2.




「…ッ、く…!」


入り口が焼けるように熱い。
押し当てられて、解けきったそこが躊躇いなく火村を呑み込み始めた。


「…息、はいて」
「は…無理、言うやん…」


酸素が足りなくて懸命に息を吸うのに、息苦しさがとまらない。
火村の要求に半ば自棄になってふっと息をはくと、反動で自然に肺が空気をとりこんだ。
もう一度。
その瞬間を狙って、火村が一気にずずっと押し進んでくる。


「……ッ、ぁ、ぁぁッ!」
「ああ、クソ…ッ」


苦しげに顔を歪めた火村は、全てを埋めた時点でアリスが慣れるのを待つように動きを止めた。
痺れたような感覚から、次第にナカを一杯にするものが神経に届きだす。

ぎちぎちに押し込まれたそこから動かれるのが怖いとも思ったが、火村が切なげな息をついたのを見て、勝手にひくりと締め付けてしまった。
それが最後のラインを越えさせた。
半分ほど腰を引いた筋肉質の身体が、今度は勢いよくぶつかる。


「ひ…ッ…!」


ねじ込まれるような感覚に、アリスは悲鳴じみた声をあげた。
かすかな痛みと、内臓がせりあがるような苦しさにしばらくただただ耐える。
火村が強く穿ちながら、角度を変えてちゃんと探してくれているのに気づいていたから我慢できた。

やがてご褒美のように、先端がその場所をかすめた。
仰け反る身体。
喉が鋭く息を吸い込み、ヒュッという音をたてた。


「…ぃ…ぁぁぁ、ぁ、ぁ…ッ」


奥深いそこを何度も擦りたてられ、痛みと紙一重のような快楽に喘ぐアリスに、火村が圧し掛かって強く抱きしめた。
汗ばんだ肌が触れ、首にしがみつくアリスの目からは生理的な涙が滲んでいる。
耳元で、火村の息も荒い。

それでも、ありったけの理性をかきあつめたのか、火村の指が優しくアリス自身に絡んだ。
きつすぎる痺れに甘い射精感が混じり、ぐちゅぐちゅと蜜を塗りつけるような動きに合わせて腰が動く。


「お前…人の努力をなんだと…」
「ひむら、ひむら、もぉイきそ…や…」
「…そんな声出せるなんて、反則だ、アリス」


強く、早く突き込まれ、タイミングを合わせて扱かれる自分の先端に、火村の腹筋が擦れた。


「ぁ…ぁッ、は、ぁ…ッ」


白く飛んでしまいそうな視界を、うっすら開いた目で懸命に探る。
ぽたりと顎から汗が落ち、その小さな刺激さえアリスの鋭敏になった肌を震わせた。

いちごの香り。

を、かき消すような、タバコの香りのキス。


「……ッ、…く、イく、ひ…むら…ッ!」


身体を押し付けるようにしてしがみつく。
びくびくと痙攣し、断続的に火村を締め付けるアリスに一呼吸だけ遅れて、触れていた背中がぐっと強くまるまった。







ヘヴィスモーカの火村が、タバコに手を伸ばすこともなく布団の上でアリスを抱きしめている。
というよりも、ウエストを抱き込み胸のあたりに額をつけている様は、普段になくどこか甘えているようで、むしろアリスが抱きしめている気にもなった。


「ふふん、お前、俺にはまったやろう」


冗談めかしたアリスの言葉に、火村はくくっと笑った。


「アリス、声、かすれてる」
「…そ、そんなんしゃあないやろ、ってか言うなや」
「良かったよ、気持ち良くなってくれてな。もう二度と嫌だって言われたら困ると思った」
「ぅわぁ、もうやめぇや! どぉしよ、明日っから学校で顔合わせられへん」


ようやくのろのろと身体を起こしタバコに火を点けた火村はまた笑う。

笑い事ではないと抗議する。
もう本当に引き返せない。


「そうか? 俺は平気だぜ」
「お前の図太い居直りっぷりと一緒にすなや」
「それよりお前、明日起きられるのか?」
「知らん!」


丸めたティッシュや結んだゴムのように、今までありえなかったものがどんどん生活に侵入してくるのだろうとアリスはゴミ箱から目をそらして思った。

甘い恋物語を夢見るような年ではないし、幸せだけの関係などありえないことも知っている。
それでも、突きつけられるリアルな感情に、少し、戸惑う。
僅かばかりの後悔のようなものを感じて、そんなことを思った自分に慌ててしまった。


「アリス?」


人の感情に聡い火村が、眉を寄せてタバコを灰皿に押し付けた。
自由になった手で、アリスの頭を撫でる。


「…後悔してる、って顔だな」
「分かるのん?」
「当たり前だ。お前は分かりやすい。どうする、やめるか?」


あっさりと言われ、その瞬間に息苦しいほど胸が詰まった。
ああ、と気づく。


「それやねん」
「…は?」
「友達やったらよっぽどでない限り一生付き合えるやろ。こんなんしてもうて…駄目んなったらどうしよ。そっから先は一緒にいられへんやん」
「お前なぁ…普段は能天気なくせに、なんでこんな時だけいらない心配をする?」
「いらん思うてたら心配せえへんやろ」
「さて…神かけて誓うって訳にもいかねぇしな」
「当たり前や、信じとらんもんに誓われても逆効果やん」


言葉とは裏腹に、強く火村に抱きつく。
今度は甘えるように、背中を撫でる手を感じたかった。
希望どおりにあやすように触れるやり方に、小さく息がもれる。


「じゃあお前に誓うよ」
「はい?」
「お前に誓う。一番信じてるものだしな」
「君なぁ…」


思わず脱力した。
真顔でなんてことを言うのだろう。

本当はかなりやられた。
ノックアウトもいいところだ。

けれどそれを素直に出すのはアリスの性分ではないので、とりあえずはちらりと目を合わせて、それから口を開いた。


「火村」
「ん?」
「もっかい、しよか」


一瞬の空白の後、背中を撫でていた手が優しさをかなぐり捨ててアリスの顎を掴んだ。


「…覚悟しろよ」
「凶悪やん。お手柔らかに頼むわ」
「自業自得だ」


荒々しい手つきに、ありもしない不安を探そうとした自分が吹き飛ばされる。
強く揺さぶられながら、場違いに深い安心が泣きたいくらいに優しくアリスを包んだ。

本当は初めから、役割なんて決まっていたのかもしれない。
自分が火村の内側に押し入るのではなく、火村が彼自信の意志でもって入り込んでくるというそのことが自分には必要だった。
手を伸ばしても良い、触れても良い、そんな片手落ちの関係なのではなく、抱きしめられ求められるこの感覚が欲しかった。


耐え切れない甘い吐息は何度でも火村に浸食され信じ切れないでいた自分自身の形が出来ていく、その喜びの囁き。


end


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