[新春対談2013](中)大部屋教育 社会を学ぶ(連載)
◇曽野綾子さん 作家/橋本五郎 本社特別編集委員
◆善と悪 100か0かで語れない
■よき人間として
橋本特別編集委員 いじめ問題についてうかがいます。昔だってガキ大将はいた。今は非常に卑怯(ひきょう)になっている。例えばインターネットを使って誹謗(ひぼう)中傷する。自分は隠れて安全地帯にいて、名乗らないでやっている。だから先生も見抜けない。
曽野綾子さん それを敷衍(ふえん)していくと、ステルスミサイルの精神ですね。姿を隠して無人機でやっつけるわけですから。私は嫌いですね。
橋本 あらゆるものの責任を学校現場に押しつけるのも問題がある。家庭にも大きな責任がある。全部、先生に押しつけるのは正さないといけないと思う。
曽野 私の祖母は仏壇の引き出しから、えんま様に舌を抜かれる場面もある地獄の絵を見せた。14歳でお嫁に行った人で、小学校もまともに出ていないような人なんですけれど、本当に子どもに恐ろしがらせるように善悪を説明してくれた。人間でない何か別のものがその人の一生を見ているということを植え付けないと、隠れて何でもできるステルスミサイル精神になりますね。
橋本 誰かが見ているという畏れが大切です。現世でできるだけ悪いことはしないようにしようという。
曽野 母親が子どもを守るようインプットされているのと同時に、「よき人間として生涯を送りたい」という気持ちがあると思う。人はその点をもっとはっきりさせるべきですね。
■強制でよい
橋本 曽野さんがおっしゃっている社会奉仕の義務づけは頓挫しましたね。
曽野 (中曽根内閣の)臨教審(臨時教育審議会)、(小渕、森内閣の)教育改革国民会議で出しました。私の個人的な考えとしては、18歳で大学に行く、あるいは卒業して就職が決まった後に1年間、社会奉仕をやればいい。重機をいじるオペレーターになりたければ重機を扱わせる。本人の望みをできるだけかなえさせる。ただ、1年間は共同生活をして、携帯を取り上げて同じ物を食べさせて、テレビは決まった番組だけ。大部屋で寝させたら日本人は変わりますよ。でも、さんざん反対に遭った理由は「教育は自発的でなければならない」からだそうです。教育には強制の部分も当然あることははっきりしているのにね。
橋本 自発的であり、多様性を重んじなければならない、が教育関係者の口癖でしたね。
曽野 幼い時の教育と、初めて習う時は自発的でありえないんです。みんな、「こういう風にやって」と教わるうちに自分の生き方ができる。だから、強制でよろしい。たかが1年ですから。
■51か49か
橋本 読書の意味を私はこう考えます。私たちは、生きられる時間も会う人も勉強時間も限られている。その限りある中で、1冊の書物が果てしなく世界を広げてくれる。人間を豊かにしてくれると思うんです。
曽野 どなたかがお読みになるのと私が読むのと、同じ本でも受けとめ方が違う。それは、自身の独特の世界の構築が可能だったということ。もう一つは、文字から現実性を組み立てるのは高度な操作で、テレビを見るより複雑な能力が養われます。
橋本 自分の中で理解する回路がないと、すーっと通りすぎるだけになってしまう。
曽野 例えば無農薬野菜。これは「反原発」と同じで、いいに決まっているけど、そう言っている人に、いっぺん1個ずつ、春キャベツを植えさせたらいいんです。私もやったことがありますが、朝昼晩と青虫を手でつぶしても、結局、育てられなかった。涼しい土地とか、冬ならできるのかもしれないが、春はできない。日本人が食べる量のキャベツは無農薬では賄いきれない。同じ論理ですよ。
無農薬キャベツしか食べたくないと思ったら、冬キャベツ以外は食べないか、農薬で育てたキャベツをよく洗うかすればいい。これで全部OKなんていうのはない。だから、無農薬野菜を食べようと思ったら、実に高くつきます。まさに原発をなくす場合と同じです。やってみないから論理だけ言えるんです。
橋本 この世に誰かが100%正しくて誰かがゼロなんてものはありえないんですよ。せいぜい51対49。それが人間の社会だと思う。
曽野 おっしゃる通りです。それが人間なのでしょう。信仰の世界でも、100点が神でゼロは悪魔。その間にいるのが人間で、いい人が51点、悪い人が49点くらいの差です。それが人間の原則だということを教えないから幼稚になる。善だけやろうと思ってもできない。ですから、せめて次善か次々善の策を取るんです。
今、不幸がいけない時代ですが、時には地獄でしか学べないこともあるんです。
(2013.01.03読売新聞東京朝刊政治04頁1888字04段)
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