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日本関連詩6 福島原発事故預言?

日本関連の預言詩6
IX-14詩 : 福島原発事故預言?

IX-14詩(§545): ナポレオン最後の戦い (1815.6.18)
染物師たちの鍋は平らかに潰され、
炉の上で鋳造され、葡萄酒、蜂蜜そして油脂は
悪口も反抗も無しに供出されるだろう。
七つの噴煙は蜜蜂軍団の大砲から消え失せて。


The last battle of Napoleon I (1815.6.18): IX-14.
Kettles of dyers being put into flatness,
And forged on the furnaces; Wine, honey & oil
Shall be offered without complaints nor resistances.
Seven. smokes extinguished at the canon of the swarms of bees.


( Mys en planure chaulderons d’infecteurs,
Vin, miel & huyle, & bastie sur forneaulx.
Seront plongez sans mal dit mal facteurs
Sept. fum extaint au canon des borneaux.)

平らかに潰され」:原語 planure には「鉋くず」「平野」という二義があり (Littré)、ラテン語 planus (平らな、level, flat, plane, even) (Routledge)に由来する。IV-48詩ではPlanure という語がエルバ島の直ぐ南西にある Pianosa という小島の呼称として出て来る。というのもこの小島は平坦な地形のため嘗て Planasiaと呼ばれていたからである(cf. Torné-Chavigny, 1861, p.216)。本詩の場合は、en という「変化・変形の結果」を意味する前置詞を伴い、「平たい形状にされる」の意に取れる。

染物師たちの鍋」:Chaulderon は chaudron (kettle)に同じ。Infecteur はラテン語 infector (dyer、染物師) に由来(Torné-Chavigny, id.)。

」:Forneaulx はfourneaux (furnaces) に同じ。

染物師たちの鍋は平らかに潰され、炉の上で鋳造され」:これはエルバ島から帰還したナポレオン政権が武器製造の資材不足を補うべく、急遽、一般市民から日用鉄器類を徴収したという意味である:「ナポレオンは甚だ上手に、且つ精力的に、兵員を動員した後の最重要事、つまり銃火器に専念した。彼は公安委員会の驚嘆すべき努力(1793年11月3日;1794年9月22日参照)を再現し、そして武器庫は魔法にかけられたように一杯になった。砲兵隊は種々の策を用いて既存工場の作業を倍加した。大きな要塞には全て修繕工場が設けられた。首都にも工場が新たに建てられ、熱心に且つ巧妙に運営されて、6月以降、日産3000丁の銃を供給し、7月1日からは4000丁を狙っていた。あらゆる軍事手段のかくも素早い製造は想像に絶していた。」(Montgaillard, VIII, p.188)

では、ナポレオンが参考にした嘗ての公安委員会の仕事振りはどのようなものであったか。「1793年11月3日:全てを創り出さなければならなかった。作業員も、材料も、工具も。軍は火薬が不足していた。一次原料さえも無かった。しかし間もなくパリの中に豊富な資源が発見された。地下倉庫、調理場が隈なく調べられた;竈の灰が採取され、敷石が剥がされた;あらゆる瓦礫の中から硝石を含んだ部分が抽出された;全ての壁からそこに付着していた塩分が取得された。賢く活発に実行されたこれらの作業によって、素早い巨大な成果が得られた。パリの幾つかの街区では、扉に次のような言葉が読める:『侵略暴君に死を与えるべく、当家に住する市民等は自分達に割り当てられた量の硝石を供出致しました。』これらの張り紙は今後1年以上も維持されるだろう。」(Montgaillard, IV, p.140-141)。

「1794年9月22日:公安委員会附属の科学者たちは数カ月来、領土防衛のため、非常手段を創出する努力をしてきた。フランスは、硝石、火薬及び武器を必要としている。9カ月の間にフランスの大地から従来の年産の12倍の量の硝石が抽出された。青銅製火砲の製造のため稼働している鋳造工場は15ケ所。その年産量は7000丁に上る。革命前はフランスにこの種の施設は二つしかなかった。鉄製火砲の鋳造所は30あって、年に13000の大砲を供給しているが、戦争開始時には4工場が年に900門を製造するだけだった。大砲の弾丸及び装備一式の製造工場も同じ割合で増えた。刀剣・銃剣類製造工場は新たに20建設され、新方式で運営されたが、戦前には一カ所しかなかったものだ。パリそのものに創設された巨大な火器製造所全体での年産は14万丁になる。」(Montgaillard, IV, p.288-289)。

反抗」:原語 mal facteurs は「悪を為す者達」の意。一語の malfaiteur は「悪人、犯人」の意味だが、ここでは「悪口」に並ぶ語で、「悪口も言わず、反抗的行動も為さずに」ナポレオンの兵士達の為に貴重な糧食を一般国民が提供した事実を指す。

葡萄酒、蜂蜜そして油脂は悪口も反抗も無しに供出されるだろう」:これは関連詩 III-6 (§544)において、ナポレオンがエルバ島から帰還した後、連合国に対抗する戦備のため「[フランスの]市民達は牛馬や人員を課される」という予言とセットになっていて、本詩は「保存食を中心とした糧食の供出」を予言している。この時市民達の多くは皇帝帰還を歓迎し、大きな不平や反抗は無かった :「彼等は依然として自己をシッカリと保ち、むしろ自分達自身から進んで重い負担を自分達に課したのである」(Torné-Chavigny, id., p.81)。「供出され」の原語 plongez は、「ある場所から他の場所へ大量且つ迅速に転移される」というニュアンスを持つ。plonger (to plunge) が常に「水中に漬ける、水に突っ込む」という意味しか持たないということはないのである。

なお原文1-3行目の構文は、Chaulderons d’infecteurs Mys en planure, & bastie sur forneaulx. Vin, miel & huyle Seront plongez sans mal dit mal facteurs. という再構成が必要だろう。又、bastie (女性単数)は直前の huyle (女性単数)に形式上一致させたものだが、実際の主語は Chaulderons である。

噴煙」:原語 fum は fumée と全く同じで「煙 smoke」(Godefroy)。


消え失せ」:原語 extaint は éteint と同義で、ラテン語 extinguere (to extinguish) に由来する éteindre の過去分詞形 。ラテン語のフランス語化に際し、「n が喉音([k],[g]など)を従える場合、in は ein, 又はそれと等価の ain と成る。例えば、tingere, stringere, extinguereは夫々 teindre, étreindre, éteindreと成る 」(Scheler, p.89-90)。この場合ノストラダムスはéteindre の代りにétaindreを採り、しかも接頭辞のex- をそのまま残したのである。実際この意味の語は『預言集』で都合10回使用されていて、estaindre (IV-82, VI-40) という不定詞形、estainct (I-42, IV-59, IV-71, VIII-28), estaint (IV-35, VI-63, VIII-6) といった過去分詞形が見られ、extaint という形が本詩でただ一度使用されている。

蜜蜂軍団」:原語 borneaux (単数形は borneau) は辞書にない語であるが、近似の bournois という語が「蜜蜂の群 essaim d’abeilles (a swarm of bees)」(Godefroy) という意味で存在するので、蜜蜂の図柄を旗印にしたナポレオン軍を想像せしめる。そして更に、注意深くテキストを見ると、Sept. (Seven.) はピリオドを付されており、何か後略された語で、どこかの地名かも知れない、という鋭い嗅覚を以て探索した19世紀の斯学第一人者トルネ・シャヴィニは、本詩を概略ナポレオン関連詩と読んでいたので、ワ-テルローへのナポレオン軍の進軍経路を辿りつつ古地図(1570年出版の『地球劇場 Theatrum orbis terrarum』)を調べて行くと、7 born という地名に行き当ったのである。それはまさにワーテルローの直ぐ南に位置していた。そこで彼はそれをワーテルローとして解釈し、本詩をその戦闘に関連付けたのである(Torné-Chavigny, id., p.217)。但し、トルネは旧約聖書の記述に引き摺られ過ぎて本詩の全体像までは透徹出来ていない感じが残る。他方、イオネスクは、borneaux の語末 –eaux に「水 eau, water」の意味を看取し、Waterloo の Water- に重ねてワ-テルローを導出した(Ionescu, 1976, p.732)。

この二人の説を活かせば、borneaux というノストラダムスの新造語は、bournois という基本語を下敷きにおいて、born + eau = borneau という謎語を作ったと推察される。それは総合的に「ワーテルローの蜜蜂の群れ」といった意味が隠されている語である。事実、ここで BORN の源と見られる BORNE (境界石) という語が12世紀に初めてフランス語に入って来た時は、BOURNE という形であった (Bloch & Wartburg)。

他方において本来の「蜜蜂 abeille」という語は『預言集』で2回しか登場せず、いずれもナポレオン軍兵士を表している:abelle [abelhos に引き付けられた形] (X-24, §543), abelhos [プロヴァンス語] (IV-26, §438)。本詩の場合は含意されているのみだが、矢張りこれら2例の用法に合致するものと言える。IV-26 詩はナポレオンのクーデターの時、X-24 詩は本詩と同じワーテルロー敗戦時のものである。しかもその中には下記に見る事態と同趣旨の敗戦原因が示されているのである。

七つの噴煙は蜜蜂軍団の大砲から消え失せて」:七つというのは、相当多くの不定な数を表すノストラダムスの常套的用法であり、この場合は、ナポレオン軍の相当多くの大砲が火を噴くのを止めたという事は、戦闘の敗色濃厚な状勢を意味する:「(1815年6月18日午後)7時になった。ナポレオンは騎兵隊と精鋭歩兵部隊の最後の突撃を命令し、それを30門の大砲で援護させた。まさにその時、ビュロー指揮下のプロシア軍団が3万の兵力を以て現れた。この軍団はフランス軍突撃隊の右側面を攻撃するが、押し返され、大きく損なわれた。だが別の3万のプロシア兵が大将(ブリュッヒャー)直々の指揮のもと、直ちにその救援に駆け付けた。ウエリントンはそこで自作戦の主と成り得て、その前線の全体にわたり自ら攻撃に転じた。フランス兵達の最終突撃を援護すべき30門の砲は、弾薬を使い果した。そして、黄昏時、ブリュッヒャーはフランス兵に襲いかかり、そこに混乱をもたらした。最も勇敢な者達が退き、武器が全て混じり合い、兵達はひしめき合い、ぶつかり合い、畑を突っ切ってジュナップへ通ずる泥川チュイのほとりへと殺到した。」(Montgaillard, IV, p.207)。

この4行目の記述は、ナポレンが砲兵隊を駆使する達人であったことから、ワーテルローの最終戦でその砲のいわば「種切れ」の為大敗を喫したという自己矛盾的悲劇を思わせて、大預言者ノストラダムスの犀利・的確な観察眼を証明する傑作となっている。「彼の会戦計画は、有力な一部で敵を正面に拘束し、主力をもって側背から包囲攻撃するか、その逆に、有力な一部をもって敵の側背から攻撃して敵主力を拘束し、主力をもって正面突破するものが常套策であった。主攻に対しては砲兵の主火力を指向して支援した。ナポレオンは砲兵の機動力を最大限に活用し、彼の戦闘の切り札とした。彼はグランデ・バッテリー (Grande batterie) と呼ぶ砲兵の集中運用で敵陣を細断してフランス歩兵の攻撃前進を容易にした。」松村劭『ナポレオン戦争全史』原書房、東京, 2006, p.12-19)

そして、上述の X-24詩に「[ナポレオンは] 外国人達の大いなる奮闘によって負かされた、火器発砲は墜落 (saut coup de feu)、樽一杯の蜜蜂の体液。」という表現が見られるが、「火器発砲は墜落」という変わった表現は「弾薬を使い果して急に止んでしまった砲撃」という意味であろう。又「樽一杯の蜜蜂の体液」とは、「蜜蜂即ちナポレオン軍兵士達の多大の流血」という意味だろう。 。

イオネスク解、竹本解の根本的錯誤:
イオネスクは前述のように本詩にワーテルローの戦いを看取し、圧政者ナポレオンの敗北を見ると同時に、そこに第二次大戦における不遜な日本の敗戦を重ね見し、更には原子爆弾被爆の様さえも見えると言う驚くべき解釈を展開した。だが、彼のその議論の全体に付き合う労をとる以前に、ただ1カ所に関する彼の根本的錯誤が容易に指摘されるし、イオネスク解を巧妙に下敷きにして最近の福島原発事故の惨状を読み取ったという竹本解もイオネスクと同じ轍を踏んでいるので、此れも容易に且つ同時的に論駁される。

その問題の1カ所とは、Sept. fum extaint au canon という句、特にextaintという語の意味の取り方である。これを我々は「消え失せたextinguished」という意味で理解したが、彼等は違う。イオネスクはそれを「拡がった、広大な étendu (extended)」という意味に取った。つまりは étendre (広げる、拡張する to extend) という動詞の過去分詞形と考えたのである。するとそれは結果的には「消え失せた」とは完全に逆の意味になってしまう。 そこで「原子爆弾の爆発によって生じた煙は、ナポレオン帝国を終焉させたかの有名な戦闘に参加したヨーロッパの諸軍隊の全てが生じさせた煙よりも7倍も規模が大きいであろう」という珍妙な説明に達する (Ionescu, 1976, p.730-731)。竹本の場合もこれに倣い、「大釜(圧力容器)は、爆発の煙を 七門の大砲(おおづつ)よりも広大に噴きあげて」となる(Takemoto, 2011, p.752)。いずれも、自らが前提とした原爆または原発の核エネルギーの強大さを示していると考えたのである。

では、extaint という語は本当に、イオネスクがご丁寧にも註したように、「Latin : extendere = se répandre, s’étendre (拡がる、拡大する )」(Ionescu, id., p.730)という動詞から来たものであろうか。確かに素人目にはいずれも良く似ていて、どう判別したらいいのか、迷うかもしれないが、ラテン語からフランス語への転移に伴う語音及び綴りの変容には一定の規則が認知されているから、その基本原則に戻って検証する必要がある。

そうすると、ラテン語 extendere であった語が、フランス語になって行く際、extaindre (extaint を派生させた元にあると推測される動詞不定詞形) という形にはならないという事が断言できる。何故なら、「E が m 又は n と出会う場合、e 音は a 音に成り、残存する e は起源の単なる名残にしか過ぎないのである。例えば tempus (テンプス、時間)は temps となるが、発音は「タン tans」、lentus (レントゥス、遅い)は lent となって、発音は「ランlant」、prudentem (プルーデンテム、思慮深い)は prudent となって、発音は「プリュダン prudant」である。」(Scheler, p.76)

従って、この原則によれば、ラテン語 extendere (エクステンデレ、拡張する)は、フランス語化する場合は extendre となって、発音は「エクスタンドル」となる(普通は ex- という接頭辞は es-, é- となるので、extendre は estendre, étendre となる)。

逆に言えば、e が ai という母音に変わる形は起らないので、extendere が イオネスクの主張するように extaindre に変わる事は無いのである。実際、『預言集』におけるノストラダムスのこの語の用例を全部挙げると、estendra (VI-42: It will extend), extend (I-23: It extends), estendu (III-13: extended), son extendue (II-70: its extent) とある如く、規則通りであって、-ai- という母音形は存在しない。

他方、先に見たように、extinguere (to extinguish) に由来する exteindre, esteindre, éteindreは、その -ei- という母音部分が -ai- となるのも全く規則に合致したもので、意味及び発音に変更はない。ノストラダムスの用例は -ai-となっていた。

故に、イオネスク、竹本等の extaint = extended という解は完全明白な誤りである。extaint には、exteint = esteint = éteint = extinct = extinguished (消え失せた)という意味しかない。では次に彼等が前提にした「原爆」又は「原発」との関連は正当化されるのか検討してみよう。

イオネスク解の錯誤:
彼は先ず、planure という語を、我々とは違って、「飛行機 aviation, plane」と解する(Ionescu, 1976, p.713)。フランス語 planure には先に述べたように「鉋くず」か「平野」の意味しかなく、本来「飛行機」の意味は無いが、飛行機 plane の語源はやはりラテン語planus 存するので、この説は一応成り立つと認めていい。もっとも彼はそれを「スペイン語」から来ていると言うがどうなのか。そして、「chauderons は、《chaud-feron 熱を-生みだす》と読み、巨熱を生む原子爆弾の特性を表す」(Ionescu, id., p.730)というが、これはテキスト自体の許容範囲を越えた過剰解釈だろう。

イオネスクは、自分がノストラダムスの『預言集』の中で予言されている代表的な解釈者だ (Ionescu, 1993, p.50-59; Takemoto, 1991, p.239-246; Takemoto, 2011, p.567-604) という自負が余りに強く、例えば19世紀のトルネ・シャヴィニも実際は彼に勝るとも劣らない最高の解釈者であるにも拘らずそれを素直に認めず、そこから無断で引用して出典を云わないと疑われ得るような有るまじき態度も見せている。

例えば、先に述べたように、トルネ・シャヴィニは、本詩をナポレオン関連詩と踏んで、ワ-テルローへのナポレオン軍の進軍経路を辿りつつ古地図(1570年出版の『地球劇場 Theatrum orbis terrarum』)を調べて行くと、7 born という地名に行き当ったのであるが、この地名をイオネスクも自分で発見したように書いているが、それは違うだろうと私は思う。以下に二人のその話を直接引用するので、読者各位は自分で判断していただきたい。

「BORNEAUX という語に関してどんな辞書も私にその解釈を与えてくれなかったので、それが詩の中に在るのは出来事の場所を限定する為なのではないかという事を調べたくなり、1570年に出版された『地球劇場 Theatrum orbis terrarum』)を紐解いた。するとそこに、7born という名前で記された一つの場所があった。即ち、私はその地図帳の中の『ブラバントBrabant の地図 』を開き、1815年のナポレオンのようにサンブル川を渡った。私は彼と同じくブリュッセル方面へと進んだ。そして彼がブリュッセルから16キロのワーテルローに停止したように、私もワーテルローより先には行かなかった。そこの所に、現在はワーテルローと記されている正にその場所に、私は 7born という地名を読んだのだ!私がもう20年前から所持しているこの地図帳が無かったら、私はこの四行詩の終結部分を解釈することは叶わなかったと思います。」(Torné-Chavigny, 1861, p.217)。

「ノストラダムス時代の地図帳(Theatrum orbis terrarum,1570)の中に私はワーテルロー村が Sept-Born と呼ばれていた事を見出した。」(Ionescu, 1976, p.730)。

そして、イオネスクを師と仰ぐ竹本はこう言っている:「なお、この四行詩は、今日の今日まで、誰によっても解読不可能とされてきたものです。わけても、原詩最後の一語、《borneaux》(ボルノー。ただし、異本にボルドーあり)が、最高度の暗号で、これにただひとり正解を下しえたのは、またしてもイオネスクでした。なんと彼は、ノストラダムス時代の地図まで精査して、そこから「Sept-Borneaux」(セット = 七 = ボルノー)という地名を見つけだしてきました。そしてそれを元に名推理をほどこしたのです。」(Takemoto, 2011, p.755)

イオネスクがトルネ・シャヴィニとは独立に、自分で実際に当該地図帳を見読して、自ら「Sept-Born」というワーテルローの旧名を発見したのかどうかは不明ながら、竹本が云う「Sept-Borneaux」は明らかに蛇足付きで、鍵はシャヴィニのいう「7born」に対して、イオネスクのいう「Sept-Born」が当該地図の記載通りか否か、に在るだろう。

ついでに云えば、シャヴィニのすぐ後に出たノストラダムス解釈者ル・ペルティエ(Le Pelletier) をイオネスクは彼以前の解釈者の中で最高度にすぐれた功績者として絶賛しているが、しかしル・ペルティエは、最近パトリス・ギナールも指摘したように (「『ノストラダムスによって預言され判断された歴史』というトルネ・シャヴィニの著作はノストラダムスの『預言集』に関する最も高名な霊感を受けた解釈者の大作であるが、これはル・ペルティエによって剽窃されたし、又、トルネ・シャヴィニに対するル・ペルティエの借りを知らない後の殆ど全部の解釈者達によっても間接的に剽窃された。」(Guinard, 2010-2012) )、その解釈内容の殆ど全てはシャヴィニの全3巻 (1860-1862) に盛られた浩瀚緻密な研究を無断で取り入れたもので(当時は今よりも著作権意識は薄かった)、ただ印刷出版業を自らの生業とするメリットを活かし、ややもすると記述がいつ果てるともなく延々と続いて読者を忘れてしまうかの如きシャヴィニの筆力に対して、簡潔得領に、一定のスッキリしたレイアウトの中で説明を再構成したが故に、一般読者には馴染みやすい、というだけであって、イオネスクが専門家としてル・ペルティエに捧げた最高度の讃辞(「ノストラダムス言語ならびに予言に関するナポレオン三世時代までの最良の書。著者の解読法はこんにちなお科学的解釈のモデルである。二十世紀のノストラダムス研究家たちは、ル・ペルティエの研究した時代に関して正確な解読を行なった場合でも一般にこの著者の考えの焼きなおしをしたにすぎず、しかもほとんどすべて、その引用源を示すことを忘れている。」(Takemoto, 1991, p.342-343))は、原理的には、トルネ・シャヴィニに対して差し向けられるべきものである。実際、研究内容自体に関しては、ル・ペルテイエ自身の寄与は、その著作中の10%にも達しておらず、90%以上はトルネからの転移である。たった一カ所でル・ペルティエはトルネからの引用である事を断っているが (Le Pelletier, I, p.288)、それでは丸で他の部分は全て自己独創の解釈であるかのように聞こえるのである。

とてつもなく短気のギナールはその文献表のエントリーそのものからル・ペルティエの当該書物 (1867年刊) を外してしまっているが、公平に言えば、私がさっき述べたように、100%が全部「剽窃」という訳ではなく、創見によるものも若干は存在するので、私は「落ち穂拾い」の作業の中ではそういうものも見逃さないようにしている。、

かくの如きその個性的な文学的背景のもと、イオネスクは詩句の一次的本義的用法よりもその「奥の深い意味」を追求しようとする意欲が強すぎて、しばしばこういう「不当な過剰解釈」に陥る。例えば、VI-61詩(はじめに5 1552-3年メッス攻囲戦の詩は存在しない (下)参照)に唯一登場する「タピスリー」という用語について、イオネスクは全く不適当に「ロシア10月革命の諸裏面coulisses」(Ionescu, 1976, p.462)と解している。これでは、「視野全体を華々しく煌びやかに飾り立てる」豪華な絵巻というその具体的ニュアンスが全然活かされないで、全く反対に、隠された暗い危険な世界という逆の意味を強制してしまう。彼の強引過ぎるという悪い面が出た解釈例と言える。

本詩の chauderonsという全く日常的な用語についても、第一にその一次的意味を適用して見るべきで、むしろ世界史的大事件の中でのこういう平凡な用語の使用には、歴史的唯一性、個性的事実の徴表という機能が伴うと期待されるのである。事実、それは戦時の緊急的物資要請の中で有り勝ちな「一般国民からの半強制的・半自発的な日用金属類の供出」という側面をシッカリと示唆している。


更に、「infecteurs は原子爆弾の爆発が生みだす有害放射線」(Ionescu, id.)というのも、infecteur とinfection という紛らわしい二語を混同した詐術に近い。何故なら、infecter, infection, infect, infectieux という一連の語は確かに「汚染する、感染、悪臭を放つ、感染性の」等の意味だが、そこには「感染させる者、汚染者」という意味に当るような infecteur という語はフランス語史の上で成立してはいないからである。

しかしラテン語には語形上 infecteur に相当する infector という語が「染める人、染物師」という意味を有って実在しているのだから、それに当てるのが最も合理的である

そして、第一候補たるこれが到底意味不明の結果に終わったなら、そこで第二の案として、infecteur を「汚染者」と読む機会が与えられるだろう。実際、infector も infection, etc. も語源は同じラテン語 inficio (混ぜる、染める、汚す) に在るのは確かだから。

では仮にこれが認められたとして、イオネスクは続ける、「fourneaux は熱核反応施設、即ち原子炉とか核反応炉と称されるもの」である。そして、彼の想像的頭脳には、「葡萄酒、蜂蜜、オイルは富める国アメリカ合衆国を表すので、アメリカが原子炉(fourneaux)を利用して制作した(constructed) 原子爆弾」というイメージが浮かぶらしく、それが「飛行機に乗せられて (put in the plane)」日本へと向ったらしい。

彼の粗雑な推論は好調に続く:「3行目の malfacteurs sans mal dit はこれから為さんとする悪事を言わないままそれを実行するという意味の洒落で、奇襲攻撃を意味し、真珠湾の米軍基地に対する日本人の宣戦布告無き攻撃を暗示する」(Ionescu, id., p.730-731)。要するに「不誠実な仕方でアメリカを攻撃した日本人は、自国の海に沈められるだろう(seront plongez, shall be plunged)。

「この爆発で生じた煙は、ワーテルローにおいて戦争参加国の軍の全部の大砲が噴いてその空を暗くした煙よりも7倍も広大に広がって行くだろう。」(Ionescu, id., p.732)

これはいわゆる「原爆のきのこ雲」の高層拡散をイメージしたものであろうが、しかしテキストに忠実な読みは「煙は消え失せたり」という意味でなければならない以上、このイオネスク解は不条理であり、成立し得ない。きのこ雲もそのうち消えるが、しかしそれがテーマなら、「消える」という描写を敢えて選ぶことは詩作者には全くあり得ないだろう。又、「7」というのも、「7倍」とは読めず、「7つの煙」と読むのが道理である。

そして、「大砲」は「蜜蜂の群れの大砲」として限定され、ナポレオン軍のそれを指しているので、その煙切れはその敗色を暗示するが、「ワ-テルロー戦全参加国軍の全大砲」と読ませる起因は本詩内には見当たらないのである。

仮にそう読んだ場合は、「煙切れ」は単に「戦闘が終わった」ということを表すのみで、肝心の勝敗の行方は関知しないという投げやりな作詩家という事になろう。ノストラダムスの預言詩は多くが戦争を扱い、その勝敗の帰趨を常に示している事を銘記しなければならない

最後に付加すれば、sans mal dit mal facteurs は、普通は sans mal dit [ni] mal facteurs(悪口を言わず、悪い行為もせず)として、両方に否定が係ると見るのが常識で、 malfacteurs sans mal dit (悪を言わないでいる犯罪者)と読むのは相当不自然である。

竹本解の錯誤:
イオネスクを「我がルーマニア人師匠」(Takemoto, id., p.751)と呼ぶ竹本の解は、イオネスクの二の舞を演じ、その同工異曲を奏でている。IX-14 詩の彼の解釈は次のようになっている。

平地に置き並べられた大釜(圧力容器)は
酒と蜜と油(超高エネルギー)の(原子)炉からの放射能漏れとなり、
悪人ども悪を告げず 水に没するであろう----
爆発の煙を 七門の大砲(おおづつ)よりも広大に噴き上げて。


「いまや、世界中が映像で見て知っているように、福島原発は、《大釜》(圧力容器)全六機が太平洋岸の堅牢な《平地に置き並べられ》ています。その密閉した中にある《炉》とは、原子炉にほかなりますまい。原文を直訳すれば《汚染する大釜》(chauderons d’infecteurs) と云われているのですから。二行目、《酒と蜜と油》は、ノストラダムス用語例からして、超高エネルギーの比喩であることが分かります。従って、詩篇の前半は、炉心溶融によって大釜=原子炉圧力容器から放射能が漏れ、甚大な環境汚染が生ずる-----との意味であると解されます。」

それにしても、「染物師の釜」と云うのが原義と思われるが、それは大抵上部が大きく開放され、蓋があるとしても使用時は蓋を外しているので、それがどうして徹底的に密閉されている「圧力容器や格納容器」を表し得るのだろうか。そして、「平地に置き並べられ」と云うが、そういう「***の上に」という表現の場合は en という前置詞ではなく、sur (on) や à (at) という前置詞がフランス語としては適切である。en は英語の in, into に近く、先に述べたように「***へと変化する先を指示する前置詞」と見るのが一番適切である。

竹本訳は、大釜と炉を全く同じ意味で捉えているようだが、その場合「bastie sur (constructed on)」という句はどういう役割をするのか、不明になっている。もしかしてそれは「酒と蜜と油という超高エネルギーが原子炉で作られる(constructed on)」とでも言おうとしているのなら、batir (to construct)がそのように用いられるとは誰も納得しないだろう。

又、「酒と蜜と油は、ノストラダムス用語例からして、超高エネルギーの比喩であることが分かります」と言うけれども、そういう用例がほかにもあるだろうか?

そして、あと幾らもっともらしい説明が続いても、そして福島原発の水素爆発と噴煙の惨状を強調すればするほど、最終的には extaint という一語に躓き、それだけ一層不条理性を増すほかないのだから、竹本訳は基本的に維持され得ないのである。

最後に一つ指摘すれば、イオネスクの「大砲が噴いてその空を暗くした煙よりも7倍も広大に広がって」という説明、並びに竹本の「七門の大砲よりも広大に」という説明に共通する点だが、その「***よりも広大な」の「よりも」に対応するフランス語原文は à という前置詞( au canon の au に à +le の縮約形で含まれる)であろうが、しかし à にはそのように比較の基準を提示する機能、つまり英語の than という接続詞に相当する機能は無い。結局、「***よりも広大な」という解釈は、「よりも」も「広大な」もいずれも文法的に原文に適合していないから、「***よりも広大な」という全体も完全に崩壊せざるを得ないのである。
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日本関連詩7 ウォールストリート・クラッシュ

日本関連の預言詩7
VIII-28詩 : ウォールストリート・クラッシュ(1929.10- )

前々回見たように、V-32詩(万事順調で全く日月が豊富な所、豊かなる東、その破滅は近付いて居る:汝の運命(財産)は天から身を乗り出して空を進む(落下する)。第七の巌と同じ状態になって)が 日本のバブル崩壊 (1990-2000)を詠っているのに対して、次のVIII-28詩は1929年10月に端を発し世界的に波及して行った米国の恐慌を預言したものである。なるほど1-3行目は恐慌一般を指すだけだが、4行目の表現は注意して吟味すれば日本には当てはまらない事が分るのである。

VIII-28詩(§768): 株式バブル・破裂・悲劇 (1929.10-)
金銀の模造品が膨張し、
その結果、誘拐の後、湖水に投じられるだろう。
全員が債務不履行となり、消え失せたり困窮したり、
銘が刻まれた大理石の間に既に刻まれた大理石どもが挿入される。


Wall Street Crash (1929.10-): VIII-28.
The simulacra of gold and of silver so inflated,
That after the kidnapping in a lake were thrown.
In debt extinct all and troubled,
Among the inscribed marbles the before-inscribed ones interjected.


( Les simulachres d’or & d’argent enflez,
Qu’apres le rapt au lac furent gettez
Au descouvert estaincts tous & troublez.
Au marbre escript prescripz intergetez.)

金銀の模造品」:証券(株等の有価証券)を指す。多くの論者は紙幣 (paper money) と解する(山根和郎(Cheetham), 1988, p.260; Laver, 1942, p.222; Hogue, 1997, p.640; Halley, 1999, p.143)が、しかし紙幣(銀行券)は特に金本位制の下では金と同等であり、管理制度下でも法的公的保証を持つのに対して、証券は全く私企業性のもので、最も模造性が高い。しかも紙幣等の「金券」は「有価証券」のカテゴリーには含まれず、両者は基本的に性格が異なる。その最も顕著な違いは、金券、取り分け紙幣が「無価値になる」事は無いのに対して、有価証券はその発行企業等が倒産したりすれば文字通り価値零と成り得る。従って、「湖水に投じられる」という2行目の記述が「紙くず同然と成る、全く無価値になる」と云う意味だとすれば、その事は紙幣には妥当せず、有価証券にしか当てはまらない事が分る。この表現を紙幣ではなく「有価証券 papiers et valeurs」として理解した解釈者は唯一、ドクター・フォンブリュンヌのみである(Fontbrune, 1939, p.135)。

誘拐」:これは「子供の誘拐 kidnapping」というのが本義であるが、証券の暴騰・暴落という文脈の中では「大切な証券の金融価値の喪失」、つまりその「暴落」(虎の子を失くす)を意味する。

湖水に投じられる」:「無価値になることwill be worthless」(Lamont, 1942, p.142)。

「債務不履行」:原語 descouvert は「赤字 deficit、資金ショートshortage」を意味する(Dubois)。

消え失せ」:原語 estaint (extinct) は「命が消える、死亡」を意味する。この場合は資産喪失を悲観した自殺が主に考えられる。

銘が刻まれた大理石」:これは明らかに墓標・墓石のことである。次の「既に刻まれた」という言い方に対比して、これは新たに銘刻され建てられた墓石、最近亡くなった人の墓である。

既に刻まれた大理石ども」:これは上記事項に対比し、「以前から建てられている銘刻付きの既存の墓」という意味だろう。原語 prescripz は les marbres prescrits (the before-inscribed marbles) の意味であろう。

銘が刻まれた大理石の間に既に刻まれた大理石どもが挿入される」:これは事柄を反対方向から描写した表現の彩で、実際は「以前に刻まれ建てられた墓石どもの間に、新しく刻まれ建てられた墓石が挿入される」ということである。

さて、この最後の記述は、「個々の死者ごとに新しくその個人の名前を刻んだ墓石を建てる」という一般的風習を背景にしたものだから、日本のように家族単位で一つの墓石を建てて維持し、同じ家族内の人々が共同でそこに埋葬されるが、必ずしも死者個々人の名前は刻さず、「***家の墓」「先祖代々の墓」として満足するという風習の大方定着した文化圏には当てはまらない。

従ってこの詩は、日本の1990年代の恐慌ではなく、1929年秋から1930年代初めにかけての合衆国の恐慌を預言したものと見てよい。実際、当該恐慌時期、合衆国は「金本位制」を採用していて、それを停止したのはやっと1933年3月だった。よって、当時、銀行券は「金銀の模造品」ではなく、レッキとした「金の兌換体」として金銀と同等・同価・同値であって(もっともその兌換機能自体は事実上は機能不全に陥っていたが)、語られているのは「銀行券以外の証券・株」だという事が推断できる。そして実際にも、銀行券自体が当時暴騰・暴落を経験した訳ではない。第一次大戦後のドイツ・マルクの場合は極端なインフレーションに陥った例であるが、アメリカではドルにそいう事は起こらなかった。

「株が下がり始めたのは1929年9月で、10月にはパニックになった。パニックが終わった11月13日の株価指標は452ドルから落ちて224ドルだった。これにおかしな点は何もない。急上昇の一年を経た1928年12月にはたったの245ドルだったのだから。しかし値はゆっくりと、だが容赦なく下がり続け、その真の函数たるべき経済実体を反映しなくなった。そして代りに暗い運命の機関と化し、アメリカ全国民を、そしてそれに続いて全世界を、破滅へと連行した。1932年7月8日までに、ニューヨーク株式指標はパニック終了時の224ドルから58ドルに落ちていた。」(Johnson, 1991, p.240-241)。

この最高値452ドルに対する底値58ドルは、12.83%水準への下落であるから、1990年代の日本のバブル崩壊の下落幅:38915.87円 → 13785.69円 (35.42パーセント水準への下落)よりも圧倒的に猛烈な暴落であった。因みに昨日(2011.10.4)の日経終値8824.59円はピークに対して22.68%水準であるから、これは相当危ない数字になっている。
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大河と小川

大団円としての幸福の科学1

§931 大河と小川 (1991): XII-71.
 未だ他の誰も取り上げたことのないもので、私が初めて気づくことになった一つの予言詩から始めることにしよう。それはXII-71詩であって、しかも興味深いことに『預言集』全巻の巻末最後の位置に見出される四行詩である(これは偶然の配置とはいえ後に見るようにノストラダムス預言の終結を暗示している)。

第十二サンチュリ第71詩:XII-71.
大河と小川は悪をせきとめ、   
古い怒りの炎は未だ鎮められず、
仏国の中を流れ、仏国に神託として流布するであろう。
数々のマンション、豪邸、ビルは破壊され、一つの宗派は潰れ。


The grand and the small rivers (1991): XII-71.
Grand rivers, small ones shall be obstacles of the evil,
The old flame of anger not appeased,
Running through France, this land as oracles,
Houses, manors, palaces, a sect razed.

Fluves, rivieres de mal seront obstacles.  
La vieille flamme d'ire non apaisée
Courir en France. ceci comme d'oracles:   
Maisons, manoirs, palais, secte rasée.

大河と小川」:フランス語 fluve (Lat. fluvius) = 「fleuve は海に流入する大きな川 (a large river)で、rivière はfleuve 又は他のrivièreに流れ込む大きな水流 (a large watercourse) である」(Dubois):

悪をせきとめ」:原文の構造は、Fleuves, rivières seront obstacles de mal (shall be obstacles of the evil) と解する。意味上、ここでは一行目が三行目に接続し、二行目が四行目に接続する。つまり「大河と小川は悪をせきとめ、仏国の中を流れ、仏国に神託として流布するであろう。」「古い怒りの炎は未だ鎮められず、数々のマンション、豪邸、ビルは破壊され、一つの宗派は潰れ。」 

「この中で、私は、「大河」とは「幸福の科学」の指導者「大川隆法」氏を先ず表し、「小川」とはその会員の「小川知子」氏を先ず表すのであろうし、「仏国」とは文字通りの「フランス国」ではなくて、「仏教国家たる日本国」を表すのではあるまいか、と推測した。このような持って回った暗号化的表現はノストラダムスの常套手段の一つである。そして「大河」が複数形であるのは、大川隆法氏の夫人「大川きょう子」氏及び父親の「善川三朗」氏を含み、また同様に「小川」が複数形であるのは、小川知子氏の兄の小川空城氏を含むからではないかと推測した。つまりここには「幸福の科学」運動の最高指導者及びその協力者・会員が指し示されていると考えられる。そして「大河と小川」が「悪をせきとめるであろう(悪を阻止するであろう)」というのは、「幸福の科学」の伝道活動が本格化し始めた1991年に生じた出来事を指していると考えられる。特に「講談社」の写真週刊誌『フライデー』の人権侵害的記事に対する抗議に端を発した「幸福の科学」側のデモや訴訟活動によって、マスコミに巣くう「悪の勢力」が厳しく批判され非難され、人権侵害的記事やポルノグラフィー的写真等の排除・撲滅運動が活発化した社会事象はなお多くの人々の記憶に新しい。そして、「仏国に神託として流布するであろう。」というのは、「幸福の科学」の運動が、紛れもなく、神仏からの霊言の数々を受けてそのメッセージを人々に伝え、宗教的真理への覚醒を社会に起こそうとする一大宗教活動として行われるものであるということであろう。

では「古い怒りの炎は未だ鎮められず、数々のマンション、豪邸、ビルは破壊され、一つの宗派が潰れ」とはどういうことか。「数々のマンション、豪邸、ビルは破壊され」とは、日本関連の預言詩5§929, V-32詩: 日本のバブル崩壊 (1990-2000) において考察したような、1990年代に起った所謂バブル崩壊による不動産資産価値の暴落と解される。又「一つの宗派が潰れ」とは、松本サリン事件や地下鉄サリン事件等を起こし容疑者として教祖と多数の幹部が逮捕・起訴・審理され、多くが死刑確定した例の「オウム真理教」の事実的崩壊を意味するのではあるまいか。これは「一つの宗派」という単数の語形であるから「潰滅した一つの宗派」としてはこの団体しか当てはまらない。だが「数々のマンション、豪邸、ビルは破壊され」というのはどちらかというと、地下鉄サリン事件の直前に起った「阪神大震災」ではという選択肢もあるが、それだと「古い怒りの炎は未だ鎮められず」という前件との関連が不明となる。

そもそも「古い怒りの炎」とは何だろう。詩文の中で「古い」と言われる以上は相当古い感じがしなければおかしい。そこで推測されるのは色々な人が発言していたことだが、今回の日本のバブル崩壊は米国の投機筋による東京証券取引所における日本の諸企業の株に対する仕掛けによって始まった株価暴落から来た。この私企業の果敢な行動を奇貨として素早く国策を戦略化した(この知性と行動力は日本も見習いたい)であろう米国の日本に対する攻勢は、世界経済の支配力確保をめぐり、1980年代の日本経済の隆盛に因縁を得た「リメンバー・パールハーバー」という半世紀前の底深い競争心の再燃をも意味しているのではないかという憶測も聞かれ、これを「鎮火されざる古き怒りの炎」と表現するのは的外れではない。

そして実は「数々のマンション、豪邸、ビルは破壊され」の「破壊され」という語はこの詩の中には実在せず、「一つの宗派は潰れsecte rasée 」という語句から raséeを借りて一応補足的に読んだものであるから、意味としても、物理的に「破壊」と取るよりも、抽象的に「資産価値の破壊つまり暴落」と取ってみた。従ってそれは阪神大震災なら神戸とその周辺に狭く限定されるのに対して、全国にわたる主要な都市群に関連し、1945年の米国軍の多数の爆撃機の波状大空襲による日本本土諸都市の炎上と破壊の経済的延長線上の被爆の姿として映る。但し、文法的に厳密な読みとしては、rasée が本来は 男性複数のrasés であってMaisons, manoirs, palais, secteの全てに係っているのだが、2行目の女性単数apaisée との押韻上、女性単数形を与えられたと考えるのが最適である。従って、「数々のマンション、豪邸、ビルは破壊され、一つの宗派は潰れ。」という訳は文字通りそのまま、「1995年1月の阪神・淡路大震災と3月に起きたオウム真理教による東京地下鉄サリン事件及びそれによる同教団壊滅」に当てはまるように見える。実際、raser という動詞には「(要塞・都市などを)根こそぎ破壊する、(建物を)取壊す」(Suzuki) という意味がある。しかし、先に見たように、阪神・淡路大震災の場合は所謂自然災害だから、「古い怒りの炎」との関連が見えないし、且つ、ノストラダムスの『預言集』においては、自然災害自体がテーマとなるのは極めて例外的で、例えば表現として「地震 terre trembler」となっているのは全て「戦争」を意味し(全12回)、その他「震える trembler + 地名・町・山や人々」(全14回)「激しい・強い+揺れ」(全2回)「竜巻+揺れ」(全1回)も「戦争」を意味し、唯一「1908年のメッシナ大地震」(§732, VIII-84)が「地震」という表現抜きに預言されている状況であるから、本詩の場合も震災よりも、バブル崩壊の方が妥当性が高いと思われる。何しろ預言者の観る所は原則的に「人間の所行とその結果としての歴史」であって、自然現象ではない。

そして「古い怒りの炎は未だ鎮められず、数々のマンション、豪邸、ビルは破壊され、一つの宗派は潰れ」という文はいわゆる分詞構文で定動詞がないので、「大河と小川は悪をせきとめ、仏国の中を流れ、仏国に神託として流布するであろう」という定動詞をもつ主文に対する状況説明の付随文である。

この付随文は1990年代の日本という特定の場所と時代を表す。従ってその中の一要素として「一つの宗派の潰滅」も読み込まれているのであるから、この部分については前件の「未だ鎮火されざる古き怒りの炎」との関連を問う必要はない。敢えて言えばこの「一つの宗派の潰滅」の記事は「神託として流布する」別の宗教、つまり「幸福の科学」の興隆傾向を際立たせるための比較項の役割があるし、且つそれに止どまらず、実際上も当局が「邪教の破壊活動」に対して断固たる決断を取れず逡巡している時に、素早い情報収集と的確な判断に基づいて積極的措置へのアドバイスの努力を凡ゆるルートを探って果断に行ない、結果的に首都圏の甚大な数の人命を保全し得たのも「幸福の科学」の指導者であったという事実は銘記しておくべきだろう。」(初出:二瓶孝次「『幸福の科学』の仏教論的意義(8)」『北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)』第50巻第1号、1999年 [下線部改稿])

なおここで、「フランス」を「仏国=仏教国=日本」と取った点に関して補足しておきたい。これは勿論、「フランス」に漢字を当てる場合、「仏蘭西」と書き、「仏」と略称する我が国の習慣を下敷きにしたもので、なおその上、「神託の流布」という本詩のテーマを考慮した場合、フランス国ではなく日本国が当てはまると考えたのである。何故なら、キリスト教圏もイスラム教圏も、新旧の聖書、又はコーランという確立されたドグマの源泉を有し、新しいドグマ(神託)の創生は不可能な状況で、それが現代可能なのは非キリスト教圏、非イスラム教圏、即ち共産圏以外の東洋で、しかも多神教を奉じる国民性に浸透されたインド、又は日本しかないと思われる。そして、インドではなお、伝統諸宗教が優勢であるのに対して、日本では伝統宗教は弱体化し、大多数が信教不明状態と言えるほどであり、その中で新宗教の開花が盛んであるという特質を見せているから、そして曲がりなりにもやはり形上は「仏教国」という有難い名前は剥がせないとすれば、最適候補は唯一「日本」であるという事になるのである。そして、「日本」をこの詩に適合させて見ると、十分に見合っている事が分るのである。

この詩はノストラダムスが編集上の方針変更の為その『預言集』から除外し、秘書を務めていたジャン・エメ・ド・シャヴィニに贈与したものと私は考えているが、これをフランス16世紀の出来事に関連付ける事によって、結果的にこれを後世の我々に残してくれることになったジャン・エメ・ド・シャヴィニの解は殆ど参考にならない。ただ一点、彼はcomme d'oraclesを「これを私は神託として言っているから信じ給え」と云う風に註を付けている (Janus, p.212)。これは、「parler comme un oracle (to say as an oracle) 《多く皮肉》ご託宣を下すように話す」(Suzuki) という解説に通じるものであり、同趣旨でドクター・フォンブリュンヌも「この事は確かだ ceci est certain, this is certain」(Fontbrune, 1939, p.133-134) と訳しているが、これは元来が古代ギリシア社会のようにデルフォイのアポロン神殿の神託を重く受け止めていた時代から離れて、神託というようなものの意義を疑っている軽薄な時代風潮の中で生まれた懐古的イディオムであろう。しかし現代は再び神託の真実性を回復しつつある時代であり、本詩のその語も「本来の神託として流布する」と読むのが適切であろう。

そして、原文 Courir (to run) の主語は先に見たように Fluves, rivieres (大河、小川)であり、courir en France (to run in France)では courir は自動詞で「フランス=仏国の中を流れる」、更に続けてcourir ceci (to run this) (ceci = France) と読んで、その場合の courir は他動詞で「この国に広まる」という意味になる。単にフランス語 courir ceci を直訳した英語 to run this に「この国に広まる」という意味は無いが、英語の意訳としては to prevail in this land がフランス語の courir ceci に相当する。

なお、「oracle 神託」という極めて意味深い語は『預言集』に全部で2回しか登場しない。他の一回は §936,III-4 詩で、矢張り「幸福の科学」関連詩であり、そこではまさに「神託の開始」がテーマになっている。


この詩の解釈を最初に発表してから私は、中村恵一という人が唯一、この詩を解釈しているのに気付いた。しかもそれは、我々が原理的に採らない「予言的解釈」を自信ありげに張ったもので、彼独創の「数記号コード法」によって、1983年当時に「1999年8月12日の出来事」を予言していると解釈している (Nakamura, 1983, p.128) から、今ではその真贋が手に取るように分る。

それは「ヨーロッパを襲う大洪水」だというが、しかしそんなものは1999年8月12日に起こらなかった。2002年夏にはヨーロッパ各国で大洪水があったのだが、いかにも自信タップリに「解釈予言」をしたものだ。それに彼は、2行目末尾のnon appaiséeを「否、鎮められた」と読むが、これは完全に文法初歩の誤りであり、フランス語初歩を終えた人なら誰でも「鎮められていない」としか読めない程単純な表現である。

大体が、ノストラダムス『預言集』は、本人も云っているが、政治的、社会的、軍事的、国際的諸変動を予言したもので、純粋な自然事象は、ごく少数の例を除けば、彼の本来の関心の外にある。そして、「地震、洪水、枯渇」等の表現は、そのまま純粋に自然現象を意味せず、大部分がまさにそういう人間の自由意思を根源とする大きな社会的動乱を意味している。

最後に、secte rasée という語句について、WIKI 『ノストラダムスの大事典』は、「secte rasée にエドガー・レオニが shaven sect という訳をあてているように、一般に rasée は「髪を剃られた」の意味で、ノストラダムスの作品では聖職者を表す常套表現である。」としているが、これは限定が過ぎたる見解であろう。

第一に、一般に rasé の意味を云うのであれば、主な辞書類の記載がその回答でなければならないのであって、「髪を剃られた」というのはごく特殊な一つの意味にしか過ぎない。例えば、「vaisseau rasé: (嵐で) 帆柱が折れた船」(Ibuki)という用例も普通に存在する。しかも、「shaven sect 剃髪の宗派」というレオニ的読みは意味論的整合性が無い。というのも、セクトというのは集合名詞だと思われるが、そういう集合自体が「髪を生やしたり、剃ったりする」という事は無い。その中のメンバーについてならそれは言えるが、集団自体にそうは言えない。この場合は「破壊する、取壊す」 (Suzuki) という意味がピッタリ合う。訳で「一つの宗派は潰れ」としたのは、勿論「一つの宗派は潰された」という意味である。

第二に、「ノストラダムスの作品では聖職者を表す常套表現である」と云うが、私が見読した限り、この語が聖職者を意味する例は『預言集』に他に7回(全部で8回)登場する中に一つもなく、3回 (IV-66, V060, VII-36) は「旧約聖書に歴史的比喩を持つ用法でロベスピエール及び公安委員」を意味し、残り2回は「短髪頭のナポレオン・ボナパルト」を指し (I-88, VII-13)、あと1回は「長髪のブルボン王家に反対するユグノーの徒」を示し (VI-29)、最後の1回 (VII-12) は「平らに均す」という意味で使われている。このように最初可能な全ての意味を前提し、次に歴史的関連の認知で特定の具体意味に限定するのは、予言を歴史的実現として信奉する立場に固有の方法論である。

そもそも、WIKI 『ノストラダムスの大事典』著者氏は、「予言の可能性を信じる事が出来ないで、専ら字句の文法的意味を詮索する」ことしか自己の使命として居ないようにお見受けするので、その立場でノストラダムス用語を特定の視点(その立場では文法的見解以外のいかなる判断も行われ得ない筈だ)から一概に限定するのは自身の原理原則に反しているという感じを持った次第です。

つまりこの立場は、云わば「預言者自身が推奨する彼にとっての未来的歴史事象という参照平面から離脱し、言語意味の一種の無重力空間に自己定位するという無謀な冒険にも似た行為ですから、一縷の方向付けの何らの動機付けも有せず、無色透明のなかに逼塞する以外に行動原理は無い」と推定致します。

従って、例えば、大乗和子氏の『ノストラダムス大予言原典諸世紀』の誤訳を指摘し訂正する労を取られる事自体は学問的意味を欠きはしないにしても、しかしWIKI 著者氏はノストラダムスの予言を信じない立場に対し、大乗和子氏は徹底的に、殆ど直感的に予言を信じており、私も和子氏の最終巻末掲載のこの予言の翻訳を見て初めてノストラダムスに対して開眼させられた者として、WIKI 氏の一々の誤訳指摘は、もはや学問的範囲を逸脱し、殆ど「個人攻撃」の色彩さえ呈し始めているのを憂慮致します。

しかも、WIKI 氏は、和子氏の翻訳の原著であるロバーツ本を高く評価しておらず、レオニ氏の著作を一番高く買っておられるようですから、専らその方に研究の主力を置く方が理にかなっているでしょう。

私は和子氏訳が数々の誤りに満ちていても、ノストラダムスの予言に対する絶対の信頼感を尊重し、その言語的に足らざる所は代って私自身が修正しつつあります。そもそも和子氏は元来数学専攻の学徒で、津田塾大から東大大学院修士まで学び、文系の学問は得手とは言えず、たまたま知人が勧めた翻訳を暇な僅かの期間に為した、という程度のもので、細かい語義詮索などは慣れていません。その点は私が代って遂行中です。

よって、WIKI氏がなお、ノストラダムス予言詩の文法研究を続けるのであれば、私が発表した解釈で、「純文法的にみておかしい」という点に気付かれたなら、それを指摘して頂きたいと希う次第です。
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ヘルメスは聖職者に変じ

大団円としての幸福の科学2

§932 ヘルメスは聖職者に変じ... (1981-1986): IV-29

前回は「幸福の科学」の大川隆法氏等が1990年代に「神託」として日本にその伝道活動を活発化させて行くという内容の四行詩 XII-71を取り上げたが、それに続く今回は、その大川隆法氏が、初め身を置いていたビジネスの世界から去り、純粋に宗教家として立って行くようになる、という内容の預言詩 IV-29 を考察しよう。

第四サンチュリ第29詩:IV-29.
太陽は水星によって覆われて食を受け    
従属天としての地位にしか置かれないであろう。
ウルカヌスによってヘルメスは聖職者に変じられるであろう。
太陽は純粋に赫奕(かくやく)として黄金に輝くのが見られるであろう。


Hermes changed into a pastor... (1981-1986): IV-29.
The Sun hidden eclipsed by Mercury
Shall be ranked only as a second Heaven.
Hermes shall be made pastor by Vulcan:
The Sun shall be seen pure rutilant and blond


Le sol caché eclipse par Mercure  
Ne sera mis que pour le ciel second.
De Vulcan Hermes sera faite pasture:    
Sol sera veu pur rutilant & blond.

「ノストラダムス予言詩の精密性は複数の関連詩篇のネットワークの確認の成就によって幾何級数的に増大してゆくことが期待される。その顕著な実例として、フランス革命関連詩全69篇を既に解釈した。ナポレオン・ボナパルトに関連する175篇の予言詩の場合については別稿で取り上げる予定である。諸詩篇網による解読の精密性の幾何級数的増大といっても、勿論それは事柄に選択諸詩篇が妥当する限りにおいてであり、逆に妥当しない場合にはいくら多くの詩篇を加算してみても、解読の透徹度は向上せず、反って雑然度と混迷度が増すのみである。

さて、若し今回掲げた予言詩 IV-29が実際に「幸福の科学」関連のものであるならば、詩中の「太陽」「ヘルメス」という2語は我々の歴史的既知の範囲内に属するはずである。即ち「太陽」とは大川隆法氏の主著『太陽の法』またはそれに象徴される思想や活動や人物であろうし、「ヘルメス」とは紛れもなく大川氏自身の過去世の一人(ゴータマ・シッダルタ釈迦牟尼の前の過去世でギリシアに生まれた)であり、また当然現在の大川氏自身を指すこともあり得るのでなければならない。

この四行詩解読の軸は三行目「ヘルメスは聖職者に変じられる」という記述に存する。これは「ヘルメス即ち大川隆法氏が聖職者つまり専門的な宗教的指導者に成る」という託宣であって、多分、氏が昭和61[1986] 年10月6日に「幸福の科学」(平成3 [1991] 年宗教法人認可)という宗教活動組織を任意団体として初めて設立したことを指すものと解される。そしてこの指導に専念する以前はどうであったかと言えば、大学卒業以降昭和61年7月15日退社までの約6年間、日本の或る大手総合商社の社員として、いわゆる一個のビジネスマン生活を送っていたわけである。

但しその商社マン時代にも、大学卒業直前頃から受信し始めていた神示・霊言 (§936,III-4: 神託の始まり(1981) 参照) の蓄積と吟味と著書による伝道活動は行っていた。しかしこの宗教的方面の活動の主体は氏の実父・善川三朗氏が担っていたから、氏にとってそれは言わば副次的、余技的なものに留まっていたわけである。このような事実に照らせば、「太陽は水星によって覆われて食を受け、従属天としての地位にしか置かれないであろう。」という一、二行目の意味は明らかである。この場合「太陽」というのは、本来それが使命であり天命であるはずの『太陽の法』に結実する宗教的活動を主体的に成すべき大川隆法氏その人を指している。それが商社マン時代には、氏の本業は違う所にあった。まさに「商業神メルクリウス Mercure」が主宰する商売の中でも突出している日本の代表的な総合商社に入って幹部候補生として日夜活動していたのである。このことが一行目「太陽は水星によって覆われて食を受け」という美しく端麗な詩句によって表現されている。 Mercureは商業神メルクリウスであり、また内惑星の一つ水星でもある。そしてその結果、氏の本来的使命に沿うべき宗教的活動の象徴としての「太陽」はその本来の天の王者的位置を退いて「副次的天体」の役割しか持ち得ていなかったことになる。実際の太陽は実際の水星によって目につくほどの食を受けはしないけれども、この比喩的表現においては、太陽が水星にも劣る小さな光にまでその食によって後退してしまっている様子が伺われるであろう。そしてまた、ギリシア神話のヘルメスとローマ神話のメルクリウスは同じ神とされるから、聖職者に変じるまでの大川氏の呼称として「ヘルメス」は打って付けなのである。

さて副次的天体にまで低位していた太陽が、第四行目では純粋に完全にその本来の黄金の輝きを回復している。この意味は明白であるが、そうすると問題として残るのは唯一、第三行目にある「ウルカヌスによって」という語句である。一体、「ヘルメスが聖職者に変じられる」のは、「ウルカヌスによって」である、というのはいかなることであろうか。

そもそもウルカヌスという神は、卑金属を貴金属に変換する錬金術の守護神であるから、商社マンから宗教団体主宰者への大川氏の変身の事実を詩的に飾るための表現であることは勿論である。しかし、この変身が自分にとっては言わば決死的大転換であって極めてドラマティックな形で遂行されたという大川氏自身の体験談を聞く時、ウルカヌスには詩的修辞以上の実体的意味があることが判明して来るのである。

「悪魔との対決
 ……単なる非凡さを求めてはいけない。単なる非凡さを求めた時に、あなた方は崖の淵に立っていることを知りなさい。非凡を求める心のなかに名誉心があるということを、そしてそれがまた、悪魔の餌食となる考えであるということを知りなさい。そうした自分の過ちに気付いた時に、平凡ななかに生きよ、平凡のなかに光を求めよ、平凡からもう一度出発しようとせよ。霊的能力を取り去った時に、自分がいい人間であったか。本当に素晴らしい人間であったか。今世に生まれて意味があったか。それを考えていただきたい。その時にあなた方は本当に悪魔に勝ったのであり、悪魔以前に内なる己心の魔に勝ったと言えるのだと思います。

死、そして生
 悪魔との対決を通して、五年、六年と私は厳しい魂修行の日々を送りました。そして平凡のなかで自らを光らしていく、積み上げていくということに努力をしていたわけですが、三十才が近づいてくるにつれ、またその平凡の積み重ねのなかに非凡なるものが出てき始めたわけです。その時に、また私の心のなかには次なる迷いがありました。やはりこうした霊的能力は捨て去り、神理の世界を捨て去り、まったく二重の生活をするということで生きていった方が、自分にとってよいのではないか。そうした自已保身がいつしか生まれてきていたのです。この頃、父である善川三朗が私の受け取った霊言を書物に編纂して、潮文社から出すことに成功しました。

『日蓮聖人の霊言』『空海の霊言』『キリストの霊言』そうした形で一ヵ月おきに書物を世に問い続けていたわけです。その当時、私は本当に苦しかったと言えます。年齢的には会社の中堅に近づいてきており、さらに上への道が開けていた。もっともっと実業世界のなかで力を磨きたい。自己発揮したいという気持が多く残っておりながら、その半面、このままではいけない、何とかこの自分に与えられた特殊な使命を遂行したいという気持、この両者の気持が私のなかで二分しておりました。それは、未知の世界への不安でもあったでしょう。こうした霊指導を受けながらも、それをどのようにして世の人に問い、そしてそれをもとにどのような事業を起こしていけるのか。三十才にもなるかならないかという年齢で、どのようにしてそういう道を開くことができるか。このことに悩んだわけです。

 こうした時、『太陽の法』のなかに書きましたように、私の転機が訪れました。それはちょうど三十才の誕生日を迎える直前であったと思います。私にさまざまな霊言を送っていた諸霊が、即座に会社を辞めなさいという通信を送ってきたわけです。そして七転八倒したあげく、ついに社を捨てて、自らの足で立つ、神理に生きるということを決意したわけです

それまでは、なんとか生活の資金は他で収入を得ながら、神理活動は神理活動として両立させながら生きていくつもりであったけれども、もう収入などなくともよい。何もなくてもよい。何もいらない。自分はただもうやりたいことをやる。神からいただいた生命であるならば神に還すのが当然である。不惜身命、自分の生命は借しいとは思わない。一年で死んでもいい。そう思いました。会社を辞める時には一年分の生活費があるだけだったと思いますが、もうこの一年で死んでもいい。やれるだけのことをやる。自分はやりたいことをやる。それから後、導いてくれるかどうかは神仏の気持しだいだ。自分がもし間違っていないなら、自分に本当の使命があるならば、なんとか道は開いてくれるだろう。もう先のことは考えない。とにかく自分はもうやりたい。もうこれ以上我慢ができない。神理の道に入りたい。神理の道を一直線に進みたい。もう過去の経歴などいらん。人の評判などいらん。何と思われてもかまわない。悪人と思われようが、気狂いと思われようが、何と思われようとかまわない。教祖と言われようが、精神病者と言われようが、何と言われようがかまわない。自分は全部をかなぐり捨てて、もういったん死のう。こう思いました。

これが大川隆法の誕生の瞬間であったと思います。私にはもうひとつ戸籍上の本名があります。その本名を私は捨てたわけです。そして大川隆法という法名で生きていくことを決めたわけです。

 肉体人間の私は、二十四才の時に第一段階目、一度目の死を迎えましたが (大川隆法『平凡からの出発』p.170-171参照)、三十才にして二度目の死を迎えました。商社で活躍していた自分、そうした自分は全く死んでしまったわけです。全く過去を捨てたわけです。私はこの時に、自分の人間関係もすべて捨てました。かつての友だち、あるいは会社の同僚、上司、部下、すべて捨てました。一切を前後際断しました。未来の希望も断ち切りました。すべてを捨てて空手にして立つ。そういう気持で立ち上がり、「幸福の科学」というものを創りました。これが第二の死であったと思います。そして、私は自分を捨てることによって生まれ変わりました。最初の数ヵ月、それは苦しいものでした。収入はない、見通しはない。ただ高級霊の言葉だけが、自分の意志だけが、生活の杖である生き方でありました。ただ、ここで私はいったん自分を捨てたということが、これが大いなる発展の鍵になったと思います。自分は二度死んだのだという自覚が、もう何があっも怖くはない、こういう気持へと向かっていったのです。
 いつでもすべてを捨てられる人間にとって、怖いものは何もありません。今、こうした神理の伝道をやっていても、いつでも裸になれる、いつでも空手にして立てる、いつでもゼロからもう一度やり直せる、こういう気持を私は持っているので何も怖いものがないのです。
 そしてこの心境は、実は悟りたる者、覚者への力強い第一歩であったということを知りました。いつの時代にもこうした瞬間があるのです。かつて釈迦も、こうした偉大なる瞬間を迎えたのだと思います。その内容は違いその環境は違っていても、心は同じ、真実の世界のために生きるということ、そして自分の本質が一体何なのか、霊的人生観に目覚め立つということだと思います。多くの人が、これからこうした経験をされることを、私は心から希望いたします。」(大川隆法『平凡からの出発 独立する精神の軌跡』土屋書店、東京, 1988, p.185-190)

Vulcain, Vulcan(ウルカヌス)は火と鍛冶の神である。従って、大川隆法氏における商社マンから聖職者への変身の過程には言わば「強い火力と鍛造」があったことになる。氏はそこで激しく鍛え抜かれて聖職者として新生した、この過程は氏の体験談が余す所なく語っている通りである。そして、日頃、氏を霊的に指導していたイエス・キリストや日蓮聖人を始めとする多数の高級霊たちが現実に強くこの転身を氏に迫ったということであるから、彼ら高級霊たちがまさに実在のウルカヌス神であったことになる。よって「ウルカヌスによってヘルメスは聖職者に変じられるであろう」という本詩三行目の予言は最も充実した意味において成就したと言えよう。

なお三行目末尾の pastureは、 pasteur(聖職者)の最古形 pasturが一行目末尾のMercure との押韻の必要上 pastureとされ且つ女性詞扱いされたもので、従って主語が Hermesという男性名詞であるにもかかわらず、述部 faireの過去分詞が faiteという女性形になっているわけである。」(初出:二瓶孝次「『幸福の科学』の仏教論的意義(10)」『北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)』第50巻第2号、2000年 [下線部改稿])

Pastur に関するこの最後の説明を補足すると、実際、ラテン語 pastor のフランス語化の定型は pasteur であるが (cf. Scheler, p.100)、そこに定着する以前は、pastur が最古の形で12世紀に登場し、13世紀には pastour, pastor という二形が共存し、13-14世紀に pasteur が現れた(cf. Littré, Petit Robert)。

又、原文の eclipse は名詞形と取ると文脈に位置付けられないので、éclipser (to eclipse、食を起す) という他動詞の過去分詞形 éclipsé, eclipsed と読んだ。
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ヴィーナスに覆われた太陽

大団円としての幸福の科学3

§933 ヴィーナスに覆われた太陽 (1981-1991): IV-28

ノストラダムス『預言集』の刊本における四行詩の配列は大抵は全くアトランダムと云ってもいいが、その中でこのIV-28詩は、前回取り上げた預言詩 IV-29の直前に位置している。実は、このような位置の近接が内容的な関連を示唆する例が幾つか認められるのであって、IV-29とIV-28もそういう特別な関係に立っている。

第四サンチュリ第28詩:IV-28.
ヴィーナスが太陽の覆いとなるであろう時、    
その華麗な姿の下に在るその形は隠されているだろう。
火に掛けられた水星が太陽とその形を露わにするだろう。
戦争の物音がする頃に、太陽は辱めを受けるであろう。


The Sun covered with Venus (1981-1991): IV-28.
When Venus shall be the cover of the Sun,
Its form shall be occult under its splendor,
Mercury on fire shall have revealed them.
At the time of rumors of war it shall suffer an insult.

Lors que Venus du sol sera couvert,  
Souz l’esplendeur sera forme occulte,
Mercure au feu les aura descouvert    
Par bruit bellique sera mis à l’insulte.

前回見たIV-29 詩では太陽と水星の関係が問題であったが、今回は若干違って、太陽とヴィーナス(金星)の関係がテーマのようである。そしてその「一方が他方を覆い隠す」という関係は同じである。一行目について、「ヴィーナスが太陽の覆いとなる Venus sera [le] couvert du sol, Venus shall be the cover of the Sun」と読む代りに「ヴィーナスが太陽によって覆われる Venus sera couvert du sol, Venus shall be covered by th Sun」という読みが排除されるのは、couvert という過去分詞がその場合には Vénus という女性名詞に合わせて couverte となっていなければならないが、そうなっていないからである。

他方、本詩3行目の「火に掛けられた水星」という表現は、前詩の「ウルカヌスによってヘルメスは聖職者に変じられるであろう」という表現と呼応しているように見える。即ち、ウルカヌスは火と鍛冶の神として、「火」と直結するし、ヘルメスというギリシア神話の神の名は、ローマ神話のメルクリウス、つまりここで云う水星、Mercury と同一視できる。従って、「火に掛けられた水星」というのは、「ウルカヌス神による鍛造によって聖職者に変じたヘルメス、即ち大川隆法氏」の事と解されるのである。

ここから更に敷衍すれば、「火に掛けられた水星がヴィーナスという覆いを外して太陽とその形を露わにするだろう」という美しくも謎めいた詩句の意味も明らかとなる。「太陽とその形を」というのは、les (them) という代名詞をそう取った訳だが、それら以外には適当な候補となる語は無いように思われる。何故なら他の候補としてヴィーナスしか無いが、それは姿形が表に出ている筈だから。しかもその代名詞に係る descouvert (revealed) という過去分詞 (本来は複数形の筈だが、対応する一行目の couvert に合わせて単数になっている) は男性形なので矢張り男性の太陽を含む複数のものを受ける。

そして、「火に掛けられた」というのは、商社マンという現世の身分、しかも日本経済が上り坂の時期の総合商社というトップを往く企業の社員としての高級サラリーマンという他人も羨む職を投げ打って、という意味を持っていた。そこから、純粋宗教者として、pastor として立った、その時「太陽は純粋に赫奕(かくやく)として黄金に輝くのが見られるであろう」と先に詠われていたが、それが本詩では「太陽とその形が露わになる」という表現で語られているのである。

なおここで、太陽は「純粋に」「赫奕(かくやく)として」「黄金に」輝くという風に、三重の類似の形容が為されているが、これは単なる冗長ではなく、夫々が「幸福の科学」の基本的理論書三部作、即ち、
大川隆法著『永遠の法』(初版:土屋書店, 1987 ; 改訂版:幸福の科学出版, 1997)
同『太陽の法』(初版:土屋書店, 1987 ; 改訂版『新・太陽の法』幸福の科学出版, 1994;同左改題『太陽の法』幸福の科学出版,1997)
同『黄金の法』(初版:土屋書店, 1987 ; 改訂版『新・黄金の法』幸福の科学出版, 1995;同左改題『黄金の法』幸福の科学出版,1997)
を示唆している。一番分りやすいのは「黄金に」が『黄金の法』に対応しているが、「純粋に」はその無色透明感が「永遠」という無始無終の時空一体系を思わせることによって『永遠の法』を暗示しているだろう。三番目に、「赫奕(かくやく)として」が、「キラキラと光り輝く」という語感によってまさしく『太陽の法』を指示しているだろう。

西洋哲学の伝統では、形、フォルムは形相(けいそう)、事物の本質を意味するから、「大川隆法という太陽」の本質がこれら基本理論書によって明らかにされたのである。

他方、伝統的占星術では、「金星 Venus は妻・財産・愛・芸術を示す」;「占星学で金銭を表示する天体は金星です」(石川源晃『占星学入門実習』平河出版社、東京, 1988, p.46; 同『占星学入門応用』平河出版社、東京, 1994, p.48) と云われており、占星術一般は忌避したノストラダムスもその極く常識的な一部の知識は退けていないので、本詩の「ヴィーナス」はこの意味での占星術的象徴と考えると最適な解答となるように思われる。つまりこの場合は「財産・富・金銭」という物の象徴であろう。実際、これと同じ意味の「ヴィーナス」の用例は後で取り上げる予定の V-24 (§940) 詩とV-72 (§941) 詩にも認められるのである。

「その華麗な姿」の「その」は「金星」を受けるとしたが、金星の見かけの美しい輝き (金銀小判の輝きも含意する) に応じた華麗な表現であろう。他方、「その形」の「その」は「太陽」を受ける。

戦争の物音がする頃に、太陽は辱めを受けるであろう」という最終行の後半は §931 大河と小川 (1991): XII-71 詩に既出の事項であって、特に「講談社」の写真週刊誌『フライデー』の人権侵害的記事を初めとするメディアの大川隆法氏(太陽)と「幸福の科学」に対する非難中傷の攻撃を云う。そして「戦争の物音がする頃に」という前半部分は、1991年に起ったフライデー事件と同時期に起った「戦争」に言及しているが、それは言うまでも無く、「第一次湾岸戦争」であり、それはまさしく同じ1991年に起った。

なお、Par bruit bellique (戦争の物音がする頃に)という語句の par という前置詞は、種々の用法があるうち、この場合は「時間的限定の機能語」であって、例えば、「par temps de pluie 雨の日に;par le passé 従前は;par un froid glacial 凍りつくように寒い時に;par un beau matin d'été 夏の晴れた朝に;par cette chaleur こんな暑い時に;par beau temps 晴れた日に;par mauvais temps いやな天気の日に;par le temps qui court 当今では」といった用例がある(cf. Suzuki)。従って「... によって by...」というような訳が常に正しい訳ではない。

所で、この第一次湾岸戦争は、「幸福の科学」関連詩の中で最も重要と目される X-72 詩 (§944) においても「その前後マルス(軍神)は幸運に統治するだろう」という表現で触れられている(「日付のある予言詩 1999年: その前後マルス(軍神)は幸運に統治するだろう」参照)。

そして、この戦争が第二次大戦後の「長期の平和の後起こった戦争」であるという捉え方で主題的に予言している四行詩が一篇存在するので、次回はそれを検討することにしたい。それは I-63 詩 (§928) である。
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§410 総裁政府とナポレオン (1796-1797): I-93.

§410 総裁政府とナポレオン (1796-1797): I-93.

第一サンチュリ93詩:I-93.
イタリアの大地が山々の近くで震うだろう、
獅子と雄鶏は深く結ばれている訳ではないが、
恐怖の代りにお互い助け合うだろう、 
トゥニカ像を有つ政府と温和なフランス人達は。

Directoire and Napoleon (1796-1797)
 
The earth of Italy near the mountains shall tremble,
A lyon and a coq not too confederate,
In place of fear they shall help one another,
Unique Castulon & moderate Celts.

トゥニカ像を有つ政府と温和なフランス人達」:本詩のキーワードは何と言っても4行目 Castulon の一語である。この語については多くの研究者が「城、又はスペインのカスティリャCastile」と誤解しているが、ズバリ「衣服」という真義を明らかにしたのはトルネ・シャヴィニの慧眼である。この語は既に §343, I-31詩に Castulon monarch として登場済みであり、そこで詳しく説明した:Castulon の語源は、ラテン語 castula:衣服・着物 (Walde) である。それは古代ローマの一般的な婦人服として「貫頭衣(トゥニカ)」と呼ばれたものと同類で、これは有名なニューヨ-クの「自由の女神」像の装いであり、その原型は「フランス共和国像」にある (cf. Ovason, 1997, p.228-229 ; p.256)。そしてフランス共和国を「トゥニカを着た若い女性の姿」として象徴的に表現することに決めたのは総裁政府 (Directoire, 1795-1799) である (cf.Torné-Chavigny, 1861, p.75)。従って、貫頭衣を着た君主は、狭い意味では総裁政府を指す。しかしその像は広い意味で「フランス共和国」を表象するから、ナポレオン帝政前までの第一共和政全体を指す。Castulon という語はナポレオン・ボナパルトの第一次イタリア遠征を扱ったI-93 詩 (§410)にも使用されていて、Seul Castulon (= Unique Castulon = 貫頭衣の単独者)という表現で彼を派遣した責任者たる「総裁政府」自体を直接指している。この場合、uniqueとは唯一単独の国家元首的存在を意味し、従ってI-31詩のCastulon monarchと完全に合致する。何故なら、monarchの語源は「monos (alone) + archein (to rule)= one who rules alone (支配する単独者)」だからである(cf.小稲義男ほか編『研究社 新英和dea大辞典』第5版)。それに対してボナパルト軍は「温和なフランス人達」と称されて、未だ辛うじて政府のコントロールの下にあることが示されている。『預言集』4行詩における Castulon の用例は以上2回に限られる

このようにこれが鍵として本詩を総裁政府に結び付ける以上、そしてV. イオネスクが指摘しているように (Ionescu, 1976, p.459)、「大地が震う、地震」という表現がノストラダムスにあっては「戦争の同義語」である以上 (全12例の全てが戦争を意味する。且つ、tremble を含むその他24例のうち、17例が矢張り戦争を意味し、恐怖感を表す tremble の全5例も戦争を意味する。結局、tremble を含む全用例36の内、34例が戦争を意味し、残り2例のみが法令の弱体化 (II-64), 体制の動揺(V-49)といった意味に使われているに過ぎない) 、総裁政府が派遣したイタリア遠征軍司令官に抜擢された若きナポレオンの初めての北イタリア戦陣 (1796-1797) が自ずとクローズアップされて来る。従って又、「山々」とは、その戦場となったロンバルデアを睥睨するアルプス山脈である。

深く結ばれている訳ではないが、恐怖の代りにお互い助け合う」:この巧みな表現は総裁政府とナポレオン司令官の「気に食わないが助け合う」というアンビヴァレントな関係を彷彿たらしめる。即ち政府は北イタリア戦線において突如露わになったナポレオンの底知れぬ実力を畏怖しつつも、総裁の一人バラスが彼を抜擢したことでもあり、又余り刺激を与えると手に負えなくなる危惧から、次から次へと資金と兵員を要求する手紙を送って来るナポレオンにその何分の一かは応えようとするし、他方ナポレオンは自分の無限の可能性を自覚しつつも、フランス共和国が維持する多くの戦線の一つを担うだけの駆け出しの将軍に過ぎず、容易に解任され得るポストであるという客観的立場を弁え、パトロンたる政府から戦争資源を供給して貰うべく緻密詳細な現況と作戦計画を知らせる最大限の努力を惜しまないのである(cf. エミール・ルートヴィヒ著、北澤真木訳『ナポレオン 上』講談社学術文庫、2004, p.101-104)。

獅子と雄鶏」: 従って、獅子と雄鶏は総裁政府とナポレオンを表すが、いずれがいずれに当るのかは、『預言集』全体の中での両語の用例分析及び本詩における両語の位置関係から見極めが着くだろう。先ず、獅子:Lyon, Lion, lyon lion 全27回 (除本詩)のうち、地名リヨン市・リヨン湾(12回)、勇猛なる人物・王者・国家(ドン・ジュアン・ドートリシュ、国民公会、アンリ2世、モンゴメリー、第3代ギーズ公、ナポレオン1世、植民国家等計9回)、紋章(5回)、12宮のサイン(1回)となっている。又、雄鶏:全13回 (除本詩) のうち、ナポレオン1世(7回)、フランス君主(アンリ2世、ルイ・フィリップ、ナポレオン3世各1回)、西洋の君主達(1回)、レパント海戦(1571)でのキリスト教連合艦隊(1回)、本義としての雄鶏(1回)となっている。特に「雄鶏」については過半がナポレオン・ボナパルトに当てられている事は注目に値する。雄鶏はその鶏冠によって王冠ないし帝冠を彷彿たらしめると共に、そのラテン語が gallus で、これは直ちにラテン語 Gallus (ガリア人、つまりフランス人)に通ずるからである。「獅子」もナポレオン・ボナパルトを指す場合があるとしても、本詩では、雄鶏よりも獅子の方が矢張り強者であって、第一権力を握る総裁政府に相応しいだろうし、他方ナポレオンは未だ「未冠」の若輩であるから、「雄鶏」に該当するだろう。
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§928 第一次湾岸戦争

大団円としての幸福の科学4

§928 第一次湾岸戦争 (1945-1991): I-63

第一サンチュリ63詩:I-63.
天罰の如き戦火が終って世界は縮小する。    
長い間の平和で各地に住民が住み着き、
人々は安全に空、地上、海中、そして海上を進んで行くだろう。
次いで再び戦争が惹起され


Submarines and airplanes (1945-1991): I-63.
The scourges past, the world diminished,
For a long time peace, the lands inhabited.
People will travel safely through the sky, land, sea and wave,
Then wars will break out anew. (Robb, 1961a, p.131)

Les fleaux passés diminue le monde,  
Long temps la paix terres inhabitées
Seur marchera par ciel, terre, mer, & onde:    
Puis de nouveau les guerres suscitées.

本詩についてはスチュアート・ロブの解釈 (上記英訳) がほぼ完璧と推奨出来る(1961年時点で)。「“海と波 sea and wave”という言い方は冗長ではない。何故なら、船舶は波を貫いて航行するし、潜水艦は海中を行くのだから。」(id.)

これに我々の見解を付け足せば、今日でも潜水艦は一般旅客用ではなく、専ら軍事用であるが、それが「安全に行く」という状況は、戦時ではなく平時の姿であるということである。所で、その長い平和とはどの期間を云うのであろうか。我々の解釈では、「天罰の如き戦火が終って」とは、第二次世界大戦の終結と見る。そして「世界は縮小する」というのは、多くの解釈者が「大戦で多数の死者が出た後の世界人口の減少」とするが、3行目の近代交通の発達に鑑み、単位時間あたりの移動可能距離の飛躍的伸びに逆比例した世界の物理的スケールの見かけの縮小であろうと思われる。又、これも多くの解釈者は逆にとっているが、terres inhabitées の inhabité は、「人が住まない、無人の not inhabited」という通義ではなく、inhabitant (dweller 住人) (Godefroy) という語のラテン語語源 inhabitare (to dwell in) から直接導き出された語 (英語の場合のinhabited に相当) と看做すのが最適であろう。何故ならそれは終戦直後の状況というより、長い平和時の人口増殖及び植民開拓の様子と見られるからである。

そうした第二次大戦後の展望の中で、長期の平和の後、再び戦争が起こるという場合、その戦争は少なくとも形式上世界大戦並みの規模を持つと認められるようなものであろうから、例えば局地的、ないし当事国少数の戦争であった朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、数次の中東戦争、又はイラン・イラク戦争などではなくて多国籍軍が参加した第一次湾岸戦争 (1991) が思い当たるのである。するとその間 (1945-1991)、46年間が相対的意味においてではあろうが、「長期の平和」と呼べる事もあながち不可能ではない。しかも、その再開される「戦争」は複数形 guerres (wars)であるから、第二次湾岸戦争 (2003) をも間接的に視野に置いているという事が出来る。

他方、フォンブリュンヌ (Fontbrune, 1982, p.235) はこの長期の平和を「普仏戦争終結 (1871) から第一次大戦開始 (1914) までの43年間」とするが、それはフランス一国のみの観点である点で不十分であり、且つ、我々の云う「46年間」にも及ばないという点でも蓋然性を減ずる見解である。

このように見ると、本詩は「戦争の物音がする頃に、太陽は辱めを受けるであろう」というIV-28 詩 (§933) と繋がる預言詩であり、更には「その前後マルス(軍神)は幸運に統治するだろう」という表現を持つX-72 詩 (§944) にも通底している。
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§255 「真珠湾奇襲」は預言されたか?

世界史の中の日本1

§255 「真珠湾奇襲」は預言されたか? : IV-23

日本に関するノストラダムスの預言詩は、21世紀及びその遙か先へと展望する20世紀の締め括りとして登場する幸福の科学関連の16編 (§931-§946:大団円としての幸福の科学参照) を除くと、第二次世界大戦とその直後の期間に限られる。ノストラダムス自身、その『預言集』序文で語っているように、アジアについては「その一部」に関する預言しか作らなかった。それでも、欧米の圧倒的比重に及ぶべくもないとしても、非欧米圏では、中東・アラブ・イスラム関係が多いが、それに次いで矢張り日本関連詩が相当多いと言えるのである。従来、多くの解釈者はどうしても「原子爆弾被爆」の関連詩に最も注目してきた感が極めて強いが、ノストラダムスの視野は、単なる戦禍の悲惨をそれとして取り上げるのではなく、世界史の動向の中での日本の客観的位置づけを見落としてはいないと思われる。その場合、植民地帝国とも言われるイギリスを中心とした世界編成の中で、その植民地体制を破る働きが日本の動向の特徴として預言されているのである。そして初篇は「対米英戦争」開始の預言詩であり、それは従来の見方のように、「パールハーバー奇襲戦」にのみ特化したものではなく、もっと広い客観的視野から見たものである。

先ず、従来これがその「真珠湾奇襲戦の預言詩だ」と声高に喧伝されている四行詩が、実はそれより300年以上も前の港湾都市攻略作戦を扱い、遠い過去に実現されたものである、という驚くべき事実を明らかにしよう。

IV-23詩(§255): ラ・ロシェル陥落 (1628.10.28)
海軍の艦船に乗り込んだ軍隊が
石灰、マグネシウム、硫黄、及び松脂を燃やすだろう:
安全保証地の長期の安息:
三日月湾の港、火の如きヘラクレスが彼等を壊滅させるだろう。


The fall of La Rochelle (1628.10.28): IV-23.
The legion in the marine ships
Shall burn calx, magnesium, sulfur, and pitch:
The long rest of the place of security:
The port Selyn, Hercules of fire shall consume them.

( La legion dans la marine classe
Calcine, Magnes soulphre, & poix bruslera:
Le long repos de lasseurée place:
Port Selyn, Hercle feu les consumera.)

海軍の艦船に乗り込んだ軍隊が石灰、マグネシウム、硫黄、及び松脂を燃やすだろう」:これはルイ13世が指揮し、智臣リシュリューが差配する国王軍の攻撃に晒されるフランス・ユグノーの牙城ラ・ロシェルを援護するためプロテスタント国家イギリスが派遣した海軍の行った作戦で、「火船」による攻撃を表したものである。

「火船 brûlot とは、海軍用語であって、引火性及び爆発性の物質を積んだ船で、火災と破壊をもたらす目的で使用されるものである。」(Littré)

「火船 brûlot とは、可燃性物質を積んだ小型の船で、敵の船舶を火災に陥れる目的を持つものである。」(Petit Robert)

「ラ・ロシェルの人々はチャールズ1世に代表を送り援助を求めた。艦隊の司令はリンゼイ伯爵に委ねられ、彼は [1628] 9月18日、レ島のサン・マルタンの面前に碇泊した。王 [ルイ13世] の御臨在によって兵等の士気は高まり、港の防備は堅固だった。フランスの船舶に向けて投入された火船は避けられたり、沈められたりした。ラ・ロシェルの人々は力尽きた。彼等の代表たちは王に対し、自分等の不服従、及びこの国に対して武器を取った外国人と協力した事を許してほしいと懇願した。彼等はその過ちの赦免を得ると共に、生命の完全な保証とラ・ロシェルにおけるいわゆる改革派宗教の自由な礼拝行為の許しも得た。この記念すべき降伏条件が調印されたのは10月28日であった。」(Mariéjol, 1905, p.268-269)

安全保証地の長期の安息」:16世紀のフランスの宗教戦争の中で相互の妥協として、プロテスタントがラ・ロシェルのような特定の都市の内部で自由な宗教活動をカトリックの政府から認められる制度が「安全保証地 place de sûreté, place of security」であった。そして宗教戦争の総決算とも言うべきアンリ4世の発したナントの勅令 (1598.4.13) もそういう安全保証地を認めていた。「アンリ4世は自己の改宗の本気度をカトリック国民に確信させようと努める一方では、ナント勅令を“僕の勅令”として守る意思を確認する事を怠らなかった。政策又は状況によって彼が両教会の一方に有利な計らいをしなければならなくなった場合、常に彼は、他方に対してなんらかの補償を与えたり取らせたりした。例えば、彼がイエズス会士達を呼び戻した時は、プロテスタント達に与えられていた安全保証地の諸特権の期限延長を実施し、ラ・ロシェルの人々がその町の城塞を拡張する事を認めた。」(Mariéjol, id., p.87)

因みに、原文のlasseurée place (= l’assurée place, the assured place) は、安全保証地 place de sûreté, place of security の最大限忠実な言い換えである。しかも定冠詞単数形という事は「特定の一つの安全保証地」を意味するが、それは「三日月湾の港」と云われているものの正体から判明する。

このように、取り分けラ・ロシェルは最も大きな特権を享受していた随一の安全保証地であって、且つ、新教勢力イギリスの対仏攻勢の野心と組むことによってフランス王権に実力的脅威を与える存在になって行った。アンリ4世を襲ったルイ13世とリシュリューがその脅威の根源を断つべく、「ラ・ロシェルの武装解除」作戦に出たのはその為である。従ってその都市城塞の徹底的破壊と反乱指導分子の処刑、及び宗教的以外の世俗的諸特権の廃止を中心とした戦果と勝利以外に、ナント勅令の約束した宗教項目の原理的変更は何もなかったのである。

従って、「三日月湾の港、火の如きヘラクレスが彼等を壊滅させるだろう。」という最終行は、「三日月湾の港」がラ・ロシェルだとすれば文句なく妥当する表現である。実際、「ヘラクレス」というギリシア最大の英雄の名前は、ノストラダムスがフランス国王の美称として用いているから、「火の如きヘラクレス」がこの場合は血気盛んな青年王 (28歳) ルイ13世だとして問題無く通る。即ち、「ヘラクレス」は『預言集』に全7回登場し、そのうち3回は「ヘラクレスの柱と称されたジブラルタル」を表し(V-13, V-51, IX-93)、他の4回はフランス君主を表す(本詩IV-23 ルイ13世; X-27 ルイ14世; IX-33とX-79 ナポレオン1世) 。

三日月湾の港」:これに関連する V-35詩: 「Cité franche de la grande mer Seline, The free city of the great Crescent sea 大きな月海の免税都市」についてのレオニの解釈は推奨出来る:「この海は恐らく三日月の形をした the Bay of Biscay ビスケー湾である。その都市とは La Rochelleラ・ロシェルだろう。」(Leoni, 1961, p.261)。

さらに興味深いのはV-35詩2行目の「Qui porte encores à l’estomach la pierre, Which still carries the stone in its stomach それは今もその腹の中に石を抱えている」という風変わりな説明である。これを解明した研究者は従来誰も居ないようだが、実はこれは単純な洒落であって、「La Rochelle という綴りの中央 (腹) には Roche, rock つまり岩 = 石がある」ということで、まさにこの都市がラ・ロシェルに他ならない事を預言詩人がユーモアを以て裏書きしているのである(その後再調査したら、ピーター・ラメジャラーもその著書の中で、La Rochelle (a name which of course has the word roche at its heart) (Lemesurier, 2003, p.185) と注記しているから、客観的には彼がこの見解の最初の発表者である事は確かだ。但し筆者自身はこの本を購入したのは2010年7月で、海外業者発送通知メールが同7月13日付けで、それより後で手にしたことになる。他方この詩の筆者なりの解釈が完成したのは私製『預言集』台帳メモによれば2007年であり、彼の注を見るより前に出来ていたことは確かだ。実際この謎解きはノストラダムス解釈にいくらか熟せばかなり容易なもので、rochelle という普通名詞が roche の指小辞であるという説明(Godefroy)等からもヒントが得られる)。

そうすると、本詩 IV-23の「三日月湾の港 Port Selyn, The port Selyn (直訳的には月の港)」というのも、 Selyn は Seline の男性形で同語であるから、2行目の「長期に安らうその安全保証地」という規定と相まって、ラ・ロシェルと解して差し支えないだろう(但しレオニ自身はこれはジェノアと解している)。事実、これと同じport Selyn 又はport Selinという表現が他に2回 (I-94, II-1) 見られるが、いずれも「ラ・ロシェル」と解して通る文脈の中に用いられている。つまりport Selyn は3回とも全部同じ意味なのである。

更に広く考察すれば、Selyn, Selin, Seline, etc. という語は『預言集』に都合12回登場し、極めて限られた意味しか与えられていない。第一に、今見たように、海又は港に関してSelyn が用いられている場合はレオニの云う
「三日月形のビスケー湾」に因む意味のもので都合4例ある (V-35, I-94, II-1, IV-23)。

第二に、他方残り8例は全て、アンリ2世の愛人ディーヌ・ド・ポワティエの名前 Diane が「ローマ神話の月の女神、狩猟の守護神ディアナ Diane」 (Suzuki) と同じで、これは「ギリシア神話の月の女神セレーネー Séléné, Sélênê」(Suzuki) と同一視出来るので、その彼女に関連した形で出て来る。例えば、Selin(お月さま)という単独の形は「太陽 le Sol, the Sun」と並んで出て来て、為に太陽がその輝きを減じるという文脈になっている (VI-58, §36) が、これは少年時代に出逢って母性的愛情を注がれたアンリが20歳も年上の愛人に即位後も余りに気を遣いすぎたという君主(太陽)としての弱さを表している。又、Seline bannière (月影の旗じるし) (II-79, §35) とはアンリ2世が馬上槍試合の折に掲げた白と黒の二色の旗で、これは愛人ディアヌの印の色であった。

そこから更に、Selin monarque (月影の君主)という表現が出て来て、紛れもなくアンリ2世を指している (IV-77, §47)。同様に le grand Chyren Selin (偉大な月影のシラン) (VI-27, §79; VIII-54, §37) もアンリ2世を指す(周知のようにChyren はHenryc = Henricus = Henry のアナグラムである)。

更に又そこから、le grand Selin croissant (偉大な月影の三日月さま) (VI-78, §52; cf. §79, VI-27: le croissant du grand Chyren Selin 偉大な月影のシランの三日月さま) というのはアンリ2世の正妃カトリーヌ・ド・メディシスを指している。

そして最後に、le grand Selin (VI-42, §216; X-53, §176) (偉大なお月さま) という句は「アンリ2世からアンリ3世までのヴァロワ朝全体、ないしヴァロワ朝そのものが、月の食のように断絶する運命に在るものとして」指示されているのである。実にノストラダムスの象徴体系はこのように整然と論理的に構成されているので、解読を注意深く進めて行けば手に取るようにその中身が判然として来るのである。

所で、「石灰、マグネシウム、硫黄、及び松脂」という成分は、嘗て「ギリシア火」と称された発火性混合物の成分に近似している:「ギリシア火 火薬の歴史は天然に硝酸塩を生成しやすい中国やインドにその形跡があるが、普通には667年ギリシアのカリニコスが作った“ギリシア火”(イオウ+ロジン+生石灰+石油)から始まるとされる。1313年、B.シュバルツがこれを硝石カリウム、イオウ及び木炭を混合した黒色火薬を完成させた(難波桂芳)」(日本メール・オーダー社刊『アルファ大世界百科』東京, 1974, 4巻, p.1222)。

又これについてエリカ・チータムは次のように注釈している:「ギリシア火は、濡れると高熱になり発火する為、海戦には大きな効果があったギリシア人とビザンチ人の“秘密兵器”。ノストラダムスより後になって、近年、漸く Lieutenant Colonel H. Hime がその組成を解明したが、それとノストラダムスの説明は合致している。」(Cheetham, 1981, p.176)

いずれにせよ、秘密兵器の製法は最高の軍事機密のため、これらの分析が正しいとは必ずしも言えないだろうが、ノストラダムスの指摘は「時に歴史に記されなかった事実の暴露」という趣を持つ場合があるので、本詩のこの特殊な成分表は実際の「火船に積んだ引火・爆発物質」を表すと信じてよいだろう。事実、生石灰は水に触れて高熱を発し、マグネシウムは容易に発火する。他方、黒色火薬等の近代火薬に必須の「硝石」がここに含まれていないので、そういう本格的火薬類とは明らかにカテゴリーを異にしている。

さて、以上の我々の分析を基準にして、本詩を「真珠湾奇襲戦の預言詩」とする解釈を完全に誤ったものとして論駁出来る。この説の開発者イオネスクとその邦訳者竹本は云う:

「巨大且つ強力な艦隊が爆発性物質によって惹起された大規模火災によって焼かれるだろう。この惨劇が可能になったのは、海軍と空軍の部隊が長い間この要塞化された基地に休息していたからである。この事は“月”(セレネ - 真珠)という名前を持ったアメリカの港で起こるであろう。この攻撃は競争心と嫉妬から計画され、不実なやり方で実行されるだろう。」(Ionescu, 1976, p.586)

「海の牙城を誇る 大艦隊が 石灰 マグネシウム 硫黄 石油ピッチで燃えあがるであろう。難攻不落の場の 長き熟睡(うまい)を破って 「真珠(セレネ)の湾」を ヘラクレスの火が 焼尽せしめよう。」(Takemoto, 2011, p.699-700)

これら両訳で共通なのは、先ず、「焼かれるのが大艦隊である」という点であるが、これは原文とは正反対ではないかと思われる。実際、三人称単数の動詞「燃やすだろう bruslera」の主語は艦隊に乗り込んだ軍隊(単数扱いの集合名詞la legion, the legion)で、燃やされるのは石灰、マグネシウム、硫黄、石油ピッチである。もし「石灰、マグネシウム、硫黄、石油ピッチ」が主語なら、動詞は三人称複数のbrusleront でなければなるまい。この初歩的過ちは、彼等が初めに「これは真珠湾の米艦隊がやられた詩だ」と前提に立てた故である。

次にこれも最大級に致命的な瑕疵であるが、成分表にある「石灰」(イオネスク自身、いみじくもこれは『生石灰』を意味すると説明している)というものが、第二次大戦時の爆薬の原料に用いられていたという両訳者の設定は完全にナンセンスである。他方、「硝石」という成分が欠けているのは、それなくして黒色火薬以降の近現代の弾薬が製造不可能である事に鑑み、本詩の関連する時代が第二次大戦時とは違っているとの判断を正当化する。因みに、「石灰」の原語 calcine (カルシン) は古くは「エナメルを作る為に使った粉末状の金属酸化物」 (Littré) を意味した。しかしそのラテン語語源は calx で、chaux (石灰) の語源 calx と同一であるから、本詩の文脈上「石灰」と取っていい。そして単に「石灰 chaux」という場合は「石灰石」「生石灰」「消石灰」を意味し得るが、本詩内ではイオネスクの云うように「生石灰」が最適解であろう。又、原語 Magnes はギリシア語で「テッサリアないし小アジアの町マグネシアの住人」を意味し、そこから更にそこに産する「磁石」をも意味し、又「銀に似た鉱物」を意味した。そしてマグネーシアという普通名詞は「幾つかの鉱石、及び金属合金」を意味した(Ernout & Meillet)。依ってそこに「マグネシウム」を読み取るのは無理ではない。

更に、「月」から「真珠」を導出する連想経路は余りに迂遠ではないか。なるほど用例がこれ一つなら、そういう手法も強ち否定できないが、同じ「port Selyn」という用例が他に2つあって、そのうち例えばII-1 (§118) 詩は「アキテーヌ方面でイギリスの侮辱行為、自国人達自身による大々的侵入行為。邪悪な土地に動乱と戦禍があるだろう。 Port Selyn は甚だしく侵入が多いだろう。」と詠うが、この場合の Port Selyn を我々の見立て通り「ラ・ロシェル」と解するならば、この詩は16世紀宗教戦争中、新教徒がフランス国内から安全保証地たるラ・ロシェルに続々と移住してきた流れを彷彿させるし、且つイギリスの外征勢力もそこに着目して侵攻を断続的に行っていたという状況が読み取れる。しかしイオネスク・竹本コンビの説に従ってport Selyn を「真珠湾ないしその米軍基地」と取った場合、そこにイギリスの侵入があった験しは無いし、真珠湾が「アキテーヌ」というフランス南西部地域とどう係るかも意味が見付からない。しかし「ラ・ロシェル」なら「アキテーヌ」というフランスの古い地域割の中に包含される。

それからI-94 詩(§120)にも同様に port Selin という表現があって、「port Selin においてその暴君が処刑され、しかれども自由は回復されず。先制攻撃と復讐戦により新たな戦争。一人の婦人が畏怖せしめる力により尊敬を受けるだろう。」と詠われている。もしこの port Selin を「真珠湾ないしその米軍基地」と取った場合、詩の詠う内容に合致する史実は見出し得ないが、他方それを我々の見立て通り「ラ・ロシェル」と解するならば、この詩は16世紀宗教戦争中、ユグノーの総帥たるコンデ公(カトリシズムを奉じる預言者から見れば暴君)がラ・ロシェルに近い同じアキテーヌ地方のジャルナック (cf. Mirot, 1980, Carte VIII)で戦死(カトリック兵の力で処刑とも言える)した事実 (1569.3.13)、及びそれに代ってナヴァール王アンリ(後のアンリ4世)が立ち、未だ15歳に過ぎないその息子の後ろ盾としてその生母で熱烈な新教徒のジャンヌ・ダルブレがイニシアチヴを取って息子及び傘下の兵等を鼓舞激励したという史実が対応すると言えるのである。しかもこの1569年という年次は16世紀末まで続くフランス宗教戦争の初めの方(第3次宗教戦争中)であって、以後何度も講和と再戦を繰り返すことも詩の内容と合致する。なお、「ラ・ロシェルにおいてコンデ公が処刑され」という文について、「ラ・ロシェルにおいて Au port Selin」という句は「コンデ公が帰属するフランスユグノーの武装勢力の拠点たるラ・ロシェルに属する」という意味が中核であるだろう(帰属を示す前置詞としての à )。つまりそれは「その暴君が新教徒である」という事の説明であって、彼が死した場所的意味は間接的なものとした方が筋が通る。

最後に、イオネスクは、「légion ないし phalange という語はノストラダムスにあっては、“精鋭部隊”、取り分け“米国軍隊”を意味する」という(Ionescu,id., p.584)。或いは彼は他の個所でいかにも自信タップリに「falange (phalange) という用語はlégionと共に、ノストラダムスにおいては常に、(精鋭部隊である限りの)アメリカ軍を指示している」(Ionescu,id., p.659)と云っている。しかし彼のこの主張は一貫していない。何故なら彼はIV-13詩の解釈では Double phalange を「プロシア軍とオーストリア軍」(Ionescu,id., p.397)とし、V-69詩のphalnge は「ルイ・フィリップのフランス軍」とし、V-99詩の phalange は「ナポレオン・ボナパルト軍」(Ionescu,id., p.330)としているのだから。そしてIV-51詩のphalange をアメリカ軍としているが、実はこれは文脈上は「南ヴェトナム軍本隊」と解すべきもので、その援助隊たる米軍の事で無いのは、「主要本隊としてのphalange」という意味に基づいて主張出来るのである。そして本詩の場合もハワイ真珠湾の米軍でないことが論証された以上、彼が云う「phalange = legion = 米軍」説は全くの虚構にすぎない事が判明した。

そして、ダメ押しとしては、原文のどこにもイオネスクの言うような「この攻撃は競争心と嫉妬から計画され、不実なやり方で実行されるだろう」といったニュアンスの表現は存在しない、という点を指摘しよう。

そして、もし「真珠湾奇襲戦」に関する預言詩が存在するとすれば、それが「海軍機動部隊による航空戦力による攻撃」であった、つまり日本の航空母艦から発した多数の艦載機が主に活躍したという点で極めて特徴的、且つ時代先取的であったのだから、そういうニュアンスの表現が求められるはずであって、本詩のような「石灰、松脂云々」という旧式な攻撃方法からは天地程もかけ離れていた、という点を銘記しなければならないだろう。
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