「一寸先は闇」――時代を切りひらく〈ふくしま集団疎開裁判〉弁護団
午後から小雨が降り出した2012年12月28日(金)、文部科学省前での抗議集会に続いて〈ふくしま集団疎開裁判〉弁護団は、日比谷図書文化館で屋内集会を開き、40名を超える参加者らは弁護団の原発事故後から現在までの経過報告に耳を傾けた。
屋内集会の会場となった、日比谷図書文化館。年末にもかかわらず、「準備した資料が足りなくなった」(受付)というほど人が集まった。(撮影・三上英次 以下同じ)
〈3.11〉以降の福島原発事故への対応は、スピーディ(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)のデータ隠しをはじめ、政府の“水面下の対応”は速かった。
3月19日に、長崎大学医学部の山下俊一氏が福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに就任すると、その2日後には、同氏は福島県内で講演している。
「放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます。」
「現時点では、そして、この先も、この原子力発電所の事故による健康リスクというのは、非常に、と言ってはいけません、全く考えられないと言ってよろしいかと思います」
今から考えれば、無責任極まりない発言がすでにこの時から始まっていることは、「原子力ムラ」の“重鎮”らが山下氏を鉄砲玉に早くから事態の沈静化に動いていたことがわかる。山下氏の話しぶりを福島で実際に聞いた女性は、かつてこう語っている。
「山下氏は行く先々で『私が来たから、もうだいじょうぶですよ』『みなさんと一緒にがんばりましょう』と、〈だいじょうぶ〉〈一緒に〉ということを言ってまわったのです。えらい先生が長崎から来てくれた…という具合に、放射能についてよく知らない人たちを中心に、多くの福島の人たちが、この最初の山下氏らの言い回しに“洗脳”されてしまいました。そして、ネットの利用率の高くない福島での“NHK信仰”も大きかったです。『もうだいじょうぶ』という山下氏らの発言――それに『NHKニュースでは何も言っていない』という“NHK信仰”、この2つのために、いまも正確な事実を知らない福島の人たちは少なくありません。」
10月19日の文科省前集会では、京都大学、東北大学、福島大学、法政大学などから多くの学生たちも参加した。
さらに3月24日、山下氏は日本甲状腺学会の会員宛てに文書で「安定ヨウ素剤の配布は必要ない」との通知をする。この通知についても、疎開裁判弁護団の柳原敏夫弁護士は強く憤る。
「チェルノブイリ原発直後に、隣国ポーランドでは、国をあげて子どもたちに安定ヨウ素剤を配布し、そのためにポーランドの甲状腺発生はチェルノブイリ原発以降もゼロだったのです。そして、その事実を山下氏も当時から知っており、そのことを論文等で発表しているのです」
その後、文部科学省は、4月19日に福島県内の小中学校等での安全基準を年20ミリシーベルトとする通知を出す。それに対して、福島の子どもたちの保護者らが5月に文科省を訪れて抗議し、そのことで同省は通知撤回の声明を出すが、28日の会場では柳原弁護士は、これを「欺瞞(ぎまん)的撤回」と評し、当時をこう回想した。
「文部科学省に抗議に訪れた保護者らを、文科省はずっと屋外に待たせたままでした。これがIAEAなどの関係者なら、平身低頭で応接室かどこかに通すのでしょう。この時の文科省の対応が、すべてを象徴していると思います」
11月2日の朝に、ジュネーブから帰国した柳原弁護士は、その足で夜の文部科学省前集会にかけつけ、国連人権委員会・作業部会での報告をした。
2011年6月24日、この日郡山市の小中学生14名が、「年間1ミリシーベルト以下の場所で教育を受けられるようにすること」を求めて、福島地裁郡山支部に仮処分の訴えを起こす。提訴に当たっては、弁護団としても何を争点に争うか、焦点をしぼり切れないところもあったが、2006年に裁判官として原発差止判決を書いた井戸謙一弁護士からのあと押しもあり、「外部被ばく」にしぼって避難の仮処分を求めて行くことにしたという。
その後6回の裁判を経て、同年12月16日に、原告の申し立てを却下する旨の決定が下される。この日は、時の野田総理大臣が原発の収束宣言をした日であり、柳原弁護士によれば「却下の決定をした裁判所前には、機動隊の車両が待機しており、暴動などの不測の事態にも備えがされていた」とのことであった。
郡山支部の決定を不服として仙台高裁に控訴した弁護団は、福島県による第1回および第2回甲状腺検査の結果を分析し、その危険性を指摘した矢ヶ崎意見書(4)〔2月〕、松崎意見書〔5月〕などを提出。7月にはアメリカのニュースサイト(Business Insider)にも、福島県での甲状腺検査の危険な兆候が取り上げられ、同裁判は世界からも注目される裁判となる。2012年9月には、平成24年の甲状腺検査結果が明らかになり、4万2000人を対象に行なった同検査では43%の子どもたちに、しこりやのう胞が発見されるという驚くべき結果となった。
「秘密会」の存在をスクープした、2012年10月3日付の毎日新聞
そうした中で、仙台高裁での「尋審(注:仮処分に対する裁判所での審理。非公開)」は、10月1日に第1回、11月26日に第2回が行なわれる。2012年7月27日からは〈ふくしま集団疎開裁判〉弁護団らによる文部科学省前抗議集会(毎金、17~19時。19時終了後は潮見坂上交差点にてさらに集会)が始まり、12月28日まで延べ22回にわたって続けられている。
その間にも、福島県県民健康管理検討委員会での、いわゆる「秘密会」が毎日新聞にスクープされたり(10月3日付)、国連人権委員会での作業部会で柳原弁護士らが福島の子どもたちへの救済をアピールしたりと、「ふくしま集団疎開裁判」をめぐっては、日を追うごとに国内外からの注目が集まって来ている。
さらに柳原弁護士が「特筆すべき」こととして紹介したのが、この11月に国連人権委員会からアナンド・クローバー氏が来日し、離日前には福島の状況についての記者会見を開いたことだ〔注〕。しかし、翌月には、原子力推進を意図する国際機関IAEA(International Atomic Energy Agency 国際原子力機関)が郡山で閣僚会議を開くなど、いわゆる推進勢力とそれに反対するグループとのせめぎ合いは続いている。
〔注〕下記《関連サイト》の「ふくしま集団疎開裁判」ウェブサイトから視聴可能
屋内集会の報告で、柳原弁護士はこう訴えた。
「チェルノブイリ事故でも、子どもたちへの被ばくデータはトップシークレットでした。原発事故のあらゆる被害は、子どもの問題として現れ、その現実を知った人たちは、必ず反原発の立場になってしまうからです。」
「日本の政治家も、いわゆる人気とりのパフォーマンスとして、政府の政策に『No』を唱えることがありますが、こと原発や子どもたちの疎開裁判に関しては、簡単には国に対して『反対』とは言いにくい、それほど『反対』を唱えることによる(政治的な)リスクが高いのです。しかし、そのことは、それだけこれらの問題が非常に重要であるということです」
前半の柳原弁護士からの報告のあと、集会後半は自由討議・意見交換として参加者からは次のような意見が出された。
「反原発運動の中で、子どもの問題はたいへん大きい。過去の原発裁判からすれば裁判結果そのものについては楽観できないが、反原発運動を深めるのに、この裁判は意味がある」(大阪から参加の女性)
「セシウムに特化した測定方法は問題だ。ストロンチウムは歯や骨にたまりやすいので、そうした物質の測定もすべきである」(男性)
「現地の福島の人たちが中々声をあげにくい状況にある。どうやって福島の人たちが声をあげやすくするか――それが今後の課題だ」(郡山から参加の女性)
◇
仙台高裁での次回(第3回)尋審は今月21日――。
「提訴から今まで、『一寸先は闇』という言葉通り、裁判は常に厳しい展開でしたが、そのつど、新しい展望を切りひらいて来ました。裁判所には、子どもたちが置かれた危険な状況についてのデータは、すでに十分に提出してあります。あとは、サイレント・マジョリティーのさらなる高まりが、裁判所を動かす大きな力になります。引き続き、一般の人たち、さらに医者や教育関係者など専門家の人たちからの支援や発言を期待したいです」
屋内集会での報告を柳原弁護士は、こう言ってしめくくった。
(了)
「ふくしま集団疎開裁判」によせて漫画家ちばてつや氏が描いたイラストも、かなりいろいろな所で見られるようになってきた。
《関連サイト》
◎「ふくしま集団疎開裁判」
12月30日付で「ふくしま集団疎開」の会代表・井上利男さんが『日本の宗教者の皆さん、そして全国のこころある皆さんへ』という文章を寄稿している。
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/
《関連記事》
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(2)静岡へ避難した長谷川さんからの訴え
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(3)福島・いわき市在住の女性からの訴え
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(4)原発差止判決を書いた元裁判官、官邸前で訴える
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(5)福島県・健康管理調査の驚くべき調査結果について
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(6)「甲状腺検査結果」を受けて緊急会見開かれる
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(8)福島・モニタリングポストの怪
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(9)小出裕章氏「ふくしま集団疎開裁判」へメッセージ
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(10)「子どもたちを救え」弁護団、ジュネーブへ
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(11)「集団疎開裁判」の本質 ~「交通事故」のたとえ~
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