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どうやら有権者は、なめられているようだ。安倍政権が、70〜74歳の医療費の窓口負担を当面、1割に据え置くことを決めた。いつ法律通りの2割にするか、その決定は今夏の参院選[記事全文]
法律をつくったり改めたりする国会。その法律にもとづき、細かなきまりを定める政府。両者のあり方に警鐘を鳴らす判決を、最高裁が言いわたした。処方箋(せん)がなくても買うこと[記事全文]
どうやら有権者は、なめられているようだ。
安倍政権が、70〜74歳の医療費の窓口負担を当面、1割に据え置くことを決めた。いつ法律通りの2割にするか、その決定は今夏の参院選後まで棚上げする見通しだ。
ねじれ国会解消のため、自公で参院の過半数を獲得するのが政権の最優先課題。「負担増」のようなマイナス材料は極力、少なくしたい。参院選を無事に乗り切れば、すぐに引き上げの議論を始めればよい。
そんな見え見えの選挙戦術が通用すると高をくくっているのだろうか。
2割負担とする法律をつくったのは小泉政権の時だ。08年度に実施するはずだったが、高齢者の反発を恐れた自公政権が特例的に1割に据え置いた(一定所得以上の人は3割)。その後も民主党政権を含め、据え置いたままだ。
1割を維持するのにかかる費用は年約2千億円。これを13年度も当面続けるため、安倍政権は「緊急経済対策」の補正予算案に計上する。
すでに支出は1兆円に迫る。その多くは、後世代へのツケ回しである。苦し紛れの制度いじりが禍根を残す典型例だ。
さすがに自民党内からも異論が出ている。いつまでも貴重な税財源を投じ続けるわけにはいかない。2千億円は次世代のために使った方がよい――。実に真っ当な感覚だ。
しかも、引き上げを後ろにずらすほど、物価下落時に据え置いていた年金額の引き下げ(今年10月から)や、消費増税(来年4月)と重なってくる。
野党から「選挙後に決めるのはだまし討ちだ」などと攻撃されるより、安倍政権に勢いがあるうちにさっさと決めておいた方が得策だろうに。
そもそも、「負担増」といっても、想定されている引き上げ方法では、個々人の負担が増えるわけではない。
新たに70歳になる人から順番に2割にしていくからだ。69歳までの窓口負担は3割なので、負担軽減の程度が今よりはせばまるというだけである。いま1割の人はそのままだ。
この程度のことも真正面から説けないで、与党としての責任を果たせるのか。
民主党政権を経て、有権者は社会保障に魔法の杖がないことを学んだ。厳しい財政事情のもと、高齢者にも相応の負担を求めざるをえないことへの理解は広がっているはずだ。
そこを信頼しないでは、あるべき社会保障の姿は描けない。
法律をつくったり改めたりする国会。その法律にもとづき、細かなきまりを定める政府。両者のあり方に警鐘を鳴らす判決を、最高裁が言いわたした。
処方箋(せん)がなくても買うことができる一般用医薬品について、ビタミン剤などを除いて、ネットによる販売を一律に禁止する厚生労働省の省令が、違法で無効と判断された。
法律(薬事法)にネット販売を禁ずる定めはなく、位置づけはあいまいだ。それなのに、役所の権限で制定できる省令(施行規則)で広く網をかけてしまうのは、職業活動の自由を縛るいきすぎた規制といえる――。
最高裁はそう結論づけた。
厚労行政に大きな影響をおよぼす判断である。
薬の副作用問題にとり組む人からは批判もでるだろう。「薬剤師らのチェックがないまま服用すれば、スモンのような薬害がくり返されるおそれがある」という懸念は傾聴に値する。
最高裁もネット販売を積極的に支持しているわけではない。
それでもなぜ、違法・無効なのか。判決をつらぬくのは、次のような考えである。
規制の必要があるのなら、国会でしっかり議論し、法律で明らかにしなければならない。省令で決めていいのは、法律からゆだねられたことがらだけで、それ以上に踏みこんで、国民に義務を課したり、権利を侵害したりしてはならない――。
もっともな見解だ。
行政がそののりを越え、法治主義がうやむやになることは、私たちの社会やくらしの基盤をむしばみ、やがて災厄をもたらす。裁判所のメッセージをしっかり受けとめたい。
判決の確定をうけて、厚労省は対策を急ぐ必要がある。
ネット業界も、購入者への情報提供のあり方を柱とする自主規制案をつくっている。薬の安全、消費者の利便、ビジネスの発展などの要請が並び立つよう知恵をしぼってほしい。
改めて思うのは、国会、省庁双方の意識の低さである。
薬事法改正の際、ネット販売の扱いは当然問題になった。だが国会での議論は生煮えで、結果として「対応は厚労省にお任せ」という事態を招いた。
唯一の立法機関としての使命を十全にはたさない国会。公の場で複雑な利害を調整するリスクと手間を避け、自分たちの自由になる省令で、大切なことを決めてしまう役所。それらが一体となって、違法・無効な省令が生まれたといえよう。
反省し、教訓をくむべきは、ひとり厚労省だけではない。