〔私の研究室から〕集団意思決定とコンピュータコミュニケーション      2001/10

           社会学部教授 都築誉史

 

私の研究室では、認知科学と社会心理学を専門領域にしている。このコラムでは、最近行った集団意思決定に関する研究をご紹介したいと思う。

民主的な手続きによる合意形成のため、メンバー間で直接的な相互作用が行われる集団意思決定は、社会において極めて重要な役割を果たしている。ここで紹介する研究は、集団意思決定に特徴的な現象の1つである、リスキーシフトに焦点を当てている。リスキーシフトとは、個人で単独に意思決定を行う場合よりも、集団討議後の決定の方が、リスクの高い方向に意見が極端化しやすいことをさす。

今日、私たちは他者とコミュニケートするために、直接会って話をするだけでなく、様々なメディアを用いている。特に1990年代以降、電子メール、電子掲示板、メーリングリスト、チャットといったコンピュータを用いたコミュニケーション(computer-mediated communication: 以下、CMCと略記)の普及がめざましい。従来の対面や電話による情報伝達とは異なった新しいコミュニケーションのあり方として、CMCが様々な場面に活用されるようになってきた。20003月に実施された情報行動調査によれば、インターネットの個人利用率は約25%に達しており、飛躍的普及の分岐点を通過しつつある。

 

CMCと社会的抑制

CMCには、コミュニケーション当事者間の立場や地位の違いを意識させにくくし、立場を平等化させる効果があることが、多くの実験的研究によって明らかにされてきた。メンバーの立場や地位が異なる集団で、意思決定やコミュニケーションを比較すると、CMCは対面対話に比べてメンバーの参加率が均等で、個々人の発言数のばらつきも小さいことが知られている。

CMCにおける立場の平等化は、通常、CMCが持つ情報濾過機能に起因すると解釈される。情報濾過機能とは、文字のみを介して行われるCMCでは、対面場面であれば伝わるはずの、声、視線、表情、身振り、年齢、性別、服装といった非言語的情報や社会的情報が、欠落してしまうことを意味する。しかし、情報濾過機能によって、立場の平等化が生じているという説明だけでは不十分であり、その情報濾過機能が、CMC当事者にどのような心理的影響を与えているかは、今まで十分に検討されてこなかった。

 原田(1993)は、コミュニケーションメディアが対話に与える心理的影響について検討するため、対面、テレビ電話、音声電話、CMCの4条件において実験を行った。評定データを分析した結果、話しやすさや緊張度、気軽さ、エンジョイ度に関わる因子(話しやすさの感情的評価因子)が抽出された。話しやすさの感情的評価は、CMC(チャット)で最も高く、ついで音声電話で高かった。この結果は、伝達される情報量が最小であるにもかかわらず、CMCが最も話しやすいと評価されたことを示している。

 都築・木村(2000)は、質問紙調査によって、対面、携帯電話、携帯メール、電子メールという4つのコミュニケーション形態に対する大学生の意識を比較した。その結果、対面に比べて、携帯メールや電子メールといった文字による通信では、コミュニケーションの際の対人緊張度が、有意に低いことが確認された。

 キースラーとスプロウル(1986)は、コンピュータを用いた回答と質問紙による回答を比較した。その結果、社会的望ましさに関連した質問に対して、コンピュータを使った場合の方が、自分を良く見せようとする回答が少なく、自由記述の回答が長かった。この結果は、コンピュータを相手に回答する場合の方が、質問紙や面接による場合よりも、自己開示を行いやすく、社会的な抑制が減少することを示唆している。

CMCは文字情報のみに依存しており、情報濾過機能によって、非言語的情報や社会的情報が遮断される。その結果、対面状況に比べて、CMC当事者は相手から受ける社会的抑制が弱まり、発言しやすいと感じると解釈できる。

 

CMCにおけるリスキーシフト

 一方、CMCでは対面に比べ、リスキーな集団意思決定を行いやすいことが見いだされている。たとえば,大企業からベンチャー企業への転職といった選択ジレンマ課題を用い、CMCと対面を比較した集団意思決定の実験が数多く行われた。いずれの研究においても、CMCは対面に比べて、リスキーシフトの度合いが大きいと報告されている(例えば,木村・都築,1998)。

リスキーシフトは、討議の中で課題に関係した事柄に依存した情報的影響と、討議メンバー間で生じる社会的比較や競争といった対人的影響の2つによって引き起こされると考えられている。これに対して、CMCは情報を重視する課題指向的な傾向を持つ。CMCの課題指向性は、コンピュータを操作する際に生じる、熱中感覚や効力感の観点からも解釈できる。

また、CMCでは情報濾過機能によって、非言語的情報や社会的情報が欠落する。それにより、心理的な抵抗感が弱まって発言がしやすくなり、立場の平等化が生じる。さらに、コミュニケーションの際に有効なフィードバックが働かなくなり、相手の存在感の認知が弱まる。その結果、極端な意見や率直な意見を表明する際の社会的な抑制が解除され、リスキーシフトが生じやすくなると考えられる。

ここまで、対面と比較したCMCの特徴と、集団意思決定におけるリスキーシフトについて述べた。次に、実験的な知見を説明するモデルの概略を紹介する。

 

コネクショニストモデル

都築・木村(2001)によるコンピュータシミュレーションでは、1つの知識を1つのユニットの活性化で表す局所表現によるネットワークを用いた。また、前もってネットワーク構造と個々のユニット間の結合強度を、実験条件と対応づけて設定した。この種のモデルは、局所主義的コネクショニストモデル、または並列制約充足モデルと呼ばれ、近年、高次認知過程(思考,言語など)に関する研究や社会心理学の領域で注目されている。

 並列制約充足モデルでは、知識、意見、行為といった個々の要素は処理ユニットで表現される。もし、2つの要素が肯定的な制約関係にあれば、ユニットは双方向の興奮性結合をもち、否定的な制約関係であれば、双方向の抑制性結合をもつと仮定する。ネットワークを構成するユニット間で、情報のやりとり(活性化拡散)を繰り返すことにより、さまざまな制約を並列的に充足させることができる。通常、数十回の活性化拡散サイクルの後、すべてのユニットは安定した活性値(この場合,意思決定の結論)に収束する。この過程は、物体が徐々に安定した形状や温度に達する物理的過程との類似から、緩和と呼ばれる。ネットワークの緩和は、すべてのユニットの活性値を、結合したほかのユニットとの相互依存関係に基づいて調整することを意味している。また、コミュニケーションのしやすさは、個人間の結合の強さで表現することができる。

社会心理学において、1950年代後半以降に提起された複数の認知的斉合性理論(例えば,フェスティンガーの認知的不協和理論)は、人間の社会的認知、態度、行動を理解する上で、有用な枠組みをもたらした。しかしながら、従来の認知的斉合性理論では、一貫性がどのように達成されるかが明確でなく、少数の要素からなるネットワークしか扱うことができなかった。

こうした問題点は、並列制約充足モデルによって克服されている。つまり、ネットワークの緩和によって、一貫性を実現することができ、多数の要素からなるネットワークを扱うことが可能である。このように、コネクショニストモデルは、社会心理学研究に、厳密で信頼性が高く、認知心理学研究や理工学的研究と直結した枠組みを与えていると考えられる。