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ホームレスから国内最大Q&AサイトOKWave社長への軌跡
兼元 最初のお仕事をもらって、お金を頂いたので、カプセルホテルに泊まろうとしたのですが、そのお金を名古屋にいる自分のせいで苦労をかけている家族に送ろうと思い直しました。その後も仕事をしながら、約2年間ホームレス生活を続けていました。やりたいことが決まって、「もう1度やり直したい」と家族に報告しに行った時に、妻は送ったお金には手をつけず、そのまま残していてくれていました。妻は、その400万円を「創業資金に充ててくれ」と言ってくれたのです。
その資金でサーバーを買ったりしましたが、あっという間になくなりましたね。
●Q&Aサイトは、どのように生まれたのか?
ーー現在の主力事業であるQ&Aサイトは、どんな経緯で思いついたのですか?
兼元 ホームレスをしながら仕事を請け負っていた時に、ホームページの制作を依頼されたのですが、どうしてもわからないところがあり「どうやってホームページをつくったらいいのか?」といった趣旨の質問を、あるネット掲示板に書き込んだんです。そのとき良い答えをもらえず、逆にののしられてしまったんです。
その感覚が子供の頃のいじめの感覚に似ていて、いつの間にか「その感覚を、なんとか取り払いたい」というのが、一番のモチベーションになっていました。「それさえ取り払われれば、いじめだっていろんな人が助けてくれたかもしれないのになあ」と思ったんです。親にも友だちにも先生にもいじめられていたことを話せなくて、悶々としている気持ちを、こうした匿名の掲示板があれば、相談に乗ってくれたり、質問に答えてくれる。「もしそんなものがあったら、さぞや自分も助かったのに」と思ったのが最初です。それをきっかけに創業し、Q&Aのサイトをつくったのですが、最初は全然反響がありませんでした。
その後ちょっと変化があったのは、私が最初に書き込んだ例の掲示板に「おもしろいサイトがある」と書いてくれた人がいて、そこから来てくれた方が幾人かいました。また、シールをつくって渋谷の109ビルの前で配ったり、登録ユーザー数が400人になった時に自筆の手紙を書いて礼状を送ったりしていました。
そうこうしているある時、ネット系の専門誌の取材を受け、特集で紹介してもらったことがきっかけで、大きな反響を呼んで、次第に世間に名前が知られるようになったのです。
●ユーザーが取引先の開拓に協力
ーー資金繰りはどうでしたか?
兼元 最初の3年間は赤字でしたが、メンタリティとしては、儲けよりも「いかに人は助かるのか?」とか「どうやったらユーザーは喜んでくれるのか?」を考えていました。でも資金繰りは大変でした。
ベンチャーキャピタルからは、「ボランティアでしょ」とまったく相手にされませんでしたが、そのうちサイトを見た人の紹介で、楽天さんやインプレスさんから出資の話を頂くようになりました。しかし、赤字が続いて、一時は出資者から四面楚歌になったこともあります。「社長を交代しろ」と言われ、しんどかったですね。
そこで一念発起して、黒字化しようと思ったのです。そのとき助けてくれたのが、ユーザーの方々だったのです。大手企業に勤めるユーザーの方々がいて、困っているなら取引先を紹介してやるということで、一緒に提案してくれたのです。そこで企業と一緒になって事業を広げられるようになったのです。皆さんに助けられ、幸運でしたね。
ーーベンチャー企業は、生き残りが難しい世界です。生き残る秘訣とはなんでしょうか?
兼元 出身地の名古屋は、借金が嫌いな性質です。そんな名古屋商法的なものを叩き込まれながら育ってきました。それが、生き残ってきた1つの要因かもしれません。
ベンチャーとして生き残るには、思い切って流れに任せてビジネスを変えていくのか、本当にとことんやり続けるしかありません。中途半端なスタンスを取ると、失敗してしまいます。
こだわりなくビジネスを変えていくのか、こだわりを持つのか? こだわりを持つのはつらいことですが、いつかは「やっていてよかった」と思う日が来ると信じていました。そんな経験をしながら、今日に至っています。
(構成=國貞文隆)