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トロイ王家の中で、生き残ったアイネーアスは妻子と老父を連れて燃え盛るトロイの都を脱出します。この場面は絵画や彫刻に多く取り上げられ、よくご存知と思いますが、まあ、幼子の手を引き、老父を背負うの図は、確かに苦労だなあ・・と思いますよ。だけどこのけなげな?若者の母は、愛と美の女神で、その母の導きによって艱難辛苦を乗り越え、新天地イタリアで、やがて輝かし未来を約束される民族の祖先となるのですが、それにしては当の女神に愛されたはずの父アンキセスは、どの絵や彫刻でもよぼよぼで、どう見積もっても20代後半の息子の親とは思えんほどフケてるのよね。愛の女神に普通の人間が愛されると、倍のスピードで年をとって、足腰もたたんようになるのかなあ。たしか、女神の(あ、アフロディティですよ。勿論。ローマ風だとウェヌス)正式の夫ヘファイストゥスも、足腰が立たないのよね。・・・・むむむ。
それはさておき、もう年取った男には興味がないのか、息子しか可愛くないのか、女神はひたすらこの不運の息子を応援するけど、もともとが全能の神ユピテルの妻ユノとウェヌスのりんご争いで起こったトロイ戦争ですから、ユノとしては、トロイア人は何ぴとたりとも許せんのに、当のウェヌスの血を引く息子なんか、とんでもない! どんどこ意地悪しまくるのだ。アイネーアスは、ぼんぼんだから、オデュッセウスのようなセコイ策も何もないので、女神の企てる陰謀に太刀打ちできるわけなく、悲運の航海をするんです。妻にははぐれ、老父にも死なれて悲惨な運命だけど、カルタゴの女王ディードーの件は、あたしは女神の失敗やと思うね。なんぼ息子がモテたら嬉しいか知らんけど、ディードーみたいな強烈な女に愛の力で、一時的に息子を保護させようなんて・・・ナメたらあかんで。世間の女がみな「母」の役割で甘んじるわけはないでしょ。それにユノも目をつけた。ユノは婚姻の女神なのだから、かりそめの愛で、女に経済援助や保護を求める男なんて許せんのです。「男ならちゃんと責任とって一生面倒見なさい!」
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かたやユノに後ろ盾をもらったディードーは、この人と決めると、とたんに情熱的な女になって、何が何でも離すものか。ウェヌスのつもりにすれば、「息子や。港の女にちょいと貢がせて、もう船も直ったし、食料も調達したし、あとは目指すイタリアへお行き・・」のつもりが、どうもこうも・・。港の女は、本気で燃え上がっちゃったのよね。ついに恨みの火葬段に上って火を放つと言う強烈な自殺をする。アイネーアスにとっても後味の悪いことになったじゃないの。なんでもおっかさんの言うことを聞いて素直な息子なのは、一生かわらんのだけど、そのたびにエラい目にあう。
これって、トロイ戦争のはじめから、ユノとウェヌスの確執の続きで、おばさん同士のもめごとの代理をやらされているわけじゃない。その後、イタリア本土についてからも、その地の王が、アイネーアスを娘婿にして王位を継がせるなんていうものだから、王の娘の婚約者が(ちゃんといたのよ!)反乱を起こして、戦争になる。もちろん、その婚約者の側にはユノがつき、アイネーアスを婿にするという王はウェヌスの神託に従おうとしているのだから、もう処置なしよ・・・。これで、結局、大勢の死者を出して、やっとアイネーアス側の勝利になるのだけど、これも後味の悪い話でしょ。その、花嫁になるお姫様ラウィーニアは、どうやら元の婚約者のほうがいいらしいのよね。そりゃそうでしょう? どこの王家の末裔か知らんけど、故郷におれんようになって流れてきた子持ちのおじさんより、ここらでは顔の売れた2枚目で、子供の時からエースで4番・・の女子高生の憧れの兄ちゃんのほうがええにきまってるやんか。この若い娘を嫁にもらったアイネーアスが幸せな夫婦生活が送れたかどうかはしらんけど、彼らの末裔が、狼に育てられた少年なのです。
でも、アイネーアスって気の毒ね。母が強いのも問題だわ・・。(F)
※参考文献・『アエネーイス』ローマ建国神話ーウェルギリウス(風涛社)、ローマ神話の発生ー松田治(教養文庫)
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