(五)


夜間演習が行われている厩ヒルズ大演習場
この度の演習では機械馬で襲来した鬣武踊団の
一軍を迎え撃つという内容
敵方役はジェネリの作り出した幻像
しかしこれが本物かと見紛うほどの出来
発する怒号や呼気、纏った殺気も鬼気迫る
これまで集積した情報を元に対象の動きをかなり
忠実に再現している、しかし騎乗の敵影はすべて
同一人物、ペンギンの渾名で知られる鬣武踊団長
ラモールド=ゼクアーを模していた
これは幻術士側の事情で単一画像を増殖させるほうが
負担がかなり少ないからという理由による
演習に参加しているのは一番組と六番組
参加私兵達は大勢の”ペンギン”軍団を迎え撃つ
その最後方の高台に鎮座する射撃部隊の中に
セライアの姿があった
敵集団が接近戦部隊への攻撃範囲に入るまでに
どれだけ狙撃できるかが射撃班の腕の見せ所
この一月の訓練成果を見せてくれるとばかり
弓を引き絞るセライアであった

演習が終わり、参加者の大方が引き上げていった演習場
高台にぽつんと居残るセライアの姿
彼女の戦績は最悪であった、彼女の課題は速射による
遠方への命中率
並の的なら百発百中なのだが、相手が鬣の戦士となると
ほとんど当たらないのだ
「先読み能力は実戦とそれに近い訓練を重ねないと
 上達しないからね
 それと仲間がいる場合の意志の疎通が決定的に
 だめだね、自分の守備範囲は自分の陣取る位置によって
 自然と決まる、君の場合はあっちを狙ったり
 こっちを狙ったりとてんでばらばらだ」
彼女に注意するのは団の弓術指南である五番組頭
気さくな中年戦士で、つい自然と先生と呼んでしまう
この度の演習に単身、射撃班の視察のために参加していた
「それでもまあ、三体命中 少しは進歩してる
 練習あるのみだな」
「はい、先生…… 何とか鬣下段者レベルの掃討くらいは
 出来るよう努力する
 中段者以上は、まだまだ先が長そうだから」
「はは、よくわかってるじゃないか
 彼らの中段者や上段者では音圧で矢を弾くほどだからな
 もし、本物のペンギンなぞが混じっていたら、
 あやつの術能の特殊性から、抗う術の無い君らは即刻
 退避しないといけなくなるところだ
 うんと、それで明日から騎乗射撃訓練を始めることに
 するから、これから厩舎で君の使う馬を紹介しよう」
「え? 私の馬…ですか?」

厩舎に赴くとプアザン組頭が調教師、厩務員とともに一つの
馬房の前で待ち受けていた
「あっ? 組頭…」
「よし来たな こいつがこれからの貴様の相棒となる馬だ」
セライア直属の上司たる一番組頭は無表情、無愛想、
ぶっきら棒に用件を部下に伝える
セライアは馬房をそろりと覗き込む、そこには背の高い
青銀色の鬣を持つブルームスタング種の雄馬が佇み、
覗き込んだ紫の瞳を見返してきた
一応、馬の扱いの作法は心得ている、馬上からの射撃経験もある
セライアの馬の接し方を見て調教師が口を開いた
「どうだい?中々の色男だろ?名はゴーストーン
 強烈な垂直念動波を放つ念力馬よ」
「へえ…」セライアの指がそっと馬に触れる
愛馬を宛てがわれて、目を輝かせる彼女に五番組頭が横から
声をかける
「馬との組み合わせで戦術バリエーションがかなり豊富になる
 今までは、単独で弓の修練を行っていたが、これからは
 白兵戦要員、中衛要員と組ながらの実戦訓練が主になる
 敵は鬣だけじゃないからな、ロケットモグラはじめ大型魔物
 昨今では北の沿岸に頻出してるゾンビも気になるところだ
 な?プアザン、おまえも仏頂面で突っ立ってないで
 部下に何か言ってやれよ、まったく」
五番組頭の弓術先生は、隣で呼吸をしているのかさえ
疑わしいほどに、ぬぼぉと腕組不動の男を肘で突っついた
「弓の修練だけではない、格闘技能も身につけてもらう」
まるで口元のスイッチだけ入れられた機械人間のように
言葉が流れ始める
「矢が尽きた場合、さらに後方部隊とて敵の接近に
 晒されることも有り得ることだ、
 そのような場合の護身も行えばならぬ
 それなくして我が軍兵は務まらん、以上だ」
元正規軍人らしい堅苦しい物言いで、この場を締める
プアザン組頭であった


   (六)


厩ヒルズ三階ラウンジの天井をアホ面でぼえぇと見上げる足の短い若者
自分の部屋でぼえぇとしていたところをいきなりやってきた
姐御に言われるまま、引きずられるまま、気がついたらここにいた
「あ…姐御、あの… 俺、なんでここにいるんすかね?」
「ここに来ながら、きちんと説明したろうが!
 余計なことは考えないで、あとは待ってりゃいいんだよ!」
そう言ってるまに、天井からするすると金色の人の顔ほどの大きさの物体が
ぼとりと二人の足下に落ちてきて、数回じたばたしたあとひっくり返ってこちらを向いた
「うわわぁ!! なんだこりゃ、でっけえサソリ?」
「よし、迎えが来たな、おまえこれについていけ わかったな!」
たまげる舎弟分に姐御は一方的に申しつけると
これから自分は訓練があると言ってすたこら立ち去って言った
舎弟分はほぉ…と諦めのため息をつくと、仕方なく金色サソリの後について行くのであった


「よく当館にお越しくださいました、ジェロムさん」
金色サソリについて、何度かポータル球をくぐると、
そこにたおやかな笑顔を称えたトロゥの美女が待ち受けていた
「え? は、はい…その… なんかわからんすけど来ちゃいまして…」
一瞬にしてこれまで抱いていた不安は吹き飛び、でれでれした表情に変じるジェロム
「セライアよりあなたのことをお聞きいたしまして
 不思議な現象を引き起こすということについて興味を抱き
 この度は不躾ながらご足労願いました
 これより、お尋ね致したいことがございますので
 少々お時間のほうお取りすることになりますがよろしいでしょうか?」
ジェロムは美人の申し出を断れるはずもなく、首をかこかこ啄木鳥のように縦に振るのであった
「ご協力感謝いたします、ではこちらへどうぞ」
フロアの壁にいつの間にか出来ていた扉を開けてその中へ入っていくトロゥ術師
ジェロムはひょこひょことその後について、扉の向こうへ消えていった

「うわ… なんすか、この部屋…」真っ暗な空間へ放り出されたような部屋
壁も床も天井もまったく敷居というものが見当たらず、あたかも宙に浮いてるような感覚
さすがの鈍いジェロムでも幻術空間だとわかる
ふと背後を見ると、入ってきた扉も無くなっていた、さらに引率してきた術師の姿も無い
とんでもないところに連れて来られたと呆気にとられる彼の周囲に
ぼんやり輝きながら幻像が浮かび始める
「あ? 四角の塔だ、 あれは? 島かな? その隣はなんだ?洞穴かな…
 あ、また島だ… いや、でっけえ鳥!! すげえ羽根が六枚もあるぞ」
…ロックロック島とこの島の主、ロックロック鳥です 鳥人種族に神として奉られる存在……
どこからともなく滲み出るように響く術師の声が、驚きに目を瞠るジェロムに語りかける
…その前の島と呼んだものは大クラーケンとされる海山
それぞれ天空の覇者、大海の覇者として人の制圧力の及ばない存在です……
…洞穴は”大地の毛穴”と呼ばれる、世界中至る場所に神出鬼没に短期的に出現しては消える
不可思議な洞穴現象…
さらに、これは竜皇テュポンの異物が眠るとされる山岳の数々………
大陸中に点在する様々な遺構、遺跡、神話的伝承地、不可解な現象などの幻像が次々と現れる
そして最後に閲覧者に問いかける
どうでしょう、ご覧になったことはございませんか?
「えぇ? いえ、四角の塔しか見たことないっす
 ロックロック鳥って、こんな姿だったんすか …ていうか、なんでこんなの見せるんすか?」
「私はこの世界の成り立ちから、数多くの謎を追う研究者です、
 その研究題材の一つとして、ある伝承話に着目しております」
「はぁ… それが、その… 俺と何か?」
「この世界はまさに謎だらけ
 周囲に溢れる術も、その実体の何たるかすら知らず、ただただ当たり前のものとして扱うのみ
 約一万年の遥か太古の昔、”原初の人々”なる者たちが術素を作りだし
 それを扱う”機能者”を生みだし、世界中に塔を築き、天空の果てより来たる”冷たい月”を
 虚空の彼方へ追いやったという
 極大なる大異変により、百のうち九十九の者が息絶え、残った者たちは白術の属と黒術の属の者
 その中間の者に別れ、其々の子孫が我々なのだという
 非常に長い年月、南聖王国所蔵の天地始書紀に綴られたこの内容を
 純粋に歴史の始まりとして受け入れ、人間社会においては術素そのものを神として崇め、
 白を聖堂、赤・青・緑・紫・金・銀を神殿に祀り、黒を邪神として遠ざけた
 かつての高度な知識は、太古の大異変なる出来事により完全にこの世から
 失われてしまったのでしょうか
 壮大な世界の謎に対して、今或る我等の知識はまるで追いつかず、
 いまだ、芋を海水に浸して塩味を覚えた猿と大同小異に過ぎません
 とりわけ私の興味を誘ってやまないのは、術素の成り立ち
 これまで科学分野の者たちが分解を試みているものの学者達の精根諸共、
 中身を虚空に散らした空の試験管が積もり積もってゆくばかり
 私は術素の合成を司る九番目の術素の存在があるのではと仮説しました、
 説に至った経緯は長くなるので省きますが無色術素、透明術素と仮に呼称している
 この未知なる存在を目下探る手掛かりを見つけているところ
 どんな些細な事柄でもいい、謎を解く材料となるなら掘り下げてみたい、
 例えそれが一見取るに足らなげに見える民間伝承の類だとしてもです」


   (七)


…我は業の旅人と称す者
 幾百代の時の中、古の業を継ぎゆく者也
 我が話に耳を傾け、一笑に付すがいい
 そして忘却の彼方へ追いやるがよい
 それ故、我に障りなし
 時代も土地も超へ只管に追い行くもの也…

「…な、なんすか、それは?
 え? 『漂着美女と旅の男』っすか?
 あぁ、そのむかし話なら知ってるっすよ
 海辺の村でキレイな女が浜辺に流れ着いた
 村人は女を助けようとするけど、服に手をかけると
 なぜだか目の前が暗くなり、一時ものを忘れる
 誰が触れようとしてもおんなじで、村人はこいつは
 魔物かもしれないと思って、近づくのをやめた
 そこへ通りがかった旅人の男が女に触れてみたら
 平気なばかりか女が目を覚ました
 そんで実は記憶喪失だった男は女の顔を見て記憶を
 取り戻し、世界を破滅させようと企む塔の魔人を
 打ち倒すべく、遥か南の土地へ旅立って行った
 次ぐ日、村人は前日に何もなかったかのように
 浜辺に打ち上げられた女の亡骸を見つけ、葬ってやった
 …確かこんな話だったすよね
 俺の育った町の近くにこの漂着美女の墓といわれる場所が
 あるもんで、ガキの頃から何度も聞かされてたっす」
急に辺りから海鳴りがし始める
これまで浮かび上がっていた遺跡などの幻像は姿を消し
今度は次第に海辺の光景が浮かび上がってきた
「…あ、あれ? こ、ここは…… あ!あれだ
 今言った漂着美女の墓のあった場所!
 てか、あれ? 墓が無いぞ?」
首を傾げるジェロムに対し、術師の声がまた流れ始める
「この物語は原題は『漂着美女と放浪の男』
 あなたが語ったのは童話として編集された内容
 原作は、はるか大人向けに描かれています
 放浪の男は女に触れるなり、海に突き出た三角岩に
 移動します、そして……」
「なつかしいな、ここ… 何年ぶりかな…」
ジェロムは子供時代を過ごした郷里の海辺に立っていた
あの砂浜、あの椰子の林、帝国の大陸沿いの海と異なる
亜熱帯の風情、海の色が、空気の匂いが違う
海に突き出た三角の岩場が見える、潮が引いている時は
歩いて辿りつける絶好の遊び場だった場所
人が倒れてるぞー!
不意に耳に飛び込んでくる急を告げる声
わらわらと声を聞きつけた人々が集まってくる
ジェロムもまたふらふらとその中へ紛れていった
人垣の中を覗き込むと女性が砂浜に打ち上げられていた
不思議な光景が展開する
どこからか流れ着いて浜に打ち上げられた女に
人が手を触れようとすると、その者は動きが止まり
呆けてしまう
交代で次々女の生死を確かめようと手を差し伸べるが
やはり結果は同じ
集まった人々の顔に不穏な色が浮かび、不吉な内容の
ヒソヒソ話が流れ始め、次第に人の輪は女から
遠ざかっていった
ぽつんとジェロムだけその場に残される
「あ、あの… 大丈夫すか?」
女に手を差し伸べるジェロム
ぐしょぐしょに濡れた服の襟に指が触れた、その途端
女はうっすらと目を開け、そしてジェロムは体が、ふっ…と
軽くなったような気がした
ざざーん…と岩に打ち寄せる荒波の音が突然周囲から響く
気がつくと海の中の三角岩場の突端、
人一人がようやく寝そべれる広さの岩畳に重なるように
二人は乗っていた
波しぶきが容赦なく二人に浴びせかかる
「うわ! わわわ! こりゃ一体!…」
驚き慌てふためくジェロム、
その彼の下で見定めたように女が声を発し始めた
「ようやく出会えた… 我が弟よ…
 あの者は鍵を集め終え、塔を動かすべく
 南の地へ向かった… そなたも後を追わねばならん…」
「へ? 何…いってんすか?」
突然の女の言い草がまるで呑み込めない様子の男の顔に
女は手を伸ばして掴み、己れの顔に引き寄せるのだった

「わ! わ! はむぅ…」
男の顔面は女の薄ら青白い顔にぐんぐん接近してゆき
慌てふためく彼の口と女の冷やかに柔い口が
むぐりと接着した
…業の旅人としての使命…授けよう……
突然の接吻にふぐふぐと息を荒げるジェロムの口の中に
冷涼な吐息が流れ込んだ
…はるかな昔…忌まわしき前世代の目的達成がため、
 塔を動かさんとする前世の防人にして武人の生き残りを
 討伐せすがため、時の神域より世界へ男女が放たれた
 旅の途上、幾世代を重ね、知識を伝え続ける業の旅人
 我もその末裔
 我が母は私のためにすべての知を注ぎ与え、
 我が幼少のうちに命果てた
 父は我を育てつつ、塔の番人にして、
 古の武人を追い続けた
 しかし志及ばず、寿命尽きる時を迎える
 父は我と交わり、そなたを設けた
 だが唯一の生き残りたる我が、かつての母のように
 我のすべての知識の鍵をそなたに移譲して命果てる
 わけにはゆかず、さらに世を顧みぬ不屈の武人
 その生き残りを討たんとする危うい旅に
 幼きそなたを連れるのもまた偲び難く
 我はそなたを人に預け、その成長を待つこととした
 弟にして息子よ… 我もまた不甲斐なく、
 武人を追い詰めるに力及ばず
 この寿命も尽きんとしている
 一系の業の旅人の末裔として、そなたは使命を
 果たさねばならぬ 塔の武人を討ち果たし、
 この太古より続く不毛の旅、今渡こそ終止させよ
…太古の知識と技…それを開ける鍵…それは我が内にあり
 さあ… 我が弟… 我が息子… 宿命の男子よ
 その身をもってして取りにくるがよい……
唇を貼り付けたまま、彼女は彼の頭に声を流し込む
ジェロムの動きに変化が起き始める
目つきが変わり、それまでの臆したような態様が消えた
…業の…旅人… お、おれのしめい……


   (八)


女は用件を言い終えるとゆっくりと咥えあった口を
解こうとした、ところが…
むぐっ!!… 剥がれかけた唇がまた強く吸い付き
女の口からぶちゅりと声が溢れ出た
今度は女の側が男の側に吸い付かれたのだ
そして先ほどよりさらに深く唇同士を吸着される
むぐっ! むぐ…ぐぅ… もぉ…話は終わりだと…いうに
もがく彼女の声も彼の口の中に吸い上げられる
そしてずるりと這うように男の舌が女の口の中へ
忍び込み、彼女の舌を捕えて搦めついてきた
えぢゃ…ねぢゃ… ふぅぅ… ふひゅぅ……
唾液の混ぜ弾ける音で詰まった吐息が口腔より溢れて
突っつき合う鼻先を濡らす
唐突に彼の指が彼女の肩先からずぶ濡れの衣を
その肌から剥がしにかかる
男の手で女は身を捩られ、呆気なく衣はずり下げられ、
白い胸元を露にさせられた
女の肋の上に重々しく乗った両の膨らみは間もなく彼の
手形を深々と捺され、ぎゅぅぎゅっと変幻自在に揉み
荒らされるのだった
…ほうぅ… ほぐぐ… 執拗かつ急激な両乳房への愛刻に
いまだ塞ぎあったままの口元、女の側から男の側へ
だらたらと粘った喘ぎが流れ込み、受け止め切れない分は
首筋に溢れ出た
存分に彼女の口を吸った彼の口はようやく離れ、
濡れた首筋を辿って降りてゆき、鎖骨を通って胸元に
潜り込む
「んぬ… んうぅ…」彼の口の中で乳首を転がされて
彼女はくぐもった息を漏らす
海水塗れで海草のように女の体に纏わりつく衣の上から
彼の指はくびれた腰をなぞり、突き出た骨盤を撫ぜながら
彼女の太股へさしかかる
よく熟れた柔らかな尻から、適度にしなやかな肉づきの脚を
ヒトデのように這い回り、時に蟹鋏に変じた指で抓みあげ
微かに甲高い息を女の口から吐かせた
纏わりつく邪魔な布を彼の手は彼女の肢体から除去する
潮水に濡れた産まれたままの女の体に男は飛魚のように
飛び込んだ

よく熟れた女の肌肉に、男の指紋が擦りつけられ、
唾液の泡がまぶされていく
不自然に綺麗に手入れされた彼女の股間の三角形の部分に
遂に彼にたどり着かれ、雄の好奇に血走る目玉に
覗き込まれた
「おぁ… あふ…ぁ」指先と舌先で入念に密やかな
穴ぐらの中を探索されて喘ぐ女
さんざん、べとべとの蜜塗れにした挙句、彼の顔は
むっくりと彼女の股間から立ち上がる
いつの間にか、その下半身はむき出しになり、その股間で
凶暴な色を浮かべた雄ウツボが物欲しげにひくついていた
「ふひぃ… ふへへぇ…」飢えた面構えが美肉を覆う
ひくつく雄ウツボが、やはりひくつく雌の穴ぐらの袂に
辿り着く
女の視線がじっと己の下半身を捕らえつづけていた
「ふぅ… ふぅ… ようやく… 手筈へはこぶか…
 さぁ…さぁ… 我が体内にて… 古の…知識を
 取るが…… ひょ!ひ…」
彼の性急な興奮色に染まった体躯は彼女の口上が終えるのを
待つことはなかった
その身深く侵し込まれた証の淡い悲鳴に変じた声色を
仰け反りゆく肉体から絞り出させられた
ざっぱああん!! ずずず… つがいゆく二つ肉体を
波しぶきが叩き、やがて漂着美女の体にジェロムは深々と
己の形を嵌め付けた
…おぉ… ぉ… ついに… ひと…ひとつに…
 さぁ… 取り…出せ お…弟よ… 我が…男…よ
 こ、この姉の中から… そ…そなたの母の中から…
 ひと…一紡ぎの…使命と…きお! 一かけらの…
 たいこのぉ…記憶を…おぉ…
肉体の奥まで入り込まれ、女はがちがち歯を鳴らす
広げられ、こじ開けられた己の肉体を、さらに深く
掘りさげるよう潤んだ瞳が促した
ざぱん…ずず… ざっぱああん!! ずずずぅ…ん
狭苦しい岩場のてっぺんでへばりついて蠢く者共に
飛沫が打ち寄せまくる
潮風に揉まれながら、浅く、深く、
人の男女があられもない交わりを繰り広げる、
…はぁぁ……はふぅぁ… 上に乗った彼の腰が
へこへっこと女の腰奥に打ち寄せる度、彼女の緩んだ
口元から動物的な喘ぎが吹き出して潮騒を遮る
折り曲げた女の尻を男の腰が叩きつける音色が次第に
熱していく
男女のまぐわう奥で水音絡めて練り込み合うように蠢く
両の器官が、結合の度が深まる度、敏感さが増してゆく
…お… おとうと… わ、わが…むすこ…よ
 せ… 成長した… そなたに… いだかれる…この時
 ど… どれほど… 待ち…わびた… こと…か
女の中から吹く茹だった潮濡れがいよいよぬるぬると
貼り合わさった二つの肌の間に広がり、
頑張る男の腰は、それに乗って威勢よく滑り込んで
女の臓物を彼の形に響かせ捲った
挙句、数度、彼の激しい打ち寄せが女の腹底を侵して
ぐっと深く結んだまま留り、くぐもった男の声が
滴れこぼれた
「うおぉ! あね…ごぉお……」
女の腹底に深々と食い込む怒張がじんじんとその子宮に
迸る脈を伝え、痺れさせる
…お…お… この…あねの… ははの…はらおく…
 あつく…ぬらす… なんたる…
 なんたる… りっ…ぱな …せい…ちょう…ぶり
幻想の中、神話的な禁断の婚はここに完全に再現
神秘の一族故の穢れの継承
同じ父を持つ女から産み出でた男が長じて、
血を分けた女に再び同じ血を注ぎ継ぐ
…さぁ… おもいだせ… おもいだした…か?
 一系の… 血の記憶… 姉にして… 母である
 わた…わたしに… 回帰… せし…めて……
 脳の奥底に眠るものを… よび… さ…ま…せ……
男の腰は執拗に女の腰を割るように押し圧しを繰り返し
一滴も余さぬ思いで同族の血を貪欲に注ぎ込む
ざぁぁぁ…ん ざぷ!…ぅ
彼女の身から潮が引くように抜け出ていく彼
体の奥から禁忌の限りを尽くされた証を垂れ流す女の、
甘い匂いに包まれた火照る体を潮風が滑り抜けていく
「宿命なる… 我が弟にして…息子…
 遥か古代の知識… 思い…出したか?……」
問いかける女、それに対し問われたジェロムはむっくりと
起き上がった
「ふぅ…ふぅ… しゅくめいなるおとうと?むすこ?
 何、わけわかんねえこと言ってるんすか
 そんなことより、でへへへ…もう一発…」
「え? な? あ! あぅ… こら… んぶ………」
美女は再び押し倒され、短足男の下劣な欲の波に
揉まれていった


   (九)


「ふぅ… これは…どういうこと…よ ジェネリ」
フスェ秘書が荒い息を吐きながら汗でべとつくシャツを
上着の下から外しつつ、じろりとジェネリを睨む
「…わからないわ
 急に空間制御が効かなくなってしまったのよ」
「とりあえず、そのすっかり男の性欲の捌け口にされた
 私の傀儡は片付けられるかしら… 見ていて不愉快だわ」
フスェの目の前に全裸で横たわる彼女そっくりのオブジェと
それに縋りつくようにすっかり満足した顔でうとうとする
短足男を苦々しい視線で顎でしゃくる
ジェネリは術を発動させてみる、今まで受付不能であった
状態からうって変わって、術空間諸共、フスェそっくりの
スライムフィギュアなる傀儡人形が萎んでいく
やがて空間は完全に消え失せ、ただの空き部屋に指の大きさ
ほどのフスェのミニチュア人形が転がってるだけとなる
ジェネリはどろどろに汚れたフィギュアを拾い上げた
「あはは♪ すごい精液塗れね、
 彼は吐出量が尋常じゃないわ」
「笑い事じゃないわ、いい加減にしてほしいわね、
 五回も相手させられるなんて異常な性欲だわ」
「ほんとにごめんなさい、失敗自体は想定していたけど
 まさか術制御が効かなくなるなんて…」
スライム粘土なる材料で作り出すこのフィギュアは
模写体の髪などの体の一部を混入させて作りあげる
模写主と感覚がリンクしており、通常痛感リンクを殺してある分
性感リンクがかなり強くでてしまう傾向があり、
私兵団事務室に居ることの多いフスェフィギュアが
動作させた際のサポートがし易いことで活用されることが
多かった
「…まったくいい迷惑だわ、お陰で、このヒルズで
 私が知らない男なんてほとんどいない
 いいようにあなたの玩具にされてるわ
 それで、きちんとこの男から記憶は消せてるのでしょうね」
「大丈夫じゃないかしら…たぶん
 しかし、『漂着美女と放浪の男』を擬似体験による
 実験は大失敗…
 男は姉にして母と名乗る美女とまぐわうことで、
 彼女から記憶を取り出し、古の叡智を受け継ぐ
 そして業の旅人として塔の武人…童話版では魔人に
 換えられてるけど、この悪意ある者に立ち向かうべく
 南の地へと向かう
 そして、美女は使命を終えて息絶える…
 もし彼がその業の旅人なら太古の知識を引き出せる
 のではと微かな期待を寄せたのだけどね」
ジェネリの使いスライムがいまだまどろむジェロムの
下半身を清掃し、そしてズボンを履かせてやる
その様子をじっと見下ろすフスェ
「言ってはなんだけど、業の旅人などという
 伝説的な存在にはとても見えないわね
 会った者が数ヶ月でまるっきり彼を忘れてしまうという
 これは確かに不思議な現象ではあるけれど
 そもそも、私は業の旅人の存在自体、懐疑的だわ
 この伝承にしても、神話の類に過ぎないと思うし」

「太古の証人とされる業の旅人は実在する、
 私の母の遺言です
 ごく稀に彼らとの遭遇記憶がとどまる例があり、
 その一人が母でした
 彼女によれば、雰囲気からして異様な人物で
 何というか、人のニオイのしない…
 そして大昔の出来事を見てきたかのように話す
 彼女の当時の研究はその者の当時の常識ではとても
 推し量れない助言により著しい進歩をみたという
 母はその身を度々その男に投げ出してまでも、
 さらに神秘の向こう側を覗こうとしたけれども、
 結局それは叶わなかった
 …例えこの者が業の旅人でなくとも、
 理解不能な現象が些少でも見られるなら、
 取りあえずは注視し続けてみたい
 特にこの方の場合、空間術の原因不明の制御不能を
 引き起こしている
 もう少し観察に協力頂きたいものです
 ということでフスェ、このヒルズで彼に何かやらせられる
 仕事は無いかしら」
「相当な執心ぶりね、もしこの彼に端緒があるようなら
 ジェネリあなたも、母君と同様の振る舞いを
 なさるおつもり?」
「あるいは… 必要とあらば」

そうしてるうちにジェロムがごそごそと目を覚ました
むっくりと起き上がり、寝ぼけた面で周囲を見渡す
やがて二人の女性が目に止まった
「あれ? 俺は一体… ん? んん? あれあれ?
 あ!そうだ! 俺、何だかわからんけど、故郷に戻って
 そこで、びしょびしょの女の人とセックスしちまった!」
ジェロムの視線が二人の女性をさらに注視する
ぎょっとしたのはフスェのほう
「あ?! あんた! あんただ!
 俺とイッパイやっちゃってくれちゃった美人さん!
 メガネかけてなかったけど、そおっすよねえ!!
 いやあ、はは… 夢の中みてえだったけど
 すげえ生々しくて、おっぱいの感触とか嵌めあってた時の
 色っぺえ声とか、今でも手や耳に染み付いてるっす
 そんなわけで、ごちそうさんでやした!」
深々と頭を下げてみせるジェロムに対し、フスェの肩や
握った指は震えを起こし、眼鏡の奥の瞳に極めて冷たい
光が宿っていた
「ジェネリ…… アッサジについで二人目だわ…
 どうしてくれるのかしら……」
「ま… まあまあ… これからも彼には色々
 実験にお付き合い願うわけだから……
 そのつど、術のかけ直しを試みてみるから、
 どうか彼をミイラにするのはやめてちょうだいね」


   (十)


ここは厩ヒルズ地階、大水泳場
「あんた!いつまで、何ぐずぐずやってんだよおお!!」
相変わらず地階清掃主任、エーズリの太い声が響き渡る
しかし、がしがしと腰を背後から蹴られているのは
例の爺さま清掃夫ではなかった
「やい!新入り! 天下のロブ軍団頭領、
 鼻煙のゼテムドが娘! このエーズリ様を甘くみるなよ!」
「え、へ…へい 別に甘くみちゃいませんです…」
新入り清掃夫リンボル=ジェロムが蹴られた尻をぼりぼり
掻きながら、プール床をえっさか、ほいさか拭いていく

「ん? おい、じじい!!」
いきなりデブ娘は新入りのところから少し離れた場所で
ぼんやりしてる古株の爺さま清掃夫のところへ跳んでいった
「てめえ!新入りが来たからといって、微妙にのんびり度
 あげてんじゃねーよ!!
 大体、なんで人が増えたのに、掃除にかかる時間が
 今までと変わらないんだ!! いい加減にしろよ
 この役立たずどもお!!」
今度はいつも通り爺さまがエーズリの癇癪の餌食に
されている、ジェロムはその様子をぼんやりと眺める
「…何だか、けたたましいところに来させられちまったな
 宿の小間使いのほうがよかったよ…」
清掃主任デブ娘の視線がくるりとこちらを向く
やばいと感じたジェロムは休めていた手を動かしはじめる
どす…どす、どす!どす!! 接近してくる床を蹴立てる音
「休むなって、言ってんだろ! このド短足がああ!!」
怒声とともに炸裂する飛び蹴り、まともに腰に喰らうジェロム
「ぐわ!」ざっ!!ぽおおお……ん
転落したプールに沈んでいく新入り清掃夫
…よし、しめた…ちょっと…休もう…ぶくぶくぶ…
中々浮かんで来ないジェロムに、今度は慌てるエーズリの
声が水面の向うから滲むように聞こえていた


(二十一話おわり)


幻想系成年文書処 四然堂
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