まわりを断崖絶壁に囲まれ、用意には進入不可能な孤島。そこで、孤独に過ごしたティベリウス。ローマ帝国第二代目の皇帝。
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現代のカプリ島は、観光客でにぎわうリゾート地。行き交う船も多く、孤島の面影はありませんが、ティベリウスがこの島に引き篭もり、孤独に暮らした頃は、実質的にも、観念的にも「孤島」だったと思われます。 評判の悪いこの方は、陰険、傲慢、尊大、無愛想、しかも好色、変態などあらぬウワサも一杯(ほら、あのピーター・オトゥールが「カリギュラ」で、気色悪いじじい、怪演してた)。しかし、モノの本によると、彼は歴代皇帝の中で、しごく真面目で、有能だったということになっています。ヴォルテールが言い出したかどうかは知りませんが、概ね現代人の書いた本の中では、立派な人ですが一筋縄ではいかない複雑怪奇な人物。
幼年・少年時代
内乱に巻き込まれ、戦渦に負われる逃亡生活も体験。父親がアントニウス派だったものだから、苦しかったでしょうが、母親が不倫しなければ、出世こそないけれども案外平穏無事に育ったかもしれない。母の不倫相手が、時の勝者オクタヴィアヌスーつまりアウグストゥスーだったために、彼は、母の再婚先カエサル家で連れ子として育つはめになった。
でも、この幼少期が決して幸せな環境だったとは言い難い。オクタヴィアおばさんの大勢の子供たちーほれ、マルケルスだのアントニウスだのの種違い兄弟姉妹、さらにクレオパトラやフルヴィアの生んだ腹違いの子供でしょ、そしてアウグストゥスの娘ユリア! こんなのがうじゃうじゃいたのよ。
しかも唯一同腹の弟ドゥルススは、この家で生まれているのよね。もしかしたらアウグストゥスの実子かもしれないって噂されながら。ここで、ティベリウスは継父に可愛がってもらえたとは思えないし、母だって、生まれたばかりのドゥルススばかり可愛がったと思う。なにしろ、本当は新しい夫の子供かもしれんのだもの。
苦悩の青年期
苦しきことのみ多かった彼ですが、まだいいこともあった。養父の政略による結婚とはいえ、貞淑な妻ウィプサニア(アグリッパの娘)と暖かい家庭がもてたし、子供も出来た。ところが、まさかまさか、この結婚を仕組んだ張本人の養父が離婚を迫るなんてこと、普通ある? 無理やり別れさせられて、かわりに別の妻があてがわれる。それがまあ、未亡人になった幼馴染(にちがいない。しかも元妻の父の後妻。ね、ややこしいでしょ)で、身持ちの悪さで有名なユリア! ユリア本人だって「ティベリウスなんてゴメンだわ」って思ってるのが見え見え!ホントにアウグストゥスはうまくいくと思ってたのかしら。しかも、ユリアとアグリッパの間の息子二人を養子にさせられる。ティベリウスにだって、息子があったのにです。
アウグストゥスにしてみれば、自分の血筋が大事なので、その保護者として相応しいと思ったんでしょうけど、あまりに一方的だわな。ここに実の母リヴィアの意図もあったかも・・。
これでスネてしまった彼は、ロドス島に隠棲して、戦車競争の御者なんかやったりしてる。
悶々の壮年期
そのうちユリアは、ご乱行が過ぎて失脚し、養子2人は若死にして、はじめてティベリウスがアウグストゥスの「息子」として認められるんだけど、条件として甥のゲルマニクスを「養子」にさせられる。これって、跡目を実子に継がせられないってことじゃないの? ゲルマニクスは早世した弟、つまりいわくつきのドゥルススの息子なんです。おまけにユリアとアグリッパとの娘アグリッピーナの夫なわけ。面白くないことおびただしい!「おやじさん。ええかげんにしろよ」の一言も言いたい。でも言えない。養父は絶対者だし、母が怖い。
リヴィアにとっては、ゲルマニクスはユリアの息子たちとは違って自分の血筋です。「あんたにも血のつながった甥なのよ」って言ったって、ティベリウスにとっちゃ、弟のドゥルススだって「わしゃ、あんまりすっきゃなかった」。
優遇されているわけでもないのに、責任のある仕事は一杯まわってくる。危ない前線任務は、うまく出来て当たり前、失敗すれば首が飛ぶようなヤバい生活。でもだーれも理解してくれんのです。どっかで戦死でもせんかと期待されているんではないかと疑いたくなる、まるでヤマトタケルのような生活。
そして、病弱長生きのアウグストゥスが死んで、やっと彼が後継者になったのは56歳。だけど、養父の遺言たるや「期待の孫は早死にしたし、他に誰もおらんから、しょうことなしに跡継ぎにするねんぞ」と公言するありさま。こんな後継者がやりにくい遺言もないんじゃない? もしかして、アウグストゥスはティベリウスが辞退するとでも読んでいたのかしら?
孤独な皇帝
帝位についた彼が「超やりにくいおっさん」だったのは言うまでもありません。他人の立場や民衆の意見などには迎合しないで正論を吐いて、嫌われることなんかヘとも思わんし、愛されようなんて気持ちは微塵もない。若年からいじめられてきた陰険中年は、今度は苛める側にまわる。勿論、イジメの対象は自分がいじいめられていた相手、つまり世間全部。アウグストゥスの仲間の議員連中もそうだし、別れた妻と再婚した男もいじめた。実の母も嫌いなら親戚も大嫌い。中でも時にイケズしたのは、アウグストゥスに可愛がられ、自分の養子にしたものの、とっても気に入らないゲルマニクスです。しかも、人好きのする外見、気さくな性格、つまり何もかもが自分と正反対なのも腹が立つ。
こうしてゲルマニクスはヤマトタケル生活をするわけですが、凱旋将軍の名誉を得るような戦功をたて、華やかな凱旋式でローマ中の人気者になってしまう。こんなつまらんことはない! 面白くなさ過ぎる!
ところが運命の悪戯か、ゲルマニクスは、赴任先で病死(これでティベリウスの実子が後継者になった)。そして、毒殺説が流れる。これは当然ティベリウスの黒い噂になる。「地位を脅かす有能な若者を葬った」と。
烈女アグリッピーナ
黒い噂がひそやかにささやかれる間はまだしも、公然と文句を言い出した人物が登場。しかも、声もデカけりゃ、態度もデカい。そう、ゲルマニクスの未亡人アグリッピーナです。
彼女が男女6人もの子供をかかえてローマに帰ってきた。ゆくゆくは、この子供たちを立派に世に出して、父親がいなくても、それ相当の身分にしたいと望んでいる。しかも彼女の思い描く「それ相当の身分」とは、自身の偉大なる祖父アウグストゥスの後継者としたい、つまりは「帝位」以外は眼中にないのです。この強烈な女のパワーには、さすがのティベリウスも思わずタジタジ。
さらに他のユリウス家の女たちも黙っていない(ゲルマニクスの祖母でもある母のリヴィアは、アグリッピーナがいまいち好かん。またティベリウスの息子の妻リヴィッラ・ユリアはゲルマニクスの妹で、アグリッピーナと張り合っていた。年齢も近いし、美貌で華やかなーつまり都会風貴婦人、当然、お遊びも盛んーのリヴィッラは、属州帰りで夫一筋、子だくさんの田舎くさい後家がもてはやされるのは気に入らん。で、色々イケズする)。
ティベリウスは、こうした、自分をとりまく女たちのやかましさに、もう辟易。てめえら勝手にしろ!って言いたい心境。
そんな騒動の中、彼自身の実子のドゥルスス(彼もドゥルススという名前だった!)が「病死」するのです。さすが鉄面皮のティベリウスもがっくりきて、もう世間がいやになった(と、思う。スエトニウスが言うように、実子まで殺すほどワルやないと思う)。うるさい老母をはじめ、かしましい女たちも、もうたくさん。なにかと噂の流れる騒々しいローマの町も結構。心身ともにくたびれはてた68歳の皇帝は、ついに都を離れ、カンパニアに旅立ち、カプリ島に隠棲してしまうのです。
つづく(F)。
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