2012-06-03 07:34:16

中世の饗宴とパン

テーマ:中世ヨーロッパ史・食事
『中世の食生活』B・A・ヘニッシュから[20]
[主に13~15世紀のイギリスの事例より]


○食卓で最も重要なパン

(1)どの客も自分の席に着くと、そこに置かれたパンを一目見て「自分の重みと自分に対する主人役の友情」を評価できるほど、パンはサインの役割も果たした

(2)パンには様々な等級があり、材料となる穀類は上から「最も粒の細かい小麦」「小麦にライ麦を混ぜたもの」「大麦」「ライ麦」「オート麦」「そら豆・エンドウ豆・糠(農業用の樽に入れられたどうにもならない屑)を砂のように混ぜた物」に至る

 A.色は白から「灰と茶の様々な色合い」に至るまで広範囲だった
 B.小麦は最も称賛された穀物であり、聖晩餐用の薄焼きパンは可能な限り小麦から作られた
 C.小麦粉を買える者は誰でも、できる限り白くて念入りに篩にかけられた小麦粉のパンを欲しがった。これを出したり受け取ったりすることは、社会的に重要なしるしだった
 D.大所帯の家では平信徒であれ聖職者であれ、自分たちが用いるパンの等級を注意深く記録に留めている(「修道士のパン」「召使いのパン」「施し物のパン」といった具合に)
 E.ある修道院で「全ての人のパンの大きさを1段階ずつ上げていき、1年の主な祝祭日を祝う」という楽しい習慣があった(13世紀)。領主が、1年の多忙な時期(収穫期)に農民に時間外労働を頼む際に、農民を機嫌良くするため、彼らの夕食用にいつものパンよりも美味しいものを出したこともある(農民の待遇改善要求はやかましく、全く従順ではなかった)
 F.反対にカルトゥジオ会の修道士たちは、自分たちが「キリストの乞食」であることを思い出させてくれる、トルテという相当軽蔑された最も質の低いライ麦パンを毎日食べた(現代のトルテとは違う)が、このパンはおそろしく硬かった(石の代わりに投げつけられるほど!)
 G.晩餐の食卓での差別化の例。「大所帯の家の主人の前には、小さな白いロールパンが8個置かれた。招待客の前には4個だった。階級が下がると、一般家庭用のパン〔茶色の小麦よりも小粒で、普通の小麦よりも茶色い、と定義される〕が取って代わった」
 H.パンは等級が下がるほどどんどん粗末になり、好ましくない客は自分の席に実に不快な代物を見出した

(3)パンは目に見えて古くなった

 A.主人のパンは新しいものを保ち、次の等級のものは1日分古くなり、その他の家庭用のパンは3日分古くなった
 B.一方では、新鮮なパンを出すことでパン以外の食事の貧弱さを補うこともできた(例:シオン大修道院では、週に1度の「許された飲み物が水だけ」日に、新しいパンを出した)

(4)礼儀作法は「人よりも先に神に供えること」「主人のロールパンが出される前に施し物を入れる皿にパンを置くこと」を要求した

 A.この考え方はごくわずかしか損なわなかったらしい。ただし「一家の主が最上質の小麦パンを食べ、神は二線級のパンを受け取る」という事実はあったが
 B.しかし公的な寄付だけでなく「晩餐の間に貯められたパンの切りくずは、施し物のための皿に積まれる」のが習慣だったから、貧しい者は富者の食事に期待を抱いた

(5)食パンの外側の皮は、実用・美観の両面の理由から切り取られた

 A.練り粉を球状に形作ってから焼いたので、出来上がったパンは当然丸い。薄切りにするには、誰かが腕の下に押さえ込む必要があった(絵に見られるらしい)
 B.食パンを四角に切って、それを切れ端と一緒に食卓に並べる方法について「どのパンも他のものより大きくならないよう、調和を計らねばならない」と、わざわざ指示が記録されている
 C.この時、節約家の執事からすれば「あまりに多くのパンが、皮と一緒に切り取られないように注意する」必要があったらしい。もし切り取られた部分が「貧しい者に与えられるのではなく、ナイフを振るう者への報酬の一部」とみなされる場合には、皮の厚切りには特に注意しなければならない

(6)普通の人はパンをスプーン代わりにして食べた

 A.「指形のパン」の小片は、ソースや肉汁を吸わせて取るのに用いられた
 B.毒味役は、固形の物は何でも1口かじったが、液体はパンの細片を浸して食べて確認した
 C.多くの種類の料理が皿に盛られて出され、その皿から少なくとも2人(一般にはもっと多くの人)が取って食べ、また食パンは共有されることが多かったから、パンの薄切りは食いちぎるのではなく「切る、もしくは割る」ことが求められた
 D.パンの細片は一度使うと、ご馳走への二度浸しはできなかったから、新しい細片を用意しなければならない
 E.時にはブドウ酒は飲むのではなく、パンを浸して吸わせることもあった
 F.晩餐の食卓には、これから出される食事を見越して用意されたパンの細片が、整然とした指状の小さな山になっていた

(7)パンにはそのまま食べる・浸して食べる以外にも、いくつかの小さな用途があった

 A.次の料理のためにナイフを綺麗にするには、客はナイフを舐めずにパンのかけらできちんと拭くよう期待された
 B.食事をよそう皿の多くは金属製だっだから、手で直接扱うには熱すぎた。そこで、薄切りのパンを両手に挟んで持つことで何とか運べた

(8)もう1つ、パンには敷板としての役割があった(最も有用な役割だった)

 A.敷板そのものは多くの様々な材質(陶土、木、金属)からできていたが、16世紀もだいぶ経った頃はパンで作られることが多かった
 B.パンの敷板は食事ごとに、食パンから薄片を切り取って新たに作られた。これは肉汁をよく吸収し「客も食べる」「愛犬に投げ与える」「他の残り物全てと一緒に片付ける」「貧しい者に与える」などした
 C.綺麗な敷板は、食卓が1品ごとに綺麗に拭かれた時に、1,2度用意された。召使いは「次の1品が出される前に、こわれたパンくず・骨・敷板をすっかり」取り除いた
 D.敷板は使用目的に合うように十分固く作るから、これに用いたパンはかなり生地が粗く、新鮮さに欠けていた(小麦粉は篩にかけず、また食パンそのものも出来て数日のものだった)。だから自分の敷板を食べた者は、よほど腹を空かしていたことになる
 E.一般の晩餐客は食卓に着いたあと、一番近くにある食パンから薄片を切り取って敷板を作った。しかし、最も大切な出席者には予め用意された敷板を出した
 F.他の人のために敷板を作ってあげることは礼儀だった
 G.敷板を何枚も受け取るほど位の高い人ならば「敷板が給仕のナイフの刃の上に載せられて自分の食卓まで運ばれ、それが並行にor四角にor小さく山積みに置かれた」。このうち1枚は、個人の塩入れとして使用される場合もあった(※『中世の食生活』の表紙絵はまさにその場面)
 H.食事の最後の段階で綺麗な敷板が用意され、その時にはチーズと美味しい物が少し運んでこられた。これは「デザート時の敷板」と言えるが、ここから小型の木製の皿が発達した

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