2013年1月9日(水)

2013年 世界はどう動く(3) “アラブの春”の行方

中東や北アフリカで、次々と独裁政権を崩壊させた「アラブの春」。
その民主化の動きから2年。
各地では今も、混とんとした情勢が続いています。
新たな国づくりへ向けた混乱が続く、エジプト。
政権を握るイスラム勢力と、それに反対する勢力の対立が、国内の経済にも深刻な影を落としています。

「経済に悪影響が出ているのはムスリム同胞団が国を統治できていないからだ。」

シリアではアサド政権と反政府勢力が、泥沼の内戦に突入。
激しい戦闘により、多くの市民が犠牲となっています。
2013年、「アラブの春」から2年を迎えた中東に、安定は訪れるのか。
その行方を展望します。

傍田
「今週、シリーズでお伝えしている『2013年世界はどう動く』。
3日目の今日(9日)は『アラブの春』から2年を迎えた中東地域に焦点をあてて民主化の行方を探っていきます。」


鎌倉
「北アフリカのチュニジアで起きた抗議デモをきっかけに、エジプト、リビア、イエメンで次々と長期独裁政権を崩壊させた『アラブの春』。
それから2年、まずは現状がどうなっているのか、黒木さんから伝えてもらいます。」

黒木
「中東に大きな変化をもたらした『アラブの春』。
独裁政権が倒れた国々でも混乱が続いています。
民主化に向けた国づくりが注目されるこちらのエジプトでは、2月に行われる議会選挙を前にイスラム勢力とそれに対抗する勢力の間で、国を二分する対立が激しさを増しています。
また『アラブの春』の発端となったチュニジアやその隣国のリビアでも不安定な政情が続いていまして、国づくりは難航しています。
そして今も、アサド大統領による独裁が続くシリアでは、反政府勢力との内戦が泥沼化し、戦闘での犠牲者は、6万5千人にのぼっています。
『アラブの春』によって広がった民主化の動きですが、各国はこのように厳しい現実に直面しています。」

鎌倉
「こうした国々の中で国際社会がその行方にとりわけ懸念を強めているのがシリアです。
最新情勢について現地からの報告です。」

“春”は遠く 内戦のシリア

7か月ぶりに国民向けの演説を行ったアサド大統領。

シリア アサド大統領
「欧米の操り人形と対話するつもりはない。」

反政府勢力を“欧米の操り人形”と呼び、戦い続ける姿勢を示しました。

一方の反政府勢力。
統一組織・国民連合のハティブ代表は先月(12月)、欧米やアラブ諸国の代表を前に、あくまで政権打倒を目指す決意を強調しました。

国民連合 ハティブ代表
「あらゆる武器を用いて、アサド政権を打倒する。」




NHKが入手したシリア国内の戦闘映像です。
市街地を空爆する政府軍の戦闘機。

政府軍がミサイルや戦車などを大量に投入し、なりふり構わぬ攻撃を続けていることがわかります。
日増しに激化する市街地での戦闘。
負傷した人を運ぼうとする市民にも容赦ない銃弾が浴びせられました。
内戦による犠牲者は増え続ける一方です。

シリア国境に近いヨルダン北部の病院です。
傷ついた反政府勢力側の兵士たちが入院しています。

ムハンマド・タルババーニさん。
戦闘による負傷が原因で、片足を失いました。
身内が殺されたことをきっかけに戦闘に加わったというタルババーニさん。
片足でも戦い続ける決意です。

自由シリア軍兵士 ムハンマド・タルババーニさん
「政府の弾圧と迫害に対して私たちは戦っている。
足を一本失ったが、義足をつけてでもまた戦闘に戻りたい。」

志願兵が多く士気の高い反政府勢力。
当初は政権側と圧倒的な戦力差がありましたが、政府軍から奪った武器や、離反した兵士を力に攻勢に転じています。

先月、首都ダマスカスで撮影された映像です。
反政府勢力の部隊が政府軍のレーダー施設を制圧。
大量のマシンガンやロケット砲を政府軍から奪ったとしています。
この戦車も、反政府勢力が政府軍から奪い取りました。
戦力の差は急速に縮まっています。

自由シリア軍兵士
「アサドの手下からの戦利品だ。」

さらに反政府勢力は、年明けから各都市の空軍基地に対し、一斉攻撃を始めました。
反政府勢力が空港を制圧すれば、空軍力に頼る政府軍は大きな打撃を受けることになり、シリア内戦は、新たな局面にさしかかりつつあります。

シリア情勢 今後の行方は

鎌倉
「スタジオには、中東情勢に詳しい放送大学教授の高橋和夫さんにお越し頂いています。」

傍田
「新しい年を迎えたというのに、ことシリア情勢に関しては全くこう楽観的になれない状況なんですけども、これ現状どういう風に今ご覧になっていらっしゃいますか。」

高橋さん
「やはり反政府側も政府を倒す力はないし、政府側も反政府側を抑え込む力はないという一進一退のつな引きがずっと続いてて、反政府側の力はじりじりとは強くなっているんですけど、恐らくすぐにアサド政権が倒れるという状況では無いと思うんですね。
この2年間倒れる倒れるとずっと話を聞いてきたんですけど、先ほどの映像に出てきたアサドの演説って全く妥協、譲歩という姿勢ではなかったですね。
戦いぬくという総決起大会のあれで、私は1990年代のイラクのサダム・フセインの演説を思い出して、独裁政権っていうのは同じような体質を出すんだなとつくづく思いましたね。」

傍田
「この後の展開としてはどういったことが予想されますか。」

高橋さん
「このまま反政府側の力がだんだん強くなってくれば、アサド政権がシリア全体を維持できなくなって、そうなると一つの考え方はアサド政権がきれいに倒れて新しい民主的な政権が出て来るという夢のシナリオではなくて、どうもシリアがいくつにも分裂していくんではないかという悪い予感がしますね。」

傍田
「権力を何らかの形でシェアするなんていうのは、やっぱりシリアの政治風土からするとありえないっていうことなんでしょうか。」

高橋さん
「これだけお互いに殺しあいをしましたから、信頼感というのは無いですよね。
ですから一番いいのは、何らかのメカニズムを作って報復はしないから権力をシェアしましょうという、南アフリカのマンデラさんのような天使のような人が現れて、みんなを納得させるというのが、シナリオとしては一番望ましいんですけど、どうもこの映像を見てますとね、これだけ激しく殺しあって信頼感のないところでそういう道が開けるかなというのはなかなか難しいですね。」

内戦続くシリア 周辺国への影響は

鎌倉
「シリア国内がこれだけ亀裂が深まっていると、以前から言われているようにシリアの問題というのは周辺国への影響も非常に大きいと言いますよね。
今後どういった影響が出ると。」

高橋さん
「2つやっぱり大きな問題で心配していて、シリアの地図で1つはダマスカスがこの辺ですよね、ですからこの辺の地域はもうだんだん政府の力が及ばなくなってて、この辺はスンニ派の人たちの生活空間で、イラクのスンニ派の地域とつながっているわけですね。
シリアの状況が悪くなる、そうするとそれがイラクの状況に跳ね返ってイラクの状況も悪くなる、イラクの状況が悪くなるとシリアの状況も悪くなる、こう悪循環が共鳴しあうというのが1つのシナリオで、それからもう1つはこの丁度三角のあたりにクルド人というマイノリティが住んでいるんですけど、この地域がもう実質上独立状態なんですね。

実はこのクルド人というのは、イラクにも住んでるしトルコにも住んでますよね。
ここでクルド人が独立状態になるというのはイラクにもトルコにも影響が出て来ると。
それがいやだからトルコ軍が入ってくるというシナリオも想定できる訳ですね。
ですからシリアの問題っていうのは、シリアの問題も大変なんですけど、シリアがブラックホールになって中東全体を吸い込んでしまうんではないかと、そんな怖さを覚えてしまうんですね。」

傍田
「周辺の状況、非常に不安定化しかねないという事ですよね。」

鎌倉
「高橋さんにはまた後ほどうかがいます。」

傍田
「一方、新たな国づくりの行方が予断を許さないのがエジプトです。
アラブで最大の人口を抱えるこの国が民主的な国づくりに失敗すれば、他のアラブ諸国への影響は避けられません。」

鎌倉
「エジプトでは政権を握るイスラム主義勢力のムスリム同胞団と、それに反対する勢力との
政治的な対立が深刻化し、国内経済にも大きな影響を及ぼしています。」

混乱続くエジプト 悪化する経済

ムバラク政権の崩壊後、政治の混乱が続いているエジプト。
その影響をもろに受けているのがエジプト国内の経済です。

最近、町で目につくのは建設途中で放置されたマンションです。

西河記者
「こちらのマンション、経済の悪化で建設がストップしています。
12階建てのはずが8階でストップし、完成のめどはたっていません。」

マンションのオーナー
「エジプトでは今、経済の悪化でマンションが全然売れません。」

エジプト中央銀行は先月、外貨準備高は『危機的水準にある』と発表。
エジプトポンドは対ドルで史上最安値まで下落。
一向に改善の兆しが見えない経済状況に国民からは不満の声が高まり始めています。

「経済が悪いのは、ムスリム同胞団が国をきちんと統治できていないからだ。」

エジプトの経済学者たちは3日、緊急の記者会見を開き、早急な対策を政府に求めました。



エジプトの経済学者
「経済問題を解決するためには政治的な対立をしている場合ではない。」

国民の厳しい批判にさらされているムスリム同胞団。
その経済政策のカギを握るのが、エジプトの経済団体のトップを務めるハッサン・マレク氏です。
貿易会社などを経営する富豪でありながら、ムスリム同胞団の最高幹部の一人としても知られています。
今回、そのマレク氏への取材が許されました。

ハッサン・マレク氏
「いま最も重要なのは政治ではなく経済面での実績です。
経済問題を解決する一番の方法は投資を呼び込むことです。」

エジプト経済を立て直すには、世界中から投資を呼び込むことが不可欠だと考えるマレク氏。
先月、アジア各国の大使などを招待し、エジプトへの投資を呼びかけました。

ハッサン・マレク氏
「エジプトの経済は今後良くなります。
今の混乱状態から必ず脱却します。」

楽観的な見通しを語りアピールするマレク氏。
しかし地元の記者から、厳しい質問があびせられました。

地元の記者
「今、エジプトの経済はとても厳しい。
あなたはこの現状をどう考えていますか?」

自らへの批判に対し、マレク氏はムキになって反論しました。

ハッサン・マレク氏
「決して悪い状況ではない。
あなたのようなメディアがウソを書くから経済が悪くなるんだ。」

会場は騒然となり、外交官たちも驚きを隠せません。
会見途中で退席する外交官の姿も見られました。

エジプトの経済復興の「顔」とも言えるマレク氏。
政治の混乱が続き、一向に経済が上向かないことへの苛立ちをうかがわせました。

ハッサン・マレク氏
「4月には政治も安定するでしょう。
経済復興はまだ始まったばかりです。」

「アラブの春」の高揚感が失われていく中で、「イスラムこそ解決」と訴えてきたムスリム同胞団。
経済という現実の課題が今、重くのしかかっています。

混乱続くエジプト 今後の政権運営は

傍田
「ここからはカイロ支局の太支局長に話を聞きます。
政治的な混乱が様々な影響を及ぼしているようですけれども、こうした状況の中でムスリム同胞団、今後安定した国づくりを進めていくことが果たしてできるのでしょうか。」

太支局長
「ムスリム同胞団は、同じイスラム勢力の政党が政権を握るトルコやマレーシアを模範に、まず経済を回復させて、国民に豊かさを実感してもらうことで、安定した長期イスラム政権を作ることを目指してきました。
しかし、国づくりの柱となる新憲法の制定にあたっては、モルシ大統領に強権を発動させ、国民投票という数の力で押し切る強引な手法をとらざるを得ませんでした。
憲法ができれば国が安定し、投資が増えて経済成長も進むともくろんでいましたが、逆に、国民を2極化する新たな対立と混乱が広がり、これが経済にとって大きなマイナスになっています。
国づくりのシナリオが大きく崩れてしまっただけでなく、その手法が十分に民主的ではないという非難の矢面に立たされています。
2月にも行われる議会選挙で、ムスリム同胞団は過半数を確保して、大統領職と議会の両方の権力を独占しようとしていますけれども、同胞団批判を強める世俗勢力は真っ向から対決する構えで、激しい選挙戦とともに新たな衝突も懸念されています。」

“アラブの春”から2年 現地は今

鎌倉
「エジプトの『アラブの春』は間もなく2年になりますが、太さんは『アラブの春」の起きる以前から今に至るまで現地で取材を続けてきていて、どんなことを最も強く感じていますか。」

太支局長
「自由を求めて声をあげ、ムバラク政権を崩壊に追い込んだ市民のエネルギーに驚かされましたが、今の混乱ぶりを見ていると、壊したあとに新しいものを作り上げていくにはそれ以上に大きいエネルギーと時間が必要なのだと実感させられます。
『民主主義の産みの苦しみ』という言葉で表現するのは簡単ですが、宗教が異なる人たちや、また、同じ宗教でも価値観の大きく異なる人たちの声が、民主化とともに一斉に噴き出し、状況は非常に複雑です。
エジプトの国民は、『アラブの春』の理想と現実のはざまで、新たな国づくりに向けて模索を続けているという印象です。」

エジプトの国づくり 今後の行方は

傍田
「引き続き放送大学の高橋和夫さんに話を聞きます。
先ほどの現地からの報告を見ていましても、エジプトは通貨もかなり下落して、経済的に相当厳しい状況のようですよね。」

高橋さん
「そうなんですね。
私も毎年もう15年くらいエジプトには行っているんですけど、このエジプトの通貨、20ポンド札なんかもうこの1週間で5%くらい下がって何かこんな感じですよね、もう。
だから表向きは20ポンドですけれども、19ポンドしかいかない、だからエジプトの庶民は怒っているでしょうね。
実際カイロに行くと、観光客がいなくて、やっぱり観光に依存する人が多いですから、特にツタンカーメンで有名な国立博物館は誰もいないような状況で、それでまあ上野までいらしていましたよね、ツタンカーメンさんね。
だから本当にやっぱり経済は悪いんだな、だからタクシーの運転手さんも1日雇ったけどすごく喜んでくれて、『仕事が無いんですよ』というようなことをおっしゃっていますね。」

傍田
「そうした状況の中で今後のエジプトの国づくりっていうのはどういう風に進んでいくということになるんでしょうか。」

高橋さん
「とりあえずは選挙ですよね。
でムスリム同胞団が選挙までに成果を出せるかというとこがやっぱり問われていると思いますね。
ムスリム同胞団というのは非常にイスラムに厳格な人たちの党ということになってますけど、お金が無いんで、IMFからお金を借りようという今交渉していますよね。
当然のことながらそれは利子を払うわけですよね。
でもイスラム的には利子というのはあんまり良くないんですけど、やっぱり現実と折り合いをつけていかないといけないというところにイスラム同胞団追い込まれていると思いますね。」

傍田
「あとモルシ大統領の政治手腕の件なんですけれど、これ少し前までは本当にアラブの専門家でなければ名前知らなかったぐらいの人が今や中東全体の安定をひょっとしたら左右するかもしれないくらいの存在になってるわけで、これ今後どういった形の政権運営が必要になってくるということになりますか。」

高橋さん
「モルシさんやっぱりガザの問題、パレスチナの問題で大きな役割を果たして、その後それがチャンスだというんで自分の権力を急に集めようとして反発を受けましたよね。
ですからやはりエジプト人というのはそんなに単純な人たちじゃなくて、モルシさんの手腕は評価するけど権力の問題は別だろうと。
ですからエジプト人の水準の高さにあわせたやっぱり慎重な、エジプトの国民に対する敬意を示す政権運営が望まれてて、力任せのというのはやはり望ましくないでしょうね。」

台頭するイスラム勢力 “民主化”の行方

鎌倉
「それにしてもやはり『イスラム勢力』とそれに反対する勢力との対立、これエジプトに限らず『アラブの春』が起きた国々、これ共通ですけどもその対立が今後どういう方向に向かうのか、これが安定の鍵になる、そういうことなんでしょうかね。」

高橋さん
「そうなんですね。
1つはやっぱりイスラム勢力が出てきたことが民主的じゃないって議論はあるんですけど、国民がまあイスラム勢力に投票した訳ですから、選挙をして、ですからこれは尊重しないといけないと思うんですね。

ただイスラム勢力が掲げてきた経済の問題の解決はっていうと、それはイスラムですとか言ったって、こうなんですとか言ったって、それは生活が良くなくなれば国民は納得しないですから、うまくやらなければイスラム勢力はやがて政権から追われると思うんですね。」

“アラブの春”から2年 中東情勢の行方

高橋さん
「うまくやれればトルコのようにずっと長期政権になると、そういう意味ではもう少し時間をあげたいなというのが私の気持ちで、例えば明治維新に例えますとね、大政奉還から2年目というとまだ廃藩置県で、明治憲法20年後なんですよね。
アメリカ合衆国だって、イギリスから独立しますと言い張って、アメリカの憲法が回り始めたのは11年後なんですね。
だからそういう意味ではエジプトの民主主義というのは生まれたばっかりでやっと歩き始めたのにほら100m10秒で走らないと金メダル取れないぞ、お前民主化やっているのか、とみんなで責めるのもちょっとな、と言う気が実はしているんですね。」

傍田
「もう少し現実的に見ないといけない部分もあるということですかね。」

高橋さん
「そうですね、ただ庶民の生活は毎日回っていきますから、研究者のようにゆっくり見て下さいというわけにはいかないんですけれど、まあそこのところは折り合いだと思うんですね。」

傍田
「中東の国々、もちろん国情はそれぞれ様々なんですけども、今後中東全体として多少安定に向かっていくのかどうなのか、鍵を握る点っていうのは高橋さん、なんだという風にご覧になってますか。」

高橋さん
「私が一番心配してるのはやはり今日の話題に出なかったイランの核問題ですね。
イランとシリアが同盟国ですし、ですからその問題が軍事的なというような発展になってしまうと中東の安定というのは夢のまた夢のような話で、とりあえず安定と発展のためには平和が前提になるんですね。
それは中東の人たちも、それから中東で非常に影響力の強いアメリカの人にもしっかりと認識してほしいですよね。」

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