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社会を変えるネット署名

1月11日 22時15分

森健一記者

交友関係を広げるために、ツイッターやフェイスブックといったSNS=ソーシャル・ネットワーキング・サービスを利用しているという方も多いのではないでしょうか。
海外に目を向けますと、中東の独裁政権に対して市民が民主化を求めた「アラブの春」では、情報を次々に伝えていくためにSNSが大きな役割を果たしました。
こうした「社会を変えるためのツール」としての役割に機能を特化した、署名集めの専用サイトも登場し、世界的に広がりをみせています。その可能性について、国際部の森健一記者が解説します。

「ネット署名」の専門サイトとは?

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アメリカで生まれた署名サイト「チェンジ・ドット・オルグ」(Change.org) このサイトが存在感を見せつけたのは、去年、アメリカ南部のフロリダ州で17歳の黒人の少年が男に路上で射殺された事件です。
警察は当初、正当防衛に当たるとして男を逮捕しませんでした。これに対して「男に公正な裁きを受けさせるべきだ」と訴える被害者の両親が利用したのが、この署名サイトでした。
抗議デモが全米各地に広がり、たちまち200万人を超える人たちが賛同。世論に押される形で、当局は男の起訴に踏み切ったのです。

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ほかにも、アメリカで、大手銀行がカード利用手数料として、毎月5ドルを徴収する方針を決めたことに対して、22歳のベビーシッターの女性が、この署名サイトを使い、銀行側にこの計画を撤回させました。
現在、18か国に事務所を置き、12の言語で専用ページを立ち上げています。利用者は2500万人を超え、ことしはアラビア語と中国語版も登場します。

世界が注目ラトレイCEO

「チェンジ・ドット・オルグ」の創設者は、32歳のアメリカ人、ベン・ラトレイCEOです。
もともとはウォール街の金融マンを目指していたというラトレイさん。社会活動家を志したのは、スタンフォード大学在学中、同性愛者であることを隠していた弟が突然、告白したことがきっかけでした。
立場が弱い人たちの「声なき声」をもっと社会に届ける仕組みが必要だと考えたのです。
「チェンジ・ドット・オルグ」を世界的なサイトに育て上げたラトレイさんには講演依頼や取材が殺到し、今や、時の人です。
衆議院選挙の投票を控えた先月上旬、私はラトレイさんにインタビューしました。インド、フィリピン、インドネシアなどをまわったあと、日本を訪れたのです。
アジア各国でも人々がさまざまな問題を巡って「社会を変えたい」という気持ちを強く抱いていることを実感したラトレイさん。その“変革”の手段として、急速に広がっているSNSが有効だと肌身で感じたといいます。
「数年に一度の選挙でなくとも、日々、身の回りのことを変えられるのです。ネット署名という新しい方法で人々を民主主義に巻き込んでいく、それが私たちが真に目指していることなのです」というのが、ラトレイさんのメッセージでした。

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日本上陸

去年8月にスタートした日本語版の利用者は、現在5万人。国際的なバイオリニストの堀米ゆず子さんがドイツの税関に時価1億円のバイオリンの名器「ガルネリ」を没収された際に利用されるなど、活用が広がっています。
日本語版の立ち上げ以来、最も多くの署名が集まったのは、福島県郡山市に住む主婦が署名サイトを使って訴えた「県外避難の選択肢を奪わないで」というものです。被災者が県外に新たに避難する場合の住宅補助を取りやめると、福島県が発表したことに対し、延長を求めたのです。
2週間で世界中から集まった7万7000余りの署名は印刷されて福島県の担当者に提出されました。
福島県は「県内に戻ってくる人たちの支援に重点を移したい」として、今も方針を変えていませんが、署名提出に立ち会ったラトレイさんは、東日本大震災と原発事故のあと、日本でも「社会を変えるために1人1人が声をあげる」という意識が高まっていると感じたそうです。

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署名サイトとどう向き合う?

この署名サイトでは、世界で毎月、1万5000件もの署名活動が新たに立ち上がっています。
ただ、中には、同じパソコンから複数の署名が行われたケースや、極端に政治的な主張が行われたケースもあるということで、その手軽さ故の弱点もあります。
署名の呼びかけや賛同の際には、実名を登録することが原則で、不正や悪用が見つかったときには、削除できる仕組みもあります。しかし、限られたスタッフですべてをチェックすることはできない以上、ネット署名の信頼性をいかに高めていくかが大きな課題と言えます。
一方で、私が取材を通じて考えたのは「署名サイトで抗議を受けた側は、どう受け止めればいいのか」ということです。
インターネットに国境がないだけに、こうした批判や抗議の声は一気に広がって企業や団体の信頼を失墜させる可能性があり、国内の常識にとらわれていると海外で大きなダメージを受けてしまうことも考えられます。
「ネット署名」は今後、世界の中でますます大きな存在感を示すことになりそうです。企業や行政機関は、市民の声や民意を見極めるために正面から向き合っていく必要があると思います。