2004/4/19
   
姉と弟ー宇宙編
      アンネローゼとラインハルト 付キルヒアイス
   

 遠く銀河のかなた。弟を思う姉の心は・・安寿の昔から変わることなく・・・ってんで、これは大宇宙を舞台にした田中芳樹の出世作「銀河英雄伝説」(通称、銀英伝。徳間書店よりノベルス、文庫両方出てます。全10巻に外伝4巻)でのお話です。
 三国志の世界が宇宙規模で展開する究極の将棋小説とも言われておりますが、登場人物は多士多彩、多くの読者をひきつける、実によく出来た話やと思う。私は、例によってリアルタイムで読んでいないのです。評判になってからアニメも作られたが、それも見ていない。私ってよほどひねくれているのか、ただ単にトロいのか、ブームが去ってみんなが飽きた頃に、1人で騒ぐ傾向があります。そういえば、スター・ウォーズもそうだったなあ。
 著者の田中さんて人は、女の人を書かせるとパターン化してて,魅力に乏しいが、にいちゃんたちや、おっさんたちとなると、俄然筆が冴え、それぞれに見せ場(特に死に際)もあって、各人にうるさいファンクラブがついているのも納得できます。こういう話って、思うに男の子のお祭り、運動会、体育会系クラブの延長なんじゃなかろうか。女の子は大事にされるけど、所詮は男が主役の話で、女ってのは添え物程度なんですよね。この手の世界で、女が主役を張るためには、悲惨な過去を背負って、復讐のために修羅と化すしかないのよ。古くはサソリシリーズ(お懐かしい! 元祖ねこ顔の梶芽衣子さま!)、緋牡丹お竜、近いところで「キル・ビル」のユマ・サーマンか。
 銀英伝は、宇宙空間に質量ともに圧倒的優位を誇る銀河帝国(出た〜! 初代皇帝ルドルフ以来500年間にわたってゴールデンバウム王朝が支配する専制国家です)。帝国から逃れ出た共和主義者(ううう!)が建国した自由惑星連合(勿論、ここには宇宙版諸葛孔明がいる。ミラクル・ヤンことヤン・ウェンリー!)。両者の中間に位置して、漁夫の利を得ようと虎視眈々と狙う商業貿易国家フェザーン自治領。この3国の興亡を描いた作品です。ここに登場のラインハルト・フォン・ローエングラムという舌をかみそうな名前の子は帝国側の人間で、アンネローゼさんは、その姉で5歳年上。この名前もたいがいやけど、帝国側はドイツ系名前の大洪水! カタカナ名前の苦手な人は、登場人物一覧表を読むだけで、溺れ死ぬこと確実です。ココロして下さい。
 さて、この2人は貧乏貴族の生まれですが、類まれな美貌に恵まれた仲のよい姉弟です。そしてキルヒアイスは隣の家の息子。キルヒアイスというのは苗字で、名前はジークフリード。アンネローゼからジークと呼ばれる彼は、ラインハルトよりはよほど穏やかな性格で、学校の成績もよく、かといって頭だけの優等生ではなく、ワルガキどもも一目置く、喧嘩功者。要は黙っていても周囲の人望を集めるタイプ。その彼が、顔の美しさだけでなく、その容赦のない性格でも嫌われているラインハルトと親友になり、魅入られたかのように付き従って行く。「ジーク。弟と仲良くしてやってね。」というアンネローゼの言葉が彼の一生を決めたのです。
 そのアンネローゼは15歳で美少女趣味の皇帝の寝所に侍る身となる。たとえこの身は汚れようとも、ラインハルトの将来のためなら・・ってやつです。皇帝に大いに気に入られた彼女は、やがて寵姫としてのし上がるのですが、彼女自身は、かわらず控えめな人柄のまま。そして彼女のたっての願いで、武官に取り立てられる弟。
 皇帝の寵姫の弟ってことで、ええのは顔だけやと彼を軽んじていた将軍連中は、その間違いにすぐ気づかされることになります、こいつは顔だけでなく、とんでもない実力を秘めていたのです。彼は戦争の天才だったのです。自分の才能に絶対の自信を持っているラインハルトは、猫もかぶらず、上官に媚びもせず、「生意気な金髪の小僧」といわれつつ、文句のつけようのない戦果を挙げて、20歳そこそこで帝国元帥へと駆け上がり、老皇帝の死後、幼君を補佐する帝国宰相の地位をも得る。しかし、彼の野望は宰相なんかで満足することはない。
 ラインハルトの立身出世と同時に、彼のたっての願いで、幼年学校から付き従っているキルヒアイスも、彼の副官として昇進して行きます。倣岸不遜なラインハルトが笑顔を見せるのは、姉と彼だけ。最初は隣の子で、親友なんだけど、出世するにつれて、その関係は主従関係へと変形していく。それも「あれだよ。」「あれですね。」で通じちゃう、だ〜れもかわりがいない鉄壁の主従。孫策と周瑜からアウグストゥスとアグリッパ状態へとなだれ込む。
 ところでキルヒアイスの忠誠忠実さは、一見、ドン・ミケロットの4条件(ボルジアの控えの間参照)を満たしていそうですが、ミケロットとキルヒアイスの間には、深くて暗〜い溝がある。それは「正義」という溝ですね。キルヒアイスはラインハルトの分身でありますが、影にはなれない(キルヒアイスはルビーを溶かしたような赤毛のノッポだから、ジミとは言いがたいし、死んだ時が21歳やから、、まだまだ渋キャラには気の毒だ)。なによりラインハルトの良心ともいうべき正統正義を背負っているキルヒアイスは、殺人なんて汚い仕事のできる子じゃないのです。最もそういうところからは遠い。キルヒアイスにはさせられない、してくれない仕事のために雇った渋いおっさん、参謀のオーベルシュタインの存在が、この鉄壁の主従に微妙なひびを入れ、キルヒアイスは本伝の第2巻でお亡くなりになる。意外と早いでしょ。もちろんラインハルトをかばって死ぬのよ。それゆえ、早い退場にもかかわらず、ラインハルトからも読者からも長く悼まれる。作者さえもキルヒアイスを早く消しすぎたと後悔しきり。ラインハルトに至っては「キルヒアイスがいたら・・」と何かにつけて思いおこして、自分の周りには、自分を理解できないものばかりが残る・・なんて、まるでお蝶夫人のようなことを言って、側近たちに、いたたまれない思いをさせるが、そもそもキルヒアイスが死んだんは、あんたのせいやんか。あんたが悪い! 自業自得だよ。
 野望一筋のラインハルト君にとって,自分の豪奢な黄金の髪、アイスブルーの瞳、周囲を圧する華麗なる美貌なんて、何の値打ちもない宝の持ち腐れです。この容姿を使って、女をモノにしよう、交渉を有利に進めよう・・なんてことは、全く考えない、超合金みたいな堅物。というか、彼には、宇宙征服!しか、興味がない子なんですねぇ。彼は心底、宇宙を心ゆくまで征服したかったのです。それも、好敵手たるヤン・ウェンリーを正々堂々の勝負でねじ伏せることによっての勝利がほしかったのです。ゴールデンバウム王朝を滅ぼして、ローエングラム王朝をぶったてて、初代の皇帝となったことだって、彼の中ではそれが目的っていうより、いきがけの駄賃みたいなもんで、ついにここま来たぞ、おれさまは凄い!ってことでもないのです。そうはいっても、姉を奪った前皇帝に復讐を遂げたことになるから、このことには満足したであろうが、やっぱ根の暗い奴なんだねぇ。
 このへんが、圧倒的な美貌であるにもかかわらず、成人男性としての色気に乏しくて、私なんかは、一緒にいたい相手ではないわねぇ。綺麗な顔なんて、2時間も見たらあきちゃうし、2時間て、映画1本分だよ。思考回路も欠陥が目立つしな。ちなみに、ここで、私のお気に入りは、、帝国側では、ミッターマイヤーさん。自由惑星同盟のキャゼルヌさん。ビュコックさん。チュン・ウーチェンさん。同盟の小言じじいことムライさんです。特に、やるべきことをやって、若いもんに後を託して、淡々と死んでゆくビュコックさんとチュンさんには泣けます。ウウウウウ・・・。(H)
 


 今回の挿絵はアニメ風に色づけしたつもりやけど、しょせんわたいの絵やから、あんまりそれっぽくないのは、毎度のことでゴメンして。
 それにしても、「宇宙編」とはいいながら、モロ中国古典的な、田中作品。ずっと昔にはじめて読んだ時から、ラインハルトは、衛皇后の弟衛青から、途中で中途半端な曹操になったって思ってたし、勿論、孫策と周瑜的な友人関係もあれば、股くぐり韓信のロイエンタールというのもおる。それに関羽やら張飛みたいなんやら、刺客の荊軻っぽいお人。それに、なんと! 宇宙時代だというのに、両手で戦斧を振り回して、ばったばったとなぎ倒してあばれる、李逵みたいなんが出たりする!(F) 

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