トロイの末裔4
2004/11/25

貞女ルクレツィア

一人の女の死が、王を追放し、共和制ローマを導いた・・・。

 古代ローマ共和制は、ローマ社会の一つの特色を示しています。伝説の王ロムルスから6代目、傲慢王と称せられるローマ王制最後の王タルクィニウスを王座から引きずり下ろしたのは、1人のローマ女の死がきっかけであったのです。
 


 私(F)が、はじめてルクレツィアという名前を知ったのは、実は、かの有名な「淫婦ルクレツィア」として名高い、ルクレツィア・ボルジアではありません。
 今を去ること・・・・って、これまた古い話なんだけど、中学校の頃の画集話の延長です。アングルやダヴィッドが古代ローマものをテーマに絵を描いていたのですが、日本ではなじみのないローマの伝説を、当時、いろんな画家たちがテーマにしています。
 その中で、ルクレツィアの伝説は、ティツィアーノの激しい「ルクレツィアの凌辱」などが有名で、あちこちの画集でお目にかかる絵ですが、私の場合、この画題は、レンブラントの「ルクレツィア」で知ったのです。独特の光の中に浮かび上がった白衣の女性の物静かな絵ですが、ただ衣服の左胸の部分に幅広く赤い筋が描かれ、これが着衣の下にべっとりと流れる血の跡だとわかるのです。そうです。この絵の女性は、手にした刃物で心臓をついた、まさにその直後なのです。
 
 伝説によると、紀元前6世紀半ば、古代ローマは、エトルリア人であるタルクィニウス傲慢王の支配化にありました(タルクィニウスというからには、多分タルクィニアの人なんでしょうねえ。もう一度タルキニアに行きたいなあ。エトルリアって面白いですよねえ・・)。
 さて、この王は圧制で市民を苦しめ、嫌われていたということですが、この王の息子にセクストゥスという不良がいた。友人の妻が美人なので、かねがね目をつけていたんです。当時、エトルリアの女性たちは、快楽的で、自由気ままなので、人妻でも誘えばなびくってこともしばしば・・だったそうで、ここが他のギリシャ世界の女と違っていたらしいんですね。それほどエトルリア女っていうのは、自由で開けていた。
 それで、不良王子と仲間たちは、夫が戦陣にいて留守の間に妻たちがどんな生活をしているか試したんだそうです。すると、大方の妻たちは、男友達や女友達と集まって宴会をしたりして遊んでいたのに、ローマ人であったルクレツィアは、ひたすら夫の留守宅を守って家事に精出し、「貞女の鑑」みたいだったそうです。
 これを王子は、とても腹立たしく思ったのです。彼女が他の女たちのように軽薄で遊び人だったら、多分、何ごともなかったんでしょう。美人だったらしいから、1回ぐらいは遊んだかもしれないけど、興味も失ったかもしれない。また妻の貞女ぶりを知った夫が、みなの前で自慢したのかもしれないですね。
 そこで、王子セクストゥスはこっそりローマに舞い戻り、ルクレツィアに関係を迫ったのです。貞淑なローマ女である彼女は当然拒否をして、二重に王子の怒りをかいます。王子は、「もし言うことを聞かなければ、お前と若い男の奴隷を殺して、2人が密通していたことにするぞ。」と脅して、思いを遂げてしまいます。そして、王子の陰険な策に屈したルクレツィアは、自身の父親と夫に真実を告げる手紙を書いて自殺してしまうのです。
 というのが「貞女ルクレツィア」の物語で、これに当然怒ったのは彼女の父親であり、ローマ市民です。これがきっかけとなって、王子とその父の王に矛先が向き、戦で出征しているその留守にローマで反乱が起こって、ついに王が追放されるというのが、事件の顛末です。これ以後、数年のいざこざがありますが、紀元前509年にタルクィニウスは王位を失って、遂にローマは共和制国家となった・・・のだそうです。
 王家を滅ぼした女性の貞節だとか、なんだとかで、ヨーロッパ人はこの話が好きなんでしょうねえ。ローマの古い時代にあっては、ローマ女性というと、快楽や退廃などとは縁のない質素な生活(!)をし、良妻賢母で、貞淑を絵に描いたような女たちだったそうで、ローマ男たちも質実剛健をこととし、粗食粗衣でがんばる真面目でお堅い連中だったらしい(!)。
 でも、不良王子は確かに悪いかもしれんけど、彼女の夫というのもエトルリア系だし、友人たちと一緒になって、ローマ人の妻の貞節を試すなんていう遊びにも、彼女は腹が立っていたのではないでしょうか? 
 でもなあ・・・このルクレツィアって、本人にとっては、気の毒で迷惑な話だろうとは思うけど、もうひとつ面白みがないでしょう? やはり、ボルジアのルクレツィアほどは大衆人気が続かないんでしょうね(F)。
 
※ 参考文献・「古代ローマ歴代誌」(フィリップ・マティザック・創元社)
 「エトルリア文明」(ジャンポール・テュイリエ・『知の再発見双書37』創元社)
 
でも、エトルリアって楽しそうですよねえ。K先生! エトルリア史の本、書かれませんか?
 

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