yamagisi大家族生活、その5 ヤマギシ会

 日本の大家族、農業共同体の草分けといえば、100年近い前に、武者小路実篤らによって設立された『新しき村』であろう。
 これは現在でも埼玉県で農業を主体に実際に自立生活し、二十数名の参画者によって維持されている。
 
 同じ時代、1930年頃から、スターリンソ連で農業共同体「コルホーズ」が作られ、国家崩壊までの約60年間、共同体農業が展開されたが、共産党独裁による官僚主導の弊害で、一種の強制収容所、あるいは隔離所の様相を帯びていた。
 そこでは支配階級として君臨する官僚たちの利権を優先させ、参画者を家畜のように扱う体制から、人々は勤労意欲を失い、立派な計画はあっても収穫物は腐敗し、輸送も滞り、無気力と貧苦に喘いでいた。
 体制の観念的な屁理屈によって上から押しつけられた共同体計画が、どれほど、ひどい人権抑圧と人間性破壊をもたらすかの見本を示しただけの惨惨たる結果に終わったのである。

 同じ轍を踏んで、中国でも1960年頃から「人民公社」が計画され、中国全土に農業共同体が組織されたが、結果はコルホーズと同じく惨惨たるものになり、官僚権力の腐敗を加速させ、大躍進運動などで数千万人の餓死者を出したとも噂された。これは後の「文化大革命」によって、実権派・富裕層に対する凄惨な大殺戮の下地を作ることになった。
 我々は、『大家族共同体』が、官僚支配下に置かれたなら、必ずタテマエ優先によって人間性が崩壊し、人々が意欲喪失することで崩壊に至ることを、これらの例から、しっかりと記憶しておくことにしよう。
 それは絶対に、底辺の生活者の要求から産み出されるものでなければならず、参画者全員の意欲を昂揚させる民主的自治に委ねられなければならないのである。

 日本では、資本主義的競争価値観が孤立化家族を産み出したことはあっても、それに逆行する大家族共同体を結成し、その良さをアピールする民衆運動は極めて少なかった。
 冒頭に述べた『新しき村』をはじめ、資本主義の弊害が目立ち始めた時代にアンチテーゼとして登場した大正デモクラシーや幸徳秋水・大杉栄らによる社会主義・アナキズム思想運動から、いくつかの試行錯誤が行われたにとどまる。
 また、1960年代に、小規模ながら、ヒッピー運動から派生した「部族共同体運動」(榊七夫らによる)が長野県富士見町などで営まれたこともあった。
 これらは、ただ一つの例外を除いて、ほとんど有力な勢力となりえなかった。
 
 その「ただ一つの例外」こそ『ヤマギシ会』であった。
 ヤマギシズムは、ちょうどイスラエルの入植者共同体「キブツ」が登場するのと時を同じくして1953年に登場し、この両者だけが、現在、数万人を超える参画者を有し、経済的に優位な自立的地位を獲得し、世界的に共同体として成功を収めている稀少な例である。(キブツは、現在では「工業共同体」に転化している)
 すでにブログでも何度も取り上げているが、筆者は、ヤマギシ会の本拠地である伊賀市が近いこともあり、これまで大きな関わりをもって見守ってきた。

 創立者の山岸巳代蔵(1901~1961)は、幸徳秋水の影響を受けたアナキストであったといわれる。元々、近江八幡市の篤農家であった巳代蔵は、養鶏と農業によるエコロジー循環農業を、おそらく日本で最初に主張し、実践した人物であった。
 今でいう『炭素循環農法』の理論を60年前に最初に確立したとも言えるだろう。その骨格は、ニワトリを自家飼料によって平飼いし、小屋内で発酵堆肥を作り、それを農地に返すというものであった。もちろん当初から農薬や化成肥料は逆効果と明確に認識されていたし、「手間のかからない安全で豊かな農業」を目指していた。
 「養鶏農業による勤労生活」こそが人間生活が目指すべき最大の価値と捉え、蓄財や権力の価値を否定し、私有財産制度を社会腐敗の根源と認識していた。
 しかし、一方で、当時の社会的価値観である「立身出世・末は博士か大臣か・世界に冠たる日本国家」の全体主義的思想から自由ではなく、一種の「優生保護思想」がかいま見えることが、後に大きな問題を引き起こしてゆくことになった。

 ヤマギシズムは、当初、思想運動の側面が色濃く、分けても、1956年から伊賀市柘植の春日山実顕地で行われた「特別講習研鑽会」によって、明確に「私有財産を拒否する農業共同体」、当時で言う「コミューン」思想を主軸に据えていた。
 1959年に「世界急進Z革命団山岸会」と改名し、非合法な監禁に近い洗脳工作を行ったとされ、マスコミなどから大規模なバッシングを受けることになった。
 この事件以降、「アカの過激派団体」と見なされることが多くなり、ヤマギシズムは一時的な停滞に陥った。
 筆者も、ヤマギシズムを初めて知ったのは1969年だったが、1974年に、この「特講」に参加している。
 このとき、ヤマギシズムの代表を勤め、特講の最高幹事だったのが新島淳良であり、奇しくも、彼は筆者が毛沢東思想に傾斜していた時代の教師ともいえる存在であった。

 実は、1960年代後半から燃え上がった「学園闘争・全共闘運動」のなかで、最期に赤軍派などの大量殺人が摘発され、一気に意欲消沈、運動が崩壊してゆくなかで、主役であった戦闘的な若者たちの多くが、こうしたコミューン運動に幻想を抱き、ヤマギシズムに共鳴して、参画していったのである。
 思想的オピニオンリーダーの一人であり、日本を代表する中国革命思想研究者だった新島淳良は、早稲田大学教授の地位をなげうって、全財産をヤマギシ会に提供し、一家で参画したのだった。(本人は死去したが妻や子供たちは、まだ参画している)
 当時、筆者も「ベ平連運動」に共鳴していた一人だが、ベトナム戦争での無意味な人殺しを拒否した在日米軍脱走兵などがヤマギシ会に匿われていたと記録されている。筆者自身は立川のローカル活動家であって、鶴見俊輔らと直接の交際はなかった。

 1980年代からは、資本主義の人間疎外に疑問を抱いた人たちから、農業コンミューンによる人間性回復、循環型社会のモデルとして受け入れられるようになり、世界最大の農業系コミューンとしての地位を確立した。
 現在、日本各地に32箇所、ブラジルやスイス・韓国などの日本以外の国に6箇所の合計38箇所の地に実顕地がある。(一部ウィキ引用)

 筆者はヤマギシズムに1980年前後から数年間、アルバイトとしてかかわり、その本質を観察した時期がある。
 すでに、この当時から、全共闘後世代の競争主義価値観に洗脳された世代の参画により、金儲け至上主義や盲目的な科学技術信仰による弊害が散見されるようになっていた。
 例えば、効率的生産のための農薬使用であったり、平飼いを根本原理とするはずのヤマギシズム養鶏にケージ飼育が持ち込まれたりと、思想の腐敗堕落を想起させるほどの深刻な改悪が持ち込まれているのを目撃し、ショックを受けた思い出がある。

 後に聞いた噂では、代表者がベンツで移動したり、国内食品大手との連携生産が行われたりと、まるで資本主義企業化に向かっているような情報が流れた。
 この間のヤマギシズムの崩壊については、以下のHPなどを参照していただきたい。ドイツなどでは「カルト宗教」として認識されているようだ。
http://www.lcv.ne.jp/~shtakeda/

 しかし、筆者が初めてヤマギシズムを訪れた1970年前後は違った。
 参画者はトタン製ドーム住居に住み、粗末で貧しい生活をしていたが、その表情、人相は光り輝き、筆者は、その人間性の素晴らしさ、粗末な衣服を身につけて化粧もしない女性たちの、あまりの美しさに感動を通り越して、完全に魅入られ、いつかヤマギシズムに参画したいと痛烈な意欲を抱いた。
 春日山で、ヤマギシの卵を初めて食べたときの強烈な感動を未だに忘れることができない。それは、薫り高く、素晴らしく味わい深く、体を癒すものであり、筆者がそれまで食べた食物のなかで真の最高峰であった。
 このときの感動が、筆者をして、いつかヤマギシ卵を自分で生産してみたいという強い志を抱かせたものだ。
 だが、それから十年後に訪れたヤマギシの卵には、かつての輝きが失われていた。女性たちは十分に輝いて見えたが、虚ろな影が漂いはじめていた。

 ヤマギシズムに現れた、さまざまの矛盾、問題の根源を追求してゆくと、創立者であった山岸巳代蔵その人の思想に行き当たる。
 以下、『百万人のエジソンを』から引用 http://www.lcv.ne.jp/~shtakeda/library/page025.html#lcn007

 【私はキリストや釈迦が遺した足跡を,直接見ていないから,後世の人達よりの,間接的資料から観たものに過ぎませんが,彼等は先天的に相当優れたものを,持って生れていたやに想像しても,間違いないと思っています。
 又あの人達でなく共,あれ等の人に劣らぬ人も,世界の各所に実在したと思いますし,その秀でた因子は,直子は無く共傍系にあったものが,現代の誰かに組み合わされて,伝承されてあるかとも思われます。
 今彼等と同じ又は,彼等以上の優秀な遺伝子を持って,よき機会に恵まれた人が,百万人一千万人と実在したなれば,世界はどんなに変るでしょうか。そして,白痴・低能・狂暴性・悪疾病遺伝子の人達に置換されたなれば,物心両面の幸福条件・社会風潮等を,如何に好転さすかに思い至るなれば,何を置いても,この人間の本質改良に出発せざるを得ないでしょう。後略】

 これを読むと、巳代蔵が明らかにヒトラーに類する優生保護思想、すなわち「人類は『優れたもの』を目指すべきだ」という発想が読み取れる。
 こうした「スグレ主義」を指標にしている思想運動は、必ず全体主義に陥り、循環型社会志向から逸脱し、「全人類の持続可能な再生産社会」を破壊する勢力となってゆく。
 ヒトラーナチズムはもちろん、旧日本軍も、オウム真理教も、三菱もトヨタも、果てはユダヤ勢力イルミナティも、すべて、その本質は優生保護思想であり「スグレ主義」であり、「自分たちは世界の支配階級であって、他の人類は自分たちに奉仕するために誕生した家畜に過ぎない」 とタルムードに明記された、愚かな全体主義に至る必然性を持つのである。

 だが、人類の本質は「スグレ主義者」たちが夢想するような完璧志向ではない。それは不完全であり、愚かさと賢さのヤジロベー運動であり、人が失敗し、自分の不完全さを思い知らされるための道程なのである。
 巳代蔵の思想に内在した「優生保護思想」の結果、無農薬有機農法、あるいは炭素循環農法を志向したはずのヤマギシズム農業に、効率最優先、金儲け主義などが持ち込まれ、農薬使用によって近隣の無農薬農家に致命的ダメージを与えるような犯罪的実態まで報告されるようになった。

 しかし、ヤマギシズムも、今、その問題点が糾弾されるようになり、参画者から脱退する人たちも激増し、大きな歴史的岐路に立たされている。
 しかし、この時期に、資本主義と世界経済が自滅崩壊し、まさにヤマギシズム思想と生活が人類救済の主軸に位置すべき社会的必然性を持つようになり、巳代蔵が創立期に意図した、「持続可能なエコロジー農業共同体」として再構築し、日本人民を救うことができるのか、本当に問われている。

 字数の都合で止めるが、次回もヤマギシズム問題を取り上げる