「官庁回りで大蔵省の方と話をしてみると、とてつもなく頭の回転が早く、切れ味が鋭かった。こういう優秀な人たちと仕事をして大きく成長したいと思ったのも、大蔵省を選んだ理由の一つでした。
入省してすごいと思ったのは、私がまだ20代の頃の上司です。彼は私が資料を何度読んでもなかなか頭に入ってこない案件でも、一度部下の説明を聞くと、即座に自分の頭の中で整理し、ものの見事に自分の言葉で上司に説明してしまう。
記憶力も抜群。部下の発言も事細かに覚えていて、例えば私が3ヵ月前に言ったことと少しでも異なる発言をしようものなら、その時との論理矛盾を完膚なきまでに突いてくる。彼に説明するときは、いつも冷や汗モノでした(笑)。彼は常に完全に理論武装していて、上司から質問されて答えに詰まる姿や議論で負ける姿を見たことがなかったですね」
なお、小林氏は'10年に財務省を辞職し、今は自民党千葉県第2選挙区支部長として解散総選挙を待つ身だ。
名門校と言えば、忘れてはならないのが関西の雄、灘中学・高校だ。灘高で40年近く国語を教えている成田雅英教頭は、高校3年間の読書量を積算して競う「読書マラソン」で、とてつもない記録を打ち立てた生徒に舌をまいた。「マラソン」にちなんで3年間の目標が4万2195ページ、実際はほとんどの生徒が何千ページかで終わるところ、30万ページも読破した生徒がいたのだ。
「彼、岡田康志くんはとにかく優秀だった。彼は理系で、高校2年のとき東大模試の理Ⅲ志望のなかで全国1位をとってしまった。このあと1年どうするんだ、と話したのを覚えていますよ」(成田教頭)
その灘高きっての秀才児と同級だった、東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏('68年生まれ)はこう思い出を語ってくれた。
「岡田くんは受験勉強なんかしていませんでしたね。決してガリ勉ではなく、いつも余裕があった。でも、僕ら同級生の中でとび抜けて勉強ができた。大学の教科書のようなものを読み、ファインマン物理や、受験と関係のない数学の勉強なんかをしていました。だから、共通一次試験模試のような簡単なテストではよく点を落としてましたね。でも東大模試のような難問の試験では、2位に100点くらいの差をつけてダン然トップに立つ。彼はまちがいなく灘高伝説のひとりです」
岡田氏は現在、東京大学で医学の研究を続けている。海外の学術誌『サイエンス』や『ネイチャー』にも論文がとりあげられ、研究者としての実績を積み上げているという。
さて、秀才のわかりやすい基準といえば、やはり「試験の点数」だろう。大学受験生がうける全国模試で上位「常連」の大秀才たち。順位表で名前を並べた常連たちが、東大で「再会」をはたすこともあるという。
宮崎県の進学校、宮崎大宮高校出身の、社民党の福島瑞穂党首('55年生まれ)。全国模試で1位をとった経験をもつ才女である福島氏も、そんな「再会」をはたした一人だ。
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