも言ったが、これは皆斗が何か隠しているに違いないからだ。イヤな予感がする。なんとかスルーできないかと私は言葉を考えた。

 「あんた達もキャンプ好きだね。前も行ったでしょ」

 「あぁ。色々行ったけど、あそこは良いよ。あぁ、今度行くトコはもう何度も行ってるトコなんだけど…」

 嬉しそうに語りだす皆斗。君には悪いがキャンプは好き嫌いでいうと嫌いな方ではないけど、面子がな。

 どうにかして私はキャンプ行きの件を忘れさせようと、ゼミのプレゼンでも面倒くさくてほとんどしなかった質問をぶつけ、ついに矛先を反らすのに成功しつつあった。だが運命は皆斗に傾いていたようである。

 野生の鹿の親子を見た時の出来事を(もう何度も聞いた)熱く語ってくださる皆斗講師を、始業のベルが邪魔をした。

 どこか遠くを見ていた瞳が、急に我に返り時計を見る。我に返るってことは現実に戻ってきたってことだ。と、いうことはつまり…

 「姉貴、これから授業は?」

 「…無いよ」

 神様、あんたって人は。

 「でさ、話を戻すんだけど姉貴も行こうぜキャンプ」

 「ヤだよ」

 「なんでだよ、人数足りてないんだって」

 「人数って…そんなんキャンプには関係ないだろ?行きたいヤツで行けよ。何か、パーティでも組んでヒマラヤでも登るのか。テントも張れないヤツラが。」

 「そのキャンプ場良いコテージあるぜ、姉貴。他の面子だって面白いヤツだし。あ、女の子もいるからさぁ、そいつも明るくて人見知りしないヤツでさ…」

 ほぉ。ちょっとカチーンと来たな。反抗期はそこで鎌首を持ち上げた。

 皆斗はその娘に惚れているのだろう。どうにかして近付こうとしていて今回のキャンプ。大方女の子の人数を増やさないとその子も来ないに違いない。

 あー、そうかね。ほー、そうかね

 「いつさ」

 「え、来週の水曜日から木曜にかけて」

 おかしなヤツ。乗り気になってやったのにあからさまにイヤそうな顔をしている。授業参観に行く来ないででもめる親子か私たちは。

 「授業無いし、行ってあげるよ」

 「マジかよ」

 ジーザス。皆斗得意のアメリカナイズな仕草。本当にイヤそうだ。余りにもイヤそうでこちらがなんだか嬉しくなってきていた。

 「で、告るのか」

 「――な、何だ!?突然!?」

 「良いからさぁ、お姉さまとしては聞きたいのよ」

 聞かなきゃ良かったのにと思った。いや、ここで聞けば私の症状はすっかり治まると思ったのに。

 「あぁ、そうだよ。誰にも言うなよ!?」

 頭を抱えた皆斗の姿に、私は寝床で枕を抱えるのであった。


 とりあえず私を誘うためだけに学校まで来たというからには、気合は十分だったのだろう。

 美汐も誘ったが平日だから学校がある、と当たり前の返答で、参加は当日の私の弁当が代わりに受け持つことになった。

 田舎育ちだったから、ちょっとは自然の動きが判る。私は厚い服を多めにカバンに詰め込み家を出た。煙草も少し多めに。きっと1人でいることが多いだろうから。誰かは発情中だし、その他はその他で固まるのだろうから。

 そう思っていたのだが。

 「白帆さん」

 苗字じゃなくて名前にさん付けなんて高校以来だった。

 「はぁ?」

 カマドの口をどうしようか、風向きを探ろうとしていた時だったので指をくわえたまま私は振り向いた。

 私と同じくらいの背丈で、私の半分くらいの髪の長さ(つまり肩くらい)までの…まぁガッシリとした体格の兄ちゃんが立っていた。嫌味じゃない程度ににこにこ笑っている。

 「コーキです。二木好季」

 「おぉ、どうしたコーキ君」

 上司が部下にするような親父臭い物言いだが、どうも家族以外の者となるとこうなってしまう。ちゃんと敬語は知っているつもりだが、彼は皆斗とタメのはず。

 「カマド好きなんですって?皆斗から聞きましたよ。変わってますね」

 その手にはブロックが。丁度一個欲しいと思っていたところだったので私は礼を言って、受け取った。

 「親父が火を起こすのが好きでさ、それを見てたからだよ」

 軍手をはめた手で木炭を砕く。細かく砕いたこれは、焚きつけに、砕かないのは櫓に組む。簡単なコトだがちょっと判らないヤツも多いらしい。このキャンプ場、他にも何組かのグループがいるがこっそり見て回ったがなってないのが多い。私も少々得意になっているのか、自然に饒舌になっていた。

 「コーキ君はわかる?」

 「え、あはははは、この炭を砕けば良いんですか?」

 私のすぐ隣りにしゃがみ、彼はこれから砕こうと思っていた木炭を砕いていく。やはりそこは男の力。私がするよりも簡単に細かくしていくのは見事というか…当たり前なんだろう。

 良い、キャンプ場だった。車で(コーキ君の運転。ちなみにランクル)3時間の場所にある深い山の入り口にある静かな森で、飛行機が頭上を通らない空は久しぶりだ。すっきり抜けた青空には、離れた場所にある渓谷を流れる川のせせらぎが響いている。

 「ここはどこよりも空気が美味しいですよね、僕ここ好きなんですよ」

 優男が一丁前に場を語っているが、そういうシンプルな表現が似合う場所だと私も思う。

 「そうだね」

 くわえていたヤニは携帯の灰皿へ。カマドを見て不思議そうな目をしているコーキ君に私は答えてやる。

 「ゴミなんか入れたら火が汚れるだろ?」

 「あはは、ですねー」

 最近の若者だなぁ、と私は思った。でも他人の目をちゃんと見て話ができるあたり好感が持てる。

 「姉貴」

 事務所で借りたバーベキューの道具一式を重そうに両手で抱えて登場した皆斗は、笑顔で隠してはいるが朝からずっと渋い顔のままだった。横にお目当てと思しきポニーテールの可愛らしい子がいるのにそういう顔は勿体無い気がする。

 ちなみに男は皆斗と、コレ。女はその娘と私の全部で4人。思ったより少なかった。余ったコーキ君が私のトコに来るのは仕方ないことなんだろう。

 「火、どう?」

 「ん、ばっちり。これから火を付けるから少し待っててよ」

 「あぁ、じゃぁ美紀、野菜とか切ってこよう」

 「はい、センパイ」

 センパイ、ねぇ。火を起こすのはいつもより早くなりそうだ、と団扇を手にとると横に立ったのはコーキ君。

 「手伝いますよ」

 「ん?」

 「上手な火の起こし方を教えてもらいたくて」

 あはは、となんか彼は語尾ごとに笑ってる気がする。

 まぁ、弟の友達だ。

 「ん、じゃぁ簡単。力いっぱい扇いで。それで良いから。角度は、これくらいで」

 「こうですか」

 講義が続くが、心の中はあの娘のセンパイという言葉が色々邪魔してくれる。火がついた火がついた白帆さんのお陰ですよおーすごい火力だとか言われても、そりゃ火だもんな風を送れば火はつくさ、なんて言えるはずもない。

 センパイ、ねぇ。


 バーベキューは滞りなく終わった。飯の後、ユーダイな大自然に囲まれてカマドまで作ったのに、もうヤニは不味かった。アイツが私をチラチラ見ながら美紀後輩と飯を食っていたからだ。必然的に私とペアになるコーキ君には悪いことをしたかもしれないが、とりあえず会話は弾んだ気がする。なんだっけな、昔のコメディ映画の話でもしたんじゃなかっただろうか。ミスターブーは香港映画だったかな。

 美紀、という子は良い子だった。アイツに噛付かれてながらも私達2人(余り組)の気配りは忘れないし、目はぱっちりして大きいし、よく笑うし、声も高いし、まるで美汐みたいな子だった。

 …シスコンめ

 「白帆さん」

 「え、あぁ、なんだコーキ君」

 準備と片付けは交代でやろうということになり、今私達は使い終わったバーベキューの道具を事務所に戻しに行く所だった。私達のコテージは事務所から遠い位置だったのか、ちょっと歩くことに。キャンプ地に並行する感じの遊歩道を少し行けば事務所がある。皆斗達がいる場所の明かり以外は事務所まで光源がなく、そうだな、暗くて怖い。

 なんだ、これこそ皆斗にはぴったりじゃないか…そう考えていた矢先にさっきのコーキ君の呼びかけだ。

 「どうしたの?」

 「あの曲がり道、看板見えます?」

 事務所まで何メートルとか書いてあるアレだ。

 「あぁ、あるね」

 ポケットからタバコを出し、口にくわえた。片手の荷物の中には串しか入っていないので軽い。

 彼は両手で木箱を。その箱の角で看板をさしながら彼はさらりとこう言った。

 「あそこの角で白帆さんに告白します」

 ――?

 ――はぁ?

 思わず立ち止まって見つめ返す。真剣そうな目。なんて言った、今。告白だ?告白ってのはアレで、校舎の裏とかでアアなってこうなって、下駄箱がコウなって…

 一気に体温が上がった気がする。まっすぐに見つめてくる瞳が私を射抜いたと思う。生まれてからずっとそうだったように心臓の鼓動が早く波打った。わけがわからない。一瞬背中が震えた。

 「それまでに、御返事考えておいてくださいね」

 「え、ちょっと…」

 返答を待たず、彼は先に行ってしまった。場面の急な展開に私は思わず彼の後についていっていた。

 今思えば腑抜けた話だ。前までの私なら何を馬鹿な、と歯牙にもかけなかったと思う。だけど今は…反抗期だったのだ。

 「ねぇ、コーキ君」

 数十歩、数十歩という距離にまでコーキ君と、その後ろにつく私は近付いていっていた。何度呼びかけても止まらない。止まってくれない。考えているうちに距離はもっと近付いていきますます考えをまとめる暇が無くなる。

 「白帆さん」

 彼は看板の前に立った。そこで初めて振り向いてくれたその顔を、浮かべた笑顔に私は打ちのめされた。

 「ごめん、タバコ忘れた。」

 皆斗とは違う微笑み。口にくわえたばかりのタバコがあるのに、なんて言い訳。

 串の入った袋を取り落とし、私は元来た道を走り出した。

 「姉貴…」

 重症だな、こりゃ。

 肩で息をして戻ってきた私を、皆斗は間の抜けた顔で見つめるだけだった。

 「コレか、あんた、なぁ、コレなのか」

 隠してたのは。

 私は横で麗しの美紀ちゃんが見てる前で、発情期の皆斗の頬に拳骨をかました。



 「姉貴」

 「あん?」

 なまっちょろい女じゃあるまいし、私は泣かずに怒っていた。激怒だ激怒。

 校舎裏で冒険してる高校生よろしく、私はコテージの裏でヤニをふかしていた。本当にふかしているかは定かではない。火をつけてはすぐに消し、また付け、また消し、野山にゴミの山を作っていく。朝にカートンで持ってきたヤニももう半分をきった。

 「んだお前ぇ、ヤんのかオウ?」

 「ヤンキーかよ…」

 頬を赤く腫らせた皆斗は、唇を尖らせて私を見ている。ガンくれるたぁ良い度胸してるな。睨むとあいつもムっとした顔で目をそらした。

 「来いよ」

 「なんで行かないとダメなんだよ、またコーキクンのお出ましか」

 「ちげぇよ…来いってば」

 手を掴まれ、立ち上がらされた。振り払う気もおきない、怒りすぎてどうでも良くなって、なすがままに私は皆斗の後についていった。  「なんだぃ、あんたも告るのかぃ。いやだねぇ、何さ今時の男は、あの角に行ったらって、角っこじゃないとあんたは告白もできんのか、オセロかお前は。」

 「姉貴、普通に告っただけじゃん…そんなにキレるなよ…」

 そうだな。確かに告白されただけでこんなに怒るのはどうかしていると思う。実際、コーキ君は悪くない。ちょっときどった彼なりの趣向なのだと思う。

 だけど、皆斗が、知っていて、彼に告白を許したってことが私を怒らせていた。

 なんで私があんなに反抗期だったか知ってるのか。

 「なんだ、あんたはあんな男に私の恋人になって欲しかったのか。」

 「もう、やめろよ、あいつも気にしてるんだぞ?」

 皆斗がどこへ向かっているか判らない。林を突っ切っているのは間違いないが。林にはかなりの大声で私達の喧嘩の声が響いている。

 「あーあー、そうだね、あんたは友達想いだよ、今日もあれか、あれだろ、私とアイツを引っ付けようとして、本当はそれが目的で美紀ちゃんを誘ったんだろ、なぁ、ひどいヤツだ、あんたは、かわいそうに美紀ちゃん利用したんだろ」

 支離滅裂な罵詈雑言に皆斗はもう黙っていた。

 立ち止まる。ここは河原だった。そうだ、確かここはキャンプ場近くの渓流ではないだろうか。ごつごつした岩場のコースを河は畝って流れていく音は迫力がある。横に流れる滝みたいな感じだ。

 だだっぴろい河原に2人、私はいつも皆斗がしているように、ジーザスと肩をすくめた。

 「ここでコーキ君待ち?」

 皆斗は「はぁ」と溜息をつくと手近の岩に腰を下ろした。

 「上、見て」

 そこには満天の星空。

 皆斗を睨む。

 「はぁ、あんた星がなんだって…」

 もう一度空を見ていた。

 新月の夜、満天の星。

 怒りで我を失った自分が、またどこかへ行ってしまった気がする。それくらいの綺麗な星空だった。細かい星が空にも河を作って、大きな星がその中で…まるでこの渓谷がそのまま星空になったような感じだった。今足元にある、小石も、あの中の星にあるはず。

 プラネタリウムでも見ることができない自然の星の天井。

 「星だよ」

 皆斗は静かに笑った。

 「綺麗だろ?」

 綺麗だった。言葉を失う程だ。よく、皆斗は喋れるなと思った。

 「ここはな、これが良いんだよ。とっておきの場所だよ姉貴」

 淡々と、河原の中、皆斗という星が私という屑星に語っている。

 「本当は…美紀連れてくるつもりだったんだけどな」

 「…じゃぁ…連れてくれば…」

 「はぁ…」

 だめだねぇ、と皆斗は肩を。

 「ここで星を見るのは俺ともう1人までって決めてるんだ」

 「え…」

 「はぁ、侘びだよ、お詫び。悪いと思ってるから連れてきたんだって」

 脈も無さそうだし、と小さく笑う。

 自然にタバコに手が伸びていた。しかし皆斗がその手を握る。熱い手。ここに連れてきてくれた手がライターを取り上げた。

 「他の光は邪魔だよ」

 カマドのこだわりと同じ響き。

 「坐って、星見てようや」

 「…うん」

 暖かい手を握り返し、私は皆斗の隣りに坐っていた。

 星明りに、照れた皆斗の笑顔がぼんやりと見える。

 お母さん、反抗期も後期に突入しそうです。


 ただいまを言う人がいない、という少し寂しいうがい薬のCMが昔あった。

 家には明かり。授業で遅くなった私がただいまという相手は妹の美汐だった。

 「おかえりー」

 大抵エプロン姿で出迎えてくれる、その姿はまるで新妻のようだが。

 「ただいま」

 比較しちゃいけないと、最近とみに感じる。だから思う、あの頃の私は贅沢だった。

 おかえりはいつも台所から。居間のこたつからは聞こえてこない。それがとても空しかった。

 皆斗。困ったことに彼は私の心に大きな根を張ってしまった。






-今回の没文章-
な〜し


2発目から無しですが(笑)
この回は割とすんなり書くことができました。皆斗の友達の名前をどうするか悩んだくらいで
名前、大変ですよねぇ。白帆とかも考えるだけで結構時間を食った気がします。

 

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