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詩織と一哉?
2006-07-08 Sat 13:15
三人を見送ると、俺は姉さんの手を取って二階に上がった。

『姉さんごめん、気を使わせて…』
『良いのよ、私一人で一哉を独占するわけにはいかないわ』

悪戯っぽく姉さんは笑った。

『でも少し、妬けたかも…』
『え?!』

心臓が跳ね上がった!

『これは私のカンなんだけど、柿崎さん…だっけ、あの子あなたのコト好きみたいね』
『…まさか』
『私ね、手術してから、人の心が良くみえるようになったの』
『?』
『心って言うのは大袈裟ね。ん?、言葉に含まれる、感情っていうのかな?それがよくわかるのよ』

確かに何かの本かテレビで五感の内一つでも欠けると残った器官が発達するって読んだ気がする。
それが本当だとしても、あんな短い会話で判断出来るだろうか?

『婦長さんが言ってたわ、昔自分も知らない妊娠を患者さんに当てられたコトがあるって』
『どうして判ったの?』
『心臓の鼓動が二つ聞こえる…って言われたんだって』
『へー!』

この話が実話かどうか別として、人の言動に敏感になるのは分かる気がする。

『ま、でも柿崎が俺のコトどう思っていても付き合うとかないね』
『どうして?』
『…内緒!』
『えー!』

姉さんが好きだから…、なんて言えないけど、嘘もつきたくなかった。
こんな時は濁しておくのが一番だ。

『とりあえず、さっきもらった補習のプリントやっちゃいますんで、何かあったら呼んでくださいまし』

不満に顔を膨らませた姉さんを横目に俺は部屋を出た。
自室に戻った後は真面目に机に向かった。
ただ、姉さんに何かあるといけないので、声が聞こえるように扉は少し開けておく事は忘れない。
本当は姉さんとダラダラと過ごしたいけど、四六時中弟といても楽しくないだろう。
それに、成績も落とす訳にはいかない。
姉さんの中では出来の良い自慢の弟らしいから。
今の自分を形成している根本は・・・

『姉さんに良く思われたい!』

というコトなのだと改めて感じる。
もし柿崎が俺のコトを気に入ってくれて、付き合うことになっても、うまくはいかないだろう。
姉さんの為だけに作られた自分が柿崎に満足するはずがない。
もう少し大人になれば、違った考えが出来るだろうか…。

ふと時計を見ると4時半だった。

集中していたのか思ったより時間が過ぎていた。
気になって姉さんの部屋の扉をノックした。
…反応なし。
もう一度繰り返しても同じだった。

『姉さん、入るよ』

扉を開けた俺は、ホッと溜め息をついた。
姉さんは床に倒れている訳ではなく、ちゃんとベットで横になっていた。
規則正しい呼吸が睡眠中だと教えてくれる。
暇を持て余して、うとうとしてしまったのだろう。
室内温度が少し寒い気がしたので冷房のメモリを少し上げ、タオルケットをかけてあげる。
間近で見る姉さんは、包帯が痛々しくあってもその美しさは変わらない。
いつもは牛乳瓶の底のような眼鏡と無造作に束ねた髪形で異性の目を引くことはあまりない。
姉さんの方も昔から不格好な眼鏡をからかわれたことが多く、男性には拒否反応があるみたいだ。
髪を降ろし、眼鏡をはずした素顔は、身内の贔屓目を除いても、可愛い…よりも美人な部類に入ると思う。
これで順調に回復すれば、眼鏡なし、とはいかないまでも、お洒落な眼鏡を掛ければ人の目を引くだろう。
当たり前に男と付き合って、いつかは結婚する…。
姉さんには勿論幸せになってもらいたい…。
でも、それを考えると姉さんの全てを奪いたい衝動に駆られる。
姉さんの髪に触れると柔らかな黒髪がサラサラと心地良い。
少しだけ開かれた唇から規則正しい呼吸が漏れる。
すぐ奪える距離に艶やかな唇がある。
欲しい!奪いたい!
そんな強い衝動が身体の奥底から沸き上がる。

あと10センチ踏み込めばそれは手に入る…。

ゴチッ!

俺は寸前で身を離すと自分の脳天にゲンコツを喰らわせた。

『つ?…』

何やってんだか、俺は…。信用だけは失っちゃいけないのに。
姉さんと二人っきりになって初日にこれじゃ、先が思いやられる…。

俺は特大の溜め息をつくと、夕飯の仕度をしにキッチンへ向かった。

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