あたしユリアよ。え? どこのユリアだって?
もうっ、ユリアったら何人いたって、あたしが一番有名なユリアなの! だって、あたしは、ローマ帝国、初代「皇帝」アウグストゥスの唯一絶対の娘ユリアなんだから!
あたしが、お父さまの一人娘ってことはとても重要なの。
お父さまは3回結婚されたけど、子供ったら、あたし一人なのよ。本来なら(本来ならってとこがミソ)「掌中の玉のごとき存在」なはずなのに、あたしに対するこの扱いは何なのよ! 年中小言の嵐に、挙句は島流し! 断然抗議するわ!
これというのも、お父さまの側にいる女どもが、あたしのこと悪し様に吹きまくった結果なの!
そりゃさ、あたしだって聖女の如くとは言わないわよ。そんなことわかってるわ。だけど、ちょいと遊んだぐらいで大げさなことをお父さまの耳に入れるんだから、あの女どもは!
女の敵は女ってのは真実よ。
あたしの敵NO.1は、お父さまの妻、世間じゃ賢夫人の誉れも高いリヴィア! 彼女、今でこそ、婦徳の鑑でござい、みたいな顔してるけど、お父さまとだってフリンでしょ、人妻の時にお父さまと関係してたんじゃない、ね〜え。あたしに偉そうなこと言える?
それにあの人の連れ子のドルゥスス。本当はお父さまの子じゃないのぉ? あの子や、あの子の一族に対する、お父さまの偏愛ぶりを見てたらわかるわよ。同じ連れ子のティベリウスとえらい違いじゃないの(ま、彼ってちっとも可愛げはないけど)。リヴィアったら、ドルゥススを前の夫の子供として産んで、お父さまとの結婚に堂々と連れ子してるんだもの。
あたし色々言われてるけど、子供は、そのときの夫との間でしか作らないことにしてるのよ。いくら政略結婚だからって、それだからこそ守るべき義務があるとあたしは考えてるの。いやなら同居しなきゃいいんだし、遊びは別の人と遊べばいいのよ。でも、子供は、夫の子を産むのが礼儀ってもんじゃなぁい?
あたし2番目の夫のアグリッパのときに一杯産んだけど、みんなアグリッパの子に間違いないわよ。あたしは、ちゃ〜んと遊び方をこころえてんだから。
アグリッパとは、お父さまの命令で結婚したけど(でなきゃ、若いあたしが、あんなお父様と同い年のおっさんと、何で好き好んで結婚するもんですか!)、あの人は「お父さま命!」だから、お父さまの言うことはなんだって聞くのよ。「ボクは光、君は影」な関係に違いないわよ。ふんだ。
あの人ったら、お父さまが、ドルゥススが若死にしたもんだから、息子たちが成人するまで、お父さまの血を引く孫を望んでるってんで、真面目に子作りしたのよ。なにしろ地味で実直な人でしょ、やるべきことをいたしますってんで、がんばったの。
だのに、お父さまったら、アグリッパが死んだ時、あの人の子供だけでは、まだ足りないと思ったのか、未亡人になったあたしに、ティベリウスと結婚させたのよ、これがあたしの3番目の夫。
結局、彼がお父さまのあとを継いだんだけど、世間の評判も悪いけど、あたしとの相性たるや、最悪だったわねえ。なにしろ、あたしたち子供の時から、お互い「や〜な奴」って思ってたのに、仲良く夫婦なんてできゃしないわよ。
おまけにリヴィアの息子じゃないさ。リヴィアは、あたしのお母さまを追い出した女でもあるんだしさ、そんな女が、継母であり、姑でもあるわけよ。どっちにしろ難儀な関係! うまくいくわけないわよ! あれほど聡明なお父さまが、どうしてこんなことがわかんないのかしら。家の中のことはリヴィアにまかせっきりで、逃げてらしたのよ、屋根裏部屋に。
敵のNO.1は、リヴィアだけど、それより、もっと手ごわいのはあの女よ。その名はオクタヴィア。
お父さまの姉上、あたしにとっては伯母さまよ。あの女こそあたしの真実の敵! そうそう、あたしの姑でもあるわけよ。最初の夫のマルケルスは(マヌケな奴だったわ)、オクタヴィアおば様の最初の夫との息子だから、おば様は私の姑にあたるの。やーね・・・。
おば様の何が気に食わないって、お父さまを篭絡しているとこなの。
お父さまは、肉親にめぐまれないせいか、たった一人の姉上に対しては、それはもう愛情深くていらっしゃるんだけど、お父さまは、伯母さまをアントニウスと政略結婚させたことに、今も必要以上に負い目を感じてらして、また伯母さまも、そのことを一時も忘れさせないようにしているわけよ。
でも、あたしが思うに、伯母さまはアントニウスに惚れてたわね。伯母さまみたいな陰険人間は、彼みたいな体育系の、大雑把なガハハ人間に魅かれやすいのよ。勿論、アントニウスのほうは、例のエジプト女にぞっこんで、伯母さまどころじゃなかったとってところよ。
それにしても、伯母さまの娘たちって、アントニウスにそっくりの、オヤジ顔の不細工な女の子でしょ、気の毒ねえ。伯母さまのあたしに対する風当たりの強さは、こんなことが原因かもしれないわ。なんたってあたしは、お父さま譲りの美貌だし、頭も悪くないんですもの。
あ、あたしの美しさなんて周知の事実だから、伯母さまの話にもどすわ。伯母さまのやり方ってのはこうよ。
お父様はどんなに忙しい日でも、伯母さまのご機嫌伺いを習慣にしてらして、そこで伯母さまはあたしのこと、あることないこと告げ口するの。
それは、あたかも「可愛い姪が自由奔放に振舞っているのを憂える伯母」というのを演じてね。
お父さまときたら、伯母様の言うことは何でも、そのまま信じちゃって、あたしが、たまに、お父さまの部屋に呼ばれる時は、決まってお小言ばかり頂戴するハメになるのよ。
んときも伯母様は、同じ部屋にいて
「まあ、そんな頭ごなしに叱っては可愛そうですよ。なにしろこの子には、母親がいないんですから、いえね、リヴィアさんはよくなさってるけど、なさぬ仲でしょ。
この子の肉親といえば、私(わたくしです。伯母様はわたしとか、ましてやあたし、あたいなんて舌かんでも言う人じゃありません!)とあなただけ。いわば3人きりなのよ。
だからこそ(と、身体を斜めにして、あたしをジロリとにらんで)、私のことを、年増だの、夫に捨てられた女だのってお思いだろうけど、私は、あえて、あなたのために、うるさいことも言うのですよ。
あなたは、たった1人の姪。その幸せを願わぬはずがないではありませぬか。せめて人並みに幸せな結婚生活をしてほしい・・・と、これが伯母たる私の願いなの。(ここで、いともやさしげに、お父さまの方に流し目するの)
・・まあ、そんな顔しないで、ガイウス。
政略結婚とはいえ、私なりに幸せでしたわよ。娘もさずかったし、マルクスのほかの子供たちも、私のことを母と慕ってくれますわ。あのエジプト女の娘さえ、私が嫁入りさせたんですのよ。
夫がたとえ・・・いえ、それ以上望むのは、きっと私が至らなかったせいだわ・・・・(この・・・・が曲者よ。この間にハンカチをそっと目にあてたりなんかするのよ)。
ま、私のことより、ユリアは、あなたの一人娘なんですもの、優しく接してあげてね、ガイウス。」
と、まあ、一事が万事この調子のしたり顔で、こんな見え見えのしおらしさで、お父さまをコロッと騙してしまうの。
ホント、こういう女につける薬はないのかと、あたしは言いたい!
そんなオクタヴィア伯母さまのしたたかさと、根性ババ色は、伯母様の血筋にしっかり受け継がれてるわ。
伯母様の娘のアントニアが産んだ息子がゲルマニクスで、その娘があのアグリッピーナ!。夫を毒殺したでしょ。その息子のネロだってあんな奴だし・・
あ、ちょっと待って、でもアグリッピーナはあたしの孫でもあるのか・・これじゃ、目くそ鼻くそだわ、あ、表現が汚くてごめんなさい。とにかく、ここローマでは、人の悪口いえば結局自分に帰ってくるってことかしら。
かの弁舌で売っていたキケロだって、おもいっくそ悪口言ったおかげで、アントニウスの先妻のフルヴィアに、死んでから舌にヘアピン突き刺されたって言うし。
ああ、女は怖いわ。(H)
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