大気を通じた人工放射性核種の陸圏・水圏への沈着およびその後の移行過程の解明研究
Last update: 1 June, 2012
(副課題1)大気から陸圏への沈着過程の解明
(副課題2)大気から水圏への沈着過程の解明
研究期間
平成23年度〜平成26年度 (4年計画 第2年度)
研究代表者
五十嵐康人(環境・応用気象研究部)
担当研究部
環境・応用気象研究部、地球化学研究部
目的
従前実施してきた人工放射性核種の精密観測によって得られた大気圏核実験による人工放射性核種の大気からの湿性沈着および乾性沈着に関する知見、風送ダストによる長距離輸送(再浮遊過程)の知見および海洋中での人工放射性核種が表層から海洋内部へ移行し、北太平洋内部での循環および他の海盆へと移行していく長期挙動についての知見を活用し、これまで実態把握が困難で解明が遅れている局地的な人工放射性核種の陸圏・水圏への沈着過程ならびに、沈着後の陸圏・水圏での長期にわたる移行過程の実態を解明する。実態解明にあたっては、大気・水圏での人工放射性物質の大気・水圏での監視を行い、環境放射能監視体制の強化に資することを企図している。また、人工放射性核種の沈着について顕著な不均一分布が発生しており、この実態解明にあたっては、人工放射性核種の初期の拡散状況について把握しておく必要がある。
気象研究所では、蓄積してきた観測・解析技術や知見等を活用しつつ、現在の環境放射能水準とその変動を正確に把握し、国民に正確な環境安全情報の提供を図るとともに、環境放射能モニタリング体制の強化・合理化に資するべく、陸圏・水圏への沈着過程とその後の長期移行過程につき実態解明を進める。
目標
本研究は、これまで粒径分布や雲降水過程における実態把握が難しく解明が遅れていた、大気中に放出された人工放射性核種の陸圏・水圏への湿性沈着及び乾性沈着と長期にわたる移行過程を、大気、降水及び海水中の高精度長期モニタリングにより明らかにする。特に、人工放射性核種が雨滴へ取り込まれるメカニズムといった降水現象の中での振る舞いについて実態解明を行う。
研究概要
副課題1:大気から陸圏への沈着過程の解明
(1)人工放射性核種の大気を通じた陸域環境への沈着と継続的な挙動監視
現状でもバックグラウンドと考えられる山岳地点と汚染を受けた東北地方及び関東地方において放射性Sr,Csの降下量の監視を行う。また、測定時のノイズが地上の200分の1以下という特別な施設・検出器を用いて、少量で低濃度の試料についても、正確に放射性Csの検出を行う。
(2)沈着過程を解明するためのエーロゾル態核種の物理・化学特性の監視・調査
エーロゾル態放射性核種の分布状態をデジタルX線写真であるイメージングプレートで撮像するとともに、H23年度気象研究所研究経費で整備する電子顕微鏡、既存エーロゾル観測機器等により放射性核種が付着しているエーロゾルの本体についても調べ、エーロゾル態核種の物理・化学特性について実態解明を行う。
(3)人工放射性核種の乾性・湿性沈着モデルを用いた実態解明
観測データを元に、一般の大気エーロゾルと放射性核種の相互作用(凝集、拡散、蒸発等の過程)、陸圏・水圏への湿性、乾性沈着過程等につき既存モデルを用いて観測データにより検証するとともに、陸圏での長期移行について実態解明を行う。
副課題2:大気から水圏への沈着過程の解明
(1)人工放射性核種の海面への沈着とその後の継続的な監視
大気中に放出された人工放射性核種の半分以上は、面積が陸より大きい海洋表面へ湿性および乾性沈着すると考えられる。しかし陸圏と違い、湿性および乾性沈着した後海洋での移流拡散により輸送されるため、広域観測によってのみ湿性および乾性沈着の実態を知ることができる。そこで、北太平洋で海洋表面から1000m深まで、149度線および165度線上で200km間隔での採取をおこない、海洋内部までの放射性Csの分布を把握する。海洋表層については篤志観測船を利用し、高時間・空間分解能で試料採取をおこない、上記とあわせて海洋表層での放射性Csの分布を把握するとともに、一部大量採水をおこない降下した核種の放射能比を把握する。
(2)極低レベル測定技術を応用した海洋内部での広域拡散の実態把握
測定におけるノイズが地上の200分の1以下という特別な施設・検出器を用いて、篤志観測船で採取する5L以下の少量で低濃度の試料についても正確に検出を行い、表層および海洋内部ともに実態把握を行う。大量採水をおこない降下した核種の放射能比を把握する場合にも極低レベル測定技術を応用し、正確に放射能比を決定する。
(3)長期移行過程を考慮した海水中の人工放射性核種の実態解明
副課題1の計算結果も利用しつつ、日本沿海予測可能性実験(JCOPE)等を流動場として使い、放出された人工放射性核種の移流拡散を計算し、広域観測の結果と比較検討することにより、海面への湿性および乾性沈着とその後の移行過程について実態解明を行う。
平成24年度の実施計画
(副課題1)
- 1960年代前半の大規模大気圏核実験に由来する粒子状中長半減期人工放射性核種(90Sr, 137Cs)の降下量を精密観測し、その自然変動を把握する。
- 分析手法の迅速・簡便化、環境負荷の小さい方法の確立を行う。具体的には137Csについては、極低レベル測定施設を利用し、測定時間の短縮を図る。
- シミュレーションモデルを利用して点データである観測データを面情報へと拡大する。この目的でモデル計算が可能となるように、137Csや222Rn等の発生源データを整備し、全球モデルと地域モデルとの結合を行う。
- 観測値の再現計算や測定点以外でのバックグラウンド変動の推定を行い、観測データの評価・解析を進める。
- 自然変動を再現して、大規模事故等の人為放出との区分が精密に行えるように、定常的に計算が可能なシステム設計を行う。
(副課題2)
- 海洋内部までのセシウム137の分布を把握するため少量(5リットル)試料について、表面から1000m深まで、気象庁東経137度線および165度線上で200km間隔での高密度での採取を年一回おこなう。またプルトニウム等についても採水分析をおこない、挙動を把握する。
- 海洋内部を含め、人工放射能の長期の挙動を観測と全球海洋大循環モデルを使った挙動把握をおこなう。
- 日本沿海予測可能性実験(JCOPE)および気象研海洋同化システム(MOVE)を流動場として使い、放出された人工放射性核種の移流拡散を計算する実用的な予測モデルを開発する。
- 上記のモデルをオペレーショナルに運用できるシステムを構築する。
波及効果
- 大気および広域の海洋において人工放射能を精密に観測することで、湿性および乾性沈着の実態把握を可能とするとともに、環境放射能の現今の水準とその推移(経年変動)についての情報を取得し、国民の放射線防護にとって重要な基礎資料の提供が可能となる。
- モデル技術の高度化に観測データを活用することにより、点データである観測データを面的情報へと拡大し、観測が行われていない地域でデータの補間推定が可能となり、陸圏・水圏への乾性・湿性沈着の実態把握を総合的に達成できる。
- 沈着過程を解明するためのエーロゾル態核種の物理・化学特性の監視・調査や極低レベル測定技術を応用した海洋内部での広域拡散の実態把握を推進することにより、気象、水象に係わる物理・化学的な観測技術の高度化が図られる。
- 以上の取り組みによって、環境放射能モニタリング体制の強化・合理化にも寄与し、総合的に国の原子力安全施策に資することができる。