2.
火村の服を勢い良く脱がせる様子は、とてもじゃないが色気とは無縁だったが、全裸になったアリスはそれなりに魅力がなくもなかった。
とはいえしょせんは男の身体だ。
お互いに見ただけでは興奮しようがないらしい。
ベッドヘッドに寄りかかり足を投げ出して座った火村の膝に跨り、アリスは興味津々で身体を触りまくっている。
くすぐったいが放っておくと、そのうち火村の手を取って指先に唇をつけた。
女とするときにもそうしてやっているのだろうか。
自分のようにさっさと済ませようとするのではなく、やはり優しい行為なのに違いない。
手首の内側を噛み、それから顔を寄せて耳たぶにキス。
「君、どこがええん?」
「なんだ、聞くだけなら実践の必要がないだろうが。せっかくだから自分で探せよ」
「まあそれもそうやな。セオリーとしては……俺と同じとこからかな」
ちゅ、と耳を含んで吸う。
なるほど、アリスは耳が弱いらしい。
それからくすぐるように首筋を舐め、乳首を吸う。
「アリス、お前が相手にしてんのは女じゃなくて男だ。そんな壊れ物扱うみたいなやり方じゃ、せっかくの経験が泣くぜ?」
「ふん?」
意味が解らないようで首を傾げているアリスに向かって体を起こすと、反射的にか、ぐっと仰け反るようにする。
その腰を抱え、一気に後頭部を引き寄せて耳に噛み付いた。
歯型が残ったかもしれないくらい、強めに何度か歯を立て、舌を穴に突っ込む。
腕の中で、アリスがビクンと震えた。
逃げようとする頭を押さえつけ、下品なほどべったりと首筋を舐め上げる。
「……ッ、ぅ」
「解るだろ、アリス。お前がセックスしようとしてんのは、男だ。感じてるか?」
「は、や、喋ったらあかん……」
「なぜ。お前の好奇心を満たすためだ、いちいち報告したほうがお互いためになるさ。とはいえ……知ってるか、お前、俺の声と言葉に弱い」
ぶんぶんと首を振るのは、とんでもない、という否定だろうか。
火村は面白くなってきた。
さっきまで得意のきらきら攻撃をかましていた目が、今はすっかり潤んでいる。
全体的に、いつにないほどアリスが弱々しいのだ。
こんな姿を見ることなど滅多にない、最後に見たのは3年前に阪神が九回の裏に8点差をひっくり返され負けた時だ。
いつもいつも我侭に振り回されてばかりなのだ、このチャンスを逃す手はない。
口に手のひらを当てて抗議を封じ、乳首に吸い付く。
舌と歯も使って、しつこいくらいに突付いては転がす。
くぐもった声があがる。
文句ではないものを聞き取り、にやにやしながら手を外して、ピンと立った粒を甘噛みした。
「……ぅッ、く……」
「女より敏感だな。こんなところがいいのか、お前?」
親指で、唾液に濡れたそこを押し潰す。
アリスはきゅっと身体を縮め、それから、急に火村に抱きついて来た。
首筋に顔を擦り付け、甘えた声で、
「ん、いい、もっと」
と言い出した。
火村は仰け反った。
何だこの素直な生き物は。
毒舌も暴言も皮肉も返ってこないアリスなんて、初めてだ。
「お前、恥ずかしくねぇのか? 友達に乳首舐めてってねだってんだぜ?」
「そ、ないな言い方、酷いやん……」
目元を赤く染めていやいやと肩に額を押し付けてくる。
火村はじわじわとこみ上げる笑いを必死で耐えた。
今なら日頃の鬱憤を存分に晴らせるに違いない!
こんなにアリスが可愛くなるなんて、いい意味で裏切られた。
最高だ。
阿呆な好奇心で阿呆なことを言い出したと思ったが、こんな目が出るとは予想もしていなかった。
素晴らしい。
さてさて、どう料理してくれよう。
「ああ、そうだな……悪い言い方だった。謝るよ」
笑いをこらえ、優しく囁く。
おずおずと見上げてくる上目遣いの目線が、儚げだ。
アリスが儚げ!
信じられない。
「作家としての好奇心は全部いつか作品の糧になるんだって、お前いつも言ってるもんな。俺はお前の一番の読者だぜ、男としてみたいって思うならそりゃ叶えてやるさ」
「火村ぁ……」
「どんな気分か、口に出せよ。言葉にするとしないじゃ、後から思い起こすにしても大違いだからな。そうだろう?」
「ん、ん? うーん、うん、そう、かな?」
「そうさ。絶対だ」
髪が流れて剥き出しのうなじに舌を這わせる。
「ぁ……そ、そ、かも」
火村に丸め込まれるアリス。
これも本邦初公開だ。
面白すぎる。
上半身を執拗に攻め立てて、気持ちいいと何度も言わせた。
火村に跨ったまま、全身を押し付けるようにしてくるアリスは、その皮膚感覚さえ快感になるらしく、抱きしめ返すたびに小さく震える。
その最中に、ふと唇が触れた。
驚いても良かったが、二人ともなんとなくそれが自然のことのように思え、そのまま深く口吻けを交わす。
舌を挿しこみ、卑猥な音を立てて絡め合う。
唾液を交換しあい、飲み下して唇を離すと、つぅと糸が引いた。
それを追ってアリスの下唇を噛む。
「……火村」
「ああ、どんな気分だ?」
「ん……鳩尾がぎゅっとする……身体、あっついねん……」
とろりとした声で囁かれ、不覚にも、火村はそれを笑いに変え損ねた。
「どうして欲しい……?」
アリスの耳に吹き込む息が、自分でも驚くほど熱くなっている。
あのキスだ。
それまで可愛い仕草を面白がっていたはずなのに、今の火村は下肢が疼いて性急にことを進めたがっている。
これではまたいつもと同じ、アリスのペースだ。
火村はぐっと気を引き締める。
しかし、
「欲しないよ。俺もする。一緒に気持ち良うなりたい」
必殺のエンジェルスマイルが出た。
慣れているはずなのに、ぐらりとくる。
軽く腰を浮かせたアリスは、身体をより火村に寄せ、二人のものをまとめて優しく握りこんだ。
ぐっと腰に突き上げてくるものがあり、火村は必死で耐える。
やがて恥ずかしげな顔をして、やや俯きながらも、アリスはゆっくりと腰を振り始めた。
お互いのものが擦れ合うように、火村の上で動いている。
とっさに、女のときのように尻を支えて前後に揺らしてやった。
ぎこちなかったアリスが火村とタイミングを合わせスムーズに動き出す。
足の間に伸ばした手がぬるぬると滑りを帯び、くちゃくちゃと音が立った。
俯いていたアリスが横に顔をそらす。
濡れて光る互いのそれを見ていられなかったのだろう。
「見ろよ、アリス。せっかくだろう? ぐちゃぐちゃに濡れてるの、お前せいだぜ?」
「やッ……ちゃうもん、君もや、俺だけとちゃう……!」
「ああそうかもな。気持ち良いってことしか解らないんだろ?」
アリスがふるふると首を振る。
否定か、言わないで欲しいということか。
言葉が出ないのは、もう呼吸が苦しげなほど弾んでいるからだろう。
火村はアリスの手に手を重ね、よりテクニカルに扱きたてた。
「だッ……め、放せや火村ッ」
「なんで」
「ぁッ、ん、イく、ってば!」
先に達したくないという男ならではの意地か、逃げようとするアリスの腰を掴んで、キスをしながら先端をこじる。
「う……ふぅッ、ぅ、ぁッ……!」
ビクンッと身体を硬直させて達したアリスは、やがて目尻に涙を浮かせたままぐったりと火村の膝に落ちてきた。
その顔中にキスを繰り返してから、はっとする。
これじゃあ普通のセックスじゃないか。
もうほとんど流されてはいたが、かろうじて、日頃の鬱憤の残りをかきたててみる。
目を赤くして頼りなげに腕の中に収まる姿を見ると、なけなしの残り火のなかからわずかに嗜虐心がまた顔を出した。
一度達したことで我に返っているかもしれないと思いつつ、我慢できずに、
「大分溜まってたんだな、アリス。どろどろだ」
とからかってみる。
果たして逆上するかと身構えたけれど、どうやらまだ何かの魔法が解けてはいないらしく、ぽぅっと頬が染まる、というありえない反応が返ってきた。
涙が痛々しくも可愛らしい。
火村は段々と、ああもっと泣かせてみたい、とはっきり感じるようになった。
滅茶苦茶にして散々に虐めてやりたい。
「アリス」
自分でも吃驚するほど低く静かな声が出た。
腕の中の身体がピクリと動く。
「そのまま膝立ちになれ。動くんじゃねぇぞ」
戸惑いつつもゆっくり身体を浮かせるアリスの尻を、両手で開く。
「あっ」
「動くなって言ったろう?」
「い、痛いの嫌やからな」
そっと入り口に指を触れ、ぴたぴたと叩く。
アリスの背中がきゅっと反った。
「さっきのサイトで勉強させてもらったさ。どうしてたんだっけな、アリス……確認のために教えてくれよ」
赤い顔のまま唇を噛んでいたアリスは、それでも震える指を伸ばし、枕もとを差す。
火村は肯き、用意してあったジェルを取り上げてたっぷり手のひらに垂らした。
かなり冷たかったので、アリスの後ろ側で手を擦り合わせ、温めてからそのどろどろの手で尻の間をべったりと撫でる。
不用意で繊細さのかけらもないやりかたに、泣きそうな顔をした。
それがますます火村を煽る。
ぐりぐりと後孔に指先を押し付け、そのまま声もかけずに中に押し込む。
「ひッ……」
怯えたように、身体が硬直した。
それでもそのまま奥へと割り入り、乱暴な仕草のまま、涙目を向けてくるアリスにそっと優しく微笑む。
「あ……ひむ……」
「さあ。どうすればいいんだった?」
落ち着いているようだが、火村の呼吸も整わない。
下肢は先ほどから一度も達していないせいか、痛いほど張りつめていた。
「も、もっとゆっくり、して」
「ゆっくり、どうすれば?」
「ッ、ぁ、指……で、して……」
半端だが、とりあえず今はこれで許すことにする。
慎重に傷つけないように、中を探りながら指を増やして慣らす。
そのうち、指先が当たる場所によってアリスがきつく締め付けるのを感じた。
そこを思い切って強く擦りたてると、明らかにビクビクッと身体が反応する。
「アリス、こっち見て」
そっぽを向いていた顔を無理矢理引き寄せると、もう身も世もないように蕩けた顔をしていた。
唇に指をこじ入れ、歯をノックして開いた隙間から口内に差し入れる。
そうして口が閉じないようにしておいてから、もう一度下から突き上げた。
「ぁぁッ!」
喘ぎ声だ。
身体の中を擦りかき回すたびに、薄く開いたままの唇からあられもない声と涎がこぼれる。
たまらず、口から指を抜いて無理矢理引き寄せ、唇を合わせた。
キスの合間にも、濡れた声が洩れる。
ふと気づくと、アリスは手を伸ばして自分のものを扱いていた。
半ば自慰を見せているようなものだと気づいているのかいないのか、そうしながらも夢中になって火村の唇を貪っている。
中を引っかくようにした瞬間、腹の間にどろりとした感触を受けた。
アリスが達したのだけれど、火村がそうと気づいたのは吐き出された体液のせいではなかった。
吐精するのと同時に、深くあわせていたアリスの口の中で、じゅわっと一杯に唾液が溢れたのだ。
切ない嬌声より、精液よりも、今どこで誰が見ていようともこうして身体を合わせ唇を合わせている自分だけしか知ることの出来ない、その変化がたまらなかった。
涎を啜り、飲み込む。
アリスはぼろぼろと涙をこぼしていた。
激しく息をついた火村は、まだ余韻が強く残っているままのアリスを押し倒すようにベッドにうつぶせた。
「尻をあげろ、アリス。俺が入るところ、広げて見せな」
足を跨いで膝立ちになり、ひくつくアリスの華奢な腰を見下ろす。
肩越しに、懇願するような視線を投げられたが、火村はすんなりとした尻をぴしゃりと叩き、猫のポーズを促した。
「ぁぅん……ッ」
ピクン、と動いたアリスは、甘やかな声を漏らしながら、ゆっくりと腰を引き上げた。
上半身はぺたりとシーツに懐いたまま、脚を緩く開いて尻を掲げる。
火村はごくりと喉を鳴らした。
「広げろって言ってんだよ、アリス?」
また尻たぶを叩く。
鼻にかかった子犬のような鳴き声を漏らしたアリスは、震える右手を自分の尻に添え、濡れた後孔がちらりと見えるくらいまでそっと開いて見せた。
卑猥な格好と淫らな仕草に、滑稽なほど腹の底がうねりを持つ。
左側の柔らかな肉を掴み上げ、一杯に押し開く。
アリスは泣き声のようなものを漏らしたが、火村がいきりたった自分を押し付けるとふるりと震えて黙り込んだ。
ああ恐いのだ、と解った。
けれども声をかけてはやらない。
そのまま、黙ったまま、ゆっくりと自分をもぐりこませる。
ねっとりとした潤滑剤の感覚と、やがてアリスの内側を感じた。
懸命に息を吐いて力を抜いている体は、痛々しくもぞくぞくするほど色気がある。
単なる友人だったはずの男の身体が、こんなにもそそるものとは信じられなかった。
時間をかけて奥まで達し、それからゆっくりと引き抜いて、何度も繰り返して自分とアリスを馴染ませる。
今まで我慢させられたそこはすぐに達してもおかしくなかったが、火村は必死の思いでそれをこらえた。
やがて中が柔らかく感じられた頃、直線的な動きをやめて抉るように腰を押し付けるようにする。
アリスは背中を緊張させたまま、枕に顔をうずめている。
ぎりぎりか、と見て取った火村は、そっとアリスの背中に覆い被さり、彼を抱きしめた。
「恐がるなよ。俺がお前を傷つけるわけないだろう、アリス?」
優しく囁く。
ひく、と抱きしめた背中が動き、それから、アリスは堰が切れたように泣き出した。
さっきまでの生理的な涙とは違い、強い緊張から一気に解放された反動だ。
ぞくぞくっと火村の身体の中心を例えようもない快感が走る。
目を閉じてしゃくりあげる様子は、弱々しく儚げな存在で、それを優しくあやすたびに下肢が熱を帯びた。
忍耐力のありったけを発揮して、ゆっくりと自分を引き抜き、それからアリスを仰向けにしてキスを繰り返す。
少しずつ涙が収まりいらえを返すようになった頃、ようやく自分を許し、再びアリスを侵食する。
押し込む自分がアリスを食う。
すがるように首に腕を回してくるのに応え、抱きしめ返すと、耳元で泣き声混じりの喘ぎ声がした。
火村の名前を呼んでいる。
いつもなんでもなく隣にいる顔をしているアリスが、こんなふうに呼ぶことは今まであっただろうか。
それとも、いつもなのか。
フィールドの陰惨さにケロリとした顔で耳を傾け、時にあっさりと忘れてみせたりする彼が、本当は自分の後ろでどんな顔をしているのか知らないことに気づいた。
暴走する感情が時々ふっと静まるのは、もしかしてアリスが呼び止めているのかもしれない。
アリスがへこんでいる。
火村は大層良い気分だ。
「おい、いいかげん枕に話し掛けるのやめて、メシ食えよ」
朝から一度も口を利いていないが、怒っているのともまた違う。
彼の機嫌が悪い時には数え切れないくらい立ち会っているし、その尋常じゃない被害にも遭っているから、今日のそれがなんとなく違うことくらいは見当がつく。
ベッドで枕を抱きしめながらまるまっているが、一応、リビングのほうに顔を向けている。
ベッドサイドにしゃがみこんで、その顔と視線を合わせた。
睨まれた。
「お前の言う通りに協力してやったのに、そんな顔をされてはね」
「……君、俺を泣かせようとしたやろ」
ばれていたか、と苦笑すると、いきなり頬をつねられた。
「いたた、乱暴だな、アリス」
「言っとくけどな、本気で恐かったで、君」
「ああ、知ってる」
「……最低や」
アリスが何を言いたいか、何を聞きたいか、知っている。
口に出して聞いてくれたらいいのにとも思う。
けれど彼は、いつものように、さらりと流して終わりにしようとしていた。
つねっていた頬を軽く撫ぜ、ため息をついてみせているので、あと少しできっと笑ってくれるだろう。
その直前に、火村は離れかけたアリスの手を握った。
「あの言葉は嘘じゃないさ。テクニックでもなんでもない、いや、タイミングは見計らったけどな」
「……何の話か分からん。のけ、メシや」
「少なくとも、傷つけたくないと思ってることは解っていて欲しい」
少し黙り込んだアリスは、やれやれというふうにため息をつき、火村の髪に指を差し入れぐしゃぐしゃとかき回した。
「阿呆、そんなん知ってるっちゅうの」
ああやはりどこかで知らないうちに傷つけたことがあるのだ。
火村はそう思う。
それでもアリスが傍にいるのは、火村にとってそれが決して意図したものではないと知っているからだ。
わざとじゃなければ何をしてもいいなんて、そんなはずはない。
ただ、アリスは許すのだ。
仕方のないヤツだと、しょうがないヤツだなと笑い、火村を許す。
「……そうかい。そりゃあ……良かった」
ぷ、とアリスが笑う。
「なんやお前、頭回ってへんのとちゃうか。切れの悪い返答しやがって」
「は……。まあ、後朝の男ってのはそんなもんだろ」
「おお、聞かせろ、どんな気分や? ばつが悪いとか、照れるとか、反省してるとか」
「なんだよ反省って。そうだな、まず……大変結構だった」
ニヤリとすると、アリスも同じような顔をした。
「そこらへんは共通してるみたいやな。めっちゃ気持ち良かったし」
「意外な一面も見られた。お前、割と虐められると感じるだろう?」
「チッ……君は案外、鬼畜やった。サドっ気あるなんて聞いてないわ」
少し悔しそうな顔をしたので、面白くなって煽る。
「そうだな、お前の尻を叩いて広げさせた時なんか、見ただけで抜けそうだった」
アリスは頬を染めるかと思いきや、フン、と笑った。
「男の尻で興奮するなんて、やっぱり変態性欲やったな」
「ああ、否定しねぇよ。それどころか、今だって、その枕に成り代わりたいと思ってるくらいさ」
真顔で言ってやると、爆笑された。
「ああ、他には?」
「キスしたい」
「それで?」
「突っ込みたい」
「最低や! 下品や! お前、ゲイに目覚めたん?」
「違うね。アリスに目覚めたんだ」
「うはー……恥ずかしいこと真顔で言いよるし」
もそもそと枕を投げたアリスは、上半身を起こした。
肩から毛布が落ちて胸元が露わになり、ゆうべ散々につけた痕が見えるようになった。
「そういう関係って、なんて言うか知ってるん?」
「自信はないが、仮説はあるよ。多分、恋人って言うんじゃないかな」
ごく真面目に言う。
アリスは笑わなかった。
「それが君の出した答えなんか」
「そうだ」
「そうか。……俺と同じやな」
「そうか」
顔を見合わせ、ふっと笑う。
「誰が採点してくれるんだ?」
「そうやなぁ……まあ他人に任せられる問題とちゃうしな、死に際の自分らくらいが妥当やろ」
「色っぽいダイイングメッセージだな」
死ぬまで一緒にいてくれるらしいアリスが急激に愛しくなり、火村はベッドに乗り上げ彼を抱きしめてキスをした。
自分のつけた痕にすら煽られて、そのまま裸の身体を撫でまわす。
「火村」
「ああ、今度は泣かせないから」
「何言うてんの。はいはい、離れて、離れて」
出来たての恋人は、すっかりその気になっている火村をあっさり押しのけ、さっさと服を着始めた。
取り残されて手のやり場に困る。
「あー、腹減った!」
食事が優先なのは、果たして恋人としてどうなんだ。
ゆうべはあんなに素直だったのに。
「おい火村、しょうもないこと考えてる暇があったらパンでも焼け」
サラダもオムレツも用意してあるのにパンを焼く以外なんの準備があるのか、見ているとアリスは火村がせこせこ働く横で牛乳を飲み干し満足げだ。
早まったか、と思ったのが伝わったのかどうか、ちらりと飛んできた視線は剣呑だ。
今日はゆうべとのギャップでかなりの毒舌が飛んでくるだろうと身構えた火村の前で、アリスは世の中の善人をかどわかす例の微笑みをいきなり見せた。
そしてたじろいたところで、
「好きやで、火村」
ととどめをさした。
要するに、今まで以上にアリスに振り回されるわけだな、と火村はしばし天を仰いで瞑目した。
end
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鬼畜に目覚める火村。の予定だったのに甘いじゃないか。