「私はこれまで、ノーベル賞受賞者に何人も会ってきましたが、和仁ほど頭のいい人間にはまだお目にかかったことがない。彼に比べると、どんな学者も知性が物足りなく思える。本当に、どうして自分は和仁と出会ってしまったんだろうと思うくらい、彼と知りあってしまったことは私にとって一種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)ですよ」
名門・麻布で別格だった頭脳
今年も東大に79人の合格者を送り込んだ、開成と並ぶ名門・麻布学園(中学・高校)。教師たちに話を聞くと「ノートに落書きをしていたので何を書いているのか尋ねると、ロケットの弾道を計算していた」「難問ぞろいの東大入試の数学で満点をとったばかりでなく、『いやぁ、今年の東大数学は良問でしたよ』などと批評していた」「彼は『卓越』(東大法学部での成績上位者表彰制度)で、3つの研究室から誘われていた」といった、およそ平凡な学校ではお目にかかることのない秀才エピソードが続々と登場した。しかし、そんな中でも古株の教員の間で別格の秀才として記憶に刻まれている人物がいる。
それが、河東泰之氏('62年生まれ)だ。東大理学部数学科に進学。同大学院を経て数学者の道を歩み、現在、東大大学院数理科学研究科の教授をしている数学者である。'02年に40歳未満の優れた数学者に与えられる日本数学会賞春季賞を受賞している。
何しろ、麻布中学時代すでに『超積と超準解析』『位相と関数解析』といった数学の専門書を読んでいたというから尋常ではない。河東氏本人が言う。
「大学院レベルで読む本ですね。英書の専門書も読んでいました。数学で使われる英語はだいたい決まっていますから、それほど難しくないんです」
驚くべきことに河東氏は、中学1年の時点ですでに東大入試の数学の問題を解いていた。
「中学の先生の紹介で、東大の教授が自主的にやっていた数学のセミナーに出席させてもらっていましたね。正直なところ、学校の数学の授業はほとんど聞いていなかった。たまに先生が黒板に間違った数式を書いたりすると、『それ、違います』なんて言ってましたから、先生も嫌だったと思いますよ」
ちなみに、現在の専門は「作用素環論」。説明を聞いてもチンプンカンの数学理論だが、「東大で誰もやっていなかったから」というのが、これを専門にした理由だという。
実を言うと、この河東氏は、冒頭で紹介した岩倉氏の小学生時代からの知り合いだ。受験塾「四谷大塚」で一緒のクラスにいて、「彼は当時から算数が抜群にできた。算数のテストで彼に勝つのが、僕らの目標だったんです」と岩倉氏は言う。河東氏に岩倉氏、先に紹介した和仁氏、そして茂木氏、同年代の秀才たちは、どこかでつながっているものなのだろうか。
灘とラ・サール「伝説の大秀才」
岩倉氏の後輩、開成中学・高校から東大法学部を経て大蔵省に入省し、ハーバード大学にも留学したという、これまた超エリート人生を歩んでいるのが、小林鷹之氏('74年生まれ)だ。小林氏によれば、「開成、東大で、信じられないくらいの秀才に会ったという記憶はない」そうだが、秀才ひしめく「霞が関」の中でも「ザ・霞が関」である大蔵省に入ると、「さすがにとんでもない人たちがいた」という。
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