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[異邦螺旋・読み切りシリーズ]
学食にて
昼下がりのトォグ学士院大学・学生食堂。
白い長方形のテーブルが数十台並ぶ広い食堂だが厨房には人が無く、持ち込んだおやつを愉しむ学生ばかりがバラバラと居座っている。
外壁代わりの曇り硝子から降り注ぐ濁った光であっても、双子の白金(プラチナブロンド)の髪は充分に反射して人目を引いていた。
「最近、この近辺でディミストが襲われる事件が多発してるんだって」
兄のサミラが買ってきたばかりのドーナツの1袋を開けている。
睫毛と耳下へ軽やかな白金の髪がかかる。はっきりした緑目で面立ちは高雅な風情があり、声色の響きも柔らかい。
「へぇ、初耳だ。ここしばらく研究室暮らしだったからな」
弟のナーガルはサミラよりも(かす)れた声で言いながら、テーブルに両手を付いて開きかかったドーナツの袋を覗き込んだ。
この双子は雰囲気の静動の印象と声が違う以外、平均より高い身長といい見た目は同じだ。慣れない者には見分けられないだろう。
「恐いのは便乗する愉快犯が出る事かな?」
「だから公にはしてない。父さん経由の情報だ」
話しが途切れ、2人がドーナツを口に(くわ)えた時だった。
「ナーガル!ここにいたの?!今日は分布計測やるって言ってたじゃない!」
食堂の入り口は遥か遠くだが、白金の髪が存在を直ぐにバラしてしまう。
全世界には緑・青・灰色…ピンクなど様々な髪と目の色の人種がいるが、黒髪黒目が多いこの国・アイシアではやたらと双子は目立つ。
肩を過ぎる黒髪に軽くウェーブがかかる女性は、テーブル脇まで来ると腰の両側に手を添え、2人を見比べて眉を(ひそ)めた。すべてのパーツが小さい控えめな顔立ちだが、一重の内の黒目は大きく活き活きと輝く。服装は白の半袖ポロシャツと無地の紺スカート、シンプルというよりも地味だ。
「…どっちがどっち?」
今日の服装は揃いのTシャツ生地の白いドレープシャツと黒デニム、見分けるのは難しい。パック牛乳をストローで1呑みしてからナーガルは女性の顔も見ずに答えた。
「ノエミ、来てもらって悪いけど、計測は明日にした」
すると、ノエミと呼ばれた女性は大きく息を吸って声を出した方の少年を見据えた。
「いっつも!そうやって後回しにしてると後がつかえるのよ!みんな、高速度スタン使いたいんだよ?!」
広い筈の食堂がノエミの声に占拠された。双子が耳を押さえても話しの続きは聞こえている。
「いい?!今後は使わせないわよ、留年でも退学でも何でもなさいっ!!」
ノエミの声が途切れた直後だった。濃茶の髪を深紅のTシャツの胸上に散らして近づいて来る女性が見えた。Tシャツの上半分が豊満な胸の為に盛り上がって張り詰めているのはいつもの事だ。
「いたいた!怒鳴られてた馬鹿、あんた達だったの?」
「…馬鹿って、誰?私達?」
突然罵りの言葉を浴びせた姉のカルラに、サミラは口元を引きつらせて訊いた。
トォグ学士院大学は入学しただけで一生の生活を保障される程レベルが高い。世界の1/5の領土を占めるこの国・アイシアを含めた惑星ティラース全域から集まった優秀な頭脳の聖域と言って良い。
この双子は、高いレベルの中で飛び級進学を果たして17歳ながらに大学2年生だ。
ただし2歳上のカルラも飛び級進学をし、来年の卒業も決定している。身長は弟達の鼻に及ばないが、下げる頭は持っていない。
「週末、引越し手伝ってくれない?これ、地図ね!」
髪色と性別の違いを抜かせば、鮮やかな緑の瞳も端麗な顔立ちも双子とそっくりだ。
カルラはデニムのポケットからデータの入った親指の爪ほどの四角いチップをサミラに渡した。
「もう、ガッコより軍に行く日の方が多いけど、来年から研修だからね。今のウチ」
アイシア国軍には、陸軍・海軍・空軍、そして、どの軍にも首を突っ込んで協力を強要出来、また呼び出されもする元・国家警察の”刑事部”がある。
カルラ達姉弟は元々、刑事部の呪術課に所属している祈祷師でもあるが、カルラは別枠で刑事部の部長秘書に就職が決定したばかりだ。
ちなみに呪術課は占術・呪術の数派が所属し、特攻班・警備班・捜査班に分かれて活動している。一見平和だが、この世界は魑魅魍魎が徘徊していた。
「また引越しか…今年、何回目?」
うんざりとサミラが言うが、カルラは別の事に気を取られていた。
先程から、ノエミが沈黙を保ってカルラを見上げている。ノエミの身長が低いのでは無く、カルラが平均よりやや高いのだ。
その視線に終了を告げるべく、カルラはノエミに美麗な笑みを浮かべた。
「自分勝手な子だけど、見捨てないでやってね」
「…はい!」
1つ歳上の筈のノエミがカルラに呑まれて後輩の様な素直な返事をする。そしてカルラはナーガルの頭を拳で小突いてから食堂を去った。
「痛ってぇなあ!」
「おまえが怒鳴られてたからだろ」
頭を押さえるナーガルを見てサミラが笑う。カルラが消えた食堂の入り口を見ながらノエミが呟いた。
「…ナーガルのお姉さん、貴方達そっくり。知らなかった時はディミストだと思ってた」
すると次のドーナツを食べようとしていたナーガルが嬉しそうに大きく頷く。
「良く言われる、足長いしな」
”ディミスト”とは、異次元から来た者達の呼び名だ。
200年ほど前、何の拍子か空間に開いた穴から押し出された10万もの人々で、1/10しか男はいなかった。元々女性の出生率が高いらしい。
一時は”侵略説””虐殺説”と、様々な混乱があったものの、今は落ち着き人権が与えられている。
それ以来、此処を”主世界”と呼び、ディミスト達がいた所を”余世界”と呼ぶようになった。空間の穴が分からない為、彼等は帰るに帰れないでいる。
ディミストと人間はまったく同じだという検査結果が公表されている。
ディミスト達の特徴といえば耳介に骨が無く小さい事、両足の小指がほとんど無い事、顔の彫が深めで目も瞳も大きく瞳の輝きが美しい事、そして足が細く長い。最近では美女の代名詞にもなっている。
「ナーガル、お姉さんを褒められると嬉しいの?」
このノエミの質問にもナーガルは当然のように頷いて笑った。少年そのままに屈託がない、太陽を思わせる明るい笑顔だ。
「カルラは俺の理想の女だからな。顔も、でかい胸も、長い足も…性格は悪いけど」
「シスターコンプレックスなんだぁ?」
すると、今度は大きく首を横に振る。
「カルラに限らないな、俺とそっくりなサミラも大好き。俺、自分大好きだから」
ドーナツをひと口で頬張ったナーガルにサミラが苦々しい笑顔を送った。
「頼むから声に出すのは止めてくれ。たまに物凄い誤解する人がいるから」
サミラの顔を見てノエミも釣られて笑ったが、ナーガルは余計な事を思い出す。
「確か、ノエミはディミストの血が入ってるんだよな?前に聞いた」
「そう”確か”らしいわ!証拠になるものが無い、って話しで言ったんだっけ?!」
ノエミを不機嫌にさせたナーガルに変わってサミラがフォローを入れた。
「充分可愛いですよ、ハーフ?」
優しい緑の目と目を合わせた後、頬を紅潮させたノエミは目を逸らす。
「…両親は人間よ。どの時代で混ざったか分からない」
そして、少し間を開けて小声でノエミは2人に言った。
「…あのね、お姉さん、良くない噂があるわよ?男を渡り歩いてるとか…他の女の僻みもあると思うけど。言っておいてあげた方がいいんじゃない?ただでさえ色っぽいから噂が一人歩きしちゃうかも」
その噂は既に耳にしていたが、双子は特に反論はしなかった。最近、カルラの引越しが多いのは、(まと)わりつく男達を振り切る為だと薄々勘付いている。
「さんきゅ」
その一言を行って直ぐにナーガルは立ち上がり、食堂から逃げ去った。
「あーっ!ナーガル、計測、どうするのよぉっ!!」
ノエミの声が再び食堂に響くが、愚痴を零す対象になるサミラも、すでに姿を消していた。

数分後。
輝く太い矢が荒野に2本落ちたと同時に光が消え”金”と”光”の属質の白金の髪の双子が姿を現わした。
この広く暗い荒野は常人には見えない。魔霊以外は触れてもダメージを与えない結界を張り巡らせている”狩り”の為に作られた空間だった。
「ちわ、祐兄(ひろにぃ)!」
2人が挨拶したのは敷地のど真ん中に立つ、がっしりした岩を思わせる黒髪黒目の従兄弟だ。2mの身長に加え、白着物と黒袴の出で立ちが貫禄を増す。
「よぉ、おふたりさん」
極神(ごくしん)祈祷師の家元代理・祐壬(ひろみ)は、配下の呪術師を”兵”として呼び出す”司”の役割を頻繁に荷う。
この流派では人間の性質を「風・火・水・木・金(光)・地」の6つに分けた。これを”属質”と呼び、基礎の術を学び終えた頃に6つの何れに属するか判断がつくと、その性質に添った術を会得する。
地上に緑色に淡く光る小さな玉が現れた。玉は花が咲くようにふわりと伸び広がり人の形を成した。
「お待たせ」
”木”の属質のカルラが到着した。
大学で逢った時とは違い、パジャマにも見える灰色のトレーナーの上下姿だが、豊満な胸と長い足は隠しきれない。片手に10cm程度の短い木製のロッド(魔法竿)を握っている。
「おぅ、今日は頼んだぞ!」
祐壬に声を掛けられたカルラは目が合って直ぐに、ぷいっと目を逸らした。
毛嫌いしているとしか見えない…。双子は姉の大人気ない態度に冷汗を流しそうになるが、当の祐壬は特に気にも留めていないようだ。威勢良く腰に帯刀していた日本刀を、すらりと抜いて大声を張りあげた。
「よし、今日の”兵”は揃った!狩りを、始める!」
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