あなたは何をお知りになりたいの? やはり、私と主人のことですか・・?
2005/2/13

リヴィアの庭


さて、何からお話いたしましょう。

出会い
 私がガイウス(世間では、アウグストゥスとか呼ばれているようですけど、私にはただのガイウスで十分ですわ!)と、知り合ったのは、私が19、彼が24歳の時でした。
 ある元老院議員のパーティに、夫に連れられて出席したのですけれど、そこにあの人も招待されていて、それが出会いでした。
 当時、ガイウスは、神君カエサル様の後継者としてデビューした18歳の頃よりは、多少は知られた存在にはなっていたようですが、それでも、目立たないフツ〜の青年で(もっとも、今思うと、彼自身が、ことさらそのようにふるまっていたんだ、と思いますけどね)、私も、夫とともに、型どおりの挨拶を交わした時、「世間の噂どおり、青白い顔をした、ごく若い人」という印象しかありませんでした。
 それより、その席でお目にかかったアントニウスさんが、とにかく目立つ方で、女性という女性には声をかける、男性客とは政治談議からシモネタまで、あらゆる話題を喋りまくり、お酒が回ると、いっそうにぎやか。踊ったり歌ったり、プールに飛び込んだりと、いかにも「男盛り〜」という感じで、彼を中心にパーティーがまわっていましたから、さすが大物は違うわ後、私なども遠目にとりまいておりました。
 ガイウスは、ほとんどお酒も飲まず、特に誰と親しくする風でもなく、隅のほうに座っていて、そのうち、夜も更ける前に、こっそり帰ってしまいました。 
 え? 何ですって? 印象が薄かった割には、何でそんなことを覚えているのかですって? だって彼は、帰る前に、私のところに寄って来て、私の目をジ〜と見て(例のジト目で)「いずれ改めて」って出て行ったんですよ。それが何を意味するのか、わからないほどに当時の私はウブだったんですけれど。
 そんなでしたから、あくる日に、彼から花と手紙が届いた時にはびっくりいたしました。私としては、ほとんど印象にない方からの贈り物でしたので、まさか冗談でしょうと。誰にでも贈り物をなさるのかとも思いましたので、他の奥様方に、それとなくうかがいましたけど、私一人のようで、そうなると、自分がどうやら、彼に見初められたのだ、ということが、ようやくわかりました。
 けれど、私としては、「どうして私が?」という気のほうが先に立ってしまったものの、なにやらドラマチックな胸騒ぎを感じたことも事実でしたわ。
 これも当時としては、無理もないと思いますわね。ローマ貴族の娘の常として、親の言うままに、14歳で歳の離れた夫と結婚し、恋とかいうような感情とは無縁のところにいたのですもの。夫には、何人か女性がいたようですけど、だからといってローマの男としては、ごくフツーであったと思いますし、私はすでに跡継ぎのティベリウスを産んでいましたから、妻としての地位はゆるぎないもので、結婚とはこんなものだと思っておりました。
 
結婚
 その後も、毎日のように花やら手紙、ちょっとしたプレゼント(ホントにちょっとしたもで、お値打ち物ってもらったことないわね。ケチだという噂も本当だったのですわ!)が届きました。
 ガイウスは手練手管に長けたタイプではありませんし、私も不倫する人妻の話とかは聞いていたものの、まさか自分がそんな立場にたつことがあろうとは、思いもしなかったのでした・・・え? 手紙がどいうですって? 
 ま、プライベートですから、何が書いてあったなんて言えませんけど、あの人は「フツーここまで書くか」っていう、あのあきれかえった「事績録」を書いた人ですのよ。まあ、コマゴマとしたことが書かれていました。今の私でしたら、うるさいと思ったでしょうけど、当時は私も若かったし、殿方に好意を寄せられて、それも、ローマの権力者からなんですもの、女としての誇らしさをどうすることもできませんでしたわ。
 ・・・だからと言って、夫と離婚するなど考えられず、さりとて、ガイウスと別れることもできず、日々大きくなるおなかを、どうしたものかと思案にくれておりました(まあ・・・おほほほほ・・・ですのよ)。
 私の態度が、はかばかしくないと思ったのか、ガイウスは、どういう手段を使ったものか、夫と話をつけてしまい、私は前夫を介添えに、ガイウスと結婚するということになってしまいました。
 これには、すれっからしぞろいのローマっ子も、大層なスキャンダルとして、一大センセーションを巻き起こしましたが、ご婦人方には、ガイウスは「恋に突っ走る純情な青年貴公子」とうつったらしく、ずいぶんと株が上がったようでした。
 これも、後で思ったことですが、ガイウスは、そういうことをも見越しての結婚だったと思います。あの人は慎重な性格で、何かをする時に、衝動的に行動するということなど、決してありませんから、多分、頃はよしとみはからっての挙式であったとしか考えられません。
 
ユリウス家
 こうして始まった、私たちの新婚生活でしたが、まあ、驚いたのなんのって、私も、とくに贅沢な暮らしをしていたわけではありませんが、新居ときたら、ローマの最高権力者ともあろう人の住居というには、あまりにもお粗末で、食事も質素なら、着るものにも頓着しないという、なんと申しましょうか・・
 なんともいいようがないわなあ〜ウチのダンナときたら、良く言ってしまり屋、はっきり言ってケチ親父なのよ! 
 あら、急にどうしたのかですって? 
 フン、わたいだっていいかげんくたびれるわよ。誰だって、あんな男と50年から付き合ってごらんなさいよ。ついでにダンナがローマの「始皇帝」になっちまったりするからさ。わたいもアウグスタなんてのをやんなきゃいけないじゃん! アウグスタなんて、ちょいと片手間に勤まるお商売じゃないのよ! そんなこんなでさ、わたいだってストレスたまるのよ。たまにはハメもはずしてみたくもなるわさ。ダンナだけじゃなくて、あの女にもチョームカついたし・・・。あの女ってわかるでしょ、ダンナの姉の「したり顔のオクタヴィア」! ユリアが何か言ってたようだけど、ユリアみたいなオチャッピィ娘に何がわかるっていうの! なんだかんだ言ってもユリアは、あの女の姪っ子なんだから、身内でしょ。フンだ! わたいなんか、ず〜〜〜〜〜っと「あなたは別なんですから」って扱われたわ! ダンナときたら、オクタヴィアの言うことなら、何だって聞いちゃうんだもん、妻はわたいなのにって、何度、枕を噛んで泣いたかしれないわ!
 まあ! 私としたことが、失礼いたしました。こんなところでホンネを出してはいけませんでしたわ。ガイウスとの生活で学んだ最大のことは、いかにうまくネコを被るかということだったんですのにね。おっほほほほのほ・・。 
 もちろん、新婚当初の私は、ネコかぶりなんかできませんでしたから、人にはいえないような気苦労のはてに、ネコのかぶりかたをマスターして、今日に至っているのですわ。
 もともと、ガイウスの家には、出戻りのオクタヴィアさんが同居していましたが、私が妻として入ってからも、女主人の実権は握ったままで、あの人は、あたりがやわらかく、しおしおとしてはいますけど、裏表の激しい人でした。
 私は初対面からあの人に嫌われましたけど、これは私に限ったことではなく、ガイウスに関することは、全部自分が采配をふるいたいと思っていた人ですから、誰がガイウスと結婚しても気に入らなかったと思いますわ。
 おまけにあの人は、ガイウスを手の内に入れていましたから、姉上のことを悪く言うのはご法度で、ことオクタヴィアさんに関しては、私に分がないことは明らかで、我慢するしかありませんでした。多分こういうことの積み重ねが、ネコかぶりのトレーニングになっていったのだろうと思います。
 私も若かったけれど、ガイウスを相手にして、妻として、色気一本でオクタヴィアさんと張り合うほどは、頭が悪くはありませんわ。だって、ユリウス家の真の主人は、オクタヴィアさんだったんですもの。
 今なんて、この家を、皆が「リヴィアの家」なんて呼びますけれどもね。おっほほほほほほのほ。
 
姉弟関係
 こうして私が、ほとんど「忍」の状態でいる間に、世間ではガイウスとアイントニウスさんの対立が激化し、覇権争いの果て、最終的に勝利者になったガイウスが、ローマ「帝国」の「皇帝」として(皇帝以外の何者でもありませんのに、ガイウスったらウダウダ言ってましたけどね。あの人らしいわ)、独裁権をふるうようになったのです。
 本当に長いような短いような戦いの日々でした。この間、途中で、オクタヴィアさんがアントニウスさんと結婚し、敵対関係になったガイウスとの仲をとりもつという形をとりましたけど、ガイウスは大事な姉を嫁がせるというので、あのケチな人には珍しく、御大層な嫁入り支度をして追い出し、いえ、送り出しましたのよ。
 結局、この結婚は破綻しましたけれど、私の見るところ、最初から無理がありましたわね。だって、アントニウスさんは、例のエジプト女に夢中だったんですもの、オクタヴィアさんに勝ち目はありませんわよ。
 あの人は「ガイウスのためになるなら」と、しおらしいこと言ってましたけど、実はアントニウスさんはタイプだったんですの! 内心「やった!」って大喜びしてたんです。これは間違いないわ。その証拠に、この縁談が決まってから、私に対するイジメが減りましたもの。
 もっとも、ガイウスの目の前では、絶対浮かれているところなど見せるような人じゃありません。
 小雨の庭をさまよってみたり、窓際のカーテンの陰でそっとため息をついたり(もっちろん、ガイウスの目にとまるところでやるんですのよ)、いかにも政略結婚の犠牲になるうつくしい姉、になりきっていたんです。
 だから、またしても出戻ってきた時のガイウスの気の遣いようったら! まったくもって、あきれた姉弟愛ですわ。ほんとオクタヴィアさんの「弟あしらい」の見事なこと! 
 ガイウスは若いときから、偽善の仮面をかぶってるだの、芝居がうまいだのといわれていましたけど、そんな噂をたてられること自体、演技力がないってことですわよ。オクタヴィアさんの演技は、たとえ二千年たっても誰にも見抜けやしませんよ。
 オクタヴィアさんについては色々言いたいことがあるけど、もう収拾がつかなくなる前にやめましょう。でもあの人が、私のネコかぶりの一番の先生であったことは確かですわ。
  
ガイウスと私
 ところで、夫のガイウス本人のことですけれど、あの人も相当変わっていたと思いますわ。
 あの人は、自分が「病弱美男」だということに命をかけているようなところがありまして、若くして「病弱の評判」を手に入れていましたから、それを守るのに、いささか常軌を逸した努力をしていたのです。
 そもそも、彼が「病弱」だというのは、政敵のアントニウスさんを油断させるために、ことさらそうふるまっていたと思うのですが、いつしか、それが目的となってしまったようで、青白い顔が自分のトレードマークだと思いこむあまりでしょうか、
「あら、今日はとても、お顔の色がいいわね」
なんて、言おうものなら、とたんに不機嫌になり、身体に悪いものをせっせと食べて、もどしてまで、青白い顔をつくるという・・・、これって、奇人変人じゃございませんこと? 
 そうそう、日焼けにも気をつけてたわ。間違っても「赤銅色」になんか、なりたくなかったんでしょうよ。日差しがきつい昼日中に外出しなくてはいけない時なんかは、垂れ幕つきの輿で出かけていました。どうしても自分で歩かなければいけないときは、つば広の帽子とタオルで、完全武装ですのよ。それも肌が弱いという口実で。まあ、笑ってしまいますわね。
 元気とか、気分がいいとかいうことに敵愾心を抱いていますから、私は、朝、ガイウスを起こすときは、
「まあ、ずいぶん疲れたお顔だわ。もう少し、お休み下」さいな。」
「いや、そんなわけにはいかんのだ。今日は、大事な会議がある。」
「でも、お体のほうが大事よ。どなたかに代わってもらう訳にはゆきませんの?」
「みんなが、私を待っている。私がローマだ」
とまあ、こういう、ご大層な問答ですが、これをやらないことには、ガイウスの一日ははじまらないのです。そっちのほうこそビョーキだと、私は思うのですけれど。
 たしかに、色々持病のある人でしたけど、なんだかんだ言って70過ぎてもしぶとく生きていたのですから、根は丈夫だったんでしょう。根が丈夫だからこそ、人前で、具合悪そうに見せたり、倒れかけたりできるんですもの。ね〜え。
 そんなこんなでしたけど、私は、それでもガイウスと50年から連れ添ってきたのです。バツイチどころか、二も三も珍しくないローマで、こんなに長いこと一緒だったんですもの、仲のいい夫婦と見られてもしかたありませんわよね。我ながらよくやったと思いますわ。それとも、あのヘンな人たちと付き合っていけた私も変人だっていうことかしら。
 なんですか、歴史家のタキトゥスさんのご本には、私のことを
「母として尊大に、妻として従順に、夫の狡猾と息子の偽装を向こうにまわして、うまく渡り合えた」
なんて書かれているようですけど、ほかのところの記述は気に入りませんが、この部分だけはまさにその通りですから、読んで思わず溜飲が下がります。さすが、高名な歴史家だけあって、私のことを嫌ってはいても、きちんと評価してくれているところには、快哉を叫びとうございます。
 ガイウスとの結婚によって、自らを守るためにかぶったネコが、日々成長していったからこそ、あの、ややこしいダンナとも、わが子とは思えんド憎たらしい息子ともクールに、対等にやり合えたのです。どっちの息子ですって? あの根性の悪いティベリウスに決まってますわ。ええ、ドゥルススはいい子でしたよ、でも、しいて言えば、アントニア(オクタヴィアさんの娘ですわ!)との間に子供作って、早死にしたことが、あの子の最大の欠点ですわ!
 まあ、話を元に戻すと、ネコをかぶってこそ、女はどんどん進化するのです。だから、あなた方も、どんな状況に陥っても、嘆いてばかりいないで、しっかりネコをかぶりなおしてごらんなさい。そうすると、おのずと道は開けるのです。そう、全ての道はローマへ、いえ、ネコかぶりに通じているのです!
 え? 主人と誰ですって? アグリッパ?
!! 知りませんわよ! ふんだ!
バタン!(ドアがしまる。会見終わり)・・・・・・(H)
   
 
 



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