どこまでも青く深い海の色。青く青き、君が衿。深く深き、わが心・・と詠んだの曹操ですが、青く青き海を眺めながら、深く深きティベリウスの悩みはつきないのでした。
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奸臣セイヤヌス
アエリウス・セイヤヌスは、ある意味絵に描いたような悪人。生まれは卑しいながらも、才覚と強運で、皇帝の寵愛をほしいままにして専横を極め、貴人や名士たちを葬り、反するものを罠にはめて滅ぼす。又、貴婦人を色仕掛けで篭絡、夫殺しをさせる。しかも、危険に身をさらして忠臣を演じる勇気もある。彼の最終目標は世界征服!(でしょう?当時のローマ帝国の皇帝になれれば、世界征服みたいなもんよ。)まあ、映画にするならぜひとも渋い役者を配してほしいもの。
絶対孤独のティベリウスが,親戚や元老院議員たちよりも、護衛隊長にすぎなかったセイヤヌスのみを信頼し、心を許したとしても、ある意味しょうがない。だって、親も兄弟も、だーれも信用できん、そういう育ち方をしてしまってる。でも、ひねくれている割には、結局、育ちのよいティベリウスの弱みなど、側近くにいたらわかってしまうんでしょ。セイヤヌスは、たくみの孤独な皇帝の心を先読みして、信頼される。
しかしティベリウスの息子のドゥルススには、オヤジがどうしてこんな見え見えのおべっかに引っかかってるのか腹がたつ。で、野心満々のセイヤヌスにすれば、こんな「皇太子」の存在はヤバい。そこで、ちまたに有名な「陰謀」が開始されるわけです。セイヤヌスは、手練手管を尽くしてドゥルススの妻のリヴィッラ・ユリアをたらしこむ(なんてドラマなんでしょうね。ローマは何でもありよ!)。そして、セイヤヌスに夢中になったリヴィッラは、夫に毎日少しずつ毒を盛って病死にみせかけて殺すの。聞いているだけで「火曜サスペンス劇場」じゃないですか。そして、仕上げは息子を亡くして傷心の老皇帝にトドメをさす。いえいえ、ホントに殺すわけではありません。
セイヤヌスは命をかけて皇帝を守り、助けるのです。それは、スペルロンガの洞窟内に作られた食堂で落盤事故が起こり、あやうく生き埋めになりかけたティベリウスの体の上にセイヤヌスが覆いかぶさって一命をとりとめたという事件、うっそー! ほんまにこんなんあり? これはもうトドメでしょう。老皇帝はもう彼の意のまま。
そして次なる標的は、いよいよゲルマニクスの一族です。まづは筆頭後継者候補として浮上してきたアグリッピーナの長男。外見も亡父に似て、上品な青年に育ってきた(と、タキトゥスが言っている)。これを葬り去るについては、愛人リヴィッラとも利害は一致しています。だって、彼女はアグリッピーナもその子供たちも、だーい嫌いなんですから。しかも、この長男は「仇敵」リヴィッラの娘ユリア(つまりティベリウスの孫娘)と結婚している。ああややこしい! ですから、妻の前で、セイヤヌスへの不満などついうっかりもらしても、妻からその母を通じてセイヤヌスに筒抜け。詳しい経緯はともかく、セイヤヌスはアグリッピーナとその2人の息子を謀反の嫌疑で罠にはめることに成功。母と長男は島流し(後に拷問死かあるいは自殺)。次男は地下牢に閉じ込められる(後に餓死)。そして、アグリッピーナ党と呼ばれた親ゲルマニクス派の者を次々に破滅させます。
セイヤヌスの没落
こういった陰謀を島に篭っているティベリウスは、詳細を知らされずにセイヤヌスのいうままになっていた・・・というのが当時の公式見解だったようですが、なかなか、ティベリウスって、もうひとひねりしている。セイヤヌスというのは教科書のような悪党だけど、海千山千の老皇帝はこれを知っててやらせてるんでしょ? セイヤヌスにしてみれば野心と命がかかっているから、どんな汚い手で使いう。騙し騙され、♪どちらがさきにかけつくか〜♪。
それでも悪は必ず滅びる?の原則によって、セイヤヌス没落の時が訪れますが、そのきっかけをつくったのは、アントニアです。彼女は、カエサル家の「西大后」リヴイアが86歳という高齢で死んでから、第二の女主人的存在になったティベリウスの義理の姉妹ーまだこんなのがいたんだ!−。アントニアというからには「アントニウス」の娘です。どのアントニウスかというと、あのアントニウスですよ。彼女こそ、夫をクレオパトラにとられた「オクタヴィア伯母さま」の娘で、亡ゲルマニクスの母! アグリッピーナの姑!
嫁や孫たちが破滅するなか、そろそろ彼女も黙っておれんようになった。なぜなら、彼女のもとにはゲルマニクスの未成年の子供たちがいたからです。三男ガイウスに、3人の娘。この孫たちが悪人の標的になる前にアントニアは思い切って、ティベリウス本人に賭けた!「上様、なにとぞお目を覚まし下され!」ってとこかしら。「おお、よう言うてくれた。余の不明を許せ」と答えたかどうかは知りませんが、悪人久しからず、盛者必衰の理によって、セイヤヌスは皇帝の密命を受けた部下に捕らえられ、獄門晒し首、阿鼻叫喚の階段の露と消えたのであります。
カプリの生活
それでもティベリウスはカプリを離れませんでした。権勢並びなきアウグスタ、母のリヴィアが死んだときでも、ぐずぐずローマに帰らず、葬式はぞんざい、遺言は無視。およそローマ人の常識ではあきれかえった親不孝息子。それほど母が嫌いだった、いや、むしろ、実母こそが最大の憎しみの対象だったのではないでしょうか。
孤独の皇帝は、カプリ周辺から離れず、人前にも出ないものだから、世間に流布せる、あの忌まわしい噂がはびこります。孤島に美少年を集めて変態行為をさせただとか、幼児をもてあそんだとか、室内にみだらな絵を描かせたとか、スエトニウスも見てきたようなこと書いてますけど(ピーター・オトゥールもやってましたけど)、彼は、ほんとに女たちに辟易して、女嫌いになって、カプリの宮殿には女っ気がほとんどなかったんじゃないかしら。だもんで若い男とか、子供が好きな変態ヒヒじじいだという噂が広まった。しかも残酷で、気に入らん奴は断崖絶壁から投げ落とした、なーんていう伝説も生まれた。
このカプリで、ティベリウスは2人の若者を引き取って「教育」をはじめます。それは、ゲルマニクスの遺児ガイウスと、テベリウスの孫ゲメルス。この少年たちは、カプリの皇帝のもとに送り込まれ、まるで、どちらが後継者に相応しいか、じっくり品定めでもしようとでもいうのでしょうか。血筋から言えば、亡きドゥルススの息子のゲメルスがティベリウスに一番近いけれど、故ゲルマニクスの大衆的人気と、その後の一家への同情などを考慮すれば、ガイウスを無視することはできんのです。
それだけではなく、孫のゲメルスは、あのリヴィッラ・ユリアの生んだ子供ですから、事情が明らかになった今となっては、息子を毒殺した嫁と、愛人セイヤヌスとの間の子供かもしれないという疑いがある。そういう可愛くない孫と、これまた憎らしい甥の息子、2人のうちのどちらかを選べといわれたって、わしゃどっちもすかん。そうして、2人がまだ若いということを理由に、ティベリウスは後継者指名をせず、ねちねち意地悪をするのだ。ううむ・・・。
ティベリウス最期の復讐
いえいえ、ティベリウスには「立派な後継者教育」なんぞするつもりはなかったんじゃないのですか。彼には「遠大」な計画があったのだ! ある時、ティベリウスは「わしはローマのために毒蛇を育てているのだ」と言ったとか・・。その「毒蛇」が、2人の若者のうちのどちらであったかは、その後の歴史が明らかにしていますが、もう一方だって健全な青年に育ったとは思えません。
しかし、18歳から25歳まで、このカプリの孤島で、鋼鉄のネコをかぶり続けたガイウス(本名はガイウス・ユリウス・カエサル・ゲルマニクスですが、誰も彼を本名で呼びません)が、美徳の偽善と、悪徳の快楽を知り尽くし、老いてゆくティベリウスの側で刻々と陰謀をめぐらし、立派な?「悪人」に育ったのは、まさしくティベリウスの教育の成果と言わねばなりません。親衛隊長のマクロの妻を色仕掛け?でたらし込み、その夫とも手を結んで、皇帝を布団蒸しにして殺し、後継者におさまったのは彼の「卒業試験」ではなかったでしょうか? かくして「毒蛇」ガイウス・カリギュラは、島を出てローマに向かったのです。
これこそティベリウスの「遠大なる計画」。自身の青春を奪い、人生を歪めてしまった母と、その夫アウグストゥスが作り上げてきた「王朝」カエサル家に対する、復讐の仕掛けだったのです。この「時限装置」は、彼の死をもって発動し、奇しくもその同じ年に生まれたネロー彼はゲルマニクス家最期の生き残りアグリッピーナ(娘のほう)の息子!−が、ユリウス・クラウディウス家の最後の皇帝として滅亡した時に完結したのです。(F)
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