東方紅魔郷 ~the Embodiment of Scarlet Devil.
038:11/ツェペシュの幼き末裔
月の光すら闇に埋没する空間から、血色の杭が飛ぶ。
それは魔性を秘めたものであり、常人なら触れるどころか、近寄った途端に吸い尽くされかねない程だ。
それが幾十幾百幾千――――ともすれば、一部の隙間も無く埋め尽くしかねないこの世界は、人外でしか居る事の出来ない場なのか。かいくぐる少女は、既に道を踏み外した者なのか。
「オオオォォォ――!」
否である。彼女は、間違い無く人間だ。
生の鼓動が奪われ、流れる血潮は吸われ、散り逝く華が如く謳歌するその激しさは、人としての生そのものだ。
両手で支えられたミニ八卦炉からは絶え間なく灼熱の弾が放たれ、失った魔術具の代わりの様に機関銃が鉛玉を吐き出し続ける。
とうの昔に、限界だと思っていた壁なんて突破していた。もう一回やれと言われても、絶対出来ないだろう。
それでも、吸血鬼の体に到達する事は無い。そこに在るだけで略奪され続けるのだ、自我の無い魔力が機関銃や砲身の形で維持されているのすら賞賛に値する。
空気が杭で穿たれ呑まれた刹那、真空が作られる。それは真芯に当たらなくとも、霧雨魔理沙の体を切り刻む見えない刃となる。
だが、流れ出る血は少ない。いや、皆無と言える。吸血鬼の空間の中で、流された血が留まるのは有り得ざる事だろう。
息は荒く、ぼやける視界。ぐらりと傾く体幹を、大きくカーブする事で無視をする。
「ぐッ――ぁ」
避け損なった杭が身体を啄み、消耗と共に体に意識を戻す事を助ける。
きっと、あいつなら。あいつなら、こんなヘマをする事も無いんだろう。何事も楽な方楽な方、のんびりゆったりが性に合う空飛ぶ巫女。
だけど、私があいつ以上の困難に遭ったとするなら。私はあいつ以上にその経験を得られるのではないか。
地力が違う。才覚が違う。天才地味たあいつ。追い抜くには、ただ単純な物が必要だ。
即ち、経験。
力を知恵でねじ伏せろ。
技術を記憶で圧倒しろ。
空に浮かんだ天賦の才を、積まれた敗者を踏み越えて、地面に引きずり落としてやる。
だから。
「負け……られるかぁぁぁぁぁ!」
死にたくないから吠え猛る。
負けたくないから挑み続ける。
犬みたいに、泥まみれ血まみれになりながら、私は凡人やってるんだ。
その矜持で凡妖怪を倒せない様じゃ、非凡な奴なんて倒せやしない。
「ああ……そうだ。お前なんて、あいつに比べちゃどうって事無い」
私の知ってる天才(化け物)は、開けっぴろげで裏表が無くて、手の内全部を覗けても勝てると思わせない。
浮いている。単なる力の物差しで指し示すには初めから外れ過ぎてあてがえない。
「でもさ、お前は違うよ吸血鬼」
あいつは数値で示す域に立ってないけど。
「お前は私の先にいる」
分かる。これは天性のものじゃない。地力は違えど、力の出来方は私と大差無い。
「憧れた? 奪われた? 不甲斐なかった? 止められなかった? お前の力は、そういう願いがあったから持てたものだろ」
「――――」
そして、私も。純粋に憧れていた。追い掛けたくて、追い付きたくて、並びたくて、追い抜きたくて。
「そんな我が侭でそんな力が手には入ったんだろ? だったら、あいつの下に決まってる」
天才に凡才はなかなか辛いものがあるけどさ。凡才同士なら、いい戦いするんじゃないか?
なにより、そうであるなら。同じ成り立ちの私がその位階にいけない訳が無い――――!
魔力が吸われ、消える寸前であったミニ八卦炉の砲身。おそらくもう、弾を発射させる事もままならないだろう。
その姿を、徐々に変形させる。
もっと、もっと細く。鋭く。奴を穿ち断つ為の形を。
今だけで構わない。だから、今の私に必要な形を成させてくれ。この吸血の世界に抗える力を!
願う。どんな神様にでも無い、私に願う。
私が私として勝つにはどうすればいいのか。私が私として戦うにはどうすればいいのか。そんな事は神様に願うものじゃない。
知っているのは、自分の力と経験のみ。
そんなものにしか頼れない私を疎ましいとは思う。だが、こうするしかない。
力と言うのは、在るだけじゃ意味が無い。制御出来なきゃ意味が無い。
そして制御出来るのは、自分のみ。それなら、自分を信じるしか無い。
その祝詞は、やはり私が唱えるべきでは無いもの。代替品にすらなれない私では、きっと侮辱以外の何物でもない。
それでも、この戦場を。私が歩んでいる空への道を照らすには、頼る他は無い。
――きっとそうなのだろう、幼い吸血鬼。どれほど齢を重ねているのか知らないが、お前みたいな凡妖怪がこんな力を手に入れられたんだ。その深みは底知れない。
――なにを求めて、この力を得たのだろう。復讐を成す為? それとも、灼かれる価値があるまで成長したかったのか?
――ああ、けどどうでもいい。私はそんな事よりも、進む道を照らし出す雷光で、お前を倒さなきゃいけない。
狩りの魔王が、戦を守護する雷光へと変生する。
稲光を剣の形に留め、神器と評されるに相応しい様相を成す。
そしてそれを手にした瞬間から、霧雨魔理沙の身体が輝き始めた。
否――――その身体自体が雷光となっている。
「身体を雷に変える……凄いわね」
確かに世界による吸奪も、稲妻を吸い込んでは溜まったものでは無い。けれど、それは単なる我慢出来るかどうかの問題。炭酸飲料を飲めるかどうかのようなもの。
寧ろ炎でなくなったのだから、燃やされる事を気にしなくて良くなったのは好都合。
「そんな身体変化があなたが求めた力なのかしら? そんなのじゃ、私に届く訳が無い」
強調された紅眼で、雷光の少女を嘲笑う。そんな程度で、私の力にケチを付けようと言うのか。
「教えてあげる。世界にはね、生まれた時点で法則の埒外の存在がいるの。それを見て貴女がどう考えるかは自由だけど、そんなものは只の自己満足よ」
努力したから。運が良かったから。自分もこうなる可能性があった。
神を貶めて自身の安寧を保つ方法など、吐き気がする。
「高慢なのは性分なのか?」
「いいえ。事実を言うことに抵抗が無いだけよ」
「ハッ、抜かしてくれるね吸血鬼。つまり、私は元から強いからあなたなんかじゃ無理よバーカって言いたいのか? 嘯くなよ」
得物では無い細身の剣を振るいながら、魔理沙は軽口を叩く。
「吸血鬼が強いってのは認めるよ。だけど、お前は違うよレミリア・スカーレット」「……?」
「お前が本当に強いならな、部下に自分への服従を強要したりしねーよ」
本当に強い奴には、自然と膝が着くものだ。けど、あのメイドは違う。あれは何かへし折られた結果になっている。
プライドとか、そんなもんじゃない。忠誠と言うよりも、絶対の服従に伴っての忠誠心を持っている様に見えた。
「お前、あのメイド無理やり手駒にしただろ。洗脳とか、催眠とかそんな」
「貴女やパチェみたく不粋な真似は嫌いなの」
「へぇ、じゃあどうやったんだい」
「簡単よ。私無しには生きている意味を見いだせなくしたの」
どちらが不粋と言うか、嫌らしい手だと言うかは私は知らない。ともあれ、話が逸れてしまった。
手のひらから突き出る血の杭を槍の大きさにまで伸ばし、戦乙女の剣に対抗する。
「で? 貴女の手品はそれでお仕舞い?」
「まさか、今からお楽しみだよ。お代は見ての御帰りさ。尤も――――」
魔理沙と共に戦乙女の恩恵を得たホウキの放つ雷光が一際輝き、そして次の瞬間。
「――――見れたらの話だけどなぁ!」
迅雷は迅雷として走り抜け、その剣をレミリアへと振り抜いた。
杭との激しい衝突の後、魔理沙は再び空中を走り出す。だがそれは、今までと比較するのが馬鹿らしい速度だ。
霧雨魔理沙の身体は今正しく雷であり、光であり、駆ける速度はそれに相応しいものとなっている。反応速度に頼っていては、吸血鬼であろうと躱す事は出来ない。
「へぇ」
その一撃に対して、吸血鬼が呟いたモノは素っ気ないものだった。
確かに、私とは違うベクトルでの強化は成されている。他者を染め上げる私に対して、自身を自身で完結させるその能力は相性がよろしくない。
天へと目指す雪原の雷が如く。さしずめその様なものなのだろう。
「賞賛に値するわ。人間、それも自分の力とは言えないけれど、それを振るって尚この頂を目指せるだなんて」
もしこの少女が、本当に自身の力を発揮したらどうなるのだろう。ともすれば天才凡才須く敗北させる魔法使いに成長するのだろうか。
興味は尽きない。何故なら。
「あなたが此処で死んでしまうのだから」
首筋、気絶でも狙ったであろうか、直線的な斬撃は再び杭に阻まれる。
だが、それで終わらない。杭とは、縫い止める為にある道具なのだから。
その交差点。吸血鬼の牙と戦乙女の剣が互いに焦がし吸い尽くす。離す事も、押す事も出来ず、不可思議な拮抗劇を演じてしまう。
「クッ、オオォォ!」
なら、別の攻撃手段を使うのみ。雷光の尾、ホウキを回転させ、その胴へと叩き込む。
筈だった。
「ヴァルハラに行くのはどっちだったかしらね」
美しい脚線、そこから芽の様に生えた紅の杭がホウキに含まれた神秘を吸い尽くす。なまじ素体があるだけ、頼りにしていて気には掛けていなかったのか。あっけなくその翼は朽ちていく。
「堕ちなさい」
地獄、針の山にでも。生前の痛みがあれば、そこにも慣れるでしょう。
トドメとばかりに、霧雨魔理沙の額目掛けて血杭が落とされる。
満身の力を振り絞り杭を跳ね飛ばしても、落ちる所は変わらない。奇跡が起きなければ、一つの死体が出来るだけだ。
だが、奇跡なんてものは起こらない。神様はこんな小競り合いに興味無いだろうし、お祈りしている暇は無い。
だから、私が何か起こさなければいけない。
身体を純粋な雷に。思考の一片も焼き尽くせ。空気よりも薄く、水よりも捕らえられない煌めきになる。
もっと、もっと、淀む事の無い白い雷に――――――自身のみの高みへと目指し、柄となった八卦炉を握る手がそれに同化しかねない程に力を込める。
天を突く血色の杭が、獲物を串刺しにせんと待ち構える。それに抵抗の一閃を下す事無く、霧雨魔理沙は落ちていった。
◆◇◆◇◆◇
「ああ、もう。手間ばっかり掛けるんだから」
記憶に空白がある。長さは分からないが、未だに体力を吸われる感覚があると言う事は恐らくは数秒の事なのだろう。
それに、私はまだ死んでないし。
「こんな騒ぎで顔も見せない訳が無いと思ったら、なるほど此処にいたのね。ちょっと予想からは外れたかな」
こいつがいるって事は、即ち冥界では無いって事だし、まだだるいって事はあいつが異変を解決させてないって事だし。
都合良く考えるなら、こいつが寸での所で助けたって所だろうか。
「まぁいいわ。ちょっと危ないかもしれないけど、すぐ終わらせるから。大人しく寝てなさい」
開けようとした瞼を押さえた柔らかい手の感覚だけで、私は安心して眠りについてしまった。
◇◆◇◆◇◆
「そろそろ姿、見せてもいいんじゃない? お嬢さん?」
気怠そうに、黒髪をかきあげて空へと目をやる少女。
それを見下すのは、やはり紅い吸血鬼。
「やっぱり、人間って使えないわね」
「さっきのメイドは人間だったのか」
「あなた、殺人犯ね」
「一人までなら大量殺人犯じゃないから大丈夫よ」
霧雨魔理沙と会う前であれば、談笑と言える空気になっただろう。不快感を伴う世界では、ただの前口上にしかならない。
「で?」
「そうそう、迷惑なの。あんたが」
「短絡ね。しかも理由が分からない」
「とにかく、ここから出ていってくれる?」
「ここは、私の世界よ? 出ていくのはあなただわ」
「この世界から出して欲しいのよ」
要求と言うには、根本を揺るがす事を前提にしている。その様子に溜め息混じりで答える。
「しょうがないわね。今、お腹いっぱいだけど……」
「護衛にあのメイドを雇っていたんでしょ? そんな箱入りお嬢様なんて一撃……って言いたいんだけどなぁ」
「咲夜は優秀な掃除係。おかげで、首一つ落ちていないわ」
「そうね。これから落とす予定だから片付けて貰わないと」
赤と白の巫女が、紅と黒の吸血鬼へと飛ぶ。
交わすものは無い。そんなものに価値は無い。
その目だけが、お互いに語る事を示していた。
「こんなに月も紅いから本気で殺すわよ」
「こんなに月も紅いのに」
もし此処に、彼の道化師がいればこう呟いたであろう。
「楽しい夜になりそうね」
「永い夜になりそうね」
――――では、最後の娯楽劇を始めようか。
よーやく、よーやく主人公二人目が出たよ。長かった……
次話はどうなるか未定。先に進むか少し戻るかさてどうしよう
2013/01/15修正
凪人? 誰だっけそいつ
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