2.






「もう何かを書くのはやめろ」

降って来た固い声に、その足元から顔を上げる。
逸らされていた主の目が気配を感じて見下ろしてくる。
そして、引いていた苛立ちが再燃したように睨みつけた。

「……なんだ、その顔は。たった今の誓いは偽物か?」
「いえ、いいえ、けど……」

思わず口を突いた、けれど、の言葉のすぐ後、ぐっと身体が持ち上げられて驚く。
主がアリスの襟元を掴んで引き上げていた。

「分かってないんだな、アリス? お前は俺のものだ。俺が何をしようと、何をさせようと、黙って従う以外に一切の選択肢はない」
「やめ……苦し、ひむ……」
「思い知らせてやるよ。俺とお前の居場所をはっきり認識するといい」

突き放されて、咳き込む。

「脱げよ、アリス」
「な……!?」
「言ったろう、俺に従え、立場を思い知れ。二度と勝手なことが出来ないように、刻み込んでやる。脱いで俺に脚を開け」

主のしようとしていることは、身体を自由にするという、目に見える権力の行使だけではない。
陵辱によってアリスの意志さえも無視できる立場にあること、プライドも尊厳も権利も、主の前では塵に等しいことを思い知らせるつもりだ。
命令する者とされる者の、はっきりとした線引きだ。

「わ、かった、分かったから、もう……」
「口答えも許さない。俺に黙って従え。お前の全てを握っているのは俺だ。例えばお前の両親の行く末も」
「な……」
「追い出すことは容易い」

年老いた両親を養うくらいアリスにだって訳はないが、住み慣れた家を離れ、なにより人生のほとんどを捧げた主の息子から、そんな仕打ちを受けることに彼らはどんなにショックを受けるだろう。
それが息子の仕出かしたことのツケと知れば、ますます気落ちするに違いない。

アリスは唇を噛んだ。
なんて男。
自分が生涯を捧げた主は、こんなやり方で権力を振りかざす人間だっただろうか。
読み違えたか。

「爪を噛むな。みっともない」

はっと気づいて、口元にあった手を下ろす。
頬が熱くなった。
子どもじみた癖はとうに直したはずなのに、追い詰められて無意識に出てしまっていたらしい。
甘えた人間のようで、恥ずかしかった。

その羞恥を抑え込もうと、アリスは再びぐっと唇を噛みながら、指先でネクタイを緩めた。
そして両手でしゅっと首から引き抜き、そのままジャケットのボタンを外し脱ぎ捨てる。
けれど、シャツのボタンをいくつか外したところで、手が躊躇してしまった。
すかさず、

「全部だ。そう言ったろう?」

と、主の声が飛ぶ。
震えそうな指でシャツを肌蹴け、靴を脱ぎ、のろのろとベルトを外す。
主がじっと見ている。
ジップを下ろしたところで、手が完全に止まった。

「なぜやめる?」
「は……恥ずかしいんですよっ。……普通、そうでしょうが……」
「結構な話だ。恥ずかしいも汚いも厭も嫌いも全部だ、アリス、全部俺にさらせ。隠し事は許さないとさっき言ったろう?」
「……ッ、……分かりました」

いっそ下着ごとまとめて脱ぎ去る。
足から抜く時に靴下も一気に放り投げた。

肩からシャツだけをひっかけた格好で、顎で促されるまま、ベッドヘッドにもたれて座っている主の膝に跨った。
すっと手を差し出される。
無言の命令に従い、その指先に口吻けた。
すると、その指がアリスの唇をなぞり、やがてそこを割って口内に入ってくる。
舌を弄ぶようにかき回していく。

学生の頃は、戯れに肩を叩いたり小突きあったりしたこともあったが、言葉を改めて以来ほとんど接触はなかったし、ましてやこんなに深い内側を自由にされるなど初めてのことだ。
他人の指を含んでいるという状況に、落ち着かない気持ちを味わう。

不意にその手が出て行った。
アリスの唾液にまみれた指は、唇を弾き、顎を伝って胸元に落ちる。
胸の突起にぬるりと濡れた感触を受け、思わず身体を引いた。

「動くな。……シャツを脱げ、アリス」

格段にぎこちなくなった動きで、最後の衣服を肩からすべり落とす。
落ち着かない。
主から注がれる視線がそうさせている。

「知っていたか。お前の体つきはやけにエロティックだ」
「なん……! 私は男です!」
「分かってるさ。それでいながらなお……赤星もそう言っていたろう? 片桐も、天農も、それから……」
「嘘です、彼らはこんなことはしない!」
「はッ、しないんじゃない、出来ないのさ。お前を自由にしていいのは俺だけだ。みんなそれを知っている」

アリスは何度目か分からないショックを受けた。
学友たちは、自分のなかで対等に学ぶもののつもりであった。
彼らは違ったのだろうか。
アリスが使用人の子であると、すなわち火村の意志に左右される存在でしかないと、ずっとそう思っていたのだろうか。

「考え事か?」
「ッ!」

きゅっと乳首をつままれ、軽い痛みに歯を食いしばる。
だが、引けた身体を寄せるように主の手のひらが腰を包んだ途端、それは不意に甘い疼きとなった。
暖かな手が、ゆっくりとウエストから背中へと昇っていくにつれ、その甘さは例えようもない未知の感覚となってアリスの全身を苛む。
反対の手が乳首を揉み潰すようにすると、鳩尾のあたりが一気に苦しくなる。

「アリス」
「ぁっ……は、」

低い声に呼ばれた瞬間、鼻にかかった声が洩れた。
顔が真っ赤になるのが分かる。

「気持ち良いのか?」

首を振る。

「嘘はやめろと言っただろう?」
「なにを……嘘じゃ、ない」
「駄目だ、そんな子供だましの言い訳じゃ、俺を騙せやしない。そうだろう……ほら」

主の指が、何時の間にか硬く勃ちあがっていたアリスのものを、ぴん、と軽く弾いた。

「ひゃう……っ」

子犬のような声をあげ、身体が勝手に仰け反る。
目を逸らす。
感じているなんて認めたくなかった。
無理矢理に拓かれていく身体は、もっと抵抗して然るべきだ。
まるで大人しく従順で、言いなりになるのでは困る。

「ローブが汚れたな。洗濯女はなんだと思うだろうな、アリス?」
「や……ッ、ぁ!」

自分の先端から流れるものが、跨った主の膝を汚していた。
その間にも、全身をくまなく触れていく指先に、身体が熱くなっていく。
とうとう、敏感になりすぎた中心を握られ、声もなく脳天まで痺れる。
折り曲げた太ももが痙攣し、主の手にぐちゃぐちゃと擦りあげられるたびに、自我が緩やかにけれど確実に崩れていった。
蜜を溢れさせる先端を、指の腹がこじる。

「ッ!」

思わずその手を押さえた。
ぴくりと主の眉が片方、咎めるようにあがる。

「なんのつもりだ?」
「やめ、て、」
「ふざけるなよ、アリス。聞け、今から否定の言葉は禁止だ。嫌も駄目もやめてもなし、俺が聞いてやるのはおねだりだけだな」
「ば、かな、誰が、……ぁッ、」
「手をどけろ」
「だって……!」

悲鳴のように叫び、自由にならない腰を引こうとするが、抵抗をかいくぐった主の手にそこがにちゃりと揉み込まれる。

「おねが……も、出……てしまいます……ッ」
「重畳」

軽々と翻弄され、ほんの二三回の動きで、突き上げてくる射精感に羞恥が突破された。
甲高い声をあげて達する。
それは主の胸元までを汚した。
あろうことか、彼はそれを指でぬぐい、ぺろりと舐めた。
絶句するアリスに向かってニヤリと笑う。

「後ろを向け、アリス」






繰り返される感覚に、堪えきれず身体が収縮する。
尻を掲げた格好などもうさほど羞恥の対象ではない。
最初となんら変わりなく、ゆったりと座っている主の顔に向かって突き出している後孔を、何度も何度も指でかき回されている。
うつぶせてその膝にしがみつくようにしているのは、腕で身体を支えていられないからだ。
主の太ももを跨いでついている膝も、さっきからがくがくと震えて今にも力が抜けてしまいそうだ。

「ぅ、ぅぁ、ぁ、ん!」
「ここがよっぽど好きなんだな。ん?」
「ヒッ! ヒィッ、ぁ、っく、また、イっちゃ……ッ!」

目の前の脚にしがみつく。
柔らかだったローブの生地は、アリスの涎と涙で濡れた感触がした。
腰のあたりはもっと悲惨だろう。

無理矢理に引き出される射精感に抗えるほど、快楽に慣れた身体ではない。
むしろ不慣れゆえに、次第に敏感さを増してさえいく。
数回に分けて吐精した後、極度に緊張した身体は一転してぐったりと弛緩した。

それを支える体力もなく、頭では無礼と感じていながら主の上に崩れ落ち、はふはふと整わぬ息を繰り返すだけだ。
その間にも、寄せ返す波のように小さな快感が生まれ、後孔がその度にヒクンと口を開く。
意識が朦朧とする。
何もかも投げ出して気を失ってしまえたらきっと楽なのだろうけれど、身体を滑る主の指先に、感覚だけが尖っていく。

「アリス、起きろ。どけ」

無理、と言おうとした声を慌てて飲み込む。
否定の言葉はなしだ。
それがどれだけつらいか、例えやめてもらえなくとも、嫌だ嫌だと口にできればせめてもう少しマシではないだろうか。
疲労に震える身体を、なんとかどさりと横に投げ出す。
それでもまだ手足が主の上に乗っている。
彼はそれをひょいと避ける、その身軽さがアリスには恨めしい。

のろのろと視線を上げる。
目が合った。
ゆっくりとローブを脱ぐ間も、彼は一時も目を離さない。
アリスの様々な体液でぐっしょり濡れたローブは、重そうな音を立てて床に落ちた。

顔を伏せるのと同時に、主の腕が腰を抱えた。
このまままた尻を掲げる格好をさせられ、そして貫かれるのだ。
もう嫌だ。
ぎゅっとシーツを掴む。
けれどやはり、口には出来ない。
体が強引に浮かせられる。
と――。

予想外にも、仰向けにどさりと放り投げられる。
きちんと頭の下に枕があるらしいあたり、体の方向ごと変えられた。
馬鹿馬鹿しいほどの体力だ。
くたりとしたアリスの身体を主は自由に動かす。

膝頭を掴み、シーツに押し付けんばかりして脚を開かせて、局部をさらした。
それだけでも目が眩みそうなほどの恥ずかしさなのだが、さらに彼はその脚をアリス自身の手で押さえろと言う。
唇を噛み締め、のろのろと自分の膝を掴んだ。
だが、その瞬間に、後孔に主の昂ぶりを押し付けられ、ビクリと動いたせいで手が滑る。

罵声を待って身を竦めるアリスを、主は強引に押し拓いた。
みしり、と身体が鳴った気がした。

身体が反り返る。
声さえ出ずに、喉の奥のほんの細いうめき声のようなものが、息を鋭く吸い込む勢いに消える。
ぎちぎちの入り口が引き連れる痛みよりも、内側にめり込んでくるとんでもない質量に体中が悲鳴をあげた。
やめてくれと言おうにも声にならない、せめて待ってくれと願うが言葉にならない。
どこまでもどこまでも奥へと侵入され、腹が突き破られるのではないかと思う。

思った瞬間に恐怖が襲った。
顔が、指先が、足先が一気に冷たくなった。
気を失いそうなぎりぎりのところで、ヒッ、と喉が鳴った。
声が出る、それをようやく知ったかのように、アリスは思い切り息を吸い込んだ。
くらりとする。

肺一杯に満ちた空気に、嗅ぎなれた煙草の匂いがした。
ふっと意識が遠のく。

「……た…、ぁ、い……」
「何だ?」

見当識がもやもやと拡散し、自分が今どこにいるのか、今がいつなのかも判然としなくなる。

「い、た……くるし、……火村、たすけ……」

みるみるかすんでいく視界のなかで、驚いたような火村が見えた気がした。
珍しい、とアリスは思う。
いや、彼は人が思うほど表情がないわけではない。
ただ見せないだけで。

昨日だって、天農の退学に残念だとすっかり気を落としていた。
昨日?

昨日は商人が新しい煙草盆を持ってきた。
主は凝ったものが嫌いだ。

だがアリスはそれをちょっと惜しいと思い、それで。


「……ス、アリス!」

はっと目を開ける。
さっきまで手にもっていたはずの煙草盆がない。

「アリス」
「ひむ……」

耳元でそっと名前を呼ばれ、顔をめぐらせれば、主が片肘をついてすぐ横に顔を寄せていた。
髪を撫でられ、肩口を手のひらで包まれ、滑った指で頬に触れられる。

「アリス、大丈夫。息吐いて。吸って」

命じられることに慣れた身体が、勝手に息を吸って吐く。
それを繰り返しているうちに、胸につかえていたような息苦しさが少し薄れ、手足に感覚が戻って来る。

「力抜いて」

力を抜く。
ゆっくりと身体の内から圧迫が抜けていき、入り口がぴりりと痛む。
身を起こした火村が、サイドテーブルをがたがたとやって何かを取り出している。
冷やりとする。
ごつ、と何かが放り出される音。

「……ん、んッ!」

ずるりと再びナカが一杯になるが、今度は激しい痛みはなかった。
ただやはり圧迫感に顔が歪む。

「さっきは出来たろう? 力を抜くんだ」
「なぁ……ん、そんな難しいこと、」
「しっ、黙って。息、吐いて」
「は……、ん、」
「やれば出来るじゃないか。イイ子だ」

やがて抜き差しに合わせて呼吸が出来るようになる。
咥え込むことに馴染み、身体がさっきの下がった血圧を挽回するように熱くなった。

「ぁぁッ!」
「どうした、アリス?」
「ど、うて、……ぁ、ひァ!」

じんわりとした慢性的な痛みを押しのける勢いで、鋭い感覚が突き上げてくる。
背中がしなる。
息を着く間もなく与えられるものが快感であると気づいた時には、もうひたすらにただ喘いでそれに身を任せていた。
もう何度目か解らないが、それでも、せりあがってくるものを貪るように味わう。

「ん、ぁ、ン」
「……っ、チッ……アリス、悪い……」

腰を強く引きつけられ、一番奥で主を感じる。
深い快感に歓喜の声をあげたが、主はびくりと震えたきりそこで動きを止めてしまった。
じんわりと腹の中に吐き出されたものを感じたが、アリス自身はぎりぎりでせき止められたまま続きを求めている。
知らない間に身体が揺れ、全身に感じる重みに腕を伸ばした。

「火村、火村、火村っ……」
「ああ……だから悪いって謝ったろ。……おねだりだけは聞いてやるって言ったもんな。まだ足りないんだろう? どうして欲しい?」

自分の内側で徐々に力を取り戻していく火村を感じ、悦びに喘ぐ。
どうして欲しいと問われ、ぐるぐる回る頭で考えた。
けれど言葉が出てくるより前に、抱えた火村の頭を引き寄せていた。
煙草の味がする唇。

圧し掛かっていた体がビクリと動いた。
その直後に、躊躇いなく舌が侵入してきて、アリスの舌を引きずり出していった。
噛まれ、吸われて、柔らかく絡む。
火村は何時の間にか完全に回復していて、ずるりと一度抜けたと思うと、手も添えずにそのまま再度アリスの中に打ち入って来た。

「……ッ、ぁッ!」

さっきとは比べ物にならない衝撃に、涙が勝手にこぼれる。
まだ、と呟いた火村がいきなりアリスの根元をぐっと握った。
押さえつけられた苦しさと、火村の手の感触とで、訳が分からなくなる。

「やぁッ、も、あほぅ、あほひむらッ……、いやや、放してぇな……、ぁ、ン!」
「ん……もう少し」

結局、その最後の酷く苦しい責め苦の記憶を最後に、アリスは意識を飛ばした。







寝食削る真似はしないこと、書いたら一番最初に読ませること。
それを条件に、主はアリスに副業としての作家活動を許した。
その顔はやはりいつもの通りに無表情だったけれど、再び筆をとることが出来る喜びに感謝を述べると、少しだけほころんだ気がした。
目の錯覚だろう。
なぜならすぐに彼は厳しい顔になり、

「お前の仕事のメインはあくまでこの家を取り仕切ることだ。いいな?」

と念を押したからだ。
神妙に肯く。

「お前の主人は誰だ?」
「あなたです」
「解っていればいい。俺が呼んだらすぐに来い。何があってもだ」
「はい」

身体を拒むことも許さない、と主は付け足した。
アリスは再び神妙に肯いて、許しを得てから部屋を辞した。
ふらふらするが、なんとか朝の支度を整えに玄関ホールへ急ぐ。
そうしながらもついつい、物思いのため息が出た。

主への忠誠心は信用してもらえたのだろうか。
頼りない記憶を手探りすれば、はしたなく恥ずかしい自分の痴態とともに、学生の頃のような口を利いてしまった覚えがある。
それを咎められなかったからには、たかが言葉程度では覆されないくらいには信じてくれたのかもしれない。


「おはようございます、有栖川さん」
「ん、はよ……」

経理担当の鮫山がにこやかにすれ違っていく。

「……鮫山さん、やけに機嫌ええなぁ」

続いてメイド頭の朝井や、料理人の森下、顧問弁護士の片桐らが、これまたにっこりと満面の微笑みを浮かべて挨拶をしてくれる。
みな今日はなにかいいことがあったのだろうか。
不思議に思ったが、アリスは気づくとやっぱり自分の思いに沈んでいった。

今夜も主に呼ばれている。
行かねばなるまい。
断りたいけれど――それはかなわない。
ああ、と頬に手をあてる。
心だけ預けていた昨日まではこんなにも苦しくなかったはずなのに。










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ドアの前に鈴なりで鮫山以下ずらりと耳をつけてね、夜通し聞いてたね。
今回はかなりエロ度高め目指しましたがどうでしょう。
どうでもいいでしょう。


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