2005/5/25
フラヴィウス家の皇帝

 ユリウス・クラウディウス朝最後の皇帝ネロが死んで1年の間に、ガルバだのオトだの、ウィテリウスだのと、自薦他薦の皇帝が乱立して、内乱に明け暮れたローマを再び鎮めたのがフラヴィウス父子です。
 ここでどうして「父子」かと言えば、動乱を鎮めたのが一人ではなく、父子だったからで、父親は、60に手のとどく、人生経験も豊富な落ち着いたシブい(別の意味でもシブかった)大人で、息子と言ったって、もう十分に育って、30男の手前になっていた。しかも、彼らは、地方集税官の家の出で、身分は高くないかわりに、宮廷貴族の「あほぼん」とは一線を画す苦労と実務を知っていたのです。
 父親が家名で、ヴェスパシアヌス、息子がティトゥスと呼ばれていますが、2人ともフルネームは、ティトゥス・フィラヴィウス・ヴェスパシアヌスです(ローマ人! この一族は、ほとんど全員が同じ名前なのだ!)。
 この父子は、歴史に登場する「父子対決」風な色合いが全くなくて、珍しいほどチームワークがとれている。
 たとえば、唐王朝を開いた李淵と、李世民のように息子が野心満々で、父親をハメて反乱に踏み切らせ皇帝に担ぎ上げるというような面もないし(そういうウワサはあったらしいけど、父親は手繰られるようなタマやない)、かといって、父親が帝位についてから、功績のあった長男を疎んじて、若い子供に跡目を継がせたくなって対立する・・・というような、始皇帝の家や劉邦さんちのような「面白い」展開もない。
 では、教科書のような愛情と信頼に満ちた、うるわしい家族関係でこの王朝がはじまったとしたら、こんなのは「ローマ」じゃないでしょう?
 ところが、ちゃんと歴史はドラマを用意しています。そうです、カリギュラ、ネロにつぐ「スター」がいます。「恐怖の帝王」ドミティアヌス帝! 彼こそ、この「仲良し父子」の不肖の息子、不要の弟なのであります。
 ドミティアヌス(ちなみに、彼のフルネームはティトゥス・フラヴィウス・ドミティアヌス。母方の家名を名乗っている)は、まるで桀紂の如く扱われるのですが、逆にそれゆえにこそ、この「父子」の秘密があるような気がする。つまり逆に「立派な父親」と「すぐれた兄」が疑わしい。悪い皇帝を際だたせるためには、よい皇帝を強調すればいいのですから。
 長男のティトゥスは、誰にでも「情け深い」だの「心優しい」だのとほめられ、ヴェスヴィオス火山の大噴火(ポンペイが埋まった)やローマの大火、地震に伝染病という国家の危機に、勇敢に立ち向かい、不眠不休で働き続けたばかりに病気にかかって死んでしまい(ドミティアヌスが、雪を詰めた箱に入れて死期を早めたとか、まだ息があるのに葬ったとか言われている)、何一つ悪いことをしていないようなのはできすぎ。有能な人物だったかもしれんが、それ故に、そんな甘いもんやおへん・・でしょ。だって、ティトゥスって、あの「エルサレム陥落」(言わずもがなやけど、サラディンじゃないよ!)をさせたローマ軍の司令官だったのよ。
 しかも皇帝になった父親が出来なくなったダークな部分を受け持っていたことは間違いない。スエトニウスだって、彼が密偵を放って敵を罠に嵌め、冷酷非情に抹殺したと言っている。それを10年にもわたってやっていたのだから、「やさしい」というのは大ウソ。
 もし、本当にそう見えたのなら、とんでもない食わせ者。では、それが演技だとしたら、こういう二面性は、どこで身につけたのか。それはアグリッピ−ナの宮廷です。ティトゥスは、幼少のみぎり、クラウディウス帝の皇子の御学友として育った。そう、あの淫乱皇后メッサリーナの生んだブリタニクス。ネロの義弟、蒸し風呂のオクタヴィアの弟です。
 この皇子と宮廷で暮らしていたのですが、ネロが仕組んだ毒殺事件の時も、一緒に食事をしていて危うく死ぬところだったといわれています。小さいときから、こんな生活をしていれば、おのずと演技力も身についてくるというもの。
 その宮廷で、親父さんは懐に泥をつめさせられたりするような陰険なイジメにあっている(源氏物語みたい!)、苦労の父子! にしては、2人とも太めで、安定感のある円満な顔してるなあ。
 この一家は、発掘された、顔面がこすれてちびた彫刻の破片を見ても「あ!フラヴィウスの親父だ!」ってわかるほど特徴的! 写真のない時代だけど、すぐれた彫刻技術のおかげで「顔」がわかってしまうってのは、ある意味・・・・損だなあ。しかも、ティトゥスは、トーガ姿の全身像で、善良そうなデカい丸顔、太目の体ということが二千年後にまで残ってしまった。
 これが、文章記録だけしか残っていなかったら、・・・・李世民と並べて、ローマの「陰険美男」み推薦したいところよ。残念だわ。
 ま、ドミティアヌスは、兄に似ているけれど、ちょっと垢抜けていて、胸像をホテルのロビーに飾ってもおかしくはない。でも、彼も、若い頃はそこそこ眉目秀麗だったのだけれど、やがて髪が薄くなり、抜けゆく頭髪を惜しむ文章まで書いたそうですが、悪逆非道といわれ、嫌われ、怖れられて、ついには皇后の裏切りで殺されたような皇帝でも、髪の悩みは深刻なのよね。男心は複雑よ(F)。



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