モノリス
僕はまた人を殺した。
刺殺だ。
僕はいつもこの方法で人を殺す。
右手に持った包丁を、胸板に滑り込ませて。
刃先と心臓がキスを交わし、そして相手は死に至る。
あるいは、人殺しに凶器など必要無いのかもしれない。
殴り続ければいつか人は死ぬし、首を絞めて捻れば一瞬で息絶えてしまう。
それでも僕は、いつも刃物を使う。
きっと、僕が臆病だからだろう。
「あ…あぁ」
目の前に横たわるモノの呻き。
今日の犠牲者は、OLか何かだったらしい。
スーツを着こなし、見事なキャリアウーマンといった雰囲気だった。
最も、血と泥に塗れた今ではそれも全て形無しだが。
まだ微かに動いているが、これ以上何かしてわざわざ服を汚すこともないだろう。
このまま放っておけば、すぐに死に至るのは明らかだ。
「…あの」
後ろから、不意に乾いた冷たい声が響く。
場所が場所なので、身の危険を感じて咄嗟に振り向く。
「見ていたのかい?」
「ええ。貴方がそちらの女性を刺殺するところは、目撃させていただきました」
そこに立っていたのは、小柄な銀髪の少女。
表情の無い顔立ちは文句無しに美形なのだが、どこか弱々しい雰囲気さえ感じさせる。
どうやら、この少女に一部始終を見られてしまっているらしい。
「まあ、見られてしまったものは仕方が無いか。最近世間を騒がせている連続殺人犯というのは、僕だということになるのかな」
「左様ですか」
そこまで数をこなしているという感覚は無いものの、でもこんな狭い町に他に人殺しなどいないだろう。
別に世間を騒がせるために生きている訳ではないので、いまいち実感が無いが。
それにしても、少女の挙動は何故これほど落ち着いているのだろう。
僕の経験則では、こういった局面においてはほとんどの人間は慌てふためくはず。
いたらとっくに捕まっているだろうから可能性は低いが、周囲に警察でもいやしないかと一応警戒しておく。
「それで、僕をどうするつもり?見ての通りの殺人犯だから、警察が来たらそのまま監獄送りだよ」
少女を殺害して逃走するのがこの状況への最適解なのだろうが、何故かこの子に対しては殺意が湧かない。
それどころか、もっと話したいという思いさえ不思議と湧いてきていた。
だが、死体の側で長々と話す訳にもいかない。
「別にどうも致しません。ただ、貴方の思考や行動原理が知りたかっただけですので」
相変わらず抑揚の無い口調。
僕が言うのもなんだけど、この子は相当な変人だと思う。
こんな人間の内面など知ってどうするのだろうか。
「まあ、好きにしてくれて構わないけど…。とりあえず、僕はもう帰らせてもらうよ。いつまでも現場にいるなんて、自殺行為だしね」
事を起こしたら二度とその場所に返らないのは、原則中の原則だ。
夜中なのだから、帰って寝てしまうのが一番いい。
「左様ですか」
「ああ、出来れば警察には通報しないでくれよ。その方が、面倒が少ない」
アリバイは作ってあるから、警察が来てもいくらでも言い逃れは出来るのだが。
それでも、僕のような後ろ暗い人間には警察との関わりは気が重い。
精神衛生のためにも、出来れば目を付けられたくなかった。
「元来、通報するつもりは有りません。もし貴方が逮捕されれば、私の目的が果たし辛くなりますので」
この少女は本当に変わり者らしい。
出来たての死体を傍らに殺人犯と向かい合っているのに、怯えた様子一つ見せずにこんなことを言う。
「ありがとう。君も、早く帰った方がいいと思うよ。もしそれの側にいる様子が誰かに目撃されたら、君が殺人犯だと誤解されかねない」
「忠告を感謝致します」
少女が逮捕されてしまうと取り調べの中で僕のことを話されてしまう可能性が高いので、早く帰るように告げる。
すると、少女は大人しく闇へと消えていった。
「…僕もそろそろ帰ろう」
呟く。
予想外の出来事でここに少し長く居座ってしまったが、早く帰ってしまいたい。
安全上の理由は勿論だが、もう深夜なので眠いのだ。
翌朝。
「おはようございます」
僕がベッドの中で瞳を開くと、目の前には昨夜の少女がいた。
「え、えええええええええっ!?」
え、いや、なんで?
混乱しながら、跳ね起きる僕。
危うく頭突きをする格好になってしまったが、それを華麗に回避する少女。
「どうか致しましたか?」
「いやいや、それはこっちの台詞だから!僕の部屋で一体何をしてたの!?」
「貴方の寝顔を拝見させていただいておりました」
「だからなんで!?」
無表情少女が起きていきなり目の前にいたら、それがいかな美形であっても怖い。
殺人犯だろうと、怖いものは怖い。
「昨夜も申しましたが、貴方の思考や行動原理を知るためです。他意は有りません」
「いやいやいや、それが何故僕の寝顔を覗くことに繋がるの?」
「気分です」
「はい?」
少女の返答は、かなり斜め上だった。
そして僕は、このことについて考えるのを止めた。
「…まあいいや。とりあえず僕は朝食にしようと思うんだけど、君も食べる?」
「ええ、可能ならいただけたら幸いです。昨夜から何も食べておりませんので」
ひとまず朝食を作ることにする。
「分かった。それじゃ、2人分作っておくよ」
「感謝致します」
「そういえば、肉を出しても大丈夫?昨日の今日だから、もし無理なら魚にするけど」
「構いません。お気遣いは無用です」
凄いなこの子。
普通は、肉など食べたら吐き気を催すくらいきついはずなのだが。
僕とは違った意味で人の死を何とも思っていなさそうな辺り、只者ではない。
まあ、只者なら殺人犯の家に押しかけてきたりなどしないとはいえ。
「ならステーキでも焼いてくるけど、吐き気がしたら無理に食べない方がいいよ」
後で吐かれたら困るし。
そう言い残し、キッチンに向かう。
昨日買ってきたばかりの分厚い飛騨牛の霜降りを適当にフライパンに乗せ、生焼けにしながら塩胡椒を振りかける。
A5ランクの牛肉には、塩胡椒だけで十分なのだ。
むしろ、このレベルの肉に焼肉のタレをかけるのは素材への冒涜と言っても過言ではない。
そんなことをする人間は、地獄に堕ちるべきだ。
適当に考えていると、肉が焼き上がった。
完成したステーキを2人分それぞれ皿に並べる。
それをテーブルまで運ぶと、もう少女は椅子に腰を降ろしていた。
「出来たよ」
「朝からステーキとは、なかなか豪気ですね」
「ちょうど昨日買ってきてあったんだよ。昨夜のようなことをすると、体力を使うからね」
さぞかし、食前の運動といったところか。
「左様ですか」
「それに、君がいつまでここにいるつもりなのかも分からないから。せっかくだから、いいものを食べさせてあげようかなと」
「私でしたら、しばらくの間貴方の側にいるつもりですが」
この子、あくまでも居座るつもりらしい。
そんなことを言われても、僕も困るのだが。
「君が大人なら別に構わないんだけどね。少女誘拐で逮捕、余罪が次々と明らかに…なんて勘弁だよ」
「それでしたら問題は有りません。私は現在天涯孤独ですので」
僕の遠回しな逃げがあっさりと封じられてしまう。
さらっと重いことを言うな、この子。
でもまあ、僕としても無意味なリスクを負う訳にはいかない。
どうにか言いくるめなくては。
いつもなら手っ取り早く殺して埋めてしまうのだが、この子相手にはそんな気持ちが微塵も湧かないのは何故だろうか。
「天涯孤独?だとしても、日本にいる限りは孤児院か何かに入ってるはず。どっちにしろ、君といつまでもいては捕まってしまう」
「問題有りません。両親が死んだのはつい数日前、深い山中です。まだ両親が死んだことさえ発覚しておりませんので」
うわ、予想以上に重いな。
大方無理心中か何かだろうが、その状況で少女が一人生き残るというのは尋常なことではない。
この子が僕の心理を知りたいと言った理由が、少し分かった気がする。
身近に死を味わったことによって、死への興味が湧いたのだろう。
そりゃ、両親の死体を見た後じゃ無関係な他人の死体くらいでは慌てないだろうな。
僕には、少女の願いを断る気が無くなった。
「ならいいよ。好きなだけここに居座って、好きなだけ死体を見るといい。僕の夜間外出に着いてくるつもりだろう?」
「ご明察ですね。私も貴方の殺人にご一緒させていただきます。とはいえ見ての通りの非力な身ですので、大した助力は致しかねますが」
「ああ、それは構わない。僕の邪魔さえしないのなら、それで十分さ」
そもそも、人殺しなんて誰かの手を借りてするものでもない。
他人にその手の期待をするつもりなど無かった。
「感謝致します」
そう言って会話を止め、食事へと戻る少女。
少女のそれは見た目に相応しい、上品に可愛らしい食べ方だった。
そんな姿を見ながら食べていると、あっという間に皿が空になった。
「美味しかったかい?」
「ええ。このような上質な食事を提供していただき、感謝致します」
「別に構わないよ。やっぱり、最高級霜降り牛は違うよね」
「そうですね。このように美味なものは、久々に食しました」
どうやら、お気に召してくれたらしい。
喜んでくれたのならよかった。
「喜んでくれたのならよかった。昼食は鯨の刺身にするつもりだから、期待しておくといいよ」
「鯨?食したことが無いのですが、それは美味なのでしょうか」
無表情のまま首を傾げる少女。
うん、めちゃくちゃ可愛い。
「ああ、それは僕が保証するさ。ベクトルは違うけど、鯨の大トロはさっきの肉にも引けを取らないね」
「左様ですか。では、期待しています」
「それはそうと、君は夜になるまで何をして過ごすつもり?さすがに、白昼堂々凶行に及ぶつもりなんて僕には無いよ」
そんなことをしたら、一発で捕まるだろう。
闇という鎧は、一般人が想像する以上に強靭なのだ。
大きなミスをしない限りは、堅牢に僕の身を護ってくれる。
「貴方を観察しているつもりです」
「観察って。僕なんて見ていても、退屈なだけだと思うよ」
「構いません」
「僕が構うんだけど…。それなら、ゲームでも一緒にやってくれない?」
ちょうど、この前PS3がやって来たし。
2対2で戦う格ゲーで誰かと対戦してみたいと思っていたところなのだ。
「生憎ですが、私は格闘ゲームをプレイした経験を持ちません。操作法を教えていただけたら幸いです」
「そこは心配しなくてもいいよ。3段関節技をきちんと決められるくらいまで教えてあげるから」
2人して席を立ち、ゲームとテレビのある部屋まで移動する。
テレビなど見ないしアンテナも繋いでいないので、65インチのプラズマテレビはゲーム専用と化していた。
適当にテレビとPS3の電源を入れていく。
プラズマテレビなので、起動が極めて速いのが嬉しい。
「はい、これがコントローラーね」
わざわざこのゲームのために買ったジョイスティックを渡す。
キャンペーンか何かで2つ着いてきたのが、まさかこんなところで役に立つとは。
「ジョイスティックですか」
「使い方は分かる?」
「はい、存じております」
「ならよかった。それじゃ、これが技表だから。これを見ながら、適当に技を出してみるといいよ。最初は僕も手を抜くから」
自分用に以前プリントした技表を渡す。
「感謝致します。それにしても、カンガルーや悪魔が操作出来るとは随分変わった格闘ゲームなのですね」
「まあ、このゲームは半分ギャグみたいなものだからね。キャラが火を噴いたり雷を放ったりするゲームだし」
「左様ですか」
「それじゃ、そろそろ始めようか。キャラは何にする?」
「そうですね…では、この2人に致します」
少女が選んだのは仲の悪い暗殺者姉妹だった。
なかなかいい目利きではあるが、その2人は初心者には若干使い辛い気もしなくはない。
大丈夫だろうか。
「それじゃ、僕はこのキャラで」
初心者らしい少女が相手なので、僕が使うのは一人だけだ。
ファン人気の高いお嬢様キャラを選ぶ。
心配にはなるが、そこはその分僕が手を抜けばいいだけの話だろう。
最初の対戦が始まるまで、僕はそう思っていたのだった。
そして日は落ち。
昼食を挟んで10時間にも渡る対戦を終えた僕と少女は、暗くなった夜道を歩いていた。
ちなみに、戦績は少女の182勝0敗。
惨敗だった。
「それにしても強いね。本当に初心者だとはとても思えないくらいに」
「入力手順さえ知っていれば、誰でもあの程度の動きならば可能かと存じますが」
「いやいやいや。これでも、この前の全国大会で4位だったんだけどね。それでも、君ほど強いプレイヤーは一人もいなかったよ」
この子がもし出れば、世界大会でもぶっちぎりで優勝してしまうだろう。
自分で言うのもなんだが、僕を一方的に叩きのめせるというのはそのレベルの強さであるということだ。
「左様ですか」
「興味が無さげだね」
「ゲームそのものは貴方の人間性が窺い知れて有意義でしたが、わざわざ大会に出る程の価値を保有しているとは思いませんので」
「世界大会で優勝したら、賞金は40億だよ」
もちろん、円じゃなくてドルだ。
「金銭に特別な興味は有りません」
にべなく言い切り、少女は口を閉ざす。
この子なら、間違いなく伝説になれるんだけどな。
少し残念だ。
そんなことを考えながら、静かな夜道を歩いていく。
すると、目の前からふらふらと歩いてくる若い女性が一人。
髪を高く盛っているところから見ると、キャバ嬢か何かだろうか。
ふらついているところを見ると、泥酔しているらしい。
周りには人は見当たらない。
泥酔している女性なら殺害が容易なので、実に助かった。
素面のごつい男でも殺す時は殺すが、やはり手間が掛からない方がいいに決まってるし。
「よいしょっと」
「…ぅあ」
酔っている女の前に立ち、心臓に包丁を突き刺す。
血がかからないように身体を受け止め、横たえる。
それだけの単純作業だ。
「終わったよ」
「随分とお上手なのですね」
「まあ、伊達にしょっちゅうやってないから」
後ろから一部始終を見ていた少女との会話。
これほど頻繁に繰り返せば、誰でも慣れるだろう。
慣れたい人間など、そうそういないだろうが。
「とりあえず帰ろうか。今夜は鴨鍋だよ」
「鴨鍋ですか」
「食べたことはあるかい?」
「残念ながら」
「かなり美味しいよ。朝食や昼食には引けを取らないのは間違いないね」
ああ、若干空腹を覚えてきた。
よく考えたら僕、今日は食事とゲームと人殺ししかしてないんだよな。
我ながら駄目人間過ぎる。
「感謝致します。しかしながら、鴨鍋をいただくことは無いでしょう」
「どういうこと?」
微妙に口調が変わった気がした。
それと共に、雰囲気も。
「貴方は、殺人に快楽を覚えていますか?」
「いや、それは無いかな。どっちかと言うと…分からないんだ」
僕の問いかけを無視した少女の質問。
戸惑いながらも、普通に答えを返す。
「分からない?」
「そうだね。嬉しさも悲しみも感じたことは無い。ただ、何となく日常化しtはぶっ」
「左様ですか」
僕が答えていると、それを遮るように少女の声が響いた。
そして、突然背中に熱い衝撃が走る。
振り返ると、僕の背中には一本のナイフが刺さっている。
やったのが誰かは明確だ。
「何のつもりだい?」
肝臓の辺りだろうか。
とても綺麗に決まっている。
病院に行かなくては、後1時間も持たないだろう。
だが、この場で救急車を呼ぶ訳にもいかない。
今の僕は、軽く重く詰んでいるようだ。
「貴方の願望を実現しただけです。他意は有りません」
「願望?」
美少女に刺されたい願望を持ってる変態は、確かに探せばいるだろうけど。
生憎、僕にはヤンデレ属性は無いんだけどな。
しかもこの場合、別に痴情のもつれが原因という訳でもないし。
「はい。貴方を観察させていただきましたが、貴方は死に親しみたいのではないかと愚考致しました」
「死に親しみ、ね」
案外、当たっているのかもしれない。
「死に親しむための最適かつ究極的な手段は、自らが死に至ることです。故に、私がその願いを手助けさせていただいた次第です」
「じゃあ、最近の連続殺人というのも?」
「ええ。死に至る夢を抱く方は、存外に多いですので」
やっぱりか。
おかしいと思ったんだよな。
ネット上でも毎日のように騒いでるけど、僕はそんな頻繁に誰かを殺してる訳じゃないし。
僕だけじゃなく他にもご同輩がいたというのは、実に納得がいく。
まさかそれがこんな美少女だとか、その美少女に殺されかけてたりする現状までは想定外だったが。
「何故見ず知らずの他人の願いを叶えようと思ったの?」
「両親より、他人の望みに応えられる人間になれと教えられましたので」
「じゃあ、両親が死んだと昼間言っていたのも?」
「ご想像の通りです。両親は永遠に共にいたいという願望を抱かれていたので、永遠に誰にも発見されないであろう山奥の地中にて共に眠っていただきました」
あー、なかなか狂ってるなこの子。
実に僕好みな思考回路だ。
もしも刺される前にこの子の本性に気付けていたら、ロリコンと呼ばれようが全力で求婚したのに。
「じゃあ、今の僕の願いが分かるかい?」
そろそろ視界も薄れてきた。
意識を落とさないように頑張ってきたが、そろそろ限界かな。
「キスしてほしい、でしょうか」
「…ご名答」
そして、少女の唇が僕のそれに触れる。
その柔らかく甘い感触を感じると同時に、僕の意識は静かに暗転した。
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