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大伯皇女と大津皇子
吾が背子を倭へ遣ると小夜ふけて暁露に吾が立ち濡れし 大伯皇女
足引きの山の雫に妹待つと吾れ立ち濡れぬ山の雫に 大津皇子
露に濡れる姉と弟・・・字面はなんだか、いかがわしいけれど、兄弟姉妹の組み合わせでは、姉弟がもっとも「妖しい」雰囲気をかもし出しているらしくて、こういうのがお「好き」な人も多いとか・・・。しかし、これも、色香ただよう美しい姉と、どこか妖しい美少年の弟・・・という、見た目にも絵になるような姉弟であればこそで、世間一般では、まあ、滅多とないですよ。一応、「美人」でとおる姉でも、気を使わない実弟の前では、いわば暴君になるのも多い。気の弱い弟は、言いなりに姉のパシリやアッシーと化しているのが現状ではないでしょうか。
で、万葉に名高い「姉弟」の大伯と大津は、自作の歌が残っているうえに、大津は悲劇の皇子。才能があり、人望もあったのに、父の死後、継母の陰謀で、命を落とす。絵に描いたような悲劇ではありませんか。おまけに姉は、伊勢の斎宮、つまり王朝文学では、好き心そそる「禁断の女性」。これって、いいじゃないか・・・。
でも、冒頭の歌は、お互い何の関係もないの。大伯のは、謀反を胸に、危険な帰京をする弟を見送って、心配のあまり明け方まで立ちつくしたという歌ですが、一方、大津のは、デートの約束をすっぽかされて、一晩中待ってたという、相手に恨みつらみを言う歌。姉の深刻な「立ち濡れ」と、弟の軽い「立ち濡れ」は、どうもポイントがズレているみたい。その大津のデートの相手は草壁君(もちろん持統のおばさんの息子ですよ)の、彼女だったかもしれないって噂の石川郎女。で、これを裏読みするという人もいるけど、まあ、大津って・・・・そんな子でしょ?
そもそも、この姉弟は、母の時代にすでに因縁がある。母大田皇女は、天智の娘で同母妹の鵜野皇女とともに叔父の天武のもとに嫁いだから妻としての序列なら姉が上でしょう。大田皇女が早死にしてなけりゃあ、当然、皇后になってた。それを妹の鵜野つまり持統に奪われたという立場。だから、子供の世代では、大津は筆頭皇子で皇太子になって当然だと思ってた・・かどうかは知らないけど、回りの人間は思ってたり、言ったりしたと思うよ。そういうのに乗せられたんじゃないの?
だから、ことさらに草壁君の侍女にちょっかい出してみたり、とうとうモノにしたって宣言してみたり。まあ、俺の方がモテるって、世間に言いふらしたいのは、軽薄男のサガみたいなもんだからねえ。身体もデカい、歌もうまい(カラオケではありません。念のため)、文武両道の体育会系?で、一般受けする大津君は、まあ、調子にのっちゃったわけだ。
そして、反乱まで決意したんだけど、実行する前に情報がどこかからモレて、一網打尽となってしまった。ここに例の川島皇子の黒い噂があるんだけど、これはおいといて、その悲劇の主人公が、情緒あふれる歌や、悲壮感漂う漢詩を残したというところで、いやがうえにも文学の香りが漂い、万葉のロマンが全開。そして、残された美しい姉(しかも聖なる祭祀女王)の悲しむ姿と、うら若い妻の後追い心中。これでもかという程揃った舞台装置。かくして永遠の万葉ロマンとして、語り継がれるのであります・・・って、なんだかなあ。
紀貫之やないけど、「死にし子、顔良かりき」じゃないのかなあ。写真もビデオもない時代だから、悲劇の主人公は、人々の心の中で美化されてゆく。姉の大伯皇女にしたって、あまり世間に顔を知られていたわけではないでしょうから、空想の美女になっていくけれど、強い、デカい、軽い、の大津君の姉さんが、コワモテ大柄のゴッドねえちゃんでなかったっていう証拠はないでしょ。それに、姉弟そろって、夕方から明け方まで、露に濡れるほど外にいても、風邪も引かないんだもの。姉も、そもそも伊勢の斎宮に選ばれたのだって、もしかしたら、先代の十市皇女が、武市皇子と噂があったり、自殺未遂の疑いや、心身ともに病弱だったので、今度は、元気で丈夫で、絶対男で失敗しない! ということで選ばれたかもしれない。なにしろ、古代の斎宮は祭祀女王なのですから、元気に長生きしてもらわなきゃ。
それと、ついでに、世間に流布せる「草壁病弱説」。あれは何度も言うけど、証拠なんてないよ。28歳で死んだからって、若い男の死因なんて、交通事故や、女を巡っての刃傷沙汰、酒の飲みすぎ、遊びすぎ、いくらでも原因があるでしょう? それが証拠?に、草壁君は、天武さんの国葬、つまり7世紀最大の大行事、国を挙げてのイベントを仕切ってたんです。吉野の虎と呼ばれた、天武を顕彰する大キャンペーン。連日連夜、虎をたたえてのド派手、お祭り騒ぎ、これを2年もやるのに病弱では勤まりません。だって、阪神タイガースが2年続いて連続優勝したと思ってみて下さい。(F)
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