注:火村→アリスから。定番の媚薬モノ。
火村がいつも以上におかしくなってます。ヒムラー注意!
火村英生という人間が、無愛想と言う名の理性を剥ぎ取ると実は気恥ずかしいくらいにロマンティストだと知ったのは、二月のことだった。
アリスにしてみればとばっちりとしか言いようがない。
彼の本質を知ってから改めて振り返ってみれば、まあ本当に無愛想な人間にはこんな気障な台詞は吐けないかもな、と、納得しなおす部分もなきにしもあらず。
人間、身近すぎる相手のことでは目が曇るらしい。
とにかく、ことは二月の終わり頃。
いつものようにふらりと夕方やって来た火村は、締め切りに余裕があるのを良いことにのんべんだらりとソファに寝転がって怠惰に過ごしていたアリスが寿司を食いたいと主張するのを鼻であしらい、勝手に冷蔵庫に持ってきたものを詰め始めた。
ちらちらと確かめてみると、どうやら今夜は鍋らしい。
今年最後だろう。
取って置きの日本酒を開けよう、と決めた。
それも、火村の舌に合わせた少し甘口の純米酒だ。
恐らく先週かなりきついスケジュールで仕事をこなしたアリスの様子を見に来たのだろうし、その友人としての心遣いにきちんと礼を尽くさねばと思った。
十数年も一緒に過ごしているからこそ、酒の好みだって解っている。
アリスは、そういう心安い友達を持っていることを密かに嬉しく思っていた。
と、そこまでは良かった。
問題はその後である。
「これ、食わないだろ?」
食材を詰めるために取り出したのか、火村がリビングに持ってきたのは、先日わざわざ赤星が東京から送ってきてくれたチョコレートだ。
「ああ、そうそう、君にやろうと思ってたんや。作家仲間がくれた海外土産」
「ああ、外国産か。どうりでカラフルだ」
珍しいものを好むアリスは、それを受け取って大喜びでパッケージをはがしたが、中身を知ってがっかりしたものだ。
かっちりした透明なケースに、ごていねいに五つ並べられているのは、火村の言う通りやけに色の鮮やかなウィスキィボンボンである。
アリスはこれが嫌いだ。
中身の洋酒も、外側のざらりとしたチョコレートも好きなのに、これが一緒になるとどうも美味くない。
渋々食べるよりも、それなりに好んで食べる火村にやろうととっておいた。
彼は不精にも、片手でケースを持ち替えながらコートを脱ぎ、しかもそれを床に放り投げた。
そのままアリスの足を蹴り避けてソファに座り込む。
ため息をつき、それでもスーパーで買い物をしてきてくれた手際に免じて、立ち上がりコートをハンガーにかけてやる。
火村はその間に、勝手にアリスのコーヒーを飲みながらガリガリとチョコを食べた。
小さい割に五個しか入ってないということは、あれは割に高いに違いないとアリスはよんでいる。
赤星はそういう、ちょっと凝ったものが好きだ。
こだわり派であるともいえるが、その代わりに、インスピレーションだけで色々と手を出してしまうところが難点だ。
火村はあっという間に全部を平らげ、ちょっと物足りなそうだ。
ニヒルなふりをして、案外甘党なのだから笑える。
それでもないものは仕様がない。
すぐに、ケースをテーブルに放り出してテレビをザッピングし始めた。
どうも様子がおかしいと気づいたのは、15分ほど経ってからである。
ふと見ると、火村の顔が妙に赤い。
どうやらアリスが気づく前から体調に変化があったようで、彼はちょっと息を詰めるようにして、軽く胸元を押さえていた。
寄せられた眉の下ではかすかに目が潤んでいて、全体的に熱がある時のように見える。
「火村? お前、調子悪いんか。風邪やないのか。熱っぽい顔してるぞ」
どれ、と額に手を当てると、彼はかすかに身を引くようにした。
だがその手の反射的な拒絶にはとっくに慣れているアリスである、かまわず自分の額と比べてみる。
なにせ手負いの猫のように人嫌いの男なのだ、昔から。
「うーん、そないに熱があるってことでもなさそうやけど、ちょっと熱いかな……。鍋くらいなら俺が作れるし、お前、ちょおベッドで横になったらどうや?」
あったまるように味噌仕立てにしようか、などと考えながらそう言った。
火村はますます眉根を寄せて、苦しげに息をついた。
その様子もどうも熱っぽい。
「だいじょぶか?」
「アリス……さっきのボンボン、パッケージはどうした?」
「へ? あれ、なに、もしかして酔った言うこと? そんな強い酒入っとった? 包み紙ならもう捨ててもうたわ。ゴミの日、昨日やったし」
「……誰に、貰ったって言ったか」
「え、えっと、作家仲間や。そ、そういや、『彼女と一緒に食べたらいいぜ』なんて電話でやらしそうな声出しとったかも」
大きなため息をつかれた。
ちょっとむっとする。
アルコール度数が高いのをアリスのせいにされてはたまらないし、なにより人の親切をため息で返すとはなにごとか。
「君、そんな酒弱くないやろ。大げさな」
「アリス……多分、入ってるのは酒だけじゃない」
「……むむ?」
「思い出してくれ、どんなパッケージだった?」
当て付けというにはあまりにつらそうな呼吸の仕方だ。
アリスはちょっと心配になって、必死で記憶を探ってみる。
「……そういや、チョコのパッケージ言うよりは、単なる英字新聞やった気もする」
「アリース」
「いや、そういうデザインやったかも知れんやろ! ……そこらにあった新聞で適当にラッピングしたかも知らんけど」
アリスはぱっと立ち上がり、ますます苦しげに頭を抱える火村を見やりつつ、赤星に電話をかけた。
かけなければ良かったと後悔した。
「……なんだって言ってたんだ、お前の同類のご職業なご友人とやらは」
「棘があるな」
「るせぇ、答えを知ってんなら、ちょっとは俺に同情も出来るだろ」
「やっぱ……分かるもん? 何が入ってるか……」
思い切り睨まれた。
赤星の答えは、アリスの想像を越えていた。
ウィスキィはウィスキィだが、それだけじゃないそうだ。
合法だよ、とあっさり言っていたが、おそらくアルコールと混ぜてあることで、効果がかなり増幅されているのだろう。
媚薬、と赤星は笑った。
受話器をたたきつけたアリスは、それからなんとなく床に正座したままだ。
なるほど、どうりで火村はさっきから前かがみなんだな、などと冷静な部分もあるが、結構困ってもいる。
「あのぅ……風邪ではなかったけれども、寝室を貸すという提案は有効やで。そ、それとも風呂がいいか? 俺、出かけてようか?」
離れた場所まで聞こえるほど息遣いがつらそうな火村に、恐る恐る声をかけるが、彼は答えるどころか動きもしない。
アリスは心配になってきた。
本当にただのアッパー系のドラッグだろうか、身体に深刻な影響を及ぼすものだったらどうしよう。
「火村、吐く? ちょっとは違うんやないかな、なぁ」
隣に座って、肩に手をかけた。
ビクリ、と火村は突然、痙攣するように顔をあげた。
アリスは心底から後悔した。
軽く潤んだ火村の目は、相当に据わっている。
据わっているというより、ぶっ飛んでいる。
イっちゃってる、とも言う。
身の危険を感じて立ち上がる寸前に、あっという間に押し倒されてしまった。
「ぎ……ぃぁぁぁぁ、落ち着け、火村、俺や、有栖川や!」
ぺしぺしぺし、と頬を叩いてみたが、理性の欠片も残っちゃいません、というような顔をした火村は全く痛みもないようで、逆にその手を押さえてしまった。
身動きがとれなくなり、本格的に危険信号がともる。
「ぬぉぁぁぁ、こら、こらッ、みみみみみを噛むなッ、きしょいッ!」
かぷん、と耳朶をやられて、ぞわっと鳥肌が立つ。
美人な女の子ならともかく、がたいのいいオッサンにやられて嬉しいものじゃない。
おまけに、火村の吐く息がやたらと熱い。
それだけじゃない。
重なった体の一部が、思い切り太ももに擦り付けられているのだが、どんな状態になっているのかが布越しにも解ってしまうというミラクルな展開だ。
アリスがぞわぞわに耐えている間にも、火村の手がめたらやったらに身体を撫で、しまいには舌がねっとりと耳の穴に差し込まれた。
「ひぃっ、ぐわっ、きも、気持ち悪ッ、い、コラ、火村、俺はお前好みのほら、なんだっけ、もう名前も忘れたけどなんかいたやろ、細っこくて気ィ強そうな、彼女、えー、とにかく全然違うやろ、よく見ろ、おい!」
別に好みじゃなかろうがこの状況ではあまりどうでも良いだろうが、いくらなんでもアリス相手と気づけば諦めるだろう。
そう思って、何度も声をかけた。
まさかそれが裏目に出ようとは思いもしないからだ。
火村はそのイっちゃってる目でじっと見下ろしてきて、
「アリス……」
と堂々と呼びながらぎゅぎゅうと唇を押し付けてきた。
なにすんねん、という抗議も、うぐぐぐぐといううめき声にしかならない。
そしてアリスは思った。
キス上手いなコンチクショウ。
「う、っぷはッ、火村、お前、俺と知っての仕打ちか! いかれたんとちゃうか!」
思いっきり怒ってやったのは、ちょっとだけキスに飲まれそうになった挙句の八つ当たりだ。
火村はそんなアリスの暴言も聞こえないように、ふっ、と笑った。
馬鹿にしたのとは違う、妙に甘やかな吐息だ。
「怒っても可愛いな、アリス」
火村英生の言う言葉ではないはずのそのありえなさ加減に、なかなか意味が入って来ない。
可愛い。
可愛いといったか、こいつ。
認識したとたんに、ぶわっ、と体中の毛が逆立った。
「き、きしょいんじゃお前! 面白くないで、あーあちっとも面白いことない!」
「ああ……すまない。できるだけ楽しませてやるから、許してくれ」
ひぃぃ、と喉の奥で悲鳴があがった。
謝った。
謝ったうえに、相当にトンチキなことを言い出した。
「あっ」
さっきの唾液に濡れたままの耳に、再び舌先が滑る。
冷やりとした息の直後に、一気に熱いぬめった感触が覆い、その落差に声があがってしまった。
火村はどえらく荒い息を吐きながら、一心に耳朶をねぶっている。
「アリス……アリス」
聞きなれたはずのバリトンが、直接に鼓膜を震わせて、ついでにアリスの身体も震わせていった。
女子たちがきゃーきゃー言うこの声は確かに魅力的だとは思っていたが、ここまで破壊力満点だとは思わなかった。
「ひ、ひ、ひむ、君、どどどどどこさわ……ッ!?」
きゅん、と乳首をひねられて、鳥肌が立つ。
しかしさっきまでのぞわっとしたものよりも、どちらかといえば、ぞくん、としたような。
「ああ、アリス、可愛い。エロい」
「そのふたつは並列しないで! ってかそもそも俺には当てはまらんちゅうのッ! いや、エロいてなんやねん、なんやねんッ! ……こら。こら、待て、待てや、あわわわわ、脱がすなド阿呆!」
くるくるっと手際がいい。
浮かされたような顔をしているくせに、手つきだけは普段の器用なままだ。
「可愛い、綺麗だ、突っ込みたい」
「外道!!」
生々しい言葉をうっとり吐かれた。
本気で殴ろう、殴って目を覚まさせようと、拳を握り締めた。
その時だ。
火村は感に堪えかねたように、ほぅっ、と息をつき、アリスの心臓にくちづけて言った。
「好きだ、アリス」
あまりの衝撃に、何もかもが呆然としたまま進んでしまって、要するに火村の思う壺じゃないかと後から思った。
やはりクスリの影響か、火村はやたらと達した。
多分、アリスより多い。
にも関わらず、アリスの倍の速さで回復してはまた求めてくる。
いつのか分からないくらい昔の避妊具の残りをなんとかかき集めたが、足りなくて最後のほうはナカで出された。
ずるりと火村が抜けるとそれがこぼれてきて、そうすると、アリスの後ろは小さく開きっぱなしだ、などと詳しく理由を説明されたりする。
殴ってやりたいが、力を入れるとますます溢れ出し、なんともいえない不快感にうめくことになった。
「ぁ、ぁ、や……め、もう無理や、勘弁して……っ」
「もう少し、アリス。付き合ってくれ」
ぐっと火村が押し入ってくると、ナカに残ったのがぐぷぐぷと音を立てる。
とっくに床に落ちている体の下で、垂れ放題の色んな体液がぬるぬると滑った。
「入り口がヒクヒクしてる。気持ち良いんだろう?」
「そ……ゆこと言うんはオヤジ臭いて、昔笑うた覚えがあるで……」
「オヤジになっちまったんだ、仕方ない」
「……君……クスリ抜けとるやろ!……ぅぁッ、ぁ、……ッ!」
汗に濡れ、束になった前髪をかきあげながら火村は笑った。
額を露わにした彼を見るのは、卒業式の日以来かもしれない。
あの頃よりもずっと大人になった顔は、確かにオヤジとも言うけれど、目尻や頬のラインがずっと優しくなった。
ぽたりと顎の先から汗の雫が落ちる。
うっかり見惚れたアリスを見下ろし、
「ばれたか」
「この……っ、性悪やでっ、正気んなったんなら、も、やめ!」
「嫌だ」
「ッ、ぁぁッ!?」
腰をグイと持ち上げられ、背中を軽く浮かせた姿勢で勢い良く穿たれる。
先ほどまでよりもずっと奥まで犯され、アリスは泣き声じみた声をあげた。
ドラッグでぶっ飛んでいた火村は、火村であってどこか別人のように思えていたが、今アリスを啼かせているのは正気を取り戻した親友そのものだ。
現実感を失っていた時間が、はっきりとリアルさを取り戻している。
「許す気があるなら、この一回でやめてやってもいいぜ」
「な、……で、上から、やねんッ」
「体力で俺が上だから。それから、切羽詰ってるから、かな」
「は……ッン、や、も、わけ分からん、……ッ」
じたばたと手を動かすと、アリスの身体を床に下ろした火村がその指を絡め手のひらを合わせて握ってきた。
付き合って来た女の子たちともしたことがないような握り方に、気恥ずかしさが勝って、つい振りほどく。
「お前ッ、俺のことが好きやからってこれはあかんで、あかん!」
「これってどれだよ? っつか意外にも納得してるんだな。お前を好きだってことは」
「いくら君が阿呆でも、こないなおふざけはせんやろ。ぅぁ、ぁ、ほ、動くな……んん!」
「ああ……おふざけで出来るようなら、とっくに手を出してた。やっぱ本物は違うな。たまんねぇ」
「本物? 本物ってなんやねん、き……ッン、こら、やめ……ッ」
「片思いに悶々として、他の男で間に合わせてた」
「はッ!?」
「……って言ったら、どうする?」
考えるより前に、手が出ていた。
ぱん、と火村の頬が鳴り、それが自分の手のひらで打った音だと少ししてから気づいた。
長い付き合いだけに当然いくつかの喧嘩はあったが、手が出たのは初めてだ。
アリスのほうが呆然とした。
対して火村はといえば、ニヤリと嬉しそうに笑った。
「アリス、嫉妬? 俺が他のにこんなふうにしたら、嫌か?」
じっくりと埋め込むように身体を揺すぶり、あちこちにキスをする。
悔しさに歯軋りしそうだ。
「決まってるやろ! クスリでイってもうてたとはいえ、友達に犯されて、それも我慢の挙句やなくて他で発散しとっての結果やて、そんなん笑って聞けるか、ドアホ!」
「ちぇ、誤魔化すなよ。そういうんじゃねぇだろ、お前、俺はお前のことだけ見てりゃいいとか思ってるだろ」
「お……思ってへんわ!」
「いいや、思ってるね。自分が俺の特別だってちゃんと解ってんだ、そのくせ、その意味を考えないようにしてた。偶発的だがいつかはこうなったかもな。思い知ったろう、アリス? 理由は、恋情だ。好きだ。アリス。好きだ。だから俺を好きになれよ。そうしたらお前はずっと俺の特別だ。もし駄目なら」
ひたひたと頬を軽く叩かれ、何時の間にか閉じていた目を開ける。
火村は歪んだ笑みを浮かべていた。
目だけが酷く真剣だった。
「手当たり次第に寝てやる。お前を思って、お前じゃない男を抱く。それが嫌なら、応じろ、アリス」
「な……なん、君、おかしいんちゃうか、理屈に合わんことを、言うな!」
「そうでもない。お前の中でも俺は特別さ。だから絶対に好きになれる。乗れよ。悪い賭けじゃない。断れば今日で俺たちは終わりだ。イエスと言えば、未来は変わる」
「終わりが先延ばしになるだけかもしれんやろ」
「だから賭けだ。負ける気はしないがな」
頭をかきむしりたくなるのを抑える。
大体、こんな話をしているのに、なぜ火村はアリスのナカで全く萎えずにいるのだろう。
そう考えたことを見透かされたように、彼が軽く身体を揺する。
冷めかけた熱がじわりと再燃した。
「くっ……、今日のことをお前がひたすら謝って、なかったことにする言う手もある」
苦し紛れの提案に、火村は優しく笑った。
「アリス。他のヤツとなんか寝てない。お前が初めてだ」
とどめだった。
対峙した相手を陥落させるテクニックでは、火村の右に出る者はいない。
フィールドでそれを良く知っているはずなのに、馬鹿な真似をした、とアリスは思う。
逃れられない。
「どっちだ、アリス?」
「ッ、畜生、解ってるくせに!」
「よし。お前、正しいぜ。損はさせない。ローリスクでハイリターンだ、お得だろ」
ご機嫌になったと思ったら、すぐさま腰を動かし始める。
全く元気な男だ。
諦めて喘がされながら、すでにリスクが限界まで低くなっていることを感じていた。
未来は変わる。
彼はそう言った。
好きだというストレートな言葉よりずっと胸に迫る。
自分のひと言で火村の生き方が変わるらしい。
真摯なそんな告白をされて、どうしてノーが言えるだろうか。
彼に溺れてしまうかもしれない――漠然とした予感に、それもいいか、と身を委ねた。
end