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  東方災生変 作者:DHMO
東方紅魔郷 ~the Embodiment of Scarlet Devil.
037:10/Rozen Vamp

 ミスった。酷い間違えを犯したもんだ。いや、メイドがアレなら本気で来ると思ったのに。
 とんがり帽子の鍔を抓み、今一度帽子を深く被りながら、霧雨魔理沙は後悔する。
 私の手にはミニ八卦炉がある。それはいい。それに付いているものが問題だ。
 太く、長く、煤けた兵器の砲身。先程、多くの本を焼いた砲撃から未だ火を吹いていない、ドーラ列車砲のそれ。
 コレを付けたまま戦おうとしたのはまずかった。
 これは戦の為の武器であって、遊びに使うものじゃない。敵を殺す為の兵器であって、一人の少女を狙うものでは無い。
 では非殺傷にすればいいのか。否。それは列車砲の本来の持ち主が許さないだろう。私が振るうべきで無い力を使っている上で、武人の矜持を汚す枷を付けるのは許されない。
 何より、私が私を許せなくなる。
 弾幕は火力、全力を尽くす。故に遊び。自分で自身を抑えつけるのは好かないし気持ちが悪い。

 それに、相手は手加減するべき相手じゃない。下手を打てば、今すぐどたまをかち割られるかもしれない。
 不死身の化け物。夜の帝王。子供だって知っている妖怪、いや怪物。それが吸血鬼。
 力は鬼、速さは天狗とも言われる、地力で当たれば人間なんていとも簡単に千切れ飛ぶか潰される。
 今すぐ炎の十字架でもぶん投げたい気分だが、それは出来ない。これは遊びだ。いや、これは遊びにしなきゃ(、、、、、、、)いけない戦い(、、、、、、)だ。
 今私があいつへ列車砲を撃とうとすれば、相手は弾幕なんて放たずその小さな手で私の心臓を掴み出すだろう。MP40を生成した瞬間、手首ごと消し飛ばされかねない。
 本気を出されたら、確実に負ける(死ぬ)。だが今、私が同じ土俵に立ってるのには一つの鉄則がある。
 スペルカードルール。それが、遊びであると言う証拠。
 これがあるからあいつは未だ温い弾幕で済ませているんだ。……と言っても、十二分に強力凶悪ではあるんだが。
 ルールに則っていれば、負ける事は無い。遊びの大天才を自称するつもりは無いが、自分の実力を過小評価するつもりも無い。
 だがこちらが殺傷性のある攻撃を仕掛ければ、ルールを自分から破る事になる。そうなれば呆気なく私は殺されるだろうし、吸血鬼には良い言い分が出来る。

 となれば、無用の長物である列車砲の術を棄却したいのだが――――そんな暇を与えないのが吸血鬼。逃げ回るので精一杯だ。

「どうするかな」

 本当に、どうするか。付属物の大きさの割に重さを感じない八卦炉をチラリと見て、少し溜め息を吐く。
 何回か被弾した所為か、補助に持ってきていた魔術具はとうに壊れていた。媒体無しに放つ弾は燃費が悪く、何時までも打てるものでは無い。

「……ちょっとギリギリだけど」

 まぁ、これ位は良いだろう。どうせ人間なのだから、多少のズルは大目に見てくれるだろう。
 そう思いながら、手の平にある円筒形のモノを形成させる。
 ピンを引き抜き、狙いを定める。一瞬出来る、吸血鬼への一方通行路へと。

「そーらよっと」

 スナップを利かせ、巧い具合に幼顔の吸血鬼の前へと落とされるソレ。 弾幕に掠る刹那――――閃光が両者を照らす。
 俗に、フラッシュグレネードと呼ばれるもの。

「どーだぁ!」

 魔法で模したものを真似ただけの紛い物にも程がある代物だが、ちょっとでも目潰しの効果があれば問題は無い。
 その隙に、

「隙でもあると思った?」
「え?」

 思いがけず、問いに問いで返してしまう。その声は自身と相対する所から発せられていると言うのに。
 見れば、其処には蝙蝠の塊。なるほど、自身の目で無ければ眩まされる事は無いのだろう。

 形の成されるレミリアの顔。そこにはやはり、余裕が浮かんでいる。
 その笑顔が、どうしても腹の底から寒気と殺意と恐怖を呼び起こす。

「やっぱり、人間は面白いわ」

 だからなのか、私の腕は真っ直ぐレミリアへ向けられていて。
 その手には勿論、私が一番信頼する魔術具が握られていた。


 だって、あれはいけない。あれはダメだ。
 化け物を倒せるのは化け物だ。人間は化け物に食らわれるから人間なんだ。
 私は、彼女に殺される。なら私は人間なのか。
 人間として終わっていいのか。
 人間のまま、終わっていいのか。
 どうせ死ぬのなら、私は――――


 私が私を制止する間も無く、敵を燃やし尽くさんと出で来る炎塊。阻むモノの無い空を焼きながら、幼く紅い月に向かって高く、高く、高く――――

「こんなに月も紅いから、本気で殺すわよ」

 呑み込まれた。
 その腹を貫通していく時、不思議と私はそう見えた。実際には、一部分を霧なり蝙蝠なりに変えたのだろう。何ら不思議な事は無い。

 けれど、私にはその行為も、その行為を行ったレミリアも、私には適わないと思わせるのに十分だった。
 だって、私の渾身を見て、ちょっとでも揺らぎも躱しもせず、ただただ笑いながら受けられる奴と言うのは、もう私にはどうしようも無いんじゃないか?

「逃げてみなさい人間。最期を飾ってあげる位の優しさは見せてあげるわ」

 そんな私の思いを知らずに、吸血鬼はさも面白そうに、ある唄を紡いだ。


◆◇◆◇◆◇

 歌う様に、謗る様に、誇る様に、呪う様に、言葉が踊る。
 それと同時に、紅月の下が凍り始める。
 歌声が満たされる。
 在る空気が脈打つ。
 闇が月光を蝕む。

 レミリア・スカーレットの縁者、ヴラド・ツェペッシュ公――串刺し公(カズィクル・ベイ)の血。その血が、この世界に別の法則を打ち立てる。
 即ち、吸血。万象総てを吸い尽くす、飢獣の世界。彼女が誇る吸血鬼を讃え、至高とする魔窟。

 ああ、彼は逝った。私の手で逝ってしまった。
 ならばその死は永遠に私の物。私が死しても、枯れた花はその棺に収められる。
 私は吸血鬼。誉れ高い吸血鬼。だからその愛は奪いつくし吸い尽くすもの。

 ――――だから。私の愛で死ねる事を光栄に思いなさい、人間。

   禁忌『吸奪の吸血鬼』

 その意を言外に含め、締め括られる吸奪の唄。それと同時に、紅魔館を覆う夜の結界。
 見る人が見れば、固有結界とまで呼ばれる異能。だがそれは、心象風景を描き出す芸術では無い。
 言わば、叫び。その本質ゆえに辿り着けない世界を嘆き悲しみ、それを作り出す暴力。渇えた望みを癒やす為の自慰とも言える。

「……ヤバい」

 肌で危険を感じ取る。これは本当に殺される。ともすれば、あらゆる存在であろうと吸い殺すやもしれない。
 体はスペルカードルールだが、こんな場を生成する遊びがあって良い筈が無い。これはゲームでも遊びでも、戦いですら成り得ない。
 ひたすらに、虐殺を追求した形だ。

「――――――」

 本当に、どうするか。おそらくこの結界の様なモノは、易々と打ち破れるものじゃない。逃げ回っていても、いずれじわりじわりと吸われてしまうだろう。現に今、私の肌からは体温が奪われている様に感じる。
 進めば地獄。退かば地獄。どちらもどちらで意味が無い。

 ならば。

「やるしか無いじゃないか」

 相手は本気。それなら私だって本気で、全力で足掻いてやる。
 帽子を投げ捨て、ホウキに立つ。凪人みたく乗れるか分からないけど、いま座ってるのは格好が付かない。
 そうだ。どうせなら格好良く、華々しく散ってやる。二度と煌めかない火花の様に。

「いいぜ、吸血鬼――――お前の世界に、私が亀裂を刻んでやる!」


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